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「経営とは会社を潰さないことだ。そして経営には会計が不可欠だ。しかし会計数値を鵜呑みにしてはいけないそれは『隠し絵』であり、『だまし絵的』であるからだ。『隠し絵』が見つかれば、数字の裏に潜む本質を的確につかむことができる。『だまし絵』を信じ込むと、とんでもない判断ミスを犯してしまう」



「もう一度会計とは何かを考えて欲しい。会計はあくまで会計ルールで表現された要約データであり、近似値に過ぎない。事業計画や月次計画を会計数値に置きかえたものが年度予算であり月次予算だ。そして、実際の活動結果を会計数値に置きかえたものが月次決算数値だ。どちらも要約であり、近似値だ。これらを比較しても事実には迫れない。金額を比較するのではなく、その背後にある事実を比較するべきなのだ」

つまり、PDCAサイクルが有効に機能するには、予算と実績の背後にある現場レベルでの「計画した作業」と「実際の作業」を比較することが肝心なのだ。


日本海海戦は二日間つづく。しかし秋山真之は終生、
「最初の三十分間だった。それで対局がきまった」
と語った。さらにこうも語っている。
「ペリー来航後五十余年、国費を海軍建設に投じ、営々として兵を養ってきたのはこの三十分間のためにあった」



「君は参謀官だそうだから、心形刀流の極意を教えておこう」
といって、剣の上での実例をいくつか挙げ、「剣にかぎらず物事には万策尽きて窮地に追いこまれることがある。そのときは瞬息に積極的行動に出よ、無茶でもなんでもいい、捨て身の行動に出るのである、これがわが流儀の極意である」といった。
佐藤はこの言葉をよく覚えていた。



「戦略目的を犠牲にしてまで敵の漂流兵をすくうのは、宋襄の仁である」
とまで真之はいったが、上村にとっては戦争は人間表現の場であり、敗敵へのいたわりがなければ軍人ではないという頑固な哲学があった。かれは日清戦争のときも敵の捕虜たちを艦に収容するとき敵の面目を考え、堵列する水兵たちに廻レ右をさせて背を向けさせた。


…なにしろ人類が戦争というものを体験して以来、この戦いほど完璧な勝利を完璧なかたちで生みあげたものはなく、その後にもなかった。
「六分どおり運でしょう」
と佐藤はいった。梨羽はうなずき、僕もそう思っている、しかしあとの四分は何だろう、と問いかさねた。
「それも運でしょう」

とくに東郷は、
「海戦の要諦は、砲弾を敵より多く命中させる以外にない」
という平凡な主題を徹底させ、かれの戦略も戦術もこの一点に集中させたのである。



決定的な差をなしたのは、むしろ西郷とその部下が開発した射撃指揮法にあったでだろう。

…東郷の統率のおもしろさは、その原則を示しただけで。その実際上の運営方法については各艦の艦長と砲術長にまかせたことである。
東郷の原則は、
「砲火指揮は、できるだけ艦橋で掌握し、射程距離は艦橋より号令し、放題にて毛頭これを修正せざるを可とす」




「海戦に勝つ方法は」
と、のちに東郷は語っている。
「適切な時機をつかんで猛撃を加えることである。その時機を判断する能力は経験によってえられるもので、書物から学ぶことはできない」
用兵者としての東郷はたしかにこのとき時機を感じた。そのかんは、かれの豊富な経験から弾き出された。



水戦のはじめにあたっては、わが全力をあげて敵の先鋒を撃ち、やにわに二、三艘を討ちとるべし」


東郷はかねて、
「海戦というものは敵にあたえている被害がわからない。味方の被害ばかりわかるからいつも自分のほうが負けているような感じをうける。 敵は味方以上に辛がっているのだ」
というかれの経験からきた教訓を兵員にいたるまで徹底させていたから、この戦闘中、兵員たちのたれもがこの言葉を思い出しては自分の気をひきたてていた。真之でさえこの戦闘中、東郷の言葉を思い出しては自分の気持ちを保った。


日本の砲弾は、世界のどの海軍の砲弾にも似ていなかった。下瀬火薬を詰めこみ伊集院信管をはめこんでいるために細長かった。
かつてこの砲弾を相手に戦った旅順艦隊の連中は、この砲弾に、
「鞄(チエモダン)」
というあだなをつけていた。
…
「ちょうど薪をほうり投げたように」
…
「飛んでくる水雷のようだ」
…
「これは砲弾という機雷である。炸裂すると不消散質の煙をぱっと撒き、海中に落ちてさえ破片がとんでわれわれに被害をあたえた」


この独裁者は、幕僚の助言を雑音程度にしかおもっていなかった。かれは自分の頭脳のみに信頼をおいていた。しかしこの錯綜した戦闘場面での指揮においては頭脳が占める部分は寡少であった。それよりも勇気が行動を決定するべきであった。が、ロジェストウェンスキーに不足しているものはそれであったかもしれない。



が、ロジェストウェンスキーがふりかざした一刀は不幸にも外れた。弾は三笠に命中しなかった。ロシアは、射撃理論において日本よりも甚だしく遅れていた。日本の加藤寛治が開発した射撃指揮法のようなものは持っていなかった。


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