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運転士の失神・発作……列車は大丈夫なのか
Business Media 誠 4月20日(金)11時16分配信
JR四国8500系の運転台。防護発報スイッチは中央の赤い丸
杉山淳一の時事日想:
米国で、スクールバスの運転手が心臓発作を起こして操縦不能になった。小学生の機転でキーを抜き、バスを路肩に停車させた。その様子がYouTubeに公開されて、日本のメディアでも報じられた。
【画像:富山地方鉄道16010形のデッドマンシステムの例、ほか】
4月12日、京都で大惨事が起きた。祇園の四条通と大和大路通の交差点で、クルマが歩行者の列に突入し8人が死亡、1人が意識不明の重体、10人が重軽傷と報じられている。原因はドライバーが持病で意識を失っていた場合と、故意であった可能性もあるとして調べが進められている。持病で失神していたとしたら、ちょうど1年前に栃木県鹿沼市で起きた事故と似た状況だ。栃木の事故では、クレーン車を運転していたドライバーが意識を失い、小学生の列をなぎ倒した。
警視庁の発表によると、2011年に運転者の発作・急病による交通事故は254件も発生しているという。何事も鉄道と結びつけて考える私は、こうしたニュースを見聞きするたびに「鉄道のような安全装置があったらいいのに」と思う。
●ワンマン化が進む鉄道路線
鉄道の場合、運転士が失神・発作を起こしたらどうなるだろうか。飛行機の場合は機長と副機長が乗務する。これは長距離運行の休憩交代の意味もあるが、真意は安全対策である。万が一の事態に備えて、操縦士を二重化している。鉄道の場合も基本的には運転士と車掌が乗務する。安全のために必要だからである。
車掌の役目はドアの開け閉めと車内放送、きっぷの確認だけだと思われがちだ。しかし、もっとも重要な役目は「緊急ブレーキの操作」である。また、車掌には「列車防護」という役目もある。乗務した列車に事故が発生した場合、二次的な事故を防ぐために手配する業務だ。列車が脱線し、隣の線路にはみ出した場合、その情報が他の列車に伝わらないと、隣の線路の列車が衝突してしまう。
車掌は重要な安全要員だ。しかし現在、ほとんどの貨物列車はワンマン運転である。車掌車も大型貨物など特別な輸送以外では使われないし、車掌室付きの貨車も見かけなくなった。そして、旅客列車もワンマン化が進んでいる。地方のローカル線はほとんどワンマン運転だ。都会の鉄道路線でも、短い車両編成の列車などでワンマン運転を採用している。
では、ワンマン運転の列車で運転士が失神・発作を起こしたら、どうなるだろうか。列車が暴走したりしないのだろうか。古い映画だが、米国で『大陸横断超特急』という作品があった。運転士が悪人に殺され、列車がシカゴ駅に突っ込む。あんなことにならないのか。
●二重、三重の安全装置がある
鉄道の安全技術には「デッドマンシステム」というホラー映画のような名前の仕組みがある。「運転士が死んだ場合の装置」という意味だ。運転士が一定時間なにも操作しない場合に、ブレーキを作動させる仕掛けだ。「運転士が操作していない」状況を検知するために、加速レバー(マスコン)にスイッチが設けられている。レバーを握るときはスイッチも合わせて握る形になっている。運転士がレバーから手を離したり、握力を失ったりすると、列車の運転不能状態と認識してブレーキが掛かる。
古いタイプの車両では足踏み式の装置が使われていた。運転士が予定された位置に座ると、足踏み型のボタンを踏む格好になる。運転士が倒れたり意識を失うと踏む力が弱まるため、これが運転不能状態と認識してブレーキが掛かる。映画『大陸横断超特急』の機関車にも搭載されていたが、犯人が工具箱を置いて踏みっぱなしの状態にしていた。
鉄道の場合はさらに、ATS(Automatic Train Stop)というシステムもある。運転士が赤信号を見落として列車をそのまま走らせるとブレーキが掛かる。最近は、制限速度を超えただけでもブレーキが作動するシステムもある。
それでも停められなかったらどうするか。二次災害を防ぐために、列車をわざと脱線させるのだ。駅の線路配置を観察すると、ポイントの分岐側の線路が短くて、行き止まりになった場所がある。これは脱線ポイント、あるいは安全側線といって、暴走した列車が本線に入らないように誘導するしくみである。その先はもちろん脱線するのだが、事前に非常ブレーキが働いているという前提なので、転覆には至らない。
2012年2月16日の夜、JR北海道の石勝線で貨物列車が脱線する事故が起きた……と報じられた。貨物列車の先頭から4両が脱線したという。しかし、報道記事をよく読むと、「列車は退避用の線路の車止めを乗り越え」とある。これがまさに安全側線の作用である。列車が何らかの事情で停止できず、脱線ポイントが正常に機能したから脱線している。だから運転士は無事で、他の列車に衝突しなかったし、すべての積荷に大きなダメージを与えるに至らなかった。安全装置が正しく動いたわけだから、脱線自体の報道には意味がない。この事故の要点は「脱線」ではなく「なぜ止まれなかったか」だ。問題は脱線ではなくブレーキであった。
列車のワンマン運転が可能になった背景には、こうした安全装置の整備がある。非常ブレーキは自動でかかる。列車防護についても、運転士がボタンをひとつ押せば、列車のすべての走行機能が停止し、汽笛を鳴らし、周囲の列車に無線で緊急信号を発報できる。
「とにかく異常事態になったら停めろ」が鉄道の鉄則である。
●クルマにもデッドマンシステムは必要かも
では、自動車はどうだろうか。カメラを用いて衝突回避や自動走行を行う運転支援システムを搭載しているクルマが出てきたが、まだ十分とは言えない。もし走行中に病気で失神したら、安全を確保することはできるのだろうか。
運転中の失神は、病気がなければ安心……というとそうでもない。実は私も一度、交差点で停車中に「寝落ち」を経験した。かなり疲れていたし寝不足でもあったが、どうしてもクルマで出かける用事があった。もちろん本来はこんな状態で運転してはいけない。その時は「自分だけは大丈夫」という過信があった。用事が終わって安心した帰り道、赤信号でブレーキを踏んで待っていた。気づいた時、クルマがクリープ現象でそろり……そろり……と前に出ていた。
幸い、左右方向の車道までは進まずにブレーキを踏んだが、横断歩道を私のクルマが塞ぐ形になっていた。私のクルマをのぞき込んだ歩行者の厳しい表情が忘れられない。「寝落ち」は明らかな過失だ。しかし、脳卒中や心筋梗塞など、自分でも気づかぬ病気で気を失うという可能性はある。つまり、運転中の失神は誰にでも起こりうる。
国土交通省の「第9次交通安全基本計画(平成23年度〜平成27年度)」の策定にあたっては、日本自動車工業会の意見書でデッドマンシステムに触れていた。鉄道とは状況が違うとして、技術開発の必要性は指摘されたものの、同計画には盛り込まれていない。
ハンドル、アクセル、ブレーキ……それらに一定時間の操作がない場合、ブレーキをかける。そういう仕組みはクルマでは難しいだろうか。運転する楽しみを奪い、自由度が制限される。それがかえって危険な場合もあるかもしれない。しかし、せめてバスや貨物用自動車には「デッドマンシステム」が必要ではないか。
[杉山淳一,Business Media 誠]
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