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先週金曜日(2015年9月25日)にひたちなか鉄道へ譲渡のため、東海交通事業の城北線で働いていたキハ11 201が、稲沢から陸送されました。昨日無事、現地に到着したそうです。
元来「国鉄瀬戸線」としての開業を期されていた城北線。鉄道貨物輸送の凋落により特定地方交通線に指定されるような状態で半完成、そして気動車の単行のみが線内を行き来する形態で、別事業者として開業したその経緯には、建設が計画されていた時代から存在を知るものとしては、感慨深いものがあります。
話を戻します。
前回の輸送はちょうど、東京ドームへポールマッカートニー大先生様を観に行った帰り途上で陸送中を迎え撃てる幸運にあいましたが、今回はできたら稲沢から出発していくところを見たいなあ...と思っていたのです。
夜に稲沢へ行くと、トレーラーのエンジンを起動して待機中でした。
稲沢のシンボル、下津の陸橋とエレベーター実験塔と機関区のカンバンと。
城北線での最後の週はさよならHMがついていたのですが、撮影に行けずに終了。なのでここで正面側に回って望遠でアップで撮ろうともくろんだら...あらら、ベロが上がったまんまでした。残念。
上からも。
リーフウォークの灯や機関車たち。時折列車も傍らを過ぎていきます。
深夜になり開門。
青いパトランプの先導車はおなじみです。
トレーラー運転手さんの匠の技、ジャックナイフで切り返しつつ門を出る。
日が替わって先回りして、近くの交差点で走行シーンを。一宮市内にて
リベンジしたくなり追いかけようかと思いましたが、この日は深追いしないと決めていたので、ここで撤収です。
ひたちなか鉄道の旧型車が置き換わるであろうことは旧型ファンとしてやや複雑ですが、かの地でもご活躍を祈念しています。
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国鉄瀬戸線。
城北線は枇杷島始発ですが、清洲からのルートも計画されていたんですよね。現在その計画されていた敷地には公園が出来ています。もし瀬戸線が通っていたら、清州城を再建する位置は今と異なっていたかも。。。
[ でんでん ]
2015/9/29(火) 午後 9:47
> でんでんさん
おはようございますm(__)m
国鉄瀬戸線のくだりは昔からの記憶と、後にちょっと調べた記憶だけでちゃんと調べず書きましたので、マチガイにツッコミをいただいたか?と一瞬ビビりました
1980年か82年だったかの鉄道ジャーナルに中京地区の特集号があり、未完であった瀬戸線について「岡多線(後の愛環)と東海道線と合わせて、旅客の環状運転の構想もある」と須田寛さん(当時の国鉄名鉄局長)が語っておられる記事がありました。
すべて“今は昔”のお話になってしまいました…
2015/10/1(木) 午前 8:00