死刑取り消し 遺族「裁判員の判断尊重を」4月19日 20時23分k10010053881_201504192055_201504192057.mp4
女子大学生殺害事件の裁判で、裁判員が言い渡した死刑判決が取り消され、最高裁判所で、被告の無期懲役が確定したことについて、被害者の母親がシンポジウムで講演し、「一般の人の判断を反映させようという裁判員制度導入の経緯からは、こういう結末にならないはずだ」と批判し、裁判員の判断を尊重するよう訴えました。
19日都内で開かれた犯罪被害者支援のシンポジウムで講演したのは、6年前、千葉県松戸市で起きた強盗殺人事件で、大学4年生だった長女の荻野友花里さん(当時21)を亡くした母親の美奈子さん(62)です。
この事件では、1審の裁判員裁判は被告の男に対し、遺族が求めていた死刑を言い渡しましたが、裁判官だけで審理する2審が取り消して無期懲役を言い渡し、ことし2月、最高裁判所で確定しました。 美奈子さんは講演で、「1審の裁判員は丁寧に審理していたのに2審で取り消され、司法が信じられなくなった。一般の人の判断を反映させようと裁判員制度を導入した経緯からはこうした結末にならないはずで、制度の意義はなかったのではないか」と批判しました。 そのうえで、「裁判員制度を続けていくのなら、2審なども裁判員裁判にするか、1審の判決をもっと真摯(しんし)に受け止めるか、するべきです」と訴えました。 昨日はVSフォーラムのシンポジウムに行ってきました。
内容は一つ目は裁判員裁判の中での証拠写真の取り扱いについてと、死刑問題についてでした。
私は、特に自分たちでも問題となった、証拠の制限について意義深く聞き入りました。
基調講演をしてくださったSさんの案件もやはり、裁判員の精神的な負担を考慮し遺体の写真を
見せずに、簡単なイラストにして、裁判員に見せたようです。
裁判員裁判の裁判と裁判官だけの裁判では、証拠の制限され方がとても違います。
職業裁判官の時には写真は百聞は一見に如かず、決して証拠品としての能力があったと思いますが。
行って裁判員裁判となると、家族の笑った顔すらも、裁判員にとっての負担になるのだと言われいました。
私たちの裁判員は当時、真摯に私たちの案件に取り組んでくれました。
評議の中で、被害者の人格はその人の顔や性格生い立ちは確かに影響しないかもしれない
ですが、人が一人亡くなったことをそれを無くしてどう感じるのでしょうか?
見ず知らずの人ではあるけど、思いがあってきてくれている裁判員は
やはり血が通った人なのです。
遺体の写真も生きている人の傷跡も、やはり見てもらい、そしてその大切な人の笑顔の写真を
見比べることで、「確かに一人の人間がいなくなってしまったのだ」
と実感してほしいと思います。
そして、その命を奪ったのは「加害者」なのだと
そう感じてほしい。
写真は何にも代えることができない、証拠です。
どんな写真であっても、制限することなく見てほしいのです。
裁判員となった人が遺体の写真をみて倒れてしまうほどショックを受けた人がいたと聞きましたが
もし愛する人が無残に亡くなった姿を見たら・・・
そこは・・・だれも考えていないのでしょうか?
また、もし死刑を考えるとなった場合、簡単なイラストで一人の人間の罪と向き合うことができるのでしょうか。
私が出会った裁判員の方々は、本当に凛として、人として対応してくださり
公判前整理手続きで争わないので証拠を出さないといった証拠品を裁判員の意向で
裁判の際中に「しっかりとみたい」とつよく要望してくれたのです。
そして、裁判官は証拠を採用してくれました。
このように、裁判員の中でも、証拠を見ようという方もいるのです。
なぜ裁判員裁判は出来なのでしょうか?
それは、司法と私たちの感覚が離れてしまったからです
裁判員がかかわった事案で量刑が重くなったものもあるかとも思いますが、
これまでの先例と、待ったく同じにしていたら、裁判員を入れた意味がなくなります。
そのことはシンポジウムの第2部でも話し合っていました
裁判員が入ったからこそ、心と血が通った裁判にしてほしいと思います。
加害者の処遇や罪の程度、更生を考えるだけの裁判ではなく
そこには
被害者の人生があり、突然命を奪われることになった悲しい現実を知ってほしい。
・・・・ですが、司法関係者が思うよりも裁判員はしっかりと腹を据えて考えていると思います。
司法関係者よりも、もしかしたら人を見ていると思います。
裁判官なら「すみません」で謝ったと判決文に書くでしょうが
裁判員は、心からおや待ったかそうでないかを見抜く力があると思います。
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2015年04月20日
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