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神鉄デキは一回お休みします。
昨日から話題になり始めましたが、何だか物悲しいニュースを目にしてしまいました。
元名鉄の会津鉄道キハ8500系の4両が、売りに出されるそうです。
今年春先の引退以来、今まで解体されていなかった(キハ8555号除く)のが不思議なくらいですが、
それはおそらく、会社が他の鉄道会社への売却を、今まで模索していた結果ではないでしょうか。
こういう形で売りに出されるというのは、結局、鉄道会社にはどこにも引き取り手がなかった、ということでしょう。
それだけに、公式ページにあるように、いくら「スクラップにするのはしのびない」という理由があるにしても、遂に個人あるいは団体の篤志家の善意に頼らざるを得なくなった、というk感じがしてしまいます。
それにつけても、現状のオンレール渡し、しかも「見積価格が、基準価格以上であって」というところが引っ掛かります。
「基準価格」って、いくらくらいなんでしょうか?
どうせスクラップにするのなら、無料で引き渡し、というのがココロというもんだ・・・なんて思ってしまうのですが・・・
書き出せばキリがないですが、もともとは名鉄の看板列車だったという出自を考えれば、この末路は、あまりにも悲し過ぎます。
今年1月、弘南鉄道のラッセル車を撮影に行った帰りに、大回りをして、キハ8500に会いに行ってきました。
その時見たものは・・・
薄汚れた車体に、ひび割れが至る所に出た塗装、そこから覗くサビサビの地肌・・・
いくら経営の厳しい3セク会社といえど、名鉄からの譲渡から8年間、一度たりともパテ埋めや再塗装がされないなんて・・・鬼怒川温泉から乗り継いだ、同じ1991年製造の東武「スペーシア」が、いまだにピッカピカであるのを見るにつけ、何ともやりきれない思いがしたことでした。
名鉄時代でも、そもそも先代の8200系末期でもダイヤが悪すぎて、着地での観光が有効にできないなんていう批判があったくらいです。
JR東海のキハ85系との併結可能仕様にしても、JRの本音としては、
「名鉄の列車に高山線で単独スジなんか引いてやる余裕はない、だから『ワイドビューひだ』と一緒になら走らせてやる」
といったところだそうですし、やがて高速道路の延伸という高山線にとっての環境の悪化も加わり客は激減、車令10年で「北アルプス」は廃止・・・キハ8500、不運な車両ですね。
8800系と並ぶ、「北アルプス」運行終了後の処遇待ちのキハ8500系。 '01.11.14 新川検車場(当時)にて
同じように鳴り物入りで登場しながらも、末期は寂しい運用になってしまった8800系とのツーショット。
時代の先を読むのは、難しいことですね。
8500に乗った時はいつも、カミンズエンジンの電車並の素晴らしい加速に、感動しました。
なんて素晴らしい気動車が登場したんだ!と思いましたよ。
画像を撮影した日は、津島・尾西線を使って、この後の引き取り手となる会津鉄道の関係者の試乗(試運転)が行われた日でした。
名鉄では寂しい末期であったけれど、新天地では息長く活躍を、と思ったものです・・・
こうなった上は、やはり少しでも大事にしてくれる引き取り手が現れることを、祈らずにはおられません。
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キハ8500系
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「鉄道ファン」の「鉄道ニュース」(→こちら)によりますと、昨日7月31日、会津鉄道のキハ8500系最後のイベント「車内昼食会」が開催されました。
イベントでは、日本車輌製造でかつてキハ8500系の製造に携わられた方の講演もあったそうです。
”最後の”と称するこのイベント、日車の方の胸中はいかばかりだったでしょう。
さて今回は、2001年9月下旬、廃止まであと10日余りとなった「北アルプス」を、高山線の名所「下原ダム」に撮影に行った時の画像です。
まずは先行列車のキハ48の2連で練習。
高山線飛騨金山〜焼石間にて '01年9月下旬撮影(右下クリックで拡大します)
2両編成は、収まりがよいですね。
そして本番。
キハ8500系「北アルプス」+キハ85系「ワイドビューひだ」(右下クリックで拡大します)
欲を言えば、「ワイドビューひだ」のキハ85系を含めた編成全体も撮りたかったところです。
当時はそういう考えはなかったのか、自分に問いたくなります(笑)
この後は、キハ8500系を追ってパンを続けています。
続けて2ショット。
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当ブログのリンク先のあきがみ〜んさんのブログ「土と木と水と乗り物と」の先日6月24日の記事で、国道41号線の「道の駅美濃白川・ピアチェーレ」近く(高山線・鷲原(信)付近)の鉄橋にて、キハ40系を撮影された画像がアップされていました。 私も今から約9年前、2001年の夏に、その鉄橋へ、廃止間近いキハ8500系「北アルプス」を撮りに出かけたことがあります。
写真のレベルが低すぎて、アップするのがややはばかられるようなものではありますが、リクエストもありましたので、当時のものをアップしてみます。
まずは、試し撮りと思われるショット。
高山線白川口〜下油井間にて '01年8月下旬撮影
・・・
今の私から言わせれば・・・構図取りがなってませんね。
これなら、もう少しカメラを右に振るべきでしょう。
橋の左右のバランスが悪く、左側の岸の竹やぶや木々が余計に入ってしまっています(涙)
そして本番。
キハ8500「北アルプス」+キハ85系「ワイドビューひだ」 撮影日・場所は上に同じ
あらら・・・トラスの右側が切れてしまっています
私のこの時代の典型的な失敗例です。
列車が来る→列車のスピードに慌てる→列車の動きにつられてカメラで追ってしまう→当初の構図はパーになり、「日の丸」になる
・・・こんな感じです。
昔の自分の写真を見ると、どうしても未熟さに目が行くわけですが・・・
10年近く前のお話なので、読者の皆さんにおかれましては、どうかご容赦をm(__)m
この頃から、廃止される名鉄の路線や車両について、やみくもに撮影していたわけですが、いかんせん初心者、枚数は多いものの、とにかくまともな写真があまり無いのがとても残念です。
この写真についても同様なのですが、
・キハ8500が高山線を行くキハ85との併結の走行の数少ない記録であること
・キハ8500がどうにか編成が切れずに収まっていること
・・・について、私の中では貴重な記録になっています。
この鉄橋の横からのショット、キハ8000系時代の「北アルプス」のポスターに採用されていたような気がするのですが・・・記憶違いでしょうか。
なお、この時私と一緒に撮影に行かれましたTKさんのWebページに、当日の”もっとちゃんとした”画像が掲載されています。
そちらも合わせてご覧いただければ、幸いです。
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2010年(平成22年)5月30日をもって現役を引退した、元名鉄の会津鉄道キハ8500系ですが、昨日の鉄道ファンの鉄道ニュースによりますと、6月13日深夜に、会津田島車両基地から会津下郷へ移動するという動きを見せたようです。
5月30日に「AIZUマウントエクスプレス」から退いて以来、車両としても会津鉄道では現役引退ということでしたので、その後の処遇が気になっていました。
そのあたり、今年1月に車両の現状を見た限り、先行きというか第3の車生については悲観するほかないという印象を持ったのですが、即廃車解体とはならずにわずかでも動きを見せてくれたことに、少しホッとしています。
さて、会津鉄道での現役引退に際して、私にとって幼少の頃から特別な列車であり車両であり続けた「北アルプス号」について、私の撮影出来た写真で振り返ってみようとかねて計画していました。
今回はそんな中から、「北アルプス」として併用橋の末期の犬山橋を行くキハ8500系の画像を紹介してみたいと思います。(あまりいい写真ではありませんが・・・
併用橋の犬山橋が車・歩行者と名鉄と分離されたのは、2000年3月28日の夕方でした。
犬山橋が併用橋であったのは私にとって幼い頃からの「当たり前すぎる風景」であったため、その”全国的な貴重さ”にあまり関心が行かなかったのか、昔から鉄チャンであった私なのに、併用橋が分離される直前まで、腰を据えて撮影することは、遂にありませんでした。
とはいえ、併用橋独特の風景は好きでしたし、私もさすがに併用橋の廃止が間近いということが気になり始め、当時折に触れパノラマカーに乗って犬山橋を渡る展望や、友人の運転する車の助手席からの犬山橋通過の風景などをスナップしています。
3月28は平日であったため、私が併用橋分離前に最後に撮影に行ったのは、その直前の3月25日、日曜日でした。
今の私の考え方なら、分離の日3月28日には、有休を取ってでも、あるいはそれが無理でも半休や外出または早退という手段を取ってでも、何としても現場に駆け付けるところでしょう(^_^;)
しかし、当時の私はそこまで燃えていなかったのか、あるいは年度末の繁忙でどうしても休めなかったのか、当日そこに行くことはありませんでした。
その3月25日の「北アルプス」、犬山橋通過の様子です。
犬山遊園のホームで、パノラマスーパー(1000系)全車特別車4両編成と交換する、「北アルプス」キハ8500系。
もう少しタイミングを待てば、きっちり両車の顔が並ぶ決定的チャンスでしたのに・・・
この交換は、当時のダイヤでは特徴的なハイライトシーンでしたね。
(※6月17日追加画像) 犬山遊園を発車する「北アルプス」。
犬山橋に進入する「北アルプス」。
分離前最後の日曜日であったため、全国から集結したファンで、橋のトラス間や南側北側、どこもいっぱいでした。
車でごった返す犬山橋をそろそろと進む「北アルプス」。
お彼岸の後の晴天の日曜日、お昼ごろとあって、車の通行量は普段にも増して多い様子でした。
↓
(下の画像は6月17日追加)
この頃は一眼レフも持っておらず、コンパクトカメラでの撮影。
ネットも始める直前であり、一眼レフを手に入れて撮影に覚醒するのはこの1年半くらい後のことで、もうちょっとマシな写真は撮れなかったのか、本当に悔しくなってしまうのですが・・・
記録が残っているだけマシですかね。
どうもネガの前後関係からすると、この日はあえて「北アルプス」通過の時間帯を狙って撮影に行っています。
今の私なら、一日中でもいて撮影してしまうような所ですが、どうやらこの時免許を持っていなかったため母親に車に乗せてもらって撮影に行ったということもあってか、この前後数本の列車を撮影しただけで、早々に撤収してしまったようです。
もったいない・・・
この時は、「北アルプス」が1年半後に廃止されてしまうなんて、考えもしていませんでした。
この前後の列車の様子は、ネタが切れました時にでも。
余談:
そういえば、この頃私は電車通勤をしており、パノラマカーの展望席に座って犬山橋を通過する車窓を会社帰りに楽しんでいました。
会社の最寄り駅からは定時に退勤すると、ちょうどP6(6両編成のパノラマカー)に乗ることが出来たのです。
今考えれば、何と贅沢な通勤(退勤)であったことか・・・(懐 (※画像はすべて、'00.3.25撮影)
※2010.6.17 画像追加 しました
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本日の編成は、8501+8504。 これが、事実上最後の乗車になると思うと、感慨深いです。 今日は、運良く、名鉄時代にも一度も座れなかった(ような気がします)、「展望席」に座れました。 しかし、キハ8500が、会津に旅立ってしまったあの日も、とても寂しかったですが、今日はまた、楽しみつつも別の寂しさを覚えます。 容易に会いに来られる所ではないだけに… 昔はよく、残業が終わって名古屋へCDや本の買い出しに行く時や、その帰りに乗車したものです。 そのことを、思い出しました。 それにしても、車窓はどこまでも雪また雪! こういう所を、彼は8年間、走り続けてきたんですね。 ※会津田島では、8502+8503、そして8555も垣間見ることが出来ました。 |

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