光の時代、ある具象を、霊的及びムー的に読解する際にまず気をつけなければならないのが
文明と生物との最も最下層な交わりである。これは文明的な真数条件そのものである。
その最下層(最悪)の形がサイバネティック・オーガニズムであり、文明判断におけるもっとも
率先して判断しなければならない生きたアイテムである。
このサイバネティック・オーガニズムは英語本来ではCybernetic Organismとつづるが、
最もサイボーグ性を見たくない場合、その先鋭的な具象から見張るしかない。
要するに、解(根)と係数の関係だけさしあたって見たい、という事で、
この最下層のサイボーグ世界での経験が薄いか、まだないもの向けの事務的カッバーラ処方だろう。
この手法を頭文字一つずつとって「CO取り(小鳥、イメージ的にはメーテルリンクのチルチルミチル)と呼びたい。
ただし、真にその世界に対する実力者でない場合は、そのほとんどがお客さん状態
のため、現場的なことには手が出せないのはやむを得ない。
ところが汗を流さなくても済むため、光の世までほとんどは(不正な形での)金銭等の確保者がその力を
用いて楽をするツールと成り下がっている。
命令だけして急かしたりけなしたりする悪用のほうが今は多いが、これはお次の転生における
その者の機能削除にダイレクトにつながるゆえ勧められない。逆は覚悟があれば。
悪用に与太る例はほとんどの富豪を見ればわかるが、代表はやはりロスチャイルド及びロックフェラーだろう。
血縁的にみた最も顕著なものが継子扱い。
このCO取りにもいくつか種類がある。代表的なものを上げたい。
※襟取り(襟糸取り)・・その事象にエリートが潜んでいるか見極めること。最も簡単なCO取りである。
背広族(襟(ハイカラ)がある=襟の糸がある=襟糸=エリート)自体が陰謀の糸口である以上意外に重要。
決まれば背負い投げの効果が。
※幸(装置)取り・・何らかのシステム・デバイス(装置)が用いられているかみること。
これは目に見えない仕組みや偶像崇拝(特に仏像)、金銭自体にも及ぶ。
飛鳥昭雄氏は仏像を意識の投影する装置だと堂々看破したが、筆者は幼少期から体験的に会得済み、
さらに仏教そのものを、あらゆる宗教の中で最も人類にフィットする生きたデバイスだと見極める。
※コンテルガン(COM−照癌)・・幸取りのうち、特にコンピュータ(コンピューター)利用の有無をみること。
特に利用による、対応する具象の価値の減免が見極めとなる。視覚的なものが多いのだろう。
これと同様の副作用を及ぼす薬剤の名が、このコンテルガンの通名である。
※北取り・・最も人権を毀損する思想や仕組みを見張るもの。主なものは大日本帝国や北朝鮮、ロシア中国など。
また人類自体が本来は一つの家族(ノア)ゆえに、在日みたいに入り込んで荒らす継子扱いも意味する。
これらCO取りに終始することをカーピング(CARPING)という。川のコイのようにひたすらエサを拾いまくることである。
物理的には上古から途上国、ホームレスや修道者に実践されているが、給与自体が恵みと考えれば全従業員
(特にユダヤ式奴隷の正社員)にもダイレクトに波及するだろう。
光の世では思想や英知にも波及する。
これは東京や広島で焼かれたものが末期の水を求めて川に入ったことも示唆する。
(カーピングのカープはコイ、すなわち広島カープの意味もある)
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