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「吉子ちゃん、明後日、暇?」
「はい。」
「デートする?」
「・・え?」
「嫌やったらええねんけど。」
「嫌じゃないです・・けど、」
「けど、何?」
「徳井さんは、忙しくないんですか?」
「あぁ、俺は大丈夫。明日は仕事無いから。」
「そうなんですか。」
「うん。んじゃ、明後日の朝、迎えに行くから。」
「はい。待ってます。」
ほとんど用件だけの会話を済ませ、携帯を閉じた。
あたしと徳井さんは、付き合ってもうすぐ2ヶ月になる。
出会いは単純なもので、吉本の社員のあたしとお笑い芸人の徳井さんが
ある番組の打ち上げで出会ったのだ。
恋人達が付き合い始めて2、3ヶ月なんてのは、きっと一番熱い時期。
・・なはずなのに、あたしと徳井さんは、まだキスもしていないような関係だ。
それはきっと、徳井さんが忙しくて会う回数が少ないからだ。とか言ってみるけど、
それより何より、あたしの性格に物凄く関係しているんだと思う。
人一倍人見知りが激しくて、人一倍表情がなくて、人一倍冷めた性格。
徳井さんは、一体あたしのどんなところを好きになったのか、
徳井さんは、本当にあたしのことが好きなのか、って、
本当に不安になることも少なくは無い。
でも、それを言葉にできるほど器用じゃなくて。
冷蔵庫から冷えた缶ビールを1本だけ取り出すとグラスも何も持たないまま、
ダイニングにある革張りソファーの上に、深く腰掛けた。
プシュッと、缶のツメを開ける音が部屋に響き、
ビールを飲み込むと、ゴグン、とあたしの喉をビールが通り抜ける音が聞こえた。
リモコンを手に取りテレビの電源を付けると、ちょうどそこにチュートリアルが出ていた。
生放送の番組で、ついさっきまで電話で話していた人が、ブラウン管を通して映っている。とても不思議な気分だった。
ビールを片手にその番組に見入っていると、司会者が徳井さんにありきたりな質問をした。
「徳井は男前やし、彼女おるやろ?」
あたしと徳井さんが付き合ってからも、何度か見たことがある場面だった。
でもこんな時、決まって徳井さんは「いませんよ、」って笑ってて、
それを聞く度にあたしの胸はキュッと締め付けられ、苦しく息詰まってた。
また、同じ答えなんだろうな、ってそう思うと、何だかヤケになって
ビールをぐいと持ち上げ、勢いよく喉に流し込んだ。
「いますよ、彼女。」
時間が止まったように思えた。
飲み込むことを忘れた喉。そのせいで、口の端からビールが零れた。
何とか口の中のビールを飲み干し、缶ビールをテーブルの上に乗せると、
テレビを先程よりも真剣に見つめた。
「やっぱりおるんやな。」
「はい。」
「芸能人?」
「いや、普通の人ですよ。」
「ふーん。可愛いんやろ?お前みたいな奴の彼女やったら。」
「そらもう、抜群ですよ。」
普段、彼の口から聞くことのないその言葉に、
お世辞だとは分かっていても恥ずかしくて、
頬が染まるのが自分でも分かった。
「付き合ってどれぐらいなん?」
「2ヶ月くらいですね。」
「そんなん、一番えぇ時期やんけ。」
「そうなんですけどねぇ。」
「何か不満そうやな。」
「んー、不満ってわけじゃないんですけど。僕の仕事で会えない日も多いですし。」
「あぁー。」
「ホンマに彼女は僕のこと好きなんかなぁとか、思いますよ。」
「なるほどなぁ。」
「まだキスもしてませんしね。」
「ホンマに?徳井も彼女のこと好きなんか?」
「めちゃめちゃ好きっすよ!」
「それやったらよう我慢できるなぁ。」
「まぁ、それだけ大事ですから。」
「・・・なんかサブいわ、この話。次いこ、次。」
司会者の人は簡単にあしらってたけど、あたしの思考回路は停止しているに等しかった。
徳井さんが照れながら、あたしのことを 好き と言ってくれている。その事実が嬉しくて堪らなかった。
それから一応目はテレビを見つめているけど、その目には徳井さん以外映っていなくて。
時間が過ぎるのも全部全部忘れて、ただ驚きと嬉しさが隠せなかった。
気がつけば先程までの生放送は終わってて、次の料理番組みたいなのに画面が変わってた。
思い出したかのように机の上に置いていたビールを口に含んだら、もう生ぬるくなってて
あれからだいぶ時間が経っていたんだなぁ、と初めて気が付いた。
ビールを飲み干した後、とりあえず片付けようとキッチンへ行き、
溜まっていた洗い物を全て洗い終えると、そのままお風呂へ向かった。
お風呂につかりながら考えた。
あたしはあれだけの言葉をもらえて、こんなに幸せに浸れるのに、徳井さんには何も伝えなくていいのか。
どれだけ考えても上手く言葉が見つけられなくて。
少しのぼせたな、と頭をがしがしと拭きながら先程のソファーのところへ戻ると、
テーブルに置いていた携帯のサブディスプレイが光っているのが目に付いた。
見ると、着信1件 Eメール1件 と表示されていて、どちらも徳井さんからだった。
メールを見ると 今から家行ってもええ? っていう簡単なものだった。
先程の番組のことを思い出し、少しドキドキしながらそのメールに いいよ。 と返事をした。
濡れた髪の毛を乾かすこともせず、彼氏が来るからってメイクをすることもせず、
ソファーの上で小さく座って、ただただ、どうしようかと内心ひどく慌ててた。
ピンポン、と高いベル音が鳴り響き、徳井さんが来たんだということを知らせた。
慌てて肩にかけてたタオルだけを取り、玄関へ向かった。
ガチャ、と扉をあければ、そこには目が合って、優しく微笑んでくれる徳井さん。
「こんばんは、吉子ちゃん。」
「・・こん、ばんは。」
先程の徳井さんの言葉を思い出すと、ちゃんと顔を見れなくて。
何故か涙が溢れそうになるのを、必死にこらえることしかできなかった。
「あ、上がってください。」
「ん。ありがとう。」
思えば、自分の部屋に徳井さんを上げるのは初めてだ。
徳井さんのところにも行った事無いし。
「結構片付いてるんやね。」
言いながら、徳井さんはあたしが 座ってください と言った、革張りのソファーに腰を下ろした。
「あんまり、汚すようなこととか、しないんで。」
「ふーん。そうねんや。」
キッチンで徳井さんとあたしの分のコーヒーを入れて、
それを両手に、徳井さんの元へ向かった。
「あの、コーヒーです。」
「あぁ、ありがとう。」
微笑む徳井さんに、カッコイイなぁ と、いちいち関心してる自分は何なんだ、と少し自分に呆れた。
徳井さんの横に控えめに腰掛けてると先程のことばかりが浮かんできて・・。
「・・あ、あの。」
「ん?」
「・・徳井さん。」
「んー?」
「さっきの、あの、テレビ・・生放送の。」
頭の中に浮かんだ単語を口に出して並べたら、
徳井さんは頬を少し掻き、 何や、見てたんかいな と恥ずかしそうに言った。
「・・あ、たし。あの。・・。」
「うん?」
「ちゃんと、徳井さんが、好きです。」
ちゃんと っていう表現には自分自身、少し違和感を感じたけど、
付き合いはじめてから初めて伝えた 好き という気持ち。
徳井さんは、キョトンとした顔で瞬きもせずにあたしの目を見てて。
・・嬉しくなかったのかな、 と少し不安になり、合わせていた目を落とした。
直後、あたしの体は徳井さんの腕の中にあった。
あたしは何が何だか分からなくて。
ただ、あたしは徳井さんに抱きしめられてて、
今、徳井さんの顔があたしの首元にある。っていうのがはっきりと分かった。
「・・と、くいさん?」
「・・・。」
「・・徳井、さん。」
「・・・。」
「・・あの、徳井さん?」
「・・・・めっちゃ嬉しいわ。」
いつもより少し低いかすれた声で、耳元でそう囁かれ、
あたしの胸の高鳴りは本当に恥ずかしいくらいだった。
「・・・。」
「・・ホンマ嬉しい。ずっと、不安やったから。」
「・・・。」
「・・俺、めっちゃ女々しいやろ?」
「・・・。」
「・・ホンマ、嬉しかったわ。ありがとう。」
徳井さんの胸に顔をうずめてるからか、
徳井さんの心臓の動く早いリズムもハッキリと聞こえてきて、
ドキドキしてるのかな、なんて考えると、すごく嬉しかった。
「あたしこそ、徳井さんの気持ちが知れて、ほんと、嬉しかった。です。」
「・・。」
徳井さんの顔があたしの肩から離れ、あたしの顔の少し上に見えた。
ゆっくりと、近づいてきて、
徳井さんとの初めての、キス。
チュッという軽い音を残し、徳井さんの顔が離れていった。
徳井さんは、これまでに見たことないような優しい顔で、
今まで 徳井さんは本当にあたしのことが好きなのか、 なんていうことで悩んでたのがバカらしく思えた。
ふいに、嬉しさで涙が零れて、
とまらないそれを、徳井さんが指で優しく拭いてくれた。
「・・ふ、ぇ。だ、大好きっ、徳井さんっ。」
言葉になってない言葉を吐き、勢いよく徳井さんに抱きついた。
徳井さんも、そんなあたしをしっかり受け止めてくれた。
人の心はモノクロで、
行動に写さなきゃ伝わらないこととかもいっぱいあって、
そのせいで不安になることも多いけど。
だけどその分、嬉しいことがあったらすっごく幸せになれるんだ。
「吉子、大好きやで。」
ほら、また。ね?
ひとつひとつが、モノクロなんだ。
こちらもコピらせていただきました。
ありがとうございます。
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