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昨年度は当中京地区の東海道線や中央線を何度も試運転で走り、ファンを沸かせたJR東海371系。
昨年度その後は臨時列車で何度か活用されたものの、今年度に入りまたも動きがなくなって、風のうわさではシスにて放置状態で薄汚れていく一方だったと聞きます。
そんな371系、9月の終わりにこっそり(?)名古屋工場に入場。11月に入ると急行「中山道トレイン」としての運用もありますから、そろそろ出場かな?と有志には話題になっていたところです。
そして一昨日の「引退」の公式発表。
特殊仕様の車両とはいえ、使いようはまだまだあると思うのですが…
昨年度の盛んな試運転が今後に期待を持たせてくれていたので、なんとも惜しい気はしますね。
公式に引退が発表された翌日の昨日、名古屋工場を出場して静岡に戻っていきました。
その様子を近場のみ見てきましたので以下ご紹介します。
今回は古い方のスイッチャーが牽引担当しました。個人的にはこの古いほうが動いているのを見たのは初めてで、これはちょっとラッキー(?)
そして
この後通常のパターンでは、このあたりを2〜3往復試運転する、と聞いていたのですが、
残念ながら待てどもその様子はなく、やがて
識者のお説では、今回の入場は走行関係がメインではなく、塗装や内装の整備がメインだったので構内試を省略したのでは?とのことです。
さらにしばし待って、
我々見送り人も移動して
向野橋、名高速、近鉄…
そして、東海道線の部をこちらでお見送り。
一路静岡へ…
私は御殿場線にはおそらく行けないと思いますが、11月前半の西線を走る雄姿は、何とかして撮影しておきたいと思っています。
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JRの話題
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先回の記事のように、10/4に高山本線全線開通80周年記念ラッピングのキハ85を美濃太田界隈に撮影に出かけました。
その際、美濃太田運輸区の前に、あのキハ25-1000が1編成留置されているのに気づきました。
その数日前から、「車両区にキハ25がいる」的な目撃談を聞いてはいましたが、この位置にいるとは思っていませんでした。
ミオの運輸区と車両区が分断されたみたいになっている現在、この位置に新世代の車両が置いてあるのもなかなかレアなことよのう…
そんな気分で、まさに車両の全面交替時期に差し掛かった”いま”をあらわす風景をさくっとスナップしたつもりで帰ろうとしたら、
「あれ?こっち側の客扱い扉が開いてる!」
ちょうど乗務員の新車対応の研修をやっているようでした。
ホームでもない場所でドアが開け放たれているのも面白いシーンだと思ってカメラ構えようとしたら、閉められた(^^;
そしたら今度は、乗務員ドアから次々と、乗務員さんがたくさん降りてきました。
ちなみにエンジンはこのとき、起動状態です。
すぐに帰るつもりが、ここまで見たら、どうしても客ドアが開いているシーンをカメラに収めたくなってしまい、ついつい延長戦に(汗
あてのない粘りをすること数十分(?)、もう帰ろ!と撤収しようとしたそのとき、
…ということで。
新旧交替期の組み合わせも撮影。
ここら辺でお昼過ぎになったので、帰宅。
ほかの編成は?と車両区に行ってみると
それにしても、ガラガラで寂しい風景。
おまけ。
この日はあのナガラ10が定期列車運用に入っている、といううわさで、来そうな運用に合わせて再出撃。
いまかいまかと待ち構えていると、
なんかどこかで車交されたみたい…
残念でした。
※ずっと撮影ばかりしてるわけにはいかないので帰りましたが、この日の17時過ぎ、ナガラ10は美濃太田駅に現れたそうです。
無念。
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来る10月25日には、地元の高山本線(…最近はめったに「本線」と日常会話で言うことはありませんね)が全線開通して80周年を迎えるそうです。
それにちなみ、いろいろな行事が行われています。この4日には、岐阜駅で記念列車「ワイドビューひだ91号」出発式が執り行われました。
私もニュースリリースを見た瞬間、これは岐阜駅にはせ参じねばなるまい!と予定表にも書き込んだものですが、(以下略…)
しかし発表されたラッピングのキハ85は、どうしても撮らねばならないでしょう!
日曜日でもいいじゃないか、という心の声を押さえつけ、おなじみ松葉踏切へ。
ここをチョイスしたのは、午前中の通過で光線がよいこと、アウトカーブなのでラッピング車の先頭車の側面を出しやすい、という考えからです。
おめでたいことはおめでたいのですが、先頭車1両だけのラッピングというのが、なんともまた微妙な。きっと裏にはオトナの事情がいろいろあったんでしょうねえ。
なにはともあれ、初日が晴天でよかった。
そういえばこの位置で撮影するのって、「北アルプス」廃止直前にこういういい場所がある、とTKさんに誘われて来て以来、13年ぶりですわ(汗
あの時は盛大に切り遅れて、アタマが切れた悲惨な画に…撮り直そうにももう日にちがなくって、ついにできませんでした(涙
これだけで引き上げるのはなんだかもったいない気がして、美濃太田の駅へ行ってみました。
そして、唯一改札口でお金を払わなくても立ち入りできる(笑)、おなじみ長良川鉄道のホームにも、やはりなんとなく降りてみます。
すると!
ななななんと!ご存知「松茸の釜飯」の向龍軒さんの立ち売りが!
長年地元に住んでいながら、長鉄のホームでも立ち売りやってる(ことがある)とは知らんかった…(汗
若き売り子さんに訊いてみると、
「列車と時間帯によって、こちらで売ることもあります」
とのこと。お顔が写らないようなアングルで許可をいただいて、スナップさせていただきました。
しばらくホームにいて見ていたのですが、その間長鉄に乗車される方が次々と買いに来られてました。結構売れるんだな、と驚き。
うーん、これは私もいちどこの釜飯をここで買って長鉄に乗り、のんびり乗り鉄してみたいな〜と、決意を新たにしたのでした(笑)
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2014年10月1日は、記念すべき東海道新幹線50周年の日でした。
ニュースやらSNSのTL上ではそれ関係の画像やら式典の様子やらエピソードやら、そして勇躍このような↓一大イベントに泊り込みで参戦する若きお仲間たちの武勇伝が次々と流れてきたのでした。
私もせめて↑ぐらいのイベントには参戦しようかと思いつつも、長蛇の列は必至と想像された時点で諦めてしまったヘタレなのでした(汗
しかしご存知の方はご存知と思いますが、我々の生年の人間には「新幹線」にはひとかたならぬ想いがあります。
そう、NHK教育テレビで流れる
「びゅわーんびゅわーん、はっしっるー♪…じそーく250キロー♪」
というあの歌も、幼少期には特別の高揚感を感じつつ歌って育った世代なのです。
にもかかわらず、この記念すべき年にも日にも、何もできない…
これでは寂しすぎます。
そんなわけで、私が撮影した数少ない0系の画像たちを発掘して一席、二席。
私が一眼レフを構え出したのは2001年9月頃でしたが、それ以前は鉄道を”撮り鉄”らしく撮影したことはほとんど皆無でした。それでもやっぱり幼児の頃から大好きだった鉄道を、写真に留めておきたい、という気持ちから、そうでない方が撮影されるのと同じような感覚で撮った写真がいくらか残ってはいます。
とても残念なことですが、そういう時代の使用カメラはせいぜい「写ルンです」、マシになって「PENTAX ESPIO110」、もっと前はあの”ポケットカメラ”にすぎませんでした。
当然ながら、構図なんかめちゃくちゃです(涙
こちらは、そのエスピオ110で撮った、お別れ運転の1枚。場所は名古屋駅15番線と思われ、停車中またはその前後どちらかではないでしょうか。
当然のごとく日付入りで撮影してます(汗)撮影日は、この'99年8月28日で合っていると思います。
調べてみましたら、これは東海道で最後まで残った0系定期運用のこだま2往復に加えて、夏休み期間に3回(7/31、8/8、8/28)だけ運転された0系臨時「ひかり」の最終回、YK29編成による最後の0系16両「ひかり」(上り)であることが分かりました。よって、狙って撮りに行ったことは明らかです。一応当時もそれなりには考えて撮影していたみたいですね(^^;)
お別れ装飾(文字入り)運転はかなり長い間行われていた気がします。調べれば分かることではありますが、最終運転日がボンネットの装飾にあるようにこの後の9月18日で、さらにこの写真の1ヶ月ほど前の7月25日の「新幹線なるほど発見デー」でも会場内でYK40編成の文字入り先頭車の撮影をしています。
改めて気づきましたが、この時代ってまだ、ホームに安全柵がなかったんですね〜。時代を感じます。
この後のネガには、改装間もなかった(?)近鉄の「ビスタEX」が写っており、確か、その重連が走るとかで、乗りに行った気がします。
確か、この0系運用を下調べして撮影に行ったと思うのですが、それに時間がとられたのか(?)肝心のビスタEX重連は乗り逃してしまい、後続のビスタで賢島まで往復しています(間抜けなのは今も変わりませんね…)
そしてこの度の記念行事にはまるで参戦していないダメダメな私ですが、やはり0系には格別の親しみと思い入れがあったので、今ではまずやらない、”式典会場への突入参加”を、当時敢行していたのでした。
その1999年9月18日の名古屋駅会場写真が、こちらです。
今見ると、かなり前の方で撮影できているのがとても不思議でしたが、実はこれは式典の終わった後の撤収にかかる時間帯のようで、赤いジャケットは楽団の方々でしょう、すでに立ち上がり楽器は片付け態勢のようです。
そして画面向かって一番左に写っているグレーのスーツの方は、時のJR東海会長であらせられた、須田寛さんのようにも見えますが、はてさて?
核心の0系東海道最終列車の撮影ですが…
今ではまずこういう状態が予想される現場には行きませんが、この頃はファイトがあったというかなんと言うか…
そういえば、キハ82「南紀」の最終日の名駅ホームとか、もっと昔の名鉄岐阜市内線の長良線最終日の新岐阜駅前とか、昔はよくもみくちゃになるような場面に参加してましたわ(懐
当然こんなのしか写っていませんね(^^;;;
グレーの作業服の方は、清掃の係の方と思われます。
それでも最後には、辛うじてこんな1枚が。
上の写真、大阪へ走り去る場面かと思い込んでいましたが、名古屋終着の「こだま」なので、これは日々津の車両基地へ引き上げていく場面ですね。
ちなみに上のたくさんのカメラやビデオが写っているカットが、このテール写真の1コマ前になっています。道理でそのカットの右端にちらりと見えている幕が「回送」になっているわけです。
そしてこの記事を書くうちに感じた疑問。
この記事の上から2枚目の、式典会場の撤収中の画像の中で看板に
「さよなら0系○○式」
とあります。
日々津に引き上げるのに「出発式」じゃおかしいし、見えている活字の一部も違うみたいだし…
と思って検索したら、これは「引退式」で、名古屋到着から日々津に引き上げるわずか数分の間に執り行われたそうです。
さっぱり覚えていない…(汗
近年になって、0系が長きに渡って製造されたのは、時の国鉄の労使関係が影響していただとか、技術的には進歩のない、停滞の時代だった、とか、あまり知りたくない歴史的事情や評価を知ることになりました。
しかしその長きに渡った存在の結果、我々の生年に開通した「新幹線」の代名詞として我々世代には特に親しみ深く、忘れられない存在になったのは確かだと思います。
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みなさまお久しぶりです。
すでに各メディアやら愛好家のみなさまの各種SNSで既報のとおり、昨日(9月3日)、豊川の日本車輌で新製された高山線用キハ25が、試運転を兼ねて美濃太田へ回送されました。
美濃太田といえば我が地元も同然、ここはなんとしてでも撮らねばなるまい、と沿線へ。
夕刻に美濃太田着ということで、日に日に日没が早まっていくこの頃、露出が危ぶまれましたが、同好の方々と待つことしばし、
2両編成*3の6連なのでインカーブで見栄えがするだろう、そして地元らしい場所、ということでここで撮ってみました。
せっかくなので車両区への入庫なども撮っていこうと、すぐさま駅〜車両区の間の跨線橋へ。
何せこの時間帯の車両区入庫は撮影経験がなく、いつ駅を発車するか分からないので、入場に手間取ったり前出しで撮りにくいリスクは避けて、こちらにしました。
すぐに入庫すると思いきやなかなか発車しない…日没アウトか?
と同業者一同手に汗握る中、ついに!
振り返ると
画面奥左にはミオ区のヤード照明灯、同じく右手奥には美濃加茂のランドマークの一つ(?)、美濃加茂APITAの電飾看板が輝いています。
ミオ区へ行ってみると、
新車ならではの光景でしょうか。
今回登場分は1000番台が付番され、編成記号はP101〜が適用されているようです。
最後はこのシーンを撮って〆ました。
実に久しぶりの高山線への新車投入。アコモ改善など利用者としての期待も高まるところですが、懸念していたとおり、残念なことにシートはオールロングの模様です。
観光路線としての側面も大きいと思われる高山線に、ロングシートは似合わないと思うのですが、そういったお客さんは大半が特急利用するから、との割り切りでしょうか…善くも悪しくも、なんとも現在のJR東海さんを象徴する新車の登場ですね。
最後真っ暗になるまで、熱心な同業の方々と撮影したことでした。
当日お会いしたみなさま、お疲れ様でした。
各種事前情報をいただいたみなさまに感謝します。
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