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今日は最近、読んだ本を紹介します。
小学生6年生の「普通」の女子生徒が小学6年生の女子生徒を殺した・・・
みなさんはこの実在する事件を知っていますか?
私は、知らなかったのですが「長崎県佐世保」であった実際の事件をもとに書いたものです。
当時、現場の記者さんが、被害者と加害者の想いを書き記したノンフィクション作でした
私は、自分自身の息子の年齢も近いことから
想像しながら読んだのですが
最初はあまりも残酷な風景で、読み進めることに戸惑いました
ですが、途中から、また記者としての考えなどにぶつかるその心理が
より忠実に描いてあり、自分が社会人として・・・と考えさせられました。
ただ、小学生の罪の重さと
こころの重さ
周りの事件への重さ
その先の未来
すべてが、空回りしてからむことがなかった悲しい事件であったと感じます。
ただ、この作品は、同じ親として加害者・被害者両者になりえる
そう考えると、とてつもなく不安になりました。
でも、この本を読み終わって
「子供としっかりこころを通わせよう」と素直に感じました。
集英社 「謝るなら、いつでもおいで」
著者 川名 壮志
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今日の日記
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「交通事故」って聞いただけで・・・
みなさんはどんなふうに想像しますか?
私は「本当に事故なのかな」と考えます
それは、防ごうと努力していたのか?
明らかに過失とは言い難い事実があるのか?
過失が3っつ重なっても、「しょうがない・・・事故だから」
やはり・・・事故とは言いにく
どんな言葉も交通事故の事件の場合かるいように感じます。
「事故処理」と言うけど
「捜査ではないの」
確かに、本当にこつんと当たっただけでも交通事故
人の人生は一つの事件で大きく変わることもある
よく考えれば、私の人生は何個もの事件に遭遇したのだろう
自分で何度も悲観し
どうしていいのか分からずもがき悩んできました
その中には、世の中からすれば
こんなことでなやんでいるの?と言われんばかりのことだってある
経験した人でしかわからないことが
世の中はには本当に存在する
いま、自分がいろいろな立場の方とあえて
前の人生とはガラリと違う人生を歩み
意見を言える
だから言いたい
「事故処理ではなくて!事故捜査です!」
交通捜査をしてください
「言葉で被害者の心を壊さないでほしい」
今日もため息
でも、私の周りには、すこしのプラスαをできる人がいる
だから・・・明日もつなげようと思える
あすは「あいの会」大人のグリーフケアと子供のグリーフケアがあります。
お子さんのグリーフに関しては質問がありましたら
ご連絡ください。
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今日は6年目の命日です。
こんな雪でどうにもできませんが・・・ 主人は31歳のときにいっぺんに両親を亡くしました。 母方の祖父が残っていたものの 本当に身近に頼れる人もいなくなりました。... 大きな重圧は、この日から始まりました。 生き残った二男はまだ「イルカさん」「この100円使っていいの」 と子供のころに記憶が逆行し、両親がなくなったことも受け入れられていません。 当事者の恵司・恵生もまた、今日を生きたことに感謝をしています。 ただ、この見えない後遺症は裁判が終わっても付きまとうし 日常でもいきなり普通のことができなくなる。電話応対であってもそうです。 息子は知らないところで、私たちの「仕事」という名の 裁判や病院などに追いかけられ 一番かわいい盛りの保育園時代の記憶が私には薄く感じ 本人は、渦中に巻き込まれました。 娘は・・・両親の念願でした。 抱き締めたかったし、一目でも会いたかったでしょう。 出産までの道のりも容易ではありませんでした。 それでも、生まれてきてくれた命に感謝をしています。 人の死はどんな別れ方をしても悲しいものです。 どんな人も「死」に引き裂かれ また「死」を乗り越えろと言われるかなしみ そして「死」と隣り合わせで生きています 初めて「犯罪」というものの怖さに直面しました。 自分が被害者にも加害者にもなりたくないという気持ちが 「犯罪」という怖さを何よりも感じているからです いなくなってしまった存在に、こちらから声をかけ続けても 帰ってはこない返事を待ち 乗り越えられないハードルを・・・ 年々過ごしているのだと感じます。 今日、願うことは 誰にでも、適切な「支援」を、早期に知る機会をもっと増やしたい 早期段階での「犯罪被害者支援」「犯罪の回避の仕方」を「命の大切さ」を学んでほしい 何よりも、「犯罪」という言葉が消えるくらい、穏やかな社会」になってほしい 両親の死はどんなこととも比べられない「悲しみ」でした だから、これからもその思いを、被害の悲惨さを 多角的に活動をしていきたいと思います。 また、私たち家族を支えてくださっているたくさんの 温かなお仲間と、支援をしてくださっている皆様には こころからの感謝を伝えさせていただきたいです。 「皆さん本当にありがとうございます」 |
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今日は「京都」に行ってきました。
主人の友人のお蕎麦屋さんに行き 母に頼まれたお土産を買い そこで、お仲間の三浦さんに偶然会いました! これもすぐに私のレーダーが反応し!!!... 「三浦さん!!!」と呼び止め、主人はびっくり! しばらく同じスピードでお買いもの! いろいろな活動をされている方なので ぜひ次にいろいろ教えてくださいと話してきました。 その後耳かきを買い・・・ 清水寺に行ってきました。 そこで・・・「う〜ん・・・みなことあるなぁ」 そんなに知り合いと会うか?とばかりに 「パパ誰だっけ!!!芸人さんだよ」 「元気のいい大学生だよ」 でも見たことがある・・・ そこで・・・すみません 「写真撮ってください」とカメラを渡した時に 「え???おれ?いいですよ」 (※今思えば・・・すみません。うれしくて) でも隣の人がアシスト・・・ 「一緒に取って」って事だよ」といって 2700のお二人と撮ってもらいました。 でも二人とも、わかりの人にやさしいし 気さくで、清水寺の説明も、面白く まわりにわかりやすいように説明していました。 とにかく話していることが面白くて そばで聞いていても楽しかったです! 息子と共に、頑張ったご褒美で芸人さんとあえてよかったね! それもネットにも挙げていいよと言ってくれました! なんていいひとーーーーーーーーー!!!!! ぜひ下記コピーしてみてみてくださいね! 右左ひじ交互に見て〜の人です! ちなみに双子のパパなんですよ! http://search.yoshimoto.co.jp/talent_prf/?param=/r/s=i=2721/r=2722 そんな一日を過ごしてきました。 実は、清水寺は、私と主人の大切な宝物を一時預けていました。 両親が上に上がったので、いまはその子の面倒を見てもらっています。 (きっと天国で甘やかされながら・・・見てくれていると思います!) だから毎年、もう一人の子供に 会いに行っています。 パパママ笑ってね。 よく頑張ったね!と言ってくれているようで・・・ パパもママも本当にうれしかったよ! また今年も前進! 明日は両親の命日です。あの日からもう6年 早すぎるのか遅すぎるのか 何を考えてきたのか ただがむしゃらに生きてきましたが それでも、いまは前進ができている気がします。 |
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みなさま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
年明けの瞬間から
また一年が始まり、心新たに迎えられるようにと
こころを清め過ごしました。
「大切な人」を亡くすということは、恐怖である。
わかっていることだけれど、誰もが経験しているわけではない
わかっている人の心の強さや辛さは計り知れない
自分の義理の両親が亡くなり
弟妹の看病に追われ
それのどれもがすべてのかかわりが
時間の経過の中で当たり前に過ぎていく苦しさ
時間の中で、「遺族」と「被害者家族」として生きてきた。
「死」というものが近すぎてマヒしていたようにも感じる
どの人の言葉も、重みのある言葉で
受け止める事はその人自身にしかできないのがわかるから
聞くしかないのだと・・・悟ってきた
訴える重みと受け止める重みは人によって違う
けれど近ければ近いほどに
どのように受け止めなければよいのか考える。
さて・・・私は何をしてきたのだろう
聞いてきたのだろう
なんと「人」に言ってきたのだろう
伝えてきたのだろう
こころからリンクして同調できているのか?
いや同調することがいい事なのか?
5年もたっても何をしていいのか迷う
「苦しいよね」「元旦辛いよね」「泣いていいよ」
1年目に私は誰かにそういったのかな?
5年目にそう思えたのか?
人によって表し方の違う「大切な人の死」は
受け止め方もそれぞれだと、改めて気づく
私は元旦よりも、12月13日の父の誕生日と
1月10日の母の誕生日そして父の日母の日が辛い
もちろん命日も・・・
「生きる」「生きている」「これからも生きていく」
そんな当たり前のことがとっても難しいこと
リハビリや障害の周りの不理解に苦しみ
両方を知っている。
どちらも苦しい
だれもが知らない「大切な人の死」の辛さ
だれもが被害者にも加害者にもならないように
今年も、私自身が私らしく経験してきたことを
また今年も発信していこうと思います。
小沢家一同、またあいの会の一員としても
今年も一年よろしくお願い致します。
小沢 克則・樹里・恵司・恵生
また、ご心配おかけしております母の病状は
クモ膜下の一歩手前で5つ詰まっているところなどがあるそうで
現在も入院を続行しております。
関係者の皆様には年末より大変ご心配おかけいたしました。
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