徴用工問題を考える

徴用工問題を考える

 
「希望@こぶちさわ」1125日号に、東京朝鮮学校生が東京新聞に投稿した記事<「徴用工」問題に誠実な対応をー異常な日本のマスコミに疑問!>の抜粋が掲載されていた。「日本と韓国の不一致点のみを拡大し、さらに反韓国・反朝鮮感情を強める日本の報道や日本政府の方向には強く疑問を感じる」という趣旨の発言であるが、私が注目したのはその中で石川啄木の「地図の上 朝鮮国にくろぐろと 墨をぬりつつ秋風を聴く」という歌を引用して「朝鮮人である私はこの歌が好きだ」と共感を示している所である。
 1910年(明治43年)821日付の韓国併合に関する勅令第318号「韓国ノ国号ハ之ヲ改メ爾今朝鮮ト称ス」を発布した。天皇の名において韓国の国号を剥奪し、植民地化することを宣言したのである。この歴史的事実を踏まえてもう一度先掲の歌を読むと啄木があえて「朝鮮国」と詠った意図が鮮明になる。この点を強く指摘したのは『団結すれば勝つ、と啄木はいう』(2018年 影書房)の著者碓田のぼるである。そこに啄木は「勅令に現れた<強権>に対する抵抗と批判」を込めたのだと彼はいう。 新領土朝鮮半島が地図に赤く染められた。それをみて啄木は黒く塗りつぶしたのである。 
 著書は戦後の石炭危機の時、石炭増産隊の一員として北海道炭鉱に派遣された。その時、戦時中朝鮮人労働者が住んでいた宿舎のベニヤ板壁に、偶然朝鮮文字の落書きの中にこの歌が小さな文字で記されているのを発見した。この歌の前には「今日もまた胸に痛みあり 死ぬならばふるさとに行きて死なんと思ふ」というこれも啄木の歌が記されていたという。
強制連行された韓国人の望郷の念がこの歌を歌集から選ばせたのだろう。失った祖国に対する限りない愛着が啄木の歌を介してほとばしらせているように思う。
 祖国を侵略され剥奪された国民のルサンチマン、怨念は、100年の時を経ても消滅することはないだろう。そのことを若い学生は証明して見せた。しかし彼はその思いを胸に秘めて「自国の植民地となった朝鮮を心哀しく詠った」啄木のように「相手の立場に立ってその心を推し量るという日本の<思いやり>の精神に根付いた」心づかいを今の日本、日本国民に訴えているのである。
  • 韓国・徴用工判決「解釈」を変えたのは誰か? 山本晴太 「世界」20191月号
    で、「個人の請求権」について詳述されている。
  •                                          (2019年1月17日)

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ニシキギの紅葉


庭の花もあらかた散って、すっかり晩秋の景色になった。庭を彩っているのは真っ赤なニシキギと黄色のダンコウバイの紅葉だ。ダンコウバイは春1番に黄色い花を開く。いわば春告げ花で、長い冬もようやく去ってくれたかとうれしくなる。ニシキギは何本か庭に自生している。(2018年11月15日)
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窓からの眺め

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窓からの眺め・みみじ1

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庭のキノコ

イメージ 12018年9月30日

 キノコを発見するとどういうわけか殻中から笑いがこみあげてくる。
 今年はキノコの当たり年のようだ。庭の草を抜いていたら思いがけずヌメリイグチが隠れていた。
 ヌメリイグチはこのあたりではジゴボウともいって、親しまれている。よく見かけるキノコだ。
 昨日はおばさんが裏の林に入ってキノコ狩りをしている姿を見かけた。そこにもヌメリイグチがまとまって生えていた。おばさんはそれをきれいに採って行った。
 食べるときは傘の裏の網目のような部分をこそぎ落とす。すまし汁に入れるとかすかにキノコの香りがして、ジャキジャキと歯ごたえがする。しかし用心深い細君は敬遠勝ちで、我が家は2,3本が限度というところだ。ひところはクリタケも林の落葉樹の根元に群生していたが、乱獲で菌が途絶えてしまった。今シイタケを栽培している。雑菌に負けずにうまく育ってくれるのを期待している。
 実は私の父はキノコ名人で、よく一人で秘密の場所に行き、背負い籠いっぱいに、杉の葉を間に敷き、千本シメジやら一本シメジ、マツタケなどを採ってきた。子供の頃その籠を覗きこんで大喜びをしたのを思い出す。
 

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