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今回の記事は、諸事情によりアップのタイミングを逃し続けていたものです。
6月に、以前から興味を持っていた、伊豆箱根鉄道大雄山線5000系の検査のための甲種輸送を、日ごろお世話になっている方のご協力で、撮影することが出来ました。
伊豆箱根鉄道は、鉄道線では起点の離れた2路線の、大雄山(だいゆうざん)線と駿豆(すんず)線を有する鉄道です。
その起点は、大雄山線が小田原・駿豆線が三島と、JR東海道本線の約36kmも互いに離れた駅にあり、珍しい路線構成の私鉄と言えるでしょう。
小田原を起点に9.6kmの路線長である大雄山線は、営業用車両は自社発注車の5000系で統一されていますが、線内に自前の定期検査工場を持っていないため、検査の際には東海道線を経由して、駿豆線の大場(だいば)駅に隣接する、大場工場まで輸送されます。
東海道線内を経由するため、そこではJR貨物の機関車に牽引される、「甲種鉄道車両輸送」の形態を取ります。
その甲種では、小田原駅構内のJRと大雄山線を結ぶ連絡線に架線が引かれていないため、電気機関車の誤進入を防ぐために、ワム80000が8両、「介在車」として連結されます。
したがってJR線内では、”電気機関車+ワム8両+電車”という、これまた一風変わった「混合列車」のようなシーンが見られます。
それはまた見どころではあるのですが、自社線内の輸送も、これまた魅力に満ちています。
今回はその中で、大雄山線の輸送をご紹介します。
上で述べましたように、大雄山線の営業車両は、自社発注車の5000系で統一されています。
5000系は全7編成ありますが、1984年から1996年と長きにわたって製造されたため、製造時期により外観にもバリエーションが見られます。(詳しくはこちら→ウィキペディア「5000系電車」)
大雄山線は、12分ヘッドのフリークエンシーが実現されているため、本命の回送が来るまで、数多くの車両を練習で撮影することになりました。
その中から2枚を上げます。
これは、ラストナンバーの第7編成・5013F 飯田岡〜穴部間にて(右下クリックで拡大します)
ステンレスボディーにLED表示・前面のスカート(排障器)が特徴です。
続きまして
こちらは、トップナンバーの5001F。 飯田岡〜穴部間にて(右下クリックで拡大します)
鋼製ボディーで、幕ならぬ「バイナリー・ヘッドマーク」という電照式の行き先表示、前面にはスカートはありません。
十分すぎるほど沢山の先行列車で練習するうち、やがて本命がやってきました。
コデ165+5005F 飯田岡〜穴部間にて(右下クリックで拡大します)
キター!これが有名な「コデ」です!
旧型電車然としたスタイルに、真っ黄色の車体、サイドにペイントされたブルーの稲妻・・・
マイナーチェンジはあるもののスタイルの印象は大体同じ感じで、悪く言えば「変わり映えしない」5000系ばかりが行き交う中に、この存在感は強烈です。
この「コデ」が見たくて、小田原近辺までやって来たんですよ。
コデの足元のあじさいで、少しは6月の季節感が出せたでしょうか(笑)
このコデ165ですが、もともとは鉄道省30系電車にルーツを持ち、相模鉄道を経由して大雄山線にやって来て、1997年に事業用に改造された、という経歴を持っています。(詳しくはこちら→ウィキペディア「コデ165形」)
鉄道省30系電車といえば、今度開館するJR東海博物館に展示予定の「クモハ12041(←クモヤ22←モハ10←モハ30)」と、メーカーや製造年度などが違うものの、ルーツを共通する車両になるわけですね。
そういえば、私が昔鉄道本で見たことのある大雄山線といえば、この「コデ」みたいな旧型電車が、西武鉄道の「赤電」みたいな色でたむろしていたような記憶があります。
「赤電」みたいだったのは、伊豆箱根鉄道が西武鉄道グループに属するからだと読んで納得です。
そういえば、今の5000系も「ライオンズブルー」の帯が入っていますね。
さて、小田原駅へ、上にも書きました「混合列車みたいなシーン」を見に行くという手もありましたが、今回は東海道線内は割愛し、せっかくなのでコデの返しの単回も撮影していくことにしました。
コデ165 回送 穴部〜飯田岡間にて(右下クリックで拡大します)
住宅地の真ん中に、わずかに見付けた田んぼをバックに、狩川の堤防から俯瞰。
沿線をロケハンして感じましたが、住宅開発が相当進んでいるようで、なかなか開けているポイントがありません。
それにしてもこの奇抜な塗装、どなたが考えたのでしょう。
前任の「コデ66」は「赤電」の塗装をしていたようなので、この「コデ165」が事業用に改造を受けるにあたって塗装されたようなのですが、なかなか考え付かない斬新なイメージです。
正直以前の私は、この真っ黄色の塗装とHゴム化された前面の窓が旧型電車にふさわしくなく感じて、コデを敬遠気味でした。
しかし、いまや関東地方のみならず全国的にも稀有な、旧型然としたスタイルの貴重な電車ということで、伊豆箱根鉄道内でもただ1両という希少さもあり、価値あるものと魅力も感じています。
振り向いてもう一枚。
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こんばんは。
伊豆箱根の鋼鉄電車になぜかとても魅力を感じる昨今です・・・^^;
2010/8/8(日) 午後 8:18
こんばんは。
コデが相模鉄道からやって来たのは知っていましたが、
鉄道省時代にルーツがあったとは…驚きました!
私はコデのシーンを撮ったことがあるので、
東海道貨物のPF+ワム8両のシーンと、客貨混合編成を撮影しました。
その後、大場に行くか迷ったのですが、湯河原の天気が不安定だったので、やめてしまいました。行っていれば、お会いできたのですね。
続編を楽しみにしております。
後ほど、トラックバックさせていただきます。
(限定記事だったかもしれませんが…)
2010/8/8(日) 午後 8:54
こんばんは。
コデ一度は撮ってみたいのですが休みが合わずいまだ撮影できず…
羨ましいです〜
[ kur**asa*statio* ]
2010/8/10(火) 午前 0:24
>ととさん
こんにちは。
伊豆箱根の鋼製電車・・・
今は駿豆線に元西武の鋼製電車も一部入線していますが、大雄山線の主力の5000系も、駿豆線の主力の3000系も、第一編成以外はみんなステンレス製ですからね〜。
ちょっと味気ないかも知れません。
そういう意味では、コデは超貴重な存在ですね。
そういえば、3000系は登場時オリジナリティーが評価されたのか、「鉄道ファン」の表紙を飾っていたような覚えがあります。
2010/8/10(火) 午前 10:45
>TOBBYさん
今頃はご実家でおくつろぎでしょうか?
私もコデが省電(国電)由来だとは、この時下調べするまで知りませんでした。
この日の箱根はかなり荒れ模様でしたからね。
大場に行かれなかったのは、ある意味正解だったかもしれません。
(ただ、大場は雨模様ではありませんでしたが・・・)
トラっクバックありがとうございます。
次回の記事でも、東海道線内甲種の説明に引用させて頂きたいと思います。
駿豆線の記事は間もなく書きますが、もしネットお出来になる状態になければ、お盆休み後にでもコメント頂ければ・・・と思います。
※「古い記事にもお気軽にコメントください」が弊ブログのモットーです(笑)
2010/8/10(火) 午前 10:53
>黒笹駅さん
黒笹駅さんもコデお好きですか〜そういえばお好きそうですよね、ゲテモノですし。
私がこういうのを大好きなのは、黒笹駅さんなら見破られていることでしょう〜(笑)
2年くらい前からローカル私鉄の機関車みたいなの(?)の魅力に目覚めてしまって、この日も本当は駿豆線のED31形メインで行ったんですよ。
でも欲が出てしまいました(^_^;)
伊豆箱根の甲種も「とれいん」や「ダイヤ情報」で事前に発表されますから、分かった瞬間に有休申請するしかないでしょうね。
それで本当に休めるかが大問題ですが・・・(^_^;)
今度はこの5005Fの出場が狙い目でしょうか。
2010/8/10(火) 午前 11:01
こんばんは。
前回コメントさせていただいた65が介在車のワムを8両牽引しているシーンの記事を作りました。
(作ってあったはずが見つからなかったのです…)
小田原に向かうシーンをトラックバックさせていただきます。
でぃっくさんのコデと凸の記事とで、一人では撮影不可能な大雄山甲種の一連の走行シーンが揃うかなと思います。
あと、小田原と三島の入れ換えシーンが揃うと完璧ですね(笑)
2010/8/13(金) 午前 3:34
>TOBBYさん
わざわざ(?)、記事作成して頂いてありがとうございます。
ここをご覧になった方が、そちらもご覧頂いて、一連の流れがお分かり頂けたらよいなあ、と思います。
かなり以前のお話ですが、いっしょうさんの掲示板に、三島か小田原か忘れましたが、入換シーンを投稿されていたことがありましたよね。
やっぱり物理的時間的に、コデとEDを優先すると、東海道線内は省かざるをえませんね。
間に箱根の山が立ちはだかりますから・・・。
でも頑張れば、コデ牽引→小田原受け渡し→三島受け渡し→ED牽引・・・というシーンのみなら、何とかいけそうな手ごたえは感じました。
2010/8/13(金) 午後 5:29
ご無沙汰しております。
伊豆箱根ですかぁ…毎回ダイヤ情報を見て気にはなっていましたがなるほどこのような感じになっているのですね♪
初めて大雄山線を見た時は5001Fが導入されたころで旧型車がメインでした♪
[ りんてつ ]
2010/8/14(土) 午前 4:09
>りんてつさん
お久です。ご多忙ですか?
私もいろいろな方のレポートで、大雄山線の車両の甲種の様子は拝見してはいましたが、実際二つの路線の距離間が掴めたことと、やっぱり生のEDやコデの活躍を見られたことは、非常にためになりました。
私が初めて大雄山線の存在を知った頃も、旧型車の赤電ばかりでしたね。
私にはいまだに、そのイメージが消えません。
2010/8/15(日) 午前 1:28