地方の私鉄
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昨年暮れに、「豊鉄の『おでんしゃ』に乗りませんか?」とお誘いがありました。少し迷いましたが、話題の電車でもあるし、興味があったので、二つ返事ならぬ三つ返事(?)でOKし、参加してきました。
当日は豊橋行き一特の指定席一列目をおごり、TKさんと共に、レッツゴー!
豊橋の駅を出ると、すでに「おでんしゃ」は入線して待っていました。
豊橋駅前にたたずむ、「おでんしゃ」のモ3203号。
駅前にて (右下クリックで拡大します)
赤ちょうちんが哀愁を誘います。
モ3200形は、もともとは、名鉄600V線にいた、モ580形です。モ580形は、その昔名鉄時代にも見たことがあります。
車体に貼られた、電飾やステッカー。
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現在は、懐かしいストロークリームに赤帯の「新豊鉄色」をまとう、唯一の車両のようです。
昔の豊鉄は、軌道線も鉄道線も、皆この色でしたね。
中の様子は・・・
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これは乾杯前のひとときですが、すでに盛り上がっていました。
奥にいる青い服の方が、豊鉄の接待係さん。ビールをついでくれます。
接待係さんは2名乗車しています。
料理は、こんな感じ。
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おでんは、乗車時にはすでに温まっていましたが、ひもを引っ張るともっと温まる、加熱容器に入っています。
プラスして、お弁当風のおつまみが、一人当たり一皿ずつ付きます。
数人当たり一皿ずつ、さらにおつまみがありました。
これだけ食べれば、お腹いっぱいです(笑)
電車が動き出すと、吊掛の音が響き渡り、鉄チャンでいっぱいの車内は、いっそう盛り上がります。
途中何度かある急カーブのクランクでは、やんやの歓声が。
車内にはカラオケセットがあり、発車間もなく、カラオケ大会が始まります。
最後まで皆さん、歌い通しでした。
乗車時間は往復で1時間15分となっています。
折り返し点の運動公園前では、トイレ休憩の時間もあります。
私は、撮り鉄のはしくれらしく、撮影にいそしみました(笑)
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電車の窓は、参加者の熱気(?)で、曇っています。 少し酔った体に、冷たい夜風が気持ちいい。
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Zパンタの付いた車両を、久々に見ました。
夜の電停に、旧型の路面電車。雰囲気いいですね。
「都電」こと、モ3500形もやって来たり。
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学生時代に見た都電は、全てこの形式でした。何とも懐かしい・・・
おでんの掛け紙。
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もちろん、元の折り目以外には折り目を付けないよう、慎重に持って帰りました(笑)
ワンカップの日本酒も付きます。
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私は「超」が付くほどの下戸なので、こちらも持って帰りました(^_^;)
(これを一杯飲んだら、多分私はシボウします・・・汗)
ビールは飲み放題です。
・・・楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまいました。
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戻ってきた駅前駅にて。
あちこちに、まだ話し足りない参加者の輪ができる、お約束の風景。
おでんしゃではブラインドが下がり、中で乗務員さんや接待係さんたちが後片付けをしている様子が伺えました。 気になる参加費は、3,500円でした。
路面電車の雰囲気と往復の音と振動付き(笑)でこのお値段は、リーズナブルではないでしょうか。
飲める方で鉄な方なら、特に楽しめるかと思います。
今回のお話は、いろいろな方々を経由して頂いたもののようです。
幹事さんをはじめお誘いいただいた皆さん、ありがとうございました。
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「伏木ヤードまつり」のレポート、最終回です。
この場所に置いてある車両の修復に一部携わっている「金沢市電2202保存会」のHPに、「伏木ヤードまつり」の開催予告のページが残っています。
私たちもこのページを見て出かけたのですが、まつりの楽しさを伝えるものなのでぜひ一度、ご覧ください。(→こちら)
さて、私たちは氷見線の雨晴海岸を後にして、再び「伏木ヤードまつり」の会場に戻りました。
会場では午後0時から、ある車両がデモ走行するという告知がありましたので。
会場に戻ると、展示線の隅っこに留置されていたこの車両が、動き出しました。
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10トン貨車移動機です。
前面に付いたロータリーヘッドも誇らしげに会場の真ん中まで走って来ると、停止して、
↓
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人力での方向転換を、実演してくれました。
このような車両が、線路上でジャッキアップして方転するというのは、知っていはいましたが、実際に見るのは初めてでした。
この後、線路上で位置合わせをして、何事もなかったかのように(笑)、元の位置へ戻って行きました。
続きまして、午後0時になり、今度は、
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ホム1を押す、アントの登場〜!
ホム1は、ホッパ車としては小さいはずですが、随分と大きく見えます。
アント君をアップで
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アントはいくつもの種類がありますが、鉄道車両の中では、最小の部類になるでしょう。
このような極小の動車が、大きな鉄道車両を動かすのですから、痛快です。
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車両を牽引(推進)するための、最小の構造しかないアント。
これで牽引能力は、100トン以上もあるというのですから驚きです。
全国の各鉄道会社に納入されているアントですが、これも動いているのは、初めて見ました。
通のみぞ知る存在だと思っていたアントですが、さすがにこの会場に来ているマニアさんたちは皆さんご存知のようで(笑)、回りを多くの方が取り囲んで、盛んにシャッターを切っていました。
念願のアントも見られたことで、それまで耐えていた暑さへのガマンの糸がプッツンしてしまい、ここで会場を後にすることにしました。
まだ午後1時、ケキ102運転できなかったことは、やや心残りではありましたが・・・
会場にはこのほか、鉄道部品やお弁当などの出店・チビッ子対象と思われる、5インチゲージ(?)の実際乗車できる大型鉄道模型が走り回ったりしていました。
ここに今回集った車両たちは、それぞれ行先や処遇が決まっているようで、例えばこのまつりの2度目、3度目があったとしても、同じ顔触れでは2度と開催できないのだそうです。
貴重で楽しいイベントを開催して下さった、関係者の方々に感謝します。
当日は炎天下、運営に携わられた皆さん、参加された皆さん、お疲れ様でした。
ご一緒して下さった、愛知の田舎者さん、TKさん、ありがとうございました。
(おしまい)
※追記:
この会場になったヤードは、2008年9月まで現役で、「D351」「D352」という日車製の兄弟車のスイッチャーが活躍していることで、専用線やスイッチャーのファンには、昔から有名でした。
ワム80000が中心であった頃は、こんな感じで大変な活況を呈していたそうです。
近年まで稼働していたことから、ネット上でも例えば”伏木 貨物駅”とか”伏木 ヤード”などのキーワードで検索してみると、たくさんのサイトや動画がヒットします。
その中の、Youtubeで見つけた動画のひとつ。
D351が、愛らしいです。
さて、このヤードの先に、本来このヤードが機能する元であった日本製紙伏木工場の跡地があるのですが、その工場跡に、主に鉄道車両の解体処理を目的とする工場が新設されると、昨日10月5日、報道がありました。
(→日経新聞の記事)
実際ここを通る引き込み線が、おそらく車両の搬入に使われるのではないでしょうか。
本文中に、「この顔触れでは二度と開催できない」と書きましたが、ヤード自体も今後、展示会場として、あるいは保存車両や運搬途中の仮置き場としての存続は、予断を許さなくなった感じがしますね。 |
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「伏木ヤードまつり」で展示された車両は、全部で9車種11両に上りました。
それらについて、今までにフューチャーした茨城交通ケキ102・清水市内線モハ65以外の車両たちを、現地にあった説明書きと共に紹介します。
元北陸鉄道金沢市内線モハ2202。
修復作業の真っ最中です。
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金沢市にかつて路面電車があったことは知られていますが、急カーブが多くて線形が似ており、後々まで路線が存続していた岐阜市内線に、モ550形・モ560形として、一部が移籍したことはおなじみですね。
それにしてもこんな小型車両が、かつて大型郊外電車が闊歩していた福井鉄道で、その中に交じって走る様子は、想像するだけで楽しいです(この車両が福鉄で現役だった当時は、私は全く知りません)。
元万葉線デ7052。
この塗装は、かつての加越能鉄道時代のオリジナルに復元されたものです。
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この塗装、路面電車らしくていいですねえ。
また、この色なら特に、「万葉線」というよりは「加越能鉄道」という方が、私にはしっくりきます。 元万葉線デ7062。
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上の「デ7052」とよく似ていますが、形式も別で製造年も異なっています。
こちらは説明書きに今後の処遇が書いてないのですが、こちらも保存されるのでしょうか。
協三工業製10トン貨車移動機。
いわゆる「スイッチャー」ですね。
(右下クリックで拡大します)
協三工業といえば、スイッチャーの世界では特に有名ですね。
10トン型というのは、大体こんな感じの似たり寄ったりの形態をしています。
この10トン機は、2両展示されていました。
同じく協三工業製の20トン機。
こちらも2両いました。
(右下クリックで拡大します) スイッチャーというのも、今まで記事にしていませんが、私の結構好きなカテゴリーです。
スイッチャーが生息するのは、「専用線」と呼ばれる引き込み線が多いのですが、いつ列車が走ってくるのか分からない頼りない線路に、私は萌えてしまいます(笑)
元北陸鉄道ホム1。
以前にも書きましたが、2年前北鉄の鶴来で見かけたこの車両、こんな所で再会するとは意外でした。
(右下クリックで拡大します)
大正3年製の石炭車がルーツとはまた古い・・・
空気圧で車体底部を開閉させてバラストを撒いていたようですが、国鉄ホキ800形のような、車端に添乗員が乗り込んでハンドルで手動でバラスト排出扉を開閉する物と比べると、一体どこで開閉操作をしていたのか気になります。
添乗出来るようなスペースはなさそうですし・・・
元近鉄南大阪線の、松山重車輌製モーターカー。
当日は、ケキ102と並ぶ可動車両として、活躍していました。
後方は、もう1両の10トン貨車移動機です。
(右下クリックで拡大します)
松山重車輌といえば、保線車両の世界では有名です。
こういった保線車両にまで興味を持つ人は、マニア中のマニア”コンテナマニア”と並ぶ、鉄道愛好者の中でも究極のマニアと言えるでしょう。
自分のことをマニアだと思っている私も、さすがにモーターカーそのものまではそれほど興味はありません。
でも、ときどき深夜や早朝にこういうのが動いているのを見ると、やっぱり萌えてしまいます(笑)。
この車両も一時的にここへ来ているようですが、今後は一体どうなるのでしょうか。
それぞれ出自の異なった、こうした通な車両たちが一堂に会しているのは、とても楽しい光景でした。
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伏木ヤードまつりにおいて、ケキ102の体験運転と並んでのもう一つの目玉は、これだったのではないでしょうか。
(右下クリックで拡大します)
静岡鉄道清水市内線モハ65。
昭和50年まで存在した静岡鉄道清水市内線の、唯一の貴重な生き残りです。
私自身、これこそ今回の目玉だ!とばかり、まだギャラリーが周りに移り込まないカットを取らねばと、開場の瞬間、会場の一番奥に展示されていたこの車両に向かって、一目散にダッシュしたのでした(^_^;)
上は、朝イチのバリ順カットです。
車両につきましては、会場にあった説明書きをご覧ください。↓
(右下クリックで拡大します)
私がこの清水市内線を保育社のカラーブックス「路面電車」で知ったのは、まだ小学5年生かそこらのことでしたが、その本の中では、まだ清水市内線は現役でした。
知らない間に廃止され、1両だけ清水のどこかに保存されているとは、何となく知っていましたが、それこそが、このモハ65だったというわけです。 ここ富山の伏木に、静岡にあったこの車両が来たいきさつは、この通りです。↓
(右下クリックで拡大します)
詳細は、上掲の通りです。
この車両が展示されていた静岡市清水区(旧清水市)の博物館から、老朽化で解体の方針が出された・・・と伝えられた今年春先、ファンの間でも、「清水市内線ただ1両の生き残りを、解体して消滅させてもいいのか?」と、議論が沸騰したことを覚えています。
その後まもなく、「あの清水市電が何か静岡から搬出されて、意外な所に姿を現した」といううわさを聞いて、とりあえず解体されなかったのか、とホッとした覚えがあります。
その”意外な所”が、この伏木であったというわけですね。
あちこちから、角度を変えて撮ってみました。
(それぞれ右下クリックで拡大します)
30年以上の風雨や日差しにさらされて、状態はいいとは言えないと思います。
いや、経年の割には良好と言えるかもしれません。
でも、修復するのは相当大変なことでしょう。
この車両を救出する原動力となった清水鉄道遺産保存会は、お若い方ばかりの組織のようですが、困難を乗り越えられ、最終的な目的である「修復した上での清水への里帰りと恒久保存」をぜひ達成してほしいと思います。
私もいつか、清水に里帰りしてピカピカになったこの車両と、再会してみたいです。
最後に、昼イチのバリ順のカットを。
(右下クリックで拡大します)
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