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熊谷市で昨年2月、飲酒運転の車が対向車と次々に衝突し、9人が死傷した事故から17日で1年。死亡した小沢義政さん、妻雅江さん=共に当時(56)=の長男小沢克則さん(32)は、「長かったと言えば長いが、あっという間だった」と振り返り、「いまだに両親から電話がかかってくると思うことがある」と心境を口にした。命を取り留めた弟妹たちも「まだ受け止められない」と語る。遺族の悲しみは癒えていない。
事故を知らせる一本の電話がすべての始まりだった。昨年二月十七日午後七時二十五分、無謀な飲酒運転によって両親が死亡し、弟恵司さん(22)、妹恵生さん(22)が重傷を負った。
小沢さん夫妻は両親が死亡したことに絶望し、弟妹が命を取り留めたことに、心から安堵(あんど)した。そして断腸の思いで弟妹たちに両親の死を告げた。
刑事裁判では危険運転致死傷罪に問われた元トラック運転手玉川清被告(33)が一審さいたま地裁で懲役十六年の判決を受けた(被告、地検側がともに控訴)。同被告に酒を出した飲食店の男性店主(45)は道交法違反(酒類提供)で全国で初めて有罪判決を受けた。遺族にとっては、いずれも納得できる結果ではなかった。
時間がすべてを解決してくれるわけではない。事故で顔に大けがを負った恵生さんは、「前向きに生きようと思っているつもりだけど、実際はまだ事故のことを受け止められていない」と複雑な思いを話す。「一年がたち冷静になる部分はあるし、悲しみが増す部分もある。まだ大丈夫ではない」と克則さんの妻樹里さん。穏やかな生活を取り戻すことは簡単ではない。
十一日に一周忌の法要を済ませた。悲しみは消えないが、それでも樹里さんは「生きることを全員が考えた一年だった」と口にする。
悲しみと向き合う一方で、小沢さん夫妻は「もう二度と私たち以外にこんな思いをしてほしくない」という思いから、飲酒運転の撲滅運動に熱心に取り組んでいる。
昨年四月に熊谷、行田、東松山市、そして上田清司知事に飲酒運転撲滅の要望書を提出。六月には鳩山邦夫法務大臣=当時=と面談した。
運動が形になった一つが、飲酒状態を体験できる特殊眼鏡の配備。県警は全三十九署と運転免許センター(鴻巣市)に配備し、運転講習に取り入れられることになった。克則さんは「こんなに早く動いてくれるとは思っていなかった」と感謝している。
県警のまとめでは二月十五日現在で、飲酒事故は前年比よりも九件増の四十一件と、依然として後を絶たない。克則さんは「ちょっとした甘い考えがとんでもないことを引き起こす。飲酒眼鏡は撲滅への第一歩。少しでも飲酒運転の怖さを分かってくれる人が増えてくれれば」と期待を寄せる。
事故発生時間帯に訴え
熊谷駅で遺族らが撲滅キャンペーン
飲酒運転撲滅キャンペーンでチラシを配る小沢克則さん(右から2人目)と妻樹里さん=17日午後7時半ごろ、JR熊谷駅コンコース
飲酒運転により九人が死傷した痛ましい事故を風化させまいと、県、熊谷市、県警などは十七日、事故発生時間帯に合わせ、午後七時からJR熊谷駅コンコースで、飲酒運転撲滅キャンペーンを実施。小沢克則さん、妻樹里さんら遺族が参加し、富岡清熊谷市長や、三谷一博熊谷警察署長らとともに、帰宅途中の市民らに呼び掛けた。
キャンペーンでは冒頭に、事故で死亡した小沢義政さん、妻雅江さんの冥福を祈り黙とう。続いて、富岡市長が「飲酒運転の根絶はとても大きな課題。キャンペーンを通じて、啓発活動にまい進したい」とあいさつし、三谷署長が「この一年間で熊谷で発生した飲酒運転や飲酒事故は四十七件。まだまだ一部の市民の意識は低い。継続は力なり。行政と市民が一体となり、大きな市民運動になることを期待したい」と力を込めた。
その後、熊谷交通安全協会会員らがチラシを配布。飲酒眼鏡の体験コーナーも設置された。
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