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原始人の見聞
日本の文化は一言では語れません。

「新聞の挿絵 ( しんぶんのさしえ ) 」の始まり  明治7年 (1874) 7月に具足屋より発刊された『東京日々新聞』に落合芳幾が挿絵を描いたのが日本における新聞の挿絵の始まりである。次いで、明治 12 年2月 21 日から『大阪朝日新聞』によって「集散離合連枝の光栄」と題する絵入り物語を出したが、これは日刊新聞の絵入り小説の始まりである。

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