|
「交通事故」って聞いただけで・・・
みなさんはどんなふうに想像しますか?
私は「本当に事故なのかな」と考えます
それは、防ごうと努力していたのか?
明らかに過失とは言い難い事実があるのか?
過失が3っつ重なっても、「しょうがない・・・事故だから」
やはり・・・事故とは言いにく
どんな言葉も交通事故の事件の場合かるいように感じます。
「事故処理」と言うけど
「捜査ではないの」
確かに、本当にこつんと当たっただけでも交通事故
人の人生は一つの事件で大きく変わることもある
よく考えれば、私の人生は何個もの事件に遭遇したのだろう
自分で何度も悲観し
どうしていいのか分からずもがき悩んできました
その中には、世の中からすれば
こんなことでなやんでいるの?と言われんばかりのことだってある
経験した人でしかわからないことが
世の中はには本当に存在する
いま、自分がいろいろな立場の方とあえて
前の人生とはガラリと違う人生を歩み
意見を言える
だから言いたい
「事故処理ではなくて!事故捜査です!」
交通捜査をしてください
「言葉で被害者の心を壊さないでほしい」
今日もため息
でも、私の周りには、すこしのプラスαをできる人がいる
だから・・・明日もつなげようと思える
あすは「あいの会」大人のグリーフケアと子供のグリーフケアがあります。
お子さんのグリーフに関しては質問がありましたら
ご連絡ください。
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
改正少年法:被害者遺族…厳罰化評価の声、更生願う声毎日新聞 2014年04月11日 19時46分
罪を犯した少年に科す刑の上限を引き上げる改正少年法が11日、成立した。刑が軽すぎると訴えてきた被害者遺族からは「一歩前進」と評価する声が上がる。一方で、非行少年の立ち直り支援に携わる関係者は、「厳罰化」が進むことを警戒している。【伊藤一郎、和田武士】
2008年11月、千葉県成田市の澤田容之(やすゆき)さん(60)と妻美代子さん(57)の次男智章さん(当時24歳)は、当時19歳の少年に殺害された。少年は確執があった父を困らせようと、面識のない智章さんを故意に軽トラックではねたが、澤田さん夫妻は少年審判前、家裁調査官から少年に有利な事情ばかり尋ねられた。
審判で検察官送致が決まった少年は殺人罪などで起訴されたが、法廷で暴言を吐くなどして繰り返し退廷を命じられた。判決は当時の上限にあたる懲役5年以上10年以下の不定期刑。被害者参加制度を利用し遺族として求刑した無期懲役には程遠く、刑事裁判に不信感を抱いた。
今回の改正で不定期刑の上限は「10年以上15年以下」となる。容之さんはこれを評価しつつ「息子は戻らないのに加害者は刑期を終えれば幸せな結婚もできる」と悔しさをにじませる。11日に参院本会議場で改正法成立を見届けた美代子さんは「刑を重くしても加害者が更生しなければ意味がない」と、矯正教育の充実を訴えた。
非行少年の立ち直り支援に取り組む東大阪市の牧師、野田詠氏(えいじ)さん(38)は改正に疑問を感じる。元暴走族幹部で、10代の頃は少年鑑別所や少年院に入った。兄が差し入れた聖書を読んだことがきっかけで立ち直った。自身の経験も踏まえ「一概に長期収容がいいとは思えない」という。
支援していた少年が「少年院でいい先生は1人だけだった」と口にしたこともあった。「少年院などの教官や教育内容の一層の質の向上が必要だ」と指摘する。
今後は窃盗などの比較的軽い罪に問われた少年にも国選弁護人が付き添うようになる。一方で検察官が立ち会える事件も同様に拡大される。
少年法には「審判は丁寧に和やかに行う」との規定がある。「ほとんどの事件に検察官が乗り出せるようになってしまった」。裁判官時代から多くの少年事件に関わってきた多田元(はじめ)弁護士は「検察官が立ち会った時、少年が自由に言い分を話せるだろうか」と首をひねった。 |
|
傍聴支援のお願い(拡散希望)
神奈川県鎌倉市平成24年12月27日に起きた吉川 英憲さん(当時39歳)の傍聴支援のお願いです。
片側2車線の道路で、吉川さんを前方不注意・速度超過で注意を怠り横断歩行中に死亡させ、事件より1年と4カ月の年月をご両親が懸命に独自に捜査を行い念願の起訴となった被害者参加制度の裁判です。
以下、ご両親からのメールを転記
「大変お世話になっております。
亡長男の交通事故死では何かと御指導を賜り、
厚く御礼申し上げます。
長男の死後約1年4ヶ月を経過し、やっと下記で
被害者遺族参加制度による公判が行われる事と
なりました。ご報告を申し上げます。
公判日時:平成26年4月18日(金)午後1時30分〜3時30分
場所 :横浜地方裁判所 第404号法廷 」
お近くの方・お時間がある方どうか傍聴支援をお願い致します。
また、お手数かけますが、拡散を、お願い致します。
|
|
今日は6年目の命日です。
こんな雪でどうにもできませんが・・・ 主人は31歳のときにいっぺんに両親を亡くしました。 母方の祖父が残っていたものの 本当に身近に頼れる人もいなくなりました。... 大きな重圧は、この日から始まりました。 生き残った二男はまだ「イルカさん」「この100円使っていいの」 と子供のころに記憶が逆行し、両親がなくなったことも受け入れられていません。 当事者の恵司・恵生もまた、今日を生きたことに感謝をしています。 ただ、この見えない後遺症は裁判が終わっても付きまとうし 日常でもいきなり普通のことができなくなる。電話応対であってもそうです。 息子は知らないところで、私たちの「仕事」という名の 裁判や病院などに追いかけられ 一番かわいい盛りの保育園時代の記憶が私には薄く感じ 本人は、渦中に巻き込まれました。 娘は・・・両親の念願でした。 抱き締めたかったし、一目でも会いたかったでしょう。 出産までの道のりも容易ではありませんでした。 それでも、生まれてきてくれた命に感謝をしています。 人の死はどんな別れ方をしても悲しいものです。 どんな人も「死」に引き裂かれ また「死」を乗り越えろと言われるかなしみ そして「死」と隣り合わせで生きています 初めて「犯罪」というものの怖さに直面しました。 自分が被害者にも加害者にもなりたくないという気持ちが 「犯罪」という怖さを何よりも感じているからです いなくなってしまった存在に、こちらから声をかけ続けても 帰ってはこない返事を待ち 乗り越えられないハードルを・・・ 年々過ごしているのだと感じます。 今日、願うことは 誰にでも、適切な「支援」を、早期に知る機会をもっと増やしたい 早期段階での「犯罪被害者支援」「犯罪の回避の仕方」を「命の大切さ」を学んでほしい 何よりも、「犯罪」という言葉が消えるくらい、穏やかな社会」になってほしい 両親の死はどんなこととも比べられない「悲しみ」でした だから、これからもその思いを、被害の悲惨さを 多角的に活動をしていきたいと思います。 また、私たち家族を支えてくださっているたくさんの 温かなお仲間と、支援をしてくださっている皆様には こころからの感謝を伝えさせていただきたいです。 「皆さん本当にありがとうございます」 |
|
今日は「京都」に行ってきました。
主人の友人のお蕎麦屋さんに行き 母に頼まれたお土産を買い そこで、お仲間の三浦さんに偶然会いました! これもすぐに私のレーダーが反応し!!!... 「三浦さん!!!」と呼び止め、主人はびっくり! しばらく同じスピードでお買いもの! いろいろな活動をされている方なので ぜひ次にいろいろ教えてくださいと話してきました。 その後耳かきを買い・・・ 清水寺に行ってきました。 そこで・・・「う〜ん・・・みなことあるなぁ」 そんなに知り合いと会うか?とばかりに 「パパ誰だっけ!!!芸人さんだよ」 「元気のいい大学生だよ」 でも見たことがある・・・ そこで・・・すみません 「写真撮ってください」とカメラを渡した時に 「え???おれ?いいですよ」 (※今思えば・・・すみません。うれしくて) でも隣の人がアシスト・・・ 「一緒に取って」って事だよ」といって 2700のお二人と撮ってもらいました。 でも二人とも、わかりの人にやさしいし 気さくで、清水寺の説明も、面白く まわりにわかりやすいように説明していました。 とにかく話していることが面白くて そばで聞いていても楽しかったです! 息子と共に、頑張ったご褒美で芸人さんとあえてよかったね! それもネットにも挙げていいよと言ってくれました! なんていいひとーーーーーーーーー!!!!! ぜひ下記コピーしてみてみてくださいね! 右左ひじ交互に見て〜の人です! ちなみに双子のパパなんですよ! http://search.yoshimoto.co.jp/talent_prf/?param=/r/s=i=2721/r=2722 そんな一日を過ごしてきました。 実は、清水寺は、私と主人の大切な宝物を一時預けていました。 両親が上に上がったので、いまはその子の面倒を見てもらっています。 (きっと天国で甘やかされながら・・・見てくれていると思います!) だから毎年、もう一人の子供に 会いに行っています。 パパママ笑ってね。 よく頑張ったね!と言ってくれているようで・・・ パパもママも本当にうれしかったよ! また今年も前進! 明日は両親の命日です。あの日からもう6年 早すぎるのか遅すぎるのか 何を考えてきたのか ただがむしゃらに生きてきましたが それでも、いまは前進ができている気がします。 |

応援してます





