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入院している時にお見舞いをたくさんもらいました。 花、果物、デザート、本、雑誌(エロ含む)、液晶テレビ そしてお金(笑) ほとんど、嫁に持っていかれましたが 嫁がいないとき、叔母がお見舞いにきて 2万円くれたのです。 「なんか美味しいものでも食べな」と。 嫁に申告するかどうか迷いましたが 自分のこづかいにすることにしました。 自宅療養中に 正式な?お見舞いのお返しは嫁が手配してくれました。 当然、それに叔母さんの分は入っていません。 後日、内緒で僕が手配しました。 「高級稲庭うどんセット」 しばらくしてからわが家の電話が鳴りました。 僕は足が動かないのですぐに電話をとれず たいていは嫁が取ります。 嫁「はい、もしもし○○ですけど」 叔母「○○だけど、ありがとね♪稲庭うどん」 嫁「は?稲庭・・・うど・・・ん?」 叔母「やーねー、お見舞いのお返しよぉ〜 気つかわなくていーのにぃ〜 それよりk-ji良くなった?」 嫁。。。しばし無言。 嫁「いえいえ、その節はありがとうございましたぁ〜 だいぶ良くなったみたいで・・・毎日ゴロゴロしてますけどぉ〜 落ち着いたら、またごあいさつに伺いますから」 叔母「いいのよぉ〜ん。それより美味しかったわよ♪稲庭うどん♪」 しばらく普通のご挨拶。。。。 ガチャ。電話が切れた。 嫁がゆっくりと僕の方を振り返る。 嫁「おい!K〜! 稲庭うどんってなんだゴラー!!いくらもらった〜ぁ!!!」 その後、我が家がとんでもないことになったことは言うまでもない。 「ぎゃぁ〜〜〜!!!!」(悲鳴) 〜つづく〜
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私もガンになりました。
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昨今、ガンで亡くなる方のニュースが絶えないですね。
いつ見ても悲しいニュースです。
いつ見ても悲しいニュースです。
しかし、何を隠そうこの僕もガンに
この身体を侵されたことがあります。
この身体を侵されたことがあります。
あれはもう10年前の夏のこと。。。
病名は「右大腿骨軟骨肉腫」
簡単に言うと、太ももの骨に悪性腫瘍が出来たんですね。
昔なら、右足切断だったそうです。
病名は「右大腿骨軟骨肉腫」
簡単に言うと、太ももの骨に悪性腫瘍が出来たんですね。
昔なら、右足切断だったそうです。
でも幸運に幸運が重なり、
今もこうして元気に生きています。
医学の進歩で、足はついてますし
ごく普通に生活できてます。
今もこうして元気に生きています。
医学の進歩で、足はついてますし
ごく普通に生活できてます。
最近のニュースをみて感じたわけです。
せっかくガンになったのです。
何か残せないかと。。。。
せっかくガンになったのです。
何か残せないかと。。。。
自分の忘備録としてもですし
健康な方に伝えたいこと
あるいは同じ立場の方、病気で苦しんでいる方の
なにか手助けになればと思います。
健康な方に伝えたいこと
あるいは同じ立場の方、病気で苦しんでいる方の
なにか手助けになればと思います。
深刻なのと長文は苦手なので
軽いタッチと簡潔をモットーに進めます。
軽すぎる場合は、ご指摘ください。
重くしますので。。。←冗談ですw
軽いタッチと簡潔をモットーに進めます。
軽すぎる場合は、ご指摘ください。
重くしますので。。。←冗談ですw
よろしくお願い致します。
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今回の入院&手術で結構お金がかかりました。 まぁ詳しくはいえませんがウン百万円です。 すべてガン保険&生命保険でまかなう事が出来ました。 僕は、この病気になる前は 本当に病気・病院知らずで健康そのものでした。 だから保険なんて「ムダなもの」としか思っていませんでした。 一生病気にはかからないし、入院なんてしないって思ってました。 病気になる数ヶ月前 「保険解約しちゃうか!」 なんて話も出てたぐらいです。 あとから考えてゾッとしました。 ウン百万自己負担はキツイです。 「俺は絶対病気にならない」って言ってる人が一番危ないです。 僕がそうでしたから(笑) 高額な保険料を毎月払うとか 死亡時に高額な金額が払われるなんていう保険は 入らなくてもいいと思いますが、3大成人病や入院時にちゃんとした 保障がある保険には入っていたほうがいいと思います。 大学病院とかで、部屋が空かなくて しばらくは1日4〜5万する個室部屋だったとかよく聞きました。 やっぱり入院時にあれこれ出費が掛かるわけですよ。 入院時の保障を見直したほうがいいと思いますよ。 あと、保険で口惜しい思いもしました。 今後なにがあるかわからないですし、 人工関節部分になにかあったらまた手術して 入院してってことになりますから やはり入院時の保障を考えて 新しい保険に入ろうとしたんです。 ですが。。。 一度ガンになるとそう簡単に保険は入れませんよ。 ってゆーか入れません(笑) 保険会社の審査に通らないわけです。 保険会社数社に何回資料を送付してもダメでした。 でもダイレクトメールは来るわけですよ(笑) DM送るくらいだから大丈夫だと思い 資料を送ると。。。 「今回は残念ながら・・・」冷たいお言葉。 「ふざけるな!」と思いましたよ。 ちゃんと調べてDM送れと。 ガンにおびえる人間の神経を逆なでること平気でしますからね。 皆さんはそんな思いしないよう十分考慮して 自分に合った保険に加入してくださいね。 自分だけでなく周りの人までも 苦しめてしまうかもしれませんからね。 なってからじゃ遅いですよ。 安心して人生を楽しみましょう。 これは本当に伝えたい事の一つです。 〜つづく〜
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私もガンになりました 41話 <ゲーム三昧> 素敵な時間の過ごし方ですが 僕は前半はゲーム三昧でした。 今思うと、その時間をピアノなどの練習に使えばよかったと思いますが あれはあれでよかったかなと(笑) なにしろ飽きるほどやりましたから。 特に、入院中にS君に薦められた 「サッカークラブとつくろう!」はハマリましたね。 通称サカつくです。 当時はドリームキャスト(今ないですねー)しか サカつくは出来なくて、買いましたよ、ドリームキャスト(笑) 自分のサッカークラブをオーナーとして大きく強くしていくゲームなんですが やはり最初は、お金もないし、クラブハウス、練習グラウンド、スタジアムは小さくて もちろん選手の力量も十分ではありません。 そこを、オーナーの手腕で何とかしていくのですが これがよく出来ていて 選手が不平・不満を言ってくるわけです。 「俺の給料すくなくねー?なんとかしてくれよ」 「俺あいつ気にいらねー!あいつを辞めさせないと俺が辞めるぜ」なんて(笑) 全員がそんな選手じゃないんですけどね。 現実でもありますでしょ?(笑) 相性もあるので、ポジションを替えたり、袖の下を渡したり。 人だけではありません。 地域に寄付もしなければなりませんし スポンサー集めやスポンサーとの規約も守らねばなりません。 サポーターの意見を聞いたり、入場料の設定。 練習施設の充実、スタジアムやクラブハウスの拡張など やることは星の数ほどあります。 ですが、苦労の末、チームが強くなってくると 勝利するたびに資金が潤沢になっていきます。 優秀な選手の獲得もできるようになり どんどん施設も大きくなっていきます。 地域の街までが大きくなります。 社会に貢献してるなーなんて思いますよ(笑) あと、サッカークラブのオーナーなんて表向きは華やかですが 裏では大変だなーと思いましたよ。 コレはどの世界でも当てはまりますよね。 いい勉強になりました。 その他のゲームも「嘘っ」っていうくらいやりましたよ。 羨ましいですか? ですが、人間の心理というものは不思議でこの環境にも飽きてきます。 そのうち 「俺はこのままでいいのか」 「皆は働いているんだぞ」 「役立たず」 そんな声が聞こえてきます。 反対に 「足が動かないんだからしょうがないよ」 「いまのうちに好きなことをやればいいんだよ」 そんな声も聞こえてきます。 が、僕は後者を選択しました。 「だって動けないんだもん♪」 病気になったからって悪いことばかりじゃないです。 こんな時間ができたりしますよ。 〜つづく〜
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退院後ですが、退院したというものの 本当に家にいていいのかってくらい足が不自由です。 悪性腫瘍を完全に取り除くために 右足を動かすための筋肉がごっそり切除されているので 2ヶ月ぐらいではもとに戻りません。 普通の人は寝転がって足を上に上げたり 横に開いたり出来ますよね。 あれが出来ないわけです。 右足に50kgぐらいの重りが入ってるような感じです。 そんな具合なので、職場への復帰も3ヶ月〜6ヶ月ほどかかりそうです。 T先生のGOサインが出るまでは自宅療養です。 会社も了承してくれました。 まだ、接合部のボルトも固まっておらず不安定ですし 先生には、転倒にも気をつけるように言われました。 もし、転倒して股関節の人工骨が外れるようなことがあれば もう一度手術のやりなおしです。 (ぎゃー!あの痛みはもう味わいたくない!) 関節が外れても相当痛いでしょうし おまけに誰がはめるんだっつーの(笑) それでしばらくは外出も控えなければなりませんでした。 でも考えてみてください。 会社にしばらくは行かなくてよいし 昼まで寝てても誰も文句はいわないし 食事は嫁がめんどう見てくれるし(いつもより優しい) 外出はできないけど、好きなことをできる時間は無尽蔵! そんな素敵な時間をこの時与えられたのです。 あなたならどう過ごしますか? 次回はそのことについて書こうと思います。
〜つづく〜 |
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退院まで書いてきましたが、振り返ってみると なんか別の人の出来事というか 実際に自分で経験して来たことなんだろうけれども すでに過ぎ去っていて、映画を見ているような感じです。 今の僕はこうして幸せに暮らしているので 過去は参考程度にして、今を大事にしていこうというのが僕のスタンスです。 よく過去をしっかり握っちゃって離そうとしない人がいますが 僕の性にはあわないようです。 あくまでも今に生きる参考です。 よく世間で 「病気をして変わった」ってありますけど 僕の場合、すぐには変わりませんでした。 この10年をかけてゆっくりゆっくりと咀嚼してきた感じです。 よく嫁に言われました。 「大病して変わる人って多いって聞くけど、あんたなにも変わんないねぇ〜」 そのとおりだったのです、数年は(笑) でも10年経ってみて、やっぱり僕は変わったのです。 かなり遅れてですけどね。 退院してからの10年で気付いた事その他もろもろを これから書いていこうと思います。 事件もたくさんありました(笑) 時間軸は前後するかもしれません。 伝えたいこと中心になります。 第2部になるのかもしれませんね。 題をつけるとすると<退院後の10年>です。 どうぞよろしくです。 〜つづく〜
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