ラグビーW杯、日本代表は8強に届くのか? ラグビー元日本代表の今泉清さん、永友洋司さん、坂田正彰さんによる「レジェンド座談会」(前回:ラグビー界のレジェンド3人が語るW杯 日本代表はいかに戦うべきか?)。
日本代表は「8強」、またはそれ以上という目標を掲げ、日々、研鑽(けんさん)を積んでいる。初の自国開催、初の「8強」以上は成し得るのか? (聞き手・構成/J-CASTニュース 山田大介) ■ラグビーは「番狂わせ」起こりにくいスポーツ まず、2019年6月現在の世界ランキング(予選プール同組のみ)を見てみよう。 ・アイルランド=3位 ・スコットランド=7位 ・日本=11位 ・サモア=17位 ・ロシア=20位 ラグビーというスポーツは「真正面からのぶつかり合い」である。そのため、サッカーとは異なり「たまたま、ゴールに入った」または「オウンゴール」といった「偶然性」が少ないのも特徴だ。つまり「番狂わせ」が起こりにくく、基本的には「ランキング=試合結果」となるケースが多い。 予選プールを通過できるのは、上位2カ国のみ。つまり「番狂わせ」が起こりにくいと仮定すると、下位のサモア、ロシアに勝ったとしても、上位のアイルランド、スコットランドのどちらかに勝たなければ「2位=8強」は確保できない。ただし、これも上位が下位に負けるケースもあるため「絶対」ではない。 初戦はロシアより、アイルランドかスコットランドがよかった?
実際、2015W杯イングランド大会では、日本は南アから「歴史的大勝利」を奪い、次戦のスコットランドには大敗。そのスコットランドは南アに敗れる...という、ラグビーでは珍しい「三つ巴」となった。結果、南アとスコットランドが決勝トーナメントに進出している。 永友さんは、 「スポーツに『たら、れば』はないけれど、初戦は(格上の)アイルランドがよかった。弱いチームって、強いチームにターゲットを絞っていくじゃない? だから、初戦はアイルランドだとよかったかな」 今泉さんも同じ意見で、 「ロシアじゃなかったよな。先にアイルランドか、スコットランドかに当たっておいた方がよかった」 坂田さんも、 「W杯でもTL(トップリーグ)でも、初戦の戦い方は非常に大事。そこで格上のチームに勝ったり、同等の試合ができれば、他のチームにプレッシャーをかけられる」 日程の「幸運」は日本代表への追い風、一方で試合順の「妙」
次に、下記の日本代表試合日程をご覧いただこう。
・9月20日(金)=日本―ロシア(東京スタジアム) ・9月28日(土)=日本―アイルランド(静岡・エコパスタジアム) ・10月5日(土)=日本―サモア(愛知・豊田スタジアム) ・10月13日(日)=日本―スコットランド(横浜国際総合競技場) 何を言いたいのか? というと、曜日を見てほしい。きれいに1週間が空いている、ということだ。読者の方も経験があるだろうが、打ち身や打撲というのは、1週間あっても回復するかどうか微妙だろう。ところが、ラグビーは40分×2=80分(前後半)で、ハードな当たりの連続である。試合翌日などは、だいたい「全身打撲」「満身創痍」の状態で、ベッドから起き上がることも、ままならない。 事実、2015イングランド大会では、南アに勝ったものの、次戦のスコットランドは移動込みの「中3日」。この時、スコットランドは大会初戦だった。 記者は、同大会で一世を風靡(ふうび)した元日本代表の五郎丸歩選手に「体はきつくなかった?」と質問をぶつけたことがあった。しかし、五郎丸選手は「体は問題なかった。(スコットランド戦で敗れたのは)自分たちの準備が足りなかっただけ」と返してきた。さすがは「桜のジャージ」に袖を通した男だけある...とは思ったが、常識で考えても「リカバリー(回復)」の時間が、あまりにも短すぎた気がしてならない。 今泉さんも、 「最低でも『中5日』は必要かな。選手の体はもちろん、HC(ヘッドコーチ)も『誰の状態がどうなのか?』を把握する時間がなきゃいけない」 と話す。 「最終戦にスコットランドがいるっていうのが、一番、面倒くさい」
自国開催でのファンの応援、試合会場の環境を熟知、日程の幸運...。日本代表には、さまざまな追い風が吹くことになりそうだが、3氏とも「問題は最終戦のスコットランド」だという。
坂田さんは、 「まず、ロシア戦。体も大きく、非常にタフな相手だが、現在の日本代表の実力を持ってすれば、よっぽど下手しないかぎりは大丈夫だろう」 と分析する。 問題は第2戦目のアイルランドだが、世界ランキング3位。2015年の南ア(当時世界3位)戦の奇跡を再現したいところだが、事象が「奇跡」だっただけに、その再現となると、なかなか厳しいものがありそうだ。 FWの核として活躍した坂田さんは、 「アイルランドのパターンにはまらないことが重要。相手は、FWでゴリゴリ来る。でも、そんなにトリッキーなことはしてこないチーム」 と話す。 続くサモアも、格下とはいえ、個々のフィジカルや南半球独特の独創的なプレーは侮れない。だが3氏とも「2015年を経験し、選手の経験値も我々とは比較にならないほど持っている。普通にやれれば、問題ないだろう」。 そして問題なのが、最終のスコットランド戦だ。スコットランドは9月22日(横浜国際総合競技場)で、アイルランドと対戦する。自力ではアイルランドが上。ここでスコットランドが敗れた場合、最終戦で「予選プール突破」をかけて、日本代表と対戦する...という構図が予想される。 坂田さんは、 「最終戦にスコットランドがいるっていうのが、一番、面倒くさい。ここで『8強』が決まる公算が高いから」 「番狂わせ」の少ないラグビーにおいて、日程や試合順は極めて重要である。今回のW杯では、それが日本代表にどう働くか。 さて、W杯に向けて「ラグビー熱」が高まりつつある日本だが、気になるのは「その後」だ。最終回となる次回では、この問題を中心に3氏に語っていただく。 |
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自慢の温泉フル活用でおもてなし 大分県 ◇大会組織委員会 大分地域支部長 中津留俊典さん 「おんせん県」こと大分県は、自慢の温泉をフル活用して、ラグビー・ワールドカップ(W杯)で来県する方々をおもてなしします。 温泉湧出(ゆうしゅつ)量日本一を誇り、旅行業界の人気温泉ランキングで常にトップクラスの人気を誇る別府温泉は、「疲労回復効果がある」としてプロ野球選手やサッカー女子日本代表「なでしこジャパン」の選手たちの自主トレーニングキャンプ地として人気です。昨年と今年は「スーパーラグビー」に参戦している日本チーム「サンウルブズ」も別府市で合宿をしました。 大会期間中は、観戦チケットを持たない人もラグビーに親しめるように、JR大分駅前の広場に「ファンゾーン」を設置。飲食やラグビー体験のコーナーと共に、足湯につかりながら大画面で試合中継を見ることができるパブリックビューイングのコーナーを設けます。また、タトゥー(入れ墨)が文化として根付いている外国の方も気兼ねなく入浴できるように、県がホームページで「タトゥーOK」の入浴施設を英語で紹介する取り組みも始めました。 草の根の交流も活発です。大分県は高校ラグビーの強豪、大分舞鶴高校が全国に名をはせるなどラグビー熱の高い地域なので、県内のラグビーファンたちは、世界の強豪チームを間近で見られることに、大いに盛り上がっています。今回のW杯で、大分、別府両市が、ニュージーランド▽オーストラリア▽ウェールズ▽フィジー▽ウルグアイ▽カナダ――の6チームに加え、決勝トーナメント進出チームの公認キャンプ地に選ばれたことを受け、県内の公立小中学校の給食や保育園、高齢者施設などの食事メニューに来県国にちなんだ料理が加わりました。また、高校生ラガーたちはニュージーランドやフィジー、イギリスの高校生ラガーと交流試合をして親交を深めています。 スタジアムは、2002年サッカーW杯日韓大会の会場にもなった昭和電工ドーム大分(大分スポーツ公園総合競技場)。陸上競技場ですが、トラックの上に仮設席を設置するのでグラウンドのすぐそばで選手たちの臨場感あふれる息づかいを感じることができます。 試合開催日には大分駅と別府駅からバス400台を1日6往復させ、輸送を確保します。昨年6月には日本―イタリアのテストマッチがあり、2万5824人が観戦しましたが、W杯本番を想定した運営で大きなトラブルなく無事に試合を終えることができて、自信につながりました。 大分は温泉も温かいですが人も温かいです。ラグビーファンの皆さんをしっかりおもてなしできるように準備を重ね、お越しいただくことを心待ちにしています。 ◇大分スポーツ公園総合競技場(昭和電工ドーム大分) 屋根付きの多目的スタジアムで、2001年に完成した。車いす利用者も移動しやすいバリアフリー構造で、グラウンドの近くには臨場感を味わえる可動式の席も備えている。JR大分駅の南東約6キロに位置し、同駅からバスに乗り換え、「大分スポーツ公園東」から徒歩約5分。 ◇なかつる・としのり 1963年6月生まれ、大分市出身。大分舞鶴高ではバレー部だったが、体育の授業でラグビーを経験し、魅力に引かれた。九州大卒業後に大分県庁に入庁し、農業や水産関係の部署に配属。2002年サッカー・ワールドカップでは大会組織委員会に出向した。昨年4月から現職で会場準備や日程調整を担当している。 |
試合前“魂注入パズル”ジョセフHC発案だった…田中史朗、15年大会を語る◆第8回W杯(2015年9月18日〜10月31日、イングランド) 日本代表のW杯の戦いを振り返る連載のラストは、歴史的3勝を挙げた前回2015年大会で、31人の代表らが絆を深め、試合前に闘魂を注入した情熱の「ジグソーパズル」を取り上げる。選手らがピースを組み、チームスローガン「JAPAN WAY」(日本流)を完成させて、試合に臨んだ。SH田中史朗(34)=キヤノン、当時はパナソニック=は9月開幕のW杯で指揮を執るジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(49)が実は発案者だったと明かす。(取材・構成=小河原 俊哉) 日本代表が、試合前の総仕上げとしたのが団結力を高める「魂」注入の儀式だった。ジグソーパズル。試合前に選手全員とスタッフがピースをはめ込み、桜を背景にした日の丸に、筆で描かれた力強い文字「JAPAN WAY」が浮かび上がった。縦10個、横14個のピースを組み上げると60センチ×84センチのサイズに。試合数日前にリーチが配り、最後の1ピースをリーチが選手の前で組み完成させた。 ジョセフHCがスーパーラグビー・ハイランダーズHC時代に選手を鼓舞したアイデアから「ヒントを得た」(田中)。当時、同チーム所属の田中によると、ジョセフ式は「100円均一のような安っぽい鍵」を渡し、試合当日に集めてひもで束ねる。「これで勝利への箱が開くと。一人では何もできないけど全員の力が集まれば何でもできるということだった」。 前回大会を指揮したエディー・ジョーンズは「まず軸となる15人。次に選んだのが、30人目の湯原と31人目の広瀬だった。ともにベンチ外だが、振る舞いや練習態度で大きな影響を与える。チームカルチャーに影響するから入れた」と31人の最終登録選手の選び方にも団結へのアイデアがあったことを明かす。 イメージビデオも作成。BGMは「聴けば心がざわざわする」(堀江翔太)という英ロックバンド「コールドプレイ」の「Viva La Vida」。映像には4年間代表活動しながら、最終登録に残れなかった選手が登場し「誰もが彼らの分まで頑張ろうという気持ちになった」(堀江) 「最後に大事なのは戦術よりも情熱の部分。(ジョセフには)指揮官に必要な人を巻き込み、鼓舞する力がある」と田中。今回も闘魂注入儀式はありそうだ。悲願の8強入りへ、前回大会3勝の立役者・五郎丸歩は「ベスト8というのは日本の誰も見たことがない景色。達成して、ラグビー界、スポーツ界が大きく発展していってほしい」と心からエールを送った。(敬称略、おわり) ◆15年W杯大会の日本 2大会連続の1分け3敗から、大躍進の3勝を挙げた。1次リーグ(L)初戦でW杯2度優勝の南アに歴史的金星。中3日で迎えたスコットランドには敗れたが、サモア、米国に勝ち、南ア、スコットランドと3勝1敗で並んだ。しかし、4トライ以上で得られるボーナス勝ち点の差で敗退が決定。1次Lで3勝して決勝トーナメントに進めない史上初のチームになった。 |
ラグビーW杯100日前 田中史朗インタビュー(3)「自分の中での人生最後のW杯」 9月20日に開幕するラグビーW杯まであと100日となった12日にあわせて、SH田中史朗(34)=キヤノン=がインタビューに応じた。3回に分けて全文掲載するうちの、最終回です。 −BKでは最年長。トンプソンが入るまではチーム最年長だった。 「あんまり変わりはしないですね。少し不安がでたくらいですね。争いというか、自分の能力への不安ですね。足も遅いですし、フィットネスもないですし、経験だけではラグビーはできないので必死になって高めているところですね」 −どこを上げている? 「すべてです。(宮崎合宿前の)休みの時期にフィットネスを上げてきたので、今は走れている状態だと思います。あとはスピード、パスの精度、キックの精度を上げていきたいと思います」 −15年はスーパーラグビー(SR)のハイランダーズでプレーしてからW杯に入った。 「リザーブが多かったんですけどチームをコントールする意味ではすごいいい経験になりましたし、もっともっと自分を高めないといけないなというのは思いました」 −SRのチームは、例えばニュージーランドだとSRからそのままW杯に行く。そういう意味では今回、サンウルブズ(SW)でもっと日本代表を見たかったという声もあるが。 「そこはジェイミーの考えなので。その分(日本代表候補で編成し練習試合を行った)ウルフパックでしっかり固まってできましたし。欲を言えばもっと厳しい相手とやりたかったというのはありましたけど。SWはSWで海人(茂野)であったりヤンブー(山下)あったり山中であったり、若くしていい経験できた選手がいるので日本ラグビーにとっていいことじゃないかと思います」 −ハイランダーズ時代にヘッドコーチ(HC)だったジェイミー・ジョセフHCとW杯を目指せることはどんな気持ちか。 「ジェイミーとブラウニー(トニー・ブラウンアシスタントコーチ)、二人と一緒にできるのは光栄なことですし、そのためには僕が(W杯代表の)31人に選ばれてW杯に出る権利を得なければいけないので、そのために今は必死でがんばっている。本当に彼らと一緒にW杯でラグビーをしたいなと思います」 −ハイランダーズ時代はW杯にこの3人で出るとは思ったか。 「全く思っていなかったですね。でも途中から、日本ラグビーにジェイミーとかブラウニーが興味を持っているということなので、もしかしたらってなっていたんですけど、僕が31歳の時だったかな。15年のW杯で終わると思っていたのでそんなに意識していなかったですね。日本のラグビーが彼らが入って変わればいいなというのはずっと思っていました」 −ブラウニーとは三洋電機時代に選手として一緒にやったが、一緒にやりたいという気持ちは高まっていましたか? 「ずっと高まっていました。彼がいなかったら僕もここまでこられなかったですし、彼と一緒だから日本ラグビーを変えようと思いも持てましたし、本当に彼と一緒にラグビーができて幸せです」 −一番そう思えるときはどんなとき。 「彼の戦術とか取り組み方ですよね。本当に今まで出会ったコーチの中で知識は高いですし、その中で選手へのアプローチもうまいですし。深いしアプローチもできる。プレーヤーとしてもすごかったですけど、コーチとしてあらためて彼のすごさが分かりましたし、勉強になりますね」 −3度目のW杯、特別感みたいなところは 「僕も一生できるわけではないですし、能力もそんなに上がってくる感じでもないので、僕の中では最後になるのかなと感じているので。でも経験があるので不安は全然ないし楽しみの方が強くなってきましたし、自分の中での人生最後のW杯をどれだけ楽しんで、結果を残せるかなっていうところが重要になってくると思います」 |
女優・山崎紘菜と元日本代表・広瀬氏がW杯日本大会の見どころを伝授ラグビーのW杯は近づくけれど、本当に面白いの? そんなあなたにおすすめ! 元日本代表主将でW杯アンバサダーの広瀬俊朗氏(37)と、ラグビー好き女子の代表で大学選手権イメージモデルやトップリーグアンバサダーも務めた女優の山崎紘菜(25)が、W杯のあれこれをフリートークします。 広瀬「W杯開幕まであと100日。4年前の100日前は、僕は日本代表にいて、めっちゃ緊張感があった。ずっと宮崎で鬼のような合宿をやっていて(※別項1)」 山崎「トラウマになるぐらいと聞きました。エディー(・ジョーンズ・ヘッドコーチ)さんのときの選手はみんな言いますよね。あの(宿泊先)ホテルに行きたくないと」 広瀬「ホテルのにおいとか、エレベーターの音とかまで、しみついている。2016年にイベントでそのホテルに行ったら、心拍数がえらく上がりました」 山崎「ジェイミージャパンはエディーさんのときより練習量が少ないようですが」 広瀬「チームのベースは前に比べてできているから、大丈夫かなという気はします。ただ、4年前は日本代表に対する期待はそんなに大きくなかった。今回はホームということもあって、ファンの方も“いけるんとちゃうか”という思いがあると思う。それが逆にプレッシャーにならなければいいけど」 山崎「ラグビーのW杯って、まだ9回目。21回もやっているサッカーに比べると、歴史は浅い」 広瀬「それはラグビー独特の文化も関係しているんですよ(※別項2)」 山崎「注目するチームや試合はありますか」 広瀬「ウェールズはテストマッチ14連勝中で、一気に優勝候補に躍り出てきた」 山崎「1次リーグD組ですね。同組のオーストラリアに勝つかも」 広瀬「あと、(大会2日目の9月21日にある)ニュージーランド−南アフリカは外せない。この日は国連が定めた国際平和デーでもあるんです」 山崎「そうなんですね。私は去年の11月に仕事で南アフリカに行ったんですが、複雑な歴史があって、それでもラグビーで一つになった国ですよね」 広瀬「出場国の国歌をスタジアムの観客全員で歌えれば、おもてなしになる。そういう趣旨で『スクラム・ユニゾン』というプロジェクトを始めました(※別項3)。国歌を歌いながら、その国の背景や成り立ちなども覚えれば、すごくいい」 山崎「試合の前の日って、どんなことをしていたんですか」 広瀬「僕らのときは、スパイクを磨いていましたね。選手だけで戦術確認した後にみんなで磨くんですけど、空気感がよくて。“お前のスパイク派手やな”とか、そんな会話がいい」 山崎「なるほど」 広瀬「きれいにしておくと心が整うということもあるし、試合でピッチに出るとき、相手より自分たちのスパイクがきれいだと『勝てるな』と自信にもなる。日本も頑張って、優勝に近づいてほしいね」 山崎「知っていますか。優勝カップ(ウェブ・エリス杯)のてっぺんに、パイナップルが彫刻されているんですよ(※別項4)」 広瀬「それは知らんかったなあ」 ■山崎 紘菜(やまざき・ひろな) 1994(平成6)年4月25日生まれ、25歳。千葉県出身。東宝芸能所属。2011年「第7回東宝シンデレラ」で審査員特別賞を受賞。12年、「僕等がいた」で映画デビュー、同年12月のフジテレビ系「高校入試」でドラマデビュー。今年9月公開の映画「スタートアップ・ガールズ」で主演を務める。昨季のトップリーグアンバサダー。171センチ。血液型A。 ■広瀬 俊朗(ひろせ・としあき) 1981(昭和56)年10月17日生まれ、37歳。大阪・吹田市出身。5歳でラグビーを始め、大阪・北野高、慶大を経て2004年に東芝入り。SO、WTBを務め、07年に日本代表初選出。15年W杯に出場するなどキャップ28。慶大、東芝、日本代表で主将。16年に現役引退、今年2月に東芝を退社し、ラグビーの普及活動にいそしむ。現役時代は173センチ、81キロ。 (別項1)午前5時から過酷な4部練習!! 2015年W杯前、エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチに率いられた日本代表は、宮崎市内で午前5時から過酷な4部練習をこなし、体力の向上に励んだ。動き続けて走り勝つ、日本の戦い方の土台を構築。W杯本番では初戦の南アフリカ戦に、ノーサイド寸前のトライで34−32の大逆転勝利。世界をあっと言わせ、日本史上最多の3勝を挙げた。当時の代表選手は今でも「あの練習は二度とやりたくない」と話すほど、極限まで追い込んで成果につなげた。 (別項2)プロ化“遅らせた”アマチュアリズム 英国で発祥したラグビーは、当該チーム同士の了解で試合を行うという「対抗戦形式」が重んじられ、厳格なアマチュアリズムも守られていたことで、国と国同士が対戦する「テストマッチ」も第三国で実施しない時代が長く続いた。統括団体の国際ラグビーボード(現在のワールドラグビー)がこの規約を撤廃し、1987年に第1回W杯をニュージーランドとオーストラリアの共催で開催した。早い段階からプロとして発展したサッカーのW杯が1930年に始まったのに比べ、半世紀以上も後れをとった。 (別項3)ユーチューブにカタカナ表示で 「スクラム・ユニゾン」は、W杯出場国の国歌をみんなで覚え、スタジアムで歌っておもてなしをしようと、広瀬氏が提唱したプロジェクト。村田匠さん(元日本代表FL村田毅の兄)、田中美里(みり)さんのミュージシャン2人も協力。ユーチューブで、子供でも歌えて覚えられるように、カラオケのように歌詞をかたかなで表示して各国の国歌をアップしている。 (別項4)18〜19世紀の欧州貴族あこがれの果実 W杯優勝チームに授与されるのが「ウェブ・エリス杯」。名前の由来は1823年、英国・ラグビー校でのフットボールの試合中に、ボールを持って走り出すという、当時は禁止された行為でラグビーの起源となったと伝えられるウィリアム・ウェブ・エリス少年から。高さ45センチ、重さ4.5キロで銀メッキが施されている。 パイナップルは18〜19世紀、欧州の貴族があこがれた果実。英王室もさまざまな装飾などに取り入れた。テニスのウィンブルドン選手権の優勝トロフィーにも、パイナップルがちょこんと乗っている。 |






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