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撮影日記
#givemewings

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こんばんは。けーごです。

北海道を走りました。小樽から道北・道東をめぐり苫小牧まで走る5泊6日でした。今回の旅の目的は、鉄道で行けないところへ行くことと、日本百名山を見ることでした。試される大地、北海道で試されたものの、無事に旅を終えました。写真が多いので、前編・中編・後編に分けます。中編は3・4日目を報告します。

今回通ったルートはこちら(リンク)。Twitter実況はこちら(リンク)。

前編,中編,後編


3日目 8月22日
天塩→宗谷岬→サロマ湖 414.1 km
この日はオロロンラインとオホーツク国道をひた走る日でした。当初は網走まで走る予定でしたが、北海道の広さを思い知る日でした。

07:00 鏡沼海浜公園キャンプ場
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雨は止んでいましたが、利尻富士を望めませんでした。自転車で日本一周に挑戦する青年に別れを告げ、オロロンラインを目指しました。

08:00 サロベツ原生花園駐車公園
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念願のオロロンラインでした。快晴のオロロンラインでU2の約束の地(Where the streets have no name)を聴くと泣くのか試したかったのですが、強風と霧でそれどころではありませんでした。しかし、最果ての地へ向かっている実感が湧き、とても気分が高揚しました。

09:00 ノシャップ岬
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やや果ての地へ着きました。暴風でバイクの止める向きを考えないと転倒させてしまいそうでした。CRF250 RALLYはスタンドが少し長いので、止めたときの車両の向きを気にしないといけません。本当に素晴らしいバイクなだけに、玉に瑕です。

09:30 稚内駅
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稚内駅周辺に来ました。まずは防波堤ドーム。想像よりも大きく、驚きました。

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稚内駅では、道の駅の記念切符と併せて入場券も購入しました。鉄道駅と道の駅が併設されている稚内駅ならではですね。キハ261系を見たかったのですが、残念ながら入線していませんでした。

10:20 白い貝殻の道
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宗谷丘陵の白い貝殻の道へ来ました。宗谷にはホタテの加工工場があり、今まで廃棄していたホタテの貝殻を道に撒くようになったそうです。いいアイデアですね。サハリンまでは見えませんでしたが、いよいよ最果てが近づいてきました。

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また、道中にこんな看板を発見しました。少し前にTwitterで話題になったゲストハウスの看板です。沖縄から持ってきたオーナーの気合に乾杯!3400kmバックて!ぜひ遊びに行きたいです。

11:00 宗谷岬
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ついに来ました。とても嬉しい。あまりの達成感に、土産屋で涙がこぼれました。フェリーを使ったとはいえ、ここまで走って、日本で最北の地にいられる達成感は凄まじいものでした。これがすべて自走だったらさぞ感動するでしょう。ご当地Tシャツを集めることを楽しみにしていたので、思わず3枚買いました。ペナントは残念ながら売り切れていました。向かいのお店で海鮮をいただき、最北端のガソリンスタンドで給油証明書とお守りをいただきました。

12:30 稚内市役所宗谷支所
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日本最北端到達証明書を発行しました。これは外せません。本土の四極は今年度の達成を目標にしています。本州の四極は大変そうですががんばって集めたいですね。

13:00 道の駅さるふつ公園
強い横風でした。道の駅ではTwitterのフォロワーが横に止めていて驚きました。

13:30 エサヌカ線
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この世のものとは思えない景色でした。すごい。空が広い。
エサヌカ線から網走まで250km以上あります。この日は温泉に寄ってライダースハウス泊を考えていましたが、現実的に着けません。400km走る日にキャンプはつらいので、ホテル泊を軸に考えました。網走にひとつ、サロマ湖にひとつ見つかったので、紋別で決断することにしました。

14:40 道の駅マリーンアイランド岡島
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船のような建物の道の駅でした。ありがたいことに、オホーツク国道の流れはとても速かったです。本州では考えられない速度で流れていました。さながら名阪国道です。距離の計算がとても楽で助かります。

15:30 道の駅おうむ
流氷塩サイダーをいただきました。この日は道東で31℃ととても暑い日でした。本州では富山で酷暑を記録していましたね。北海道で熱中症になっては洒落にならないので気をつけました。
また、北海道の学校はすでに2学期を始めていました。小学生が学校終わりに道の駅に集まって遊びに行く様子を見て、道の駅が街の拠点であることを子供たちにまで染み付いていると感じました。いい風景でした。

17:00 道の駅オホーツク紋別
閉館間際にスタンプを押せました。セーフ。紋別は網走までに通る最後に大きな街です。湧別も街ですが、宿が近くにありません。もう一度今晩の空き部屋を探すと、網走のホテルが埋まっていました。残るはサロマ湖のリゾートホテルのみです。ものすごい値段です。温泉や食事が充実しているようなので、泊まることにしました。今のまで、人の家・テント・ライダースハウスと泊まって貧乏旅行感が出ていたのに、いきなりリゾートホテル。昨日のライダースハウスでは1ヶ月連泊できる値段です。振り幅がすごい。これも旅ですね。

18:10 サロマ湖
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ホテルへ向け疾走していると、サロマ湖畔に出ました。湖面の反射する夕景が素晴らしい。絶景に見惚れ、夢中で写真を撮りました。この日、400kmを走った疲れを忘れさせる瞬間でした。宗谷岬やエサヌカ線に感動した傍ら、SSTRのごとく真剣に走り続けなければならなかっただけに、過酷な一日でした。地図では疎かにしてしまう北海道の本当の広さを思い知る午後でしたが、帳消しです。

19:40 サロマ湖鶴雅リゾート
ホテルに着きました。フロントマンに「今日はどちらから?」と尋ねられたので「天塩かr」と言いかければ「お疲れ様です!!!」と食い気味に返ってきました。「網走を目指していましt」と言いかければ「無理です!!!」とまた食い気味に返ってきました。網走から宗谷は1泊する行程だそうです。今思えば、去年のSSTRが360kmでしたから、そりゃ無謀か。
夕食なしのプランでしたので、セイコーマートで蓄えた食料をリゾートホテルで貪り食い、温泉で癒やされ、ゆっくり寝ました。セイコーマートは神。


4日目 8月23日
サロマ湖→知床峠→厚床 287.3 km
この日は最東端へ向けて移動する日でした。かねてより越えたかった知床峠を通ることを最大の楽しみにしていました。

09:30 道の駅流氷街道網走
網走へ着きました。前日の遅れを取り戻しました。思わず口ずさみたくなる名前ですね、流氷街道網走。売店では、ひたすら網走刑務所をネタにしたグッズを売っていました。「どうせ死ぬなら網走刑務所」Tシャツを購入しました。決意が堅い。

10:20 北浜駅
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オホーツク海のそばにある駅です。流氷と鉄道が撮れることで有名です。駅には展望台があり、斜里岳から知床岳まで一望できました。駅舎には多くの張り紙がありました。

11:00 道の駅はなやか小清水
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道中、斜里岳のよく見えるところで記念写真を撮りました。知床連山から斜里岳と羅臼岳が日本百名山に選ばれています。網走からは斜里岳のほうが素晴らしく見えました。勇ましい。
また、北浜駅の手前から自転車に乗る青年と追い抜き際にヤエーをしていました。抜きつ抜かれつでヤエーをしあっていたら、道の駅で声をかけていただきました。北海道を半周しているそうです。今晩は弟子屈に宿泊するそうで、ヤエー合戦はここでおしまいとなりました。ご安全に。

12:20 道の駅うとろ・シリエトク
知床半島の玄関口、ウトロへ来ました。知床半島が世界遺産に登録されてから栄えた町のようです。道の駅では売店や食事処のほか、野生動物との向き合い方が展示されているなど、よくまとめられた施設でした。鮭の親子丼をいただいて、峠を目指しました。

13:10 知床峠
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知床峠に着きました。素晴らしい峠でした。今まで走ってきた中で最も感動した峠でした。海を眺めながら駆け上がり、羅臼岳を拝みながら上ったところで北方領土の国後島を望む感動は、とても表せられません。知床峠は全ライダーに走っていただきたい峠です。羅臼岳を前に何枚も写真を撮りました。北海道を走った友人が強く勧めていたのもうなずけます。ぼくも皆さんに強く勧めます。ウトロから峠を目指すことを勧めます。心から感動しました。

14:20 道の駅知床・らうす
知床峠を降りて小休止。目の前に違う言語を話す人が住んでいる実感が湧きません。

15:40 野付半島
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野付半島に来ました。道の両側が海。北側には、知床半島と国後島が見えました。サロマ湖の砂州を走れなかったので、この景色に圧倒されました。もう少し先にあるナラワラというところでは、塩害によって枯れた木々が立っていて世紀末のような世界のようです。ここで引き返して、温泉へ向かいました。

16:20 湯元尾岱沼温泉シーサイドホテル
温泉に浸かりました。野付半島が見え、いい眺めでした。フェイスタオルが販売されておらず残念でした。

18:00 築拓キャンプ場
キャンプ場へ着くと管理人がいませんでした。電話をしても暗い建物からベルが聴こえます。先客によると、このキャンプ場では14時〜16時が受付時間のようです。そんな!ここから次に近いキャンプ場は、40kmあります。しかし、もう燃料がありません。最寄りのガソリンスタンドも閉まってしまいました。仕方がないので、必要な情報と料金を同封した手紙を扉に貼り付けてテント泊しました。18時で受付けできないキャンプ場があるとは盲点でした。今まで泊まってきたところが恵まれていましたね。いい教訓になりました。


余裕のない行程であったもののトラブルのなかった3日目と余裕のある行程であったもののトラブルのあった4日目を過ごしました。体力を試され、準備を試された2日間でした。5日目から旅も終盤になります。5日目の朝に納沙布岬へ東進した報告から始めます。

前編,中編,後編

では。

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