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でぃっくは語る
鉄道写真撮影のド素人初心者がお贈りする、主に撮り鉄のブログです。

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1384Fの廃回

本日(2015年9月14日)、名鉄の異端編成1384Fの、大江〜東名古屋港の廃回がありました。
前夜〜日が変わって本日未明より前に、舞木検査場より大江に回着していたそうです。

正直すごく愛着があるわけでもなかったのですが、地元には運用上よく回ってきましたし、駅や沿線で見かけると、何か得をしたような気にさせる編成でした。
こんな思い出があります。
数年前、まだ幼くて、当時は鉄道に激しい興味を持っていた(笑)甥っ子が犬山駅で一緒に乗り鉄していた時に
『あれ!赤いパノラマスーパーじゃん!?』
と叫びました。
そっちを見ていなかった私が
「パノラマスーパーは赤くないよ、白だよ」
と言いかけて指さすほうを見ると、そこにいたのはこの1384Fでした(^^;)このとき私は「この子、天才じゃないか?」と思ったのでした。”親ばか”ならぬ”伯父ばか”ですね(汗)

さて本日、私はいつもの築港線で。
EL121は、高らかにMHを鳴らして通過していきました。
イメージ 1
7月のデキ600の廃回の時は奇跡のように曇りましたが、本日は見事すぎる秋晴れでした。

東名古屋港からは、”小さな巨人”ロコトラックに牽かれてデルタ線へ。
イメージ 2

イメージ 3
しんがりは、その編成名の由来となった1384号です。

イメージ 4
デルタ線を名電築港へすすむ。手前は築港線のレール、奥にはつり上げのため待機するラフタークレーン。


今回は編成切り分けもなく、速いテンポで吊り上げまで進行しました。
イメージ 5
レールオフ寸前の1シーン。

イメージ 6
大勢のギャラリーと名鉄職員さんに見守られ、1384が宙を舞います。

そのころ、東名古屋港では仕事を終えたEL121が待機。貨物華やかな昔はデキがゴロゴロしていたこの駅でも、真新しいELがいる風景はまだ新鮮です。
イメージ 7
吊り上げ作業が一息するころ、EL121は足早に大江へ帰ってゆきました。


イメージ 8
クレーン屋さんの匠の二丁吊りにより、あっという間に名電築港でダルマに…


イメージ 9
台車は、名鉄ロゴ入りトラックでどこかへ。どちらに向かったんでしょう?

あの大事故から数奇な運命をたどった1384F、復活の改造をされたのが新製よりずっと近年だったこともあり、「もう廃車?」という感想です。リンク先のおざようさんが、舞木で真っ赤に塗られた1134Fの残存車と新設キャブをスクープしていたのも忘れられません。

しかし7月に先陣を切って旅立ったのは兄弟の1133F、7500系の形見の足回りを纏う1030系も、ついに命運尽きる時が来たのですね。

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リンク先のつぼさんのブログの8月1日の記事で、8月2日に広見線の明智〜御嵩間で、「ぎふ清流国体」「ぎふ清流大会」の炬火リレーの特製系統板(HM)を付けた列車が走ることを知りました。
不覚にもこの情報、前日のその時まで、全く知りませんでした。
名鉄の国体関連でいえば、ラッピング編成が走っていることくらいしかチェックしておらず・・・
 
名鉄で記念系統板が付く列車が走るといっても、最近はなかなか食いつかない私ですが、御嵩町は隣町で準地元みたいな町ですし、我らが広見線を走る、しかも明智〜御嵩間というごくごく短距離にしか記念板が付かない・・・ということであれば、これは絶対に撮影するしかないでしょう(笑)
 
 
見ると、デザインが細かいので、沿線撮影ではあまり目立たなくなりそうで、しかしやはり広見線単線区間らしい駅間で列車としても撮ってみたい。
そこで当日は早めに明智駅へ到着して、まずはここで取り付けられると思われる、特製系統板の単体撮影をすることに決めました。
 
8月2日、列車の明智発の9:43より30分ほど早めに明智駅に着くと、八百津線廃止の日以来(?)と思われるほど地元の方々で賑わっていました。
それまで、当該列車にしか興味がなかった私ですが、ここにきてお祭り気分にスイッチが入りました(笑)
 
無人駅の明智ですが、名鉄の職員さんがこの日の対応のためたくさん出ておられましたので、板はどこにあるか、尋ねてみますと。
「ここでは取り付けませんよ、新可児からもう取り付けてきます」
と。
列車取り付け前に、板だけを撮影する、という目算が外れてしまいました(>_<)
 
どうしても板単体で撮りたい・・・しかしもう新可児まで戻っている時間もうはない・・・
更に伺うと、
「板は御嵩町さんからの借り物なので、列車が御嵩到着後、取り外してそのまま御嵩町さんに引き渡します」
ということでした。
それなら、駅間で撮影後ダッシュで御嵩駅に移動して、板の単体撮影を何としても成し遂げねば!
 
 
そんなやり取り後ほどなく、炬火リレーの列が明智駅にやってきました。
パトカーや白バイ、先導車や伴走車など、ものものしい様子でびっくり。
イメージ 1
炬火リレー隊到着直後の明智駅前。
 
式典の様子。
イメージ 2
聞えてきた周りの方々の声では、
「ケーブルテレビが来るよ。NHKも来るらしいよ」
ということで、地元マスコミのカメラも取り囲みます。
 
 
炬火とは聞き慣れない言葉ですが、早い話がオリンピックの「聖火」みたいなもので、乗鞍岳で採火されて、県内各地を一筆書きのルートで回っているそうな(ルートはこちら)。
この場においてもまだ知りませんでしたが、その炬火が、この日のその列車に乗車して、明智〜御嵩間を運ばれる、という画期的な出来事だったようで(汗)
 
 
明智の式典を撮影した後、急いで沿線撮影に移動。
明智〜御嵩間といえば、まず思い浮かぶのは顔戸〜御嵩口の鉄橋。
そのほか、御嵩口手前のインカーブなど、いろいろ考えましたが、ロケハン中に、まったくノーマークだった明智〜顔戸間の直線に同業者を発見。
考えてみれば、前後で板は異なるデザインなので後追いも撮らねばならない、ならば直線区間の方がいいのかも・・・と思い直し、その付近に陣取りました。
 
私的当日のメインイベント、列車撮影。
イメージ 6
6011F 明智〜顔戸間にて (クリックで拡大します)
 
数少ない木製架線柱を絡めてみました。
 
後追い
イメージ 7
(クリックで拡大します)
 
やはり板はあまり目立ちませんね・・・
ほとんど撮影経験のないこの区間でしたが、そういえば、ここで撮影するのはパノラマカー最後の御嵩入線のイベントの時以来です。
 
この日はのちに晴れてきましたが、この時は曇ってくれて、後追いもそれほど逆光にならず、助かりました。
 
 
 
撮影後は急いで撤収、御嵩駅へ。
列車はすでに到着していて、この列車に乗って明智から来た人たちでラッシュ並みの大混雑。
そこを何とかかき分けて、外されてきた系統板を、お願いして撮影させてもらいました。
イメージ 8
(クリックで拡大します)
列車前側に付いていたのは「国体」、同じく後ろ側のは「大会」のデザインだったんですね。
 
 
板も無事ゲットしましたので、何やら大騒ぎになっている駅前の広場も見物していきました。
イメージ 9
御嵩駅前の「御嵩宿さんさん広場」。 国体ののぼりと共に”乗って残そう名鉄広見線”ののぼりが泣けます。
 
中に入ると
イメージ 10
イメージ 11
地元の幼児たちと国体マスコット「ミナモ」が、ダミナモンスを熱演。
 
よく見ると、向こうの方に見なれない(失礼)ゆるキャラがもう一人います。
ミナモは県民のひとりとしてもちろん知っていますが、これは???
 
 
つづいて、炬火リレーの出発式典が。
イメージ 12
この後、リレー隊は次の目的地へ走り去って行きました。
 
御嵩駅で見かけたポスター。
イメージ 13
明智駅も御嵩駅も、大変なにぎわいと盛り上がりでしたが、地元の方々の意識の高さももちろん、こうした事前のPRも、ものを言っているわけですね。
(それに比べて隣町のわがK市ときたら・・・この前日8月1日にうちのすぐそばを炬火リレーが通って行ったらしいのですが、あまりの静けさに誰も気づきませんでした。通過時刻も全く聞いていないという・・・これでいいんでしょうか?)
 
※この日のこの炬火リレーのレポートは、国体のHP(→こちら)で見ることができます。
 
 
ところで、列車に付けられていた特製系統板ですが、今後また列車に取り付けられるような機会はないのか伺ったところ、
「今回限りで、そういうことはもうありません」
とのお返事。
せっかくの特製板、所要たった7分間の区間の片道に1回限りの取り付けなんて、あまりにも惜しいことですが、
本日8月4日の御嵩町のイベント↓
イメージ 3
で、展示されるそうです。
見逃した方で、ご都合の合う方はお越しください(笑)
 
 
 
のんびり駅間で撮影して終わり、のつもりが、式典や板の撮影で走り回って、汗だくになってしまたのでした。
・・・こんなはずじゃなかった(苦笑)
 
 
 
おまけ
私は御嵩町民でもなく、どちらかというと単なる興味本位で訪れた者ですが、行きがかり上、「国体応援用フラッグ」を頂いてしまいました。
私も岐阜県民なので、頂く権利はあるのかな?(^O^)
 
フラッグと、御嵩駅に久々に来た記念に駅舎を
イメージ 4
こちらは南側。
 
折しもやって来た、電車も絡めて(^_^;)
イメージ 5
こちらは正面。
 
結構この2枚、撮影に結構、苦心と苦労しました(笑)
 
 
 
※すべて8月2日撮影
 
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モ603、売却の危機!

名鉄各務原線高田橋駅近くにある、旧「手力大橋駅」に置かれている、モ603が、売却の憂き目に遭っているそうです。
ソースはこちら
 
「手力大橋駅」といっても、何のことかお分かりにならない方も多いでしょう。
それは2001年〜2002年頃にその地で開店して営業していた、焼き肉店の名前です。
ここには名鉄の旧600V区間の美濃町線で活躍していたモ600形の、603号が現役時代ほぼそのままの姿で置かれていることで有名でした。
モ600形は6両存在しましたが、2000年に新型のモ800形の登場により、そのうち601〜605の5両が一挙に廃車になりました(詳しくはこちら)。
(ちなみにただ1両現役で残った606号ですが、2005年3月末の名鉄600V路線全廃の後、惜しくも解体されてしまいました。)
その内601は旧美濃駅に展示され、605が旧清見村のリゾート施設のカラオケルームになりました。
 
それらはどちらも座席が撤去され、内装が原形を残していないのに対して、旧「手力大橋駅」のそれは、完全ではありませんが、ほぼ原形が残っています。
 
 
ところで管理人でぃっくは、その「手力大橋駅」で焼き肉を食したことがあります。
それは、いつもお世話になっているWebサイトのオフ会だったのですが、経営者の方も気さくな感じだったのを、何となく覚えています。
車内はモ600形の特徴であった転換クロスシートが残され、自分もかつて現役時代に多分乗車したことがあろうその中で、Web上以外でほとんど会話したことがない仲間と対面して焼き肉を食べるのは、不思議な体験でした。
 
ところがその後、焼肉店は閉店し、ラーメン店やシーフード(?)などいくつかの経営者の手を経て、いちばん最近は託児所として使われるなど、流転の人生(車生?)を送っているようです。
 
そして現在は「売却」の憂き目に・・・
美濃町線の近代化に貢献し、ローレル賞も受賞したその600形の貴重な生き残り、603号が、何とか幸福な道を見付けてくれることを、祈るばかりです。
 
画像は、私の撮影した数少ないモ600形の1枚です。
イメージ 1
上芥見駅に停車寸前のモ606。 '04.5.1 「ISSHOU ROOM美濃町線撮影ミニオフ会」の際撮影(右下クリックで拡大します)
 
モ600形の5両が廃車になる前は、まだ撮り鉄らしいことは始めていなかったため、手持ちの写真は1枚もありません。
この606の撮影は数回していますが、600V線最後の頃の白帯が復活する前の写真となると、この時の画像以外は、他にほんのわずかしかないことに、今回気付きました(涙)。
 
 
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さる7月11日の深夜、名鉄本線黒田〜木曽川堤間で踏切事故に遭遇した6501Fが、翌7月12日深夜から13日未明にかけて、一時退避していた名鉄岐阜近くの茶所検車区から舞木検査場へ、修理のため回送されました。
その回送を、舞木付近で見ました。

本線を終電近くから回送された6501Fですが、衝突の衝撃で車体や足回りに傷みがあるせいでしょうか、超低速で茶所から舞木まで、3時間以上かけてやってきました。
牽引には、新川検車区から出動した、デキ601とデキ305の重連が当たりました。
通常ならば、このような回送はデキのプッシュプルで行われるところですが、このたびは衝突で岐阜方先頭車ク6501の連結器も傷んでいるらしく、重連の牽引になったようです。
イメージ 3
イメージ 4
デキ601+デキ305+6501F 藤川〜名電山中間にて(右下クリックで拡大します)
 
少しでも光源をと、踏切通過を撮影しましたが、何とか、デキ重連に牽引された編成の様子がお分かりになるでしょうか。
深夜であり、もともと光源のほとんど無い地区で、しのつく雨も加わって、撮影条件としては最悪です。
上の画像含め、以下全て拡張高感度(ISO12800)による撮影で、著しくノイズの多い画像が続きますが、ご容赦願います。
m(__)m

 
本宿から舞木に向かって折り返すわけですが、今回は上記のような事情で岐阜方(舞木方)のク6501にデキが連結できないため、更に低速での「推進運転」が行われました。
イメージ 1
舞木(信)にて(右下クリックで拡大します)
 
信号場の光源が得られる所で撮ってみました。
列車は手前方に進行しています。
ご存知の通り、当該事故では衝突した車両が炎上したため、ク6501の先頭部は黒く焦げているのが分かります。
一部塗装がはがれているような所も見受けられます。
 
イメージ 2
もう少し引きつけたカット。(右下クリックで拡大します)
 
うっすらと前面が照明に反射して見えます。
ク6501の、「鉄仮面」特有のステンレスエッチングの前面窓下飾り帯は、炎上にもかかわらず、健在のように見えます。
また、ヘッドライトが片目になっており、運転室内にはサーチライトとヘッドライト装備の、推進運転の前方監視員が乗り込んでいるようです。
編成のパンタグラフは上がっており、室内灯も点灯していますが、ク6501のみ消灯しています。
電気回路にもダメージがあるのでしょうか。
 
 
イメージ 5
イメージ 6
舞木検査場に入場していく編成を後撃ちで。(右下クリックで拡大します)
 
デキ重連で押されていく様子がお分かりになると思います。
画面奥に見えるのが、検査場内の灯りです。
 
 
イメージ 7
舞木検査場内1番線に到着。(右下クリックで拡大します)
 
未明にもかかわらず、舞木の職員さんが出迎え、心配そうに見守ります。
向かって右側は、舞木常駐のデキ303です。
 
 
この後すぐにデキ重連は解放され、本宿折り返しで本線を戻っていきました。
イメージ 8
デキ305+デキ601の重連単機 名電山中〜藤川間にて(右下クリックで拡大します)
 
最初の、入場編成を撮影したのと同じ踏切で撮影。
高速で飛ばして行きました。
 
以上の一部始終、約1時間くらいの間の出来事でした。
 
 
 
あれから約2週間経ちましたが、今のところク6501の動静は伝えられていません。
一部には、かの1384Fのような異端編成が出来上がるのでは・・・という推測の声もありますが、私が見る限り、下回りや電気回路のダメージはそれなりにあるものの、前頭部に関しては、鉄仮面の象徴の飾り帯も健在なようですし、板金や塗装の手直し程度で出場してくるようにも思われます。
 
イメージ 9
今回の集中豪雨による災害があった地点を、高い所から俯瞰した画像。
イメージ 1
昨日(7月16日)早朝の撮影です。
画面上方に見える、消防車が集まっている所が、今回トラックが流れ出した運送業者さんの駐車場です。
普段、問題の可児川の中州の右岸側の流路には、水は流れていませんが、今回はそこに流れた水があふれ出しました。
その駐車場付近一帯にあふれた水で、トラックが後方の県道と手前の可児川に流されました。
 
報道などでご存知の方も多いかと思いますが、画面右側=上流側直前の地点までは、護岸工事などの河川改修がされています。
個人的には、この中州一帯が全く手が加えられていなかったのは、景観を保持するための「行政の良心」とも捉えていたのですが、このたびは、それがあだになってしまいました。
 
 
さて、広見線が特にダメージを受けた可児川の鉄橋付近に、昨日昼休みに行ってみました。
イメージ 2
昨日の記事の、一枚目の画像と同じ所です。
12時過ぎの撮影ですが、既に列車が走りだしていました。
 
この手前1kmくらいの地点=旧春里駅跡付近には、「制限15km」という臨時の速度制限標が立てられていました。
実際この電車は、ほとんど5〜10km/hくらいの、超低速で通行していました。
 
正直この日の朝「午前中の開通を目指している」と聞いた時は、「この状況ではとても無理だろう」と現地を見て思ったものですが、実際11時台に開通したそうです。
復旧に当たった方々の奮闘・・・、本当にご苦労様です。
 
 
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