京産大は比叡山で心も鍛える<大学と日本代表(4)>
大学ラグビーに焦点を当てるシリーズの第4回は京産大。大学選手権でいまだ優勝経験のない同校は、たたき上げの精神で多くのワールドカップ(W杯)メンバーを輩出した。 プロップ田倉政憲、ロック伊藤鐘史(ともに現京産大コーチ)、CTB吉田明、SO広瀬佳司、WTB大畑大介らに加え、現代表候補にもSH田中史朗、プロップ山下裕史がいる。
大西健監督(69)の信念は「努力は才能を凌駕(りょうが)する」。そのルーツに迫る。
【写真】17年、大学選手権準々決勝で明大に敗れ選手をねぎらう京産大の大西健監督(左から2人目) ◇ ◇ ◇ 84年秋、京都の吉祥院球技場で京産大の大西監督は高校の試合を眺めていた。その年の関西リーグは同大、天理大に続く3位。 有名選手は関東の早慶明、関西なら名門の同大に流れる。選手探しに、どんな試合でも足を運んだ。
公立の東宇治高は、次々とトライを浴びていた。だが点差が広がっても、1人だけ諦めずに走り、転んでは起き、起きてはタックルに入る選手がいた。後に日本代表として91、95年と2度のW杯に出場する田倉政憲だった。
35年が過ぎた今でも大西監督は鮮明に覚えている。 「(強豪の)伏見工とやったら100点差で負けるような高校にバンバン、タックルにいく生徒がおったんです。まだ体は小さいし、普通の選手。でも、その姿を見て、声をかけた」 入学するとプロップではサイズが足りず、当初はフッカーだった。連日、嘔吐(おうと)しながら、2時間もスクラムを組んだ。 田倉が2年になると、大西監督はあえて、気が強いことで有名だった笹木栄を対面にしてスクラムを組ませた。笹木は定位置を譲りたくない一心で、組む瞬間に田倉に頭突きを食らわせた。
2日連続で救急車で運ばれた。それでも練習を休むことはなかった。
95年から3大会連続でW杯に出場したSO広瀬は、大阪の公立校である島本高の出身。毎朝6時に始まる練習の1時間前から1人で走り込み、夜の練習後にはキックを100本蹴った。 日本代表でスターになったWTB大畑は、東海大仰星高時代は高校日本代表の控え。京産大に拾われた選手の1人で、厳しい走り込みで才能が開花した。
心を鍛えることも取り入れ、今でも比叡山の明王堂に大阿闍梨(あじゃり)を訪ねる。夜2時に修行として獣道を30キロ歩く。 真っ暗闇で、すぐ横は崖。部員同士が手を離せば転落する。
広瀬、大畑らと同じ時期を過ごした加藤剛OB会長(44)は「特にFWの選手は、泣きながら練習をしていた。
体力、肉体的な部分だけでなく、心も強くしてもらった」と明かす。
89年春に京産大を巣立った田倉は、三菱自動車京都へ進んだ。当時、日本代表を率いた宿沢広朗監督(享年55)は、田倉を抜てきする。同年5月28日。東京・秩父宮で行われたスコットランド戦が、桜のジャージーを着た初の試合になった。 5年前に見た時と同じように、田倉は倒れては起き、起きてはタックルを繰り返した。ただあの頃より体は大きく、スクラムは見違えるほど強くなっていた。
日本は28−24で金星を挙げ、2年後のW杯ではジンバブエから初勝利を飾る。大西監督は「田倉のスクラムとタックルで、日本は強くなった」と振り返る。 スコットランドを破った日、歓喜に沸く秩父宮で、宿沢監督と目が合った。 「先生、ありがとうございました。おかげで、勝つことができました」 その言葉を聞いた瞬間、大西監督の頬を涙が伝った。【益子浩一】 ◆京産大ラグビー部 1964年(昭39)に同好会として発足。関西3部リーグに所属した73年に、天理大コーチだった大西監督が就任。 3季目の75年に1部昇格を決める。関西リーグは90年に初制覇し優勝4回。全国大学選手権は、計7度進出した4強が最高成績。
シーズン中は大西監督が身銭を切って、毎日選手にちゃんこ鍋を食べさせる「栄養合宿」が伝統。同監督は定年となる今季が、最後のシーズンになる。明大出身で神戸製鋼で活躍した元日本代表CTB元木由記雄がヘッドコーチを務める。
◆W杯の日本代表に選出された京産大出身選手 田倉政憲、前田達也、広瀬佳司、吉田明、大畑大介、田中史朗、山下裕史、伊藤鐘史。 |
京産大ラグビー話題
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放送内容#345
2019年3月29日(金)放送
大畑大介、田中史朗など多くの日本代表を輩出
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京産大・大西監督が来季限りで退任へ…ラグビー部率いて46年目 京産大ラグビー部を率いて46年目の大西健監督(68)が、来季2019年度シーズン限りで退任することが16日、分かった。20年2月で70歳になることから来年度限りで同大学の教授を退任すると同時に、ラグビー部の指揮も後進に任せる意向で、既に部員や近い関係者には意思を伝えた模様。
後任は未定だが、元木由記雄ヘッドコーチ(47)、またはOBの伊藤鐘史FWコーチ(38)の昇格が有力視される。
大西監督は1973年に23歳で当時関西大学Bリーグの京産大監督に就任し、同年Aリーグ昇格。76〜84年度リーグ9連覇など当時関西で無敵を誇った岡仁詩監督(故人)率いる同大打倒を目指し、陸上部顔負けの走り込みなど猛練習で鍛え上げ、ライバルとして台頭した。 80年代後半からは同大、坂田好弘監督(現関西協会会長)率いる大体大との“関西3強”で打倒・関東を目指して切磋琢磨(せっさたくま)。スクラムなどFW強化に定評があり、京産大を4度のリーグ優勝、全国大学選手権は4強7度の強豪に育てた。
最近は関西王者の天理大とリーグ終盤まで優勝争いを繰り広げた。大西監督にとっても悲願の大学日本一へ、ラストシーズンの手腕にファンの注目が集まる。 ◆大西 健(おおにし・けん) 1950年2月19日、東京都生まれ。68歳。啓光学園(現・常翔啓光学園)、天理大を経て73年、京産大監督就任。
関西大学Aリーグは90年度初Vから4度優勝。全国大学選手権は82年度に初出場し、4強7度。08年度限りで一度辞任。
09、10年度は教え子の元日本代表・吉田明氏に監督を任せ、自身は総監督を務めたが、吉田氏退任後の11年度から監督に復帰。 |
今春NZ遠征のラグビー 関西学生代表24人を発表 関西ラグビーフットボール協会は16日、今春にニュージーランドへ遠征する関西学生代表24人を発表した。今季の関西大学Aリーグ戦や1月27日に行われたセレクションマッチなどから選出され、リーグ3連覇中で大学選手権準Vの天理大からはSH藤原忍(2年)=日本航空石川=、SO松永拓朗(2年)=大産大付=のHB団ら最多8人が選ばれた。
団長は坂田好弘氏(関西協会会長)監督は大西健氏(京産大監督)、ヘッドコーチは小松節夫氏(天理大監督)、FWコーチは中林正一氏(立命大監督)が務める。 メンバーは3月27〜29日まで大体大で国内事前合宿を行い、ニュージーランドへ出発。同国のダニーデンで4月2日にオタゴ大、同6日にニュージーランド学生代表と対戦する。 |








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