家族の光の中へ/ 小沢事件/あいの会〜活動〜

あいの会を立ち上げました。心の寄りどことが私も必要でした・・・

あいの会 活動

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2015年07月01日

あいの会6月度講演会の補足(交通事件での臓器提供問題)

先日のあいの会講演会では、息子様を交通犯罪で奪われた上、
医師の執拗な勧誘を受け、臓器提供もしてしまったことで、
苦悩を抱え続けているご遺族の方にお話をしてもらいました。
今回は参加者一人ひとりが、話を聞いて、
どう感じたか話してみようという試みも行いました。
もちろん儀式のための儀式になってはいけないし、
機械的なルールになってもいけないと思い、
パスしたい人はパスして構わないという流れにしました。
そこで参加者の一人ひとりから出た発言を採録して、
前回ブログの補足にしたいと思います。
やはりこの問題は、今後改善していかなければならないし、
内閣府や厚生労働省に働きかけをしていきたいと考えています。


*** *** ***


つらい話だった。
今回の話をうかがって、この方は息子様の脳死判定を受け入れ、
臓器移植を決断しなければいけなかったことで、
もう一度苦しい思いをしなければならなかったのだと感じた。
私の妻は、即死状態だったため、病院に運ばれることもなく、
警察の遺体安置所で会うことになった。
到着した警察署では、警察官から遺体の修復が済んでいないから
まだ会わない方がいいと言われた。
ボロボロになった妻の遺体の修復が済むのを自宅で夜中まで待った。
しかし振り返ると、その時に会っていたほうがよかったのではないか、
そうしていれば少しでもぬくもりを感じることができたのではないか、
という後悔を引きずっている。
その一方で、もしすぐに会っていたら、もっとトラウマとなり、
いま抱えているPTSDもひどくなっていたのではないかとも思う。
***
いたるところで死の尊厳がないがしろにされていると感じる。
私の事件の場合は、司法解剖をされた。
司法解剖する法医学者のいる病院に搬送される時、
その搬送経路に喫煙所があり、喫煙中の職員がこちらを振り返っていた。
そんな汚れた場所は通ってほしくないし、人払いの配慮もほしかった。
司法解剖後の遺体は、乱暴に縫い合わせてあり、とにかくグチャグチャで、
頭もホチキスで止められているなど、死者としての尊厳も何もなかった。
これらの問題については、これまでどこでも議論の対象になっていないが、
今後、おかしいことはおかしいと声を上げ、何とかしなければいけない。
エンバーミング(遺体修復)について損害賠償が認められず、
当たり前のように遺族の自費負担になっている現実も変える必要がある。
法律として、遺族の心情に関係なく、司法解剖を命じているのだから、
遺体を家族に返す時も、ただ雑に縫い合わせて終わりではなく、
国としてエンバーミングをきちんとしてから返すべきではないのか。
***
私の息子は、バイクで交差点を直進中に右折車と衝突して即死だった。
バイクの後ろには後輩を乗せていた。
同乗していた後輩は、心臓の動脈バイパス手術をして社会復帰ができた。
お会いした後輩のお母様からは、きっと責められるだろうと思っていたが、
逆に慰められ、恐縮してしまった。
その方と息子は、子供同士を通じて話をしたことがあり、
信頼関係があったからだと思う。
同乗者が助かり、社会復帰してくれてよかったと思っている。
もしその後輩の方も亡くなっていたら、もっとつらかったと思う。
***
私は、当時、自分のことでいっぱいいっぱいで、
家族がどうなっているのか、まったくわからなかった。
今回の話を聞いていて、つらくなってしまって、話すことができない。
つらいなか、話をしていただいてありがとうございました。
***
ありがとうございました。
話をうかがっていて、自分の事故と重なってしまうところがある。
当時は自分のことでいっぱいで、家族のことを考えることができなかった。
***
ありがとうございました。
うちは即死だったので、臓器提供の話はなく、病院では死亡確認だけだった。
父は顔に大きな傷があり、ホチキスで止めてあったのが脳裏に焼き付いている。
母は顔がふくれていて、納棺の時に初めて足が折れていたことがわかった。
その時に、骨折箇所を補強くらいはしてくれていてもよかったのにと思った。
あの当時、臓器提供の話をされていたら、どうしたらいいのか考えられず、
医師の言われるままにサインをしてしまったと思う。
きっと何も考えられないまま、事務的に処理されてしまっていたと思う。
その場に置かれて、冷静に判断できる人などいないのではないかと考えた。

***
今回の話を聞いて、自分だったらどうしていただろうかと考えさせられた。
私の場合は、義理の両親だったので、夫が決断して、
夫が書類にサインをするのを、横で見ている以外にはできなかったと思う。
血のつながった家族しかできないことが多く、自分は何なんだろうと感じた。
何もかもしなければならず、重い選択を迫られる夫は大変だったと思う。
今回の話では、駆け付けた娘さんが車いすで運ばれたという話があったが、
娘さんも、お母さんの判断を尊重し、その重圧は大きかったことと思う。
決断や対応を代わることができない自分が悔しかったのではないかと思う。
家族お互いが思い合っているのであれば大丈夫だと思う。
私たちも事件から何年もたって、ようやくその話ができるようになった。
娘さんが倒れて車いすで運ばれたというその時、
看護師だけではなく、被害者を支援する人がなぜ身近にいないのかと思う。
被害に巻き込まれているのだから、その点は問題だと思う。
脳死の問題は、交通事故による場合が多い。
被害に遭ったその先をしっかり考えていきたい。
被害者支援の一環として、支援者が身近に寄り添っていたら、
脳死や臓器提供についても冷静に判断して、断るなら断ることもできたと思う。
臓器提供の問題は、提供者=家族の側の意思や尊厳が捨て置かれ、
病院やコーディネーターが主導になってしまっているように感じた。
断るか承諾するかは、臓器提供者側がゆっくり冷静に判断することだと思う。
その場に置かれた人が一人で決めなければいけないのはつらいことだと思う。
支援者が被害者の近くに寄り添うことが大切だと思った。
***
脳死判定承諾書のコピーが資料で提示されたが、これをみると問題がある。
「脳死判定の時は、みなさん、これを書くんですよ」と医師に騙されて、
それが臓器提供の書類だと気づかずに書かされている人もきっといると思う。
***
移植コーディネーターは本来中立的な立場であるはずだが、
コーディネーターがいる場面で、家族がきちんとした判断をすることは難しい。
日本では、自分の意思をはっきり伝えることがよくないという風潮もあるし、
自分の思っていることを伝えてもいいのかというところからスタートする。
中立的な立場の人ではなく、むしろ家族の側の人がいて欲しかったと感じた。
今日は、この方が今まで言えなかった大切なことをシェアしていただいたが、
話すだけでとてもエネルギーのいることだったと思う。
重い気持ちだったと思うし、今日ここに来るのもどうしようと迷ったのではないか。
話をしていただいたなかで、肯定的な言葉を聞くことができたのはうれしかった。
重い言葉を受け止めてくれる人たちだということで話をしていただいたのだと思う。
今回参加者の皆さんは、ご自分のことと重ね合わせて考えてしまうかもしれないが、
ご自分のこととは切り離して、ご自分をケアすることも忘れないで欲しい。
***
脳死の問題は難しいものがあるが、医療に携わる人たちの教育が必要だと思う。
その場に置かれた人がどういう思いでいるのかをしっかり理解する。
医療に携わる人たちには、そうすることができるような教育が必要である。
また臓器提供をするかしないかの意思表示については、
常日頃から、家族と十分に話し合っておくことも必要だと思う。
***
なによりも心のケアが大切だと思う。
明日以降、皆さんもそれぞれご自分なかで咀嚼して欲しい。
支援の問題については、内閣府や厚生労働省への働きかけを考えていきたい。

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