|
心情等伝達制度は埼玉では、積極的には行わず説明もしないくらい消去的なようでした。
さらに、心情等伝達制度のために申込書を書かなくてはいけません。
ですが、これに関しても、今後仮出所の先はこうなります。と説明になった時に
「手続きがありますので、するときは言ってください」といったと言われました。
でも、実際どれかわからなかったのです。
わかりにくい、保護観察制度
心情等伝達制度を使うか使わないか私たちにだって、選ぶ権利があると思う。
電話だけの確認では不十分だと思いました。
確かに、心情等伝達制度の問題点は使ったところで、
被害者にとっては不満足で終わることもあると思う
けれど、それをわかっていても、使うか使わないかを決める決定打は
自分たちで決めさせてほしいと思いました。
・刑事と民事を切り離しす(民事の事は言えない)
・自分たちの言葉が、そのまま伝わるわけではない(加害者の状況により伝えられない場合もある)
・加害者が被害者の意見について、返事を返すかどうかもわからない
・自分たちの意見は、保護観察官の手によって、文章を作られるので、そのまま伝わらない可能性もある。
(※確認はできる)
保護観察官がかかわる書類に関しては、私たちにわかりやすくなっていません。
そして、パンフレットもわかりにくい。
行政のなかの、難しい言葉を使って自己満足ではなく
外部の意見を聞いてほしいと思いました。
だって、ただでさえ、混乱している状態で、決めていかなくてはいけないのだから。
被害者の様のパンフレットがわかりにくいなんて
おかしいですよね。
私たちでもわかりやすいものにしてほしいです。
最後に
私は、この保護観察制度はまだ成熟はしていないと思います。
それでも使いたいと思うのは、刑を服した加害者がどのような思いになっているのか聞いてみたかったからです。何よりも、裁判では聞けなかった事を話してくれるかもしれないという希望もありました。
裁判だけでは聞くことができない、本心を知れるかもしれない最後の機会だと思います。
絶対に聞けるわけではありません、でも帰ってこない月日だけれど、せめて、あの日からどう思っているのか聞きたいと思いました。それに私たちは意義を感じました。
保護観察所では様々な配慮もしてくれており、被害者側専門の保護観察官と保護司さんがつくので
安心して、話すことができました。
また、被害者側の専門ダイヤルがあるので、加害者と間違われることはありません。
相談もとてもよく乗ってくださり、話も休憩も上手にとってくれました。
ですが、東京の保護観察のように、心情等伝達制度など申請が必要なものに関しては書面で行ってほしいと
思いました。
用紙の形式・制度の運用方法が、各地方によって、様々なようで、とてもわかりにくいものでした
他のご遺族の話も、聞きましたが、それぞれにやり方があるので、自分の管轄の保護観察所との
連絡のやり取りが非常に大切になると思いました。
今後さらに、理解できるものにしてほしいと思いました。
、
|
同乗者 裁判員裁判
[ リスト | 詳細 ]
|
加害者2名が収監されました。
7月1日に収監されたそうです。 加害者と共に、「罪」について考えてきました 加害者は本当に更生するのか・・・ でも、自分たちで加害者を罰すると決めた、 事件後の葬儀の前日決めた決意 「告訴」した時に決めた決意 遂げることができました 両親にやっと伝えられます。
「同乗者が関口淳一受刑者・大島功受刑者となりました」 更生ができるのだろうかと考えてきましたが・・・
最後まで、ずっと謝ることはしませんでした。 最後まで「無罪」を言い続けました。 もし一言でも謝っていたら、違ったはずです。。。 せめて、生命のメッセージ展で両親を見てもらいたい・・・
たくさんのご遺族のかた支援者のかたに支えられました。
本当にありがとうございました。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
熊谷市で二〇〇八年、九人が死傷した事故で、飲酒運転の車に同乗し、一、二審で懲役二年の実刑判決を受けた男二人について、上告を棄却するとした最高裁決定。事故で両親を亡くした息子夫婦、同じ車で事故に巻き込まれた娘は一報を聞き、小さく息をついた。「全て終わった。長かった」−。(池田友次郎、岡本太) 東松山市の小沢克則さん(36)はあの日、父義政さん、母雅江さんの命をいっぺんに奪われた。同乗者二人の実刑が確定することには「許せるわけではない」と話す。 克則さんの妹恵生(えみ)さん(26)は、事故の瞬間、後部座席にいた。乗っていた軽乗用車は大破し、病院で両親の死を知った。顔などに後遺症が残り、保育士の仕事を辞めた。「裁判が終わったことはうれしいが、それで両親が帰ってくるわけではない」 それでも、遺族らは歩み続けた。克則さんの妻樹里さん(32)を中心に、裁判の情報を集め、さいたま地検に告訴状を提出。道交法違反で書類送検されていた同乗者の二人が、危険運転致死傷ほう助の罪で起訴された。 樹里さんは五年間で約三十回の講演を行い、飲酒運転撲滅を訴えた。「両親の死が、せめて飲酒運転の結果の重大さを伝えてくれれば」。昨年七月には、無謀な運転の防止を呼び掛ける有志の会を立ち上げた。 十七日、自宅前で取材に応じた克則さんらは両親の遺影を両手でしっかり抱えていた。「自分たちの中では、一つの区切り」と克則さん。樹里さんは「飲酒運転は同乗するだけでも犯罪になるんだ、という意識を持ってほしい」と力を込めた。 <熊谷の9人死傷事故> 熊谷市佐谷田の県道で、2008年2月、飲酒運転の男(37)のスポーツカーが、時速100キロ以上で対向車2台に衝突。2台目に衝突された軽乗用車の小沢義政さん、雅江さん夫妻=ともに当時(56)=が死亡したほか、スポーツカーに乗っていた3人を含む7人が重軽傷を負った。スポーツカーの3人は、直前まで市内の飲食店で5時間近く飲酒していた。 |
埼玉・熊谷の飲酒死傷事故:同乗の2人、実刑確定へ 危険運転ほう助で毎日新聞 2013年04月18日 東京朝刊
埼玉県熊谷市で2008年に起きた9人死傷事故で、飲酒運転の加害車両に同乗して危険運転致死傷ほう助罪に問われた飲食店手伝い、大島巧(いさお)(50)とアルバイト、関口淳一(48)の両被告の上告審で、最高裁第3小法廷(寺田逸郎裁判長)は15日付で両被告の上告を棄却する決定を出した。それぞれ懲役2年の実刑とした1、2審判決が確定する。
判決によると、両被告は08年2月、勤務先の後輩の男=危険運転致死傷罪で懲役16年が確定=と飲酒後、男が運転する乗用車に同乗。時速約100〜約120キロで走行中に対向車2台と衝突し、同県行田市の夫婦(いずれも当時56歳)が死亡、男と両被告を含む7人が負傷した。男は両被告から同乗について了解を得た上で、運転中も制止されなかった。
弁護側は「運転を了解したり、走行を黙認したりしただけでほう助罪は成立しない」と無罪を主張。だが小法廷は「アルコールの影響で正常な運転が困難と認識しながら黙認した。そのことで運転意思をより強固にした」と、ほう助罪の成立を認めた。【和田武士】
◇「同乗も罪」認識を 事故で死亡した夫婦の遺族が17日、埼玉県東松山市の自宅前で報道陣の取材に応じ「運転手だけでなく同乗者も交通犯罪に関わっているという意識が世の中に広がり、飲酒運転がなくなることを願っている」と訴えた。【須藤唯哉】 |
飲酒事故の同乗者 実刑確定へ
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用

応援してます





