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2008年2月17日午後7時35分
すべては変わってしまった。
心のどこかで、幻覚を見ているような時間を何時間も過ごしているうちに、本当に事故にあい家族が巻き
込まれ、そして2度と会えないのだと・・・
これ以上何も変わりたくない・・・
幸せを壊さないで・・・
涙さえ流す時間さえ私達夫婦にはなかった。
父と母の遺体を前に・・・
生死も分からない、弟妹2人の病院までいかなくてはならなかった。
これ以上の悲惨な状態を私達は目にしなくてはならない状態。
そこは生き地獄だった・・・
弟の顔は、どうにか息をして・・・
そして私達の眼の見えないところで、「死」と闘っていた。
妹は顔面粉砕骨折で目から血の涙を流していた。。。
あの日、私達のすべてが変わり・・・
そしてそれと同時に、相手を憎む時間もないような壮絶な戦いが始まった・・・
翌日にの警察の話では、相手の人の飲酒運転が原因であることを知った。
どんな思いで私達夫婦がその説明を来たか想像をしてほしい
両親が、ある日突然、見知らぬ人間に、一瞬のうちに命を奪われることになったことを・・・
愛する家族・・・
当たり前にいた家族をうしない・・・
目の前の道がなくなってしまったこと。。。
私達が、法律の勉強をした日
「危険運転致死傷罪」についても・・・なんの意味をもつものかすら知らなかった・・・
交通事故の本を買って読んでも、どんな事例以上にひどいものだった・・・
家族が4人事故にあい2人が死亡2人が重体重症なんて記載のあるものなんてなかった・・・
何から話をしたらいいのか、誰に助けを求めればいいのか・・・
何を聞けばいいのか?
すべては、闇の中への一歩に過ぎない。
知れば知るほど、混乱してくる・・・
人を裁くことの、人の一生を左右することを私達は決断することになる
でも、その相手は私達を苦しめた犯人
許せないだけではなかった・・・
もっと伝えたいことはあった・・・
知ってほしいことがあった・・・
父と母の笑顔。。。
父と母の夢。。。
すべてを理解してほしかった。
でも、そんなことがかなうはずもない。。。
そんなことを考える人が飲酒運転を日常的にすることはない。
私達の家族すべてが壊れる。。。
1年・・・・・・・・・・・・・・
たくさんの人と知り合うことになった。。。
今まで以上に多くの人に支えられることになった。
みんなに「ありがとう」をいえるまで、時間もかかった・・・
必死で助けを求めた。。。
「助けて・・・・・・・」
届かないような声が多くの人のここのに響いてくれた。。。
「本当にありがとうございます」
心の中で、一日一日を大切に生きるようになった自分
命の大切さを、人に伝えたいとおもった私達・・・
変わった。。。
でもマイナスから始まった、私達の時間は今、「生きる」ことに必死になるためのもの
どうか知ってほしいです。。。
「お帰り」「ただいま」のことばの大切さを・・・
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辛い1年だったでしょうね。憎むべきは飲酒運転ですね。
ヤボテンの妹も若くしてなくなったので、最後の言葉の意味をチョッピリは分かるのですが。
2009/2/4(水) 午後 8:47
文章だけでも十分に悲惨さが伝わってきますが、実際はその何倍も悲惨であったろうと思います。それほど重大な事態を招くのが飲酒運転であるということを、小沢さんをはじめとする被害者の方々の重みのある言葉でもっともっと多くの人達に伝えて行けば、いつかは飲酒運転を撲滅することもできるのではないかと思います。がんばってください!
2009/2/6(金) 午後 5:52 [ しんじ ]
しんじさんへ。
コメントありがとうございます。
被害者という枠にはまってしまったものの、それでも、多くの人と会えた事感謝しています。
そして、「被害者」としての意義を考えさせられるこの頃です。
多くの人に伝えられる何かを私達に課せられているのならば・・・
知ってほしいことをいえるこの場所を大切にしたいと思っています。
とてつもない、悲劇苦しみ・・・
まだまだ続くものではありますが、私達家族なりに努力していきます。力不足ではありますが、頑張っていきたいと思っています。
2009/2/6(金) 午後 8:46 [ Ozawa juri ]