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14時から会津若松で「会津陸上競技協会60周年」の記念講演でした。
業界の人に講演をするのは、ちょっと難しいと思います。
陸上の技術論などはいいのですが、講演となるとねえ・・・・
ちょっとやりづらい点もありましたが、まあ20年以上のお付き合いですから・・・・・
夕方から懇親会です。
さすが酒どころ会津の懇親会は、お酒を飲む速さが違いました。
全員元短距離走者かと勘違いするくらい、ピッチが速い、速い、速い。
大先輩のK井先生などは、速射砲のように目にもとまらぬ速さで次から次へとビールをさし出されます。
とりあえず、一段落したあたりで、
「川本先生は普段は何を?」
「焼酎のお湯割りをお願いします」
で、早速、教え子の星先生が甲斐甲斐しく作ってくれたのですが・・・・
一口も飲めないまま、「先生、この田島の酒が、うまいんだ!」
「飲んでくなんしょ」
と次から次へ、コップに日本酒が、注がれます。
「純米酒は、アルコールを混ぜないから悪酔いしないんですよ!」
「そうですか!」なんて、講釈を真に受けて、飲んでしまいました。
ちょっと、休んで!なんて暇はなく、
ビールもドンドンつがれます。
それだけ、大切にしてもらっているんだなあと、会津陸協のみなさんに感謝です。
これが、だれも来てくれなくて、一人ぽつんと、教え子が作ってくれた焼酎のお湯割りをチビチビ飲んでいる姿は、淋しすぎるモンね。
体調は、非常に悪かったのですが、これだけ愛されている(錯覚?)んだから、楽しもう!とドンドン飲んでしまいました。
体調の悪さは、久々(10年ぶりくらい)に感じました。
昨夜の感じからだと、今日の講演は難しいかな?という状態。
でも、講演が始まると、アドレナリンが出てくるんですかね?
凄く、ハイな状態に入って、全然、大丈夫でした。
終わって、ほっとして、ちょっと不調に。
会津陸協の強化合宿に行っていたのは、20代の頃。
その頃は、ビール少し(コップ1〜2杯)で酔えました。
練習が終わって、宿舎に会津の先生方が、夕食を一緒にといらっしゃいます。
そこで、ビール瓶が数本空くのですが、それと同じくらい一升瓶が空きました。
川本が飲んだのは、数本のビール瓶のうち0.5本くらいです。
無理しても0.7本くらい。
そこから「先生、飲みに行こう!」
えっ?これから?
そう、そこから飲めなかった川本にとっては「市中引き回しの刑」の始まりでした。
本当に心から歓待してくださっているのは、痛いほどわかりました。
会津の三泣きというのがあります。
会津に来る時には閉鎖的な人間関係に泣かされ、
馴染んでくると人情の深さに泣かされ(住むと気候、風土の厳しさに泣くという説も)、
出ていくときは会津人の人情が忘れがたく泣く。
一旦気に入っていただければ、本当にやさしい!
その情の深さで、飲みに連れ出していただいているのですが、川本の1泣きはお酒でした。
でも、どんなに、何軒飲んでも、会津の先生方は、翌朝グランドに行くと
先に来ていて、グランドに水まきしながら(いまでも土のトラックです)「川本先生おはよう!昨日は眠れた?」
いや、バタンキューです。
本当にそんな姿も勉強になりました。
あれから20年。ここは、少しは成長した川本をみせたかったのですが、力が発揮できませんでした。
10年ぶりの体調不良です。残念。
2次会では、60周年にちなんで「まつり」を歌ってしまいました。
気がつけば、山内強化部長がいない!
えっ?川本は途中で眠っていた?
さすが思いやりの山ちゃん。
川本を起こしちゃ悪いと、そっと、別れのキスをして帰っていました。
雪下先生にホテルまで送ってもらいました。
2次会のところからホテルまですぐそこ(近所でしたが)だと思って
「先生、一緒に帰りましょう」雪下先生がというのを
「大丈夫、一人で帰れるから」と断っていたのですが、
ホテルは、自分が考えているところになく、そのまま一人で帰ったら、会津神明通りをずっと歩き続けることになったと思います。
やっぱり酔っていました。
今日の反省:純米酒は悪酔いはしないが、飲めば酔う。
でも、会津の先生方の真心に触れ、本当に心温まる夜でした。
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