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今年もあと数時間で終わろうとしていることに
「はっ」と気がついた時には、いつも年賀状に追われている小沢家です。
特に、皆さんにはご心配おかけしました母の病状は
くも膜下出血の一歩手前だったそうで、現在未破裂のままを維持しております。
まだ入院中です。
そんなこんなで、今年はSDDへの参加、SDD子供書道コンクールの参加
加害者の「危険運転致死傷 ほう助罪」の確定、娘の入園式、息子の転校と祖母の入院、娘の入院、母の入院、あいの会の定期開催
何よりも、本の出版とあいの会の一周年記念は・・・言葉に尽くせない感動でした。
たくさんの方に、ご協力ご尽力いただきました。
ですが・・・本当に忙しかったです。
その中で通常の生活と病院への通院の付き添い・・・
一日を過ごせていることに、スケジュールをどうにかこなしていることに精一杯でした。
それでも・・・今年はどことなくやりきった感があります!
これまでの交通犯罪からはや5年と10カ月の重みを感じています。
また、とにかくたくさんの名刺交換をさせていただきまして
さまざまな方と触れ合うことができました。
本当に自分がこれまでに経験してこなかった、知らなかったことが
たくさんあるのだと、またさらには、
自分自身の成長にもつながっていると感じました。
家族ともども、またあいの会と致しましてもお世話になりました皆様には
深く感謝いたします。
来年もどうぞよろしくお願い致します。
皆様にも、さらなる飛躍の年になりますよう願いまして
今年、最後のご挨拶とさせていただきます。
「本当に、皆様と出会えたことに感謝しております」
関東交通犯罪遺族の会
小沢克則・樹里・恵司・恵生
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今日の日記
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今年は激動の一年でした。
2月にはSDDの参加がありました。毎年、ここに来るたびに感じるのは 飲酒運転の撲滅をこれだけ多くのアーティストが伝える大きなメッセージは 何にも変えられない、感動がありました。毎年想いはここからスタートします。 今年も自分が「飲酒運転の撲滅を伝えていいんだ・・・」思える場です... またSDD子供書道コンクールでは、私たちの息子の 「家族の光消さないで」が入選いたしました。 娘の入園に始まり、息子の転校。何より大変だったのは 一カ月続いた区域外通学をしていた時間でした。 2人の違う時間帯の送り迎えに翻弄しました。 娘の入院もありました。みなさんには大変ご心配おかけしました。 4月15日には危険運転致死傷 ほう助罪の最高裁での確定を受け 17日に最高検より連絡があり、急きょ囲み取材を自宅にて行いました。 たくさんの報道関係者の方に、関心を持っていただき、 本当にありがとうございました。 ほう助罪の確定を受け、本の出版を取り急ぎまとめる作業となりました。 何度も何度も原稿とにらめっこをし、確認は朝方近くなることもありました。 家族総出で何度も読み返し、この本の制作に関係していただいた多くの方とともに、 一つの作品を作り上げることができ、本当に感謝をしています。 とても大きな財産をいただけた気がします。 多くの関係者の方々に、この場をお借りいたしまして、改めて感謝申し上げます。 さらには、本の出版と同時に、2012年7月8日に発足した 「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」の一周年記念には 自分たちの予想をはるかに超えた方々にご出席いただき、 ともに祝って頂く事ができました。仲間も1年半年を過ぎ、 増えて同じ思いを共有し、ともに悩みを打ち明けることができる、 頼もしくも包容力のある、温かな会になってきました。 また「あいの会」を取り巻く多くの支援者の方々には、 大変お力添えをいただきました。 「生命のメッセージ展」の鈴木共子代表と土屋夫妻とメッセンジャー含め仲間の皆様 「JD共済」の丹沢理事長と私どもと志と共にしていただいた会社の皆々様 立派なお祝いをすることができましたこと、 あいの会の仲間を代表いたしまして深くお礼申しあげます。 そして埼玉では「彩の樹(あやのき)」という自助グループが発足し 初期メンバーとして参加できました。 また研修会などにも参加することができ、自分ができる何かを 少しずつ辿る作業がやっと約6年を目の前に始める事ができました。 また埼玉県東松山市では「被害者等支援条例(要綱)」について 横川雅也議員が議員質問をしていただきました。 前向きに、進んできました。「被害者」という独特な立場を いかに身近に感じ、事故事件そのものを「危険意識」を高め さらには、被害にあった際には、しっかりと各行政窓口が 的確に支援情報や支援活動をできるということを たくさんの人が周知できる社会になればと ともに想いを伝えてくれました。 講演活動についても、家族とともに自分達家族が日々困ってきた 「被害者支援」についての自治体の方々に聞いていただいたり または、「飲酒運転の撲滅」について、事故ではなく、犯罪なのだと 自分たちなりの言葉で、伝えることができました。 まだまだうまく話せません。伝えることのむずかしさを毎回感じています。 何よりもとても緊張します。 でも、その後のアンケートなどでは、「自治体でできる具体的な事が聞けてよかった」 「自分では想像できない、実際にあった体験をお話しいただき、 一人の警察官として何ができるか考えていきたいと思います。」 などたくさんの感想を聞くことができたので、思いが少しでも 伝わっていることに嬉しく感じることができました。 これまでの5年間が、いかに多くの方に支えられ、 見守られてきたことを感じることができた一年でした。 私は、事件以来ハリネズミのようにとがっていました。 何かに敏感に感じ、何かに漠然と恐怖を感じ、何かに追われて過ごしてきました。 たくさんの温かな手で、たくさん転がされて、 だんだんとハリネズミの「とげ」が丸くなってきた気がします。 でも・・・まだまだハリネズミです。 それでも、転がりながらみなさんに押してもらいながら進んでいこうと思います。 どうか皆様にとってもこの年の瀬が無事過ごせますよう願っております。 よいお年をお迎えください。 |
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事件概要
2008年2月17日、飲酒運転の末に暴走した車が、前方親子車両に接触し、その後、後続車(小沢車両)に接触。車に乗っていた家族4人のうち、助手席にいた父・小沢義政(56)、運転席の後ろに座っていた母・雅江(56)が死亡。運転していた恵司が重体、恵生が重傷となる。現在も後遺症とともに生きている。
乗用車を運転していたトラック運転手(32)に事故前に酒を出した飲食店の男性経営者によると、運転手はビール1杯、酎ハイ7杯などを同僚合わせてグラスで約30杯飲み、経営者は玄関まで見送ったという。運転手は店を出た後、同僚2名を乗せてキャバクラで遊ぶために飲酒運転を続け交通犯罪を起こした。日常より飲酒運転を繰り返していた。
三つの裁判の概要
飲食店店主の裁判 (第1の裁判)酒類提供罪(道路交通法違反)
・2008年2月27日、道路交通法違反(酒類提供)で逮捕。3月19日起訴。
・5月12日(全国初)酒類提供罪で初公判(さいたま地裁)。「被害者なき犯罪」とされ、遺族の意見陳述は認められず。
・5月23日、衆議院法務委員会で鳩山法務相(当時)が「何か工夫あっていいのかな」と答弁。5月29日の公判で小沢樹里が証人尋問で法廷に立つ。
・判決は、「懲役2年、執行猶予5年」(さいたま地裁 2008年6月5日。求刑は懲役2年)
加害運転手の裁判 (第2の裁判)危険運転致死傷罪
・2008年2月27日、危険運転致死傷罪で逮捕。3月19日起訴。
・10月2日、初公判。被告は危険運転を否認。争点は、飲酒による運転の影響で、「正常な運転は困難であった」(検察側)と「正常な運転ができないほどは酔ってはいなかったから、自動車運転過失致死傷罪に適用すべき」(弁護側)など。
・11月6日まで、計7回の公判審理を経て、11月12日の判決は「懲役16年(求刑懲役20年)」
・検察、被告双方控訴し東京高裁にて控訴審。2009年11月27日「懲役16年 確定」
同乗者(2名)の裁判 (第3の裁判)危険運転致死傷ほう助罪
・当初、道路交通法違反の同乗罪で送検(2008年5月12日)されたが、危険運転致死傷共同正犯で告訴(6月5日)し、2009年8月24日、危険運転致死傷ほう助罪で(全国初)起訴された。
・被害者参加人として裁判に係わる。裁判員裁判で2月14日に「実刑2年」、判決不服で被告2名が控訴。2013年4月15日に最高裁で「実刑2年」が確定し5年と2カ月の刑事裁判が終わる。
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今日、私の目の前で交通事故遺族が泣いていた。
心臓が震えた 寒気とあの日の息苦しさが・・・よぎる 埼玉県吉見町で小学4年生の子供が交通犯罪に巻き込まれた。 その小学校4年生の子供は死亡 私は、きょう祖父の手術の日でその病院にいた 病院に行った時に、すでに下の救急処置室の前に明らかに、 とてもつらそうな顔をした人がいた。 祖父の病状を家族で話す為に一階ロビーで母と話をしていた。 さっきもいた、子供たちは、少し私たちのほうに歩いてきて目がしばらくあった きっとおなかすいているかもしれないとおもった ご両親はたくさんの人に囲まれていた 本当はお菓子を渡したかったけど、このご時世そんなこともできない。 ただ、ただ・・・目を引いた その子供たちも、何度か私たちを見ていた。。。 でも、その時はまさか息子と同じ年のお子さんが亡くなったなんて知らなかった しばらくして、さっきの御家族が亡くなったことを 後ろで帰っていく、子供とお父さんの会話で分かった その瞬間に 帰らない人がいるその現実を聞き 胸がさざめき、息が苦しくなった。 でもそれが交通事故だと聞きもっともっと苦しかった。 犯人は捕まったようですが どんなに犯人を憎んでも、その子の命には変わらない。 亡くなった命の代償は誰も払うことなんてできない それでも、御家族は、これから、死を受け入れるとともに、 裁判を迎えることになる。 その中で、育児と家事を抱えながら日常と非日常を繰り返す それは、どの遺族も同じだけど、 どの人とも同じことではない。 何の変哲もなかった日常がある日からなくなるのだから・・・ そんな瞬間・・・ どうして、私は見てしまったのだろう 聞いてしまったのだろう なにかとても申し訳なく感じた。 見ても、聞いても、何にもしてあげれなかった なにも声もかけられなかったのだから でも・・・普通知らない人がはなしかけることなんてしない 事故を知ったのも後の事 となりにいる私の母も 一瞬にして青ざめた。 その家族の後ろ姿をただ見守り そこを過ぎていく瞬間が今でも目に焼き付いている。 私は、たまたまそこにいたけれど 何もできずに今もいる ただ、交通事故は絶対に許せない 絶対に許せない その思いが強くある 御家族が適切な支援が受けれるように願いたいです。 どうかたくさんの支援者の方 友人知人・親戚・お子さんの学校関係の方 市役所の方・近所の方 どうかどうかたくさんの人に守って頂き助けていただけますように願います。 お子様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 |

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