Peace

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久しぶりに映画を観ました。(邦題:「渚にて」、原題:On the Beach:1959年・アメリカ)

近未来である(当初)1964年に起きた第3次世界大戦後という設定。
核爆発後、北半球を中心に人類が被爆によって滅びていき、唯一、生存者が残る地域は南半球のオーストラリア・メルボルン。
人類は全滅したとされていたアメリカ本土・サンディエゴより読み取り不可のシグナルが無線機に発信される。現地に行って確認するようにオーストラリア海軍より指令が出る。
グレゴリー・ペック演じる、アメリカ海軍・艦長の指揮下、「生存者がいるかもしれない」というかすかな希望を持ちながら、アメリカへの旅が始まります。艦長自身、アメリカ本土に残していた家族は被爆して他界しているが、ショックのあまりその現実を受け入れることが出来ないままでいる。

「核兵器を開発し、やりたい放題やって、自分達だけ助かろうなんて虫がよすぎるというものだ。」という台詞は、今こそ耳を傾ける必要があるように思えます。

どうしても国際政治を通して、「アメリカは」「日本は」と国単位で問題に対する姿勢を取り上げられがちですが、実際には大勢に意義を唱える者も意見もあるのでしょう。

メルボルンでも原爆症が発症し、次々の死者が出ていくという悪化する状況に対して、オーストラリア政府は安楽死の薬を市民へ供給します。この映画が製作されてから50年。私達は何を学んできているのでしょう。

子供のしつけのひとつに、「シェアをすることはよいこと」と、おもちゃや、おやつを共有したり、分け合ったりということを教えることがあります。子供にもいろいろな性格があって、中には聞き分けが悪く、独り占めすることに必死になって、中には泣き出したり、かんしゃくを起こしたりする子供もいるほどです。

皮肉だなーと思ったのは、何でも独り占めしたいと力づくで抵抗する子供と、それを諭す親の姿が、なんだか今起きている世界情勢と重なるものを感じたからでしょう。

自分さえよければいい、という考えとは別に、人はひとりで存在することは不可能で、いろいろな人、環境に関わり、影響を受け、助けられたりしているのだと思います。そんなことを小さいうちから教えられ、体験し、感謝することができたら、もう少し、自分の周りや、世の中で起きている出来事に、関心することができるのでしょう。

物質的なものに限らず、喜びや哀しみといった人間的な感情を共有し、分かち合うことができたら、もう少し人の痛みに敏感になれるのかもしれません。

今晩、アメリカ・ロスアンジェルス出身のオペラ系歌手、Josh Groban(ジョシュ・グローバン)のコンサートに行ってきました。
現在26歳とは思えないくらい、深みのあるとても魅力的な歌声を持つ彼は、そのアルバムからは想像できない程、気さくでユーモアのセンス溢れる人でした。そして歌だけでなく、ピアノも弾ける、そしてドラムも出来ると、多彩ぶりを披露してくれました。
曲の間に入るトークも、とても面白く、歌声に感動し、話に笑い、とても楽しいステージでした。

そんな中、彼が南アフリカを最近訪れたというエピソードを紹介し、とてもきれいな国で素敵な文化がある素晴らしいところだと絶賛し、また同時に貧困、飢餓、内戦、エイズ、と深刻な問題を抱えているのも現状だと話をしていました。アフリカ訪問の際のビデオが舞台のスクリーンに映る中、さらにネルソン・マンデラ氏を尊敬していること、そして彼に会って話した際に、エイズ基金を広める役割を果たす、親善大使に任命されたことをとても光栄に思うと言っていました。また、ネルソン・マンデラ氏が興した、ネルソン・マンデラ基金や、食糧不足で子供達がたくさん死んでいる状況を改善する非営利団体等のウェブサイトを紹介したりと、国境を越えて、問題意識を持ち、自分のステージでその状況を話す機会を持ったり、また人々の心の中にあると信じている、慈悲、そして喜びと哀しみを共に分かち合うという人類愛を謳ったりと、音楽を愛すると同時に、友達、家族をはじめ、人を愛し、そして人々を愛で繋ぐという想いが歌詞、想いを入れながらの熱唱、そして話に一環して感じられ、とても感動しました。

自分が信じること、そして呼びかけたいことを伝える方法は、たくさんあるのだなーと、とても当たり前のことだけれども、改めて思いました。そして、私に出来ることがあるとしたら、何だろう?

Josh Grobanのオフィシャル・サイトは:
http://www.joshgroban.com/home
(プロモーションビデオも、そのサイトで見、聴きすることができます。)

"Letters from Iwo Jima"

先日、話題になっている映画「Letters from Iwo Jima」(硫黄島からの手紙)を観て来ました。
この映画に興味を持ったのは、監督であるクリント・イーストウッド氏が、「勝ち負け、どちらが正義かどうかを描くのではなく、戦争で命を落としていった人たちは国を問わず同じ人間である。」という、当たり前のようで、でも今までにないメッセージを含んだ戦争映画を手がけたという事をインタビューで話していたのを耳にしたからです。

「戦争に限らず、物事もそう簡単に白・黒、もしくは善・悪と決められないもの」、このような考えを持つ彼が、この歴史的事柄をどのように理解、解釈し、映像として映し出したのか、とても興味を持ちました。

映画では、戦争と一言では語ることができない、多くの命が亡くなり、そしてその命に関わる家族、友人、とさらに多くの人々が傷つくことが、戦争が生み出す現実なのだと見せつけられました。若く、尊い命が悲惨な形で奪われていく戦争は、どんな難しい問題を解決するにしても、あってはならない選択肢なのだと思うのです。

アメリカで生活をしていると、時々知らない人から、私が日本人であるとわかった途端に、真珠湾攻撃のことで攻撃的な話を一方的にされたりすることがあります。その度に人によって歴史がどのように解釈されているのかを知る機会となるわけですが、今回この映画がより多くの人に観られることと、その結果として別の視点から歴史的出来事を見つめ、そこから国を超えて、人として何かを学び、同じような過ちを繰り返すことがないよう、話始めることができるきっかけになることを期待します。

詳しい映画の情報は以下のサイトをご覧ください。
http://wwws.warnerbros.co.jp/iwojima-movies/

ネルソン・マンデラ氏が、インド独立の指導者、マハトマ・ガンジー氏が掲げた「非暴力・不服従」を改めてこの度、世界中で起きている様々な闘争や衝突を解決する、平和主義的手法として見直すべきだと訴えかけています。アパルトヘイト廃止の運動の為に、28年もの間投獄生活を強いられたマンデラ氏の思想に影響をもたらしたのも、ガンジー氏だといいます。

現代にこのガンジー氏の思想がどれだけ現実的に取り入れることが可能かという問があげられる中、私は充分に考える余地はあるし、可能であると考えます。
最も恐ろしく思うのは、物事の真相を追究することを始めから諦めて、同じ過ちを繰り返すことに目を瞑ることです。戦争が途切れずに起きているのも繰り返される歴史の一事実であるけれども、このようにガンジー氏、マンデラ氏、そしてマーティン・ルーサーキング牧師のように、平和と人権確保の為に、非暴力という手法と思想で歴史を変えていった人たちが存在しているのも歴史の一部です。

私達に課されていることは、これらの歴史から何を学び、どのように生かしていくのか考えながら、行動していくことだと思うのです。

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