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倶楽部2600のブログ
資料は整理してこそ、模型は走らせてこそ、部品は小奇麗に飾ってこそ、その価値が増すもの。でもナカナカ、出来ないのですよね…。
 こんばんは、今日は2月14日バレンタインデー。釣果があってホクホクの人、私のように一生の中でほとんど縁がなかった人、それぞれに悲喜交々の一日も間もなく終わります。なお今日のタイトルは、某JRのキャッチを借用したものの内容との関連性はまったくありませんし、もちろん我々はいつも in KYOTO, on KEIHAN
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 先週末の連休の土曜日、時折記事にも出てくるかの同好会同期の御仁よりご招待をいただき、梅小路の居宅へおじゃましました。
 今回も宴会の前にお隣の京都鉄道博物館にちょっと立ち寄り。最寄りのJR駅の開業まで
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 その駅の工事も最終仕上げの真っ最中。次からは鉄道でのアクセスが便利になりますね。
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 本日のメンバーは私&同期4人+三つ下のブギウギ君の総勢6名。小雪舞う閉館間際ということで、館も連休初日とは思えないぐらいの閑散としておりました。
 今日の楽しみは特別展示。EF521号機の車内。
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 岡山から出張してきた爐擦箸Δ舛離◆璽箸粉儻列車瓩任△襦La Malle de Bois”もちろん初見でした。実車を見れば乗ってみたくなりますね。
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 そしてJR四国からやってきてくれた狎ジ預膓競▲鵐僖鵐泪鵐肇蹈奪確鷦岫
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 トロッコ牽引車であるキロ185の車内
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 トロッコ車内
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 特別展示があると通常は屋内に収容されている客車達は屋外に引き出され懐かしい車両基地が出現。冬の夕日を浴びたハチロクもシブイ。
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 C571号機は建屋内でバラバラ
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 地元民であり撮り鉄の彼は「もうすぐ爛魯蹇璽ティ はるか瓩上ってくるでぇ」と言い残して屋上へ・・・コンデジおやぢも追尾
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 閉館まで滞在の後移動して、宴はスタート。2019年も元気に迎えることができました。乾杯
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 オーナー自ら中央市場で仕入れていただいた寒ブリを、先日お宝の山の中から発掘してきたこだわりのお皿に盛りつけて、しゃぶしゃぶでいただきます。
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 オーナーは最近このようなものも入手されたそうで廊下に鎮座していました。私なんかの散財はかわいいものでしょ。
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 途中インドネシアへ赴任中の同期の電話参加もありおやぢ達の宴はエンドレスの様相でしたが、翌日終日小商いをしなければならない私は後ろ髪をひかれながらも良識的な時間に失礼をさせていただきました。オーナー&皆さま楽しい時間をありがとうございました。


 小商いを終えた翌11日は祝日ということもあってオフ日でした。招待に出かける老親を京都駅に見送ることになり、子ども達も各自の付き合いにさっさと出かけてしまい、いよいよやってきました猊徂愼鷽佑世韻竜都瓮痢璽廛薀鵑匹Δ靴茲ΑΑΑΑ

 なぜか思いついたのが花月!?、さる2月4日に『吉本新喜劇が結成60周年を迎える3月1日に新体制を発足させると発表し、現座長の内場勝則と辻本茂雄が2月公演でそれぞれ20年間務めた座長を勇退する』という報道がでて・・平参平・花紀京・原哲男の時代から常日頃お世話になっているだけに、最後に生の劇場公演を見たいと京都に向かう途中に思い立ち祇園花月の今月の出演者を見ると・・・
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 今日が辻本茂雄の祇園花月での座長公演最終日!、ダメもとで劇場に行くと「前売り完売ですが残席があれば当日券も販売しますし、立ち見もあります」ということでしたので発売までの一時間あまり小雪舞う中並んでおりました。すると運良く舞台正面の中央の通路横の席が入手でき楽しい時間をすごすことができました。その前後には祇園界隈も歩き回り、爐かる瓩任Δ匹鵝δ塒で抹茶スイーツと対嫁ポイントをしっかり稼がせていただきました。

 もちろん合間には自由行動の時間もいただき、訪れたぽちでこれらを購入。市販品のないスハ42にはどうしても手が出てしまいます。
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 おまけにBOOK-OFFではこのようなCDまで購入。猖秬犬茲子の逃避行瓩聞きたくなったので(謎)
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 世界中の方が旅行で訪れられる京都は、我々にとってはわずか車で30分のところの町だけに非日常を感ずることがあまりないのですが、このように遊びとして訪れるとやはり遊・食・買のある世界的観光地としての深さを再認識できました。

 次回は当然ですが(?)今回の「そうだ 京都、行こう」に呼応して「あなたと なら」ネタで行きますかね(←東の方よりの無責任発言を追記しておきましょう)などと煽られてしまいましたが、若い皆さんが同人誌制作の為に張り切っておられる姿を見ると電車ネタもやらないとネ。

今回の担当者 用務員

この記事に

 「三寒四温」の時季なのに、いや、だからこそ、でしょうか。この3連休の寒さは身に沁みます。と、いうことで(?)本日の連休最終日、ワタシは「引きこもり」を決め込んで画像データの整理などをしています。今回はそんな折、ふと気が付いた「小ネタ = 駅ナンバリング」に絡む雑談にお付き合いください。

「三条」の駅ナンバリングは?


 ここ数年で一気に普及した観のある「駅ナンバリング」ですが(JR東日本による一斉付番の発表は2016年4月のことでした)、体系が「アルファベット1〜2文字+数字2桁」と単純なせいもあって、記憶するのは容易ではありません。例えば、路線名(アルファベット)だけでも「JB」「JC」「JK」などが地元にありますが、パッとその線区は・・・思い浮かびません。

 で、京阪ファンの皆様 > 「三条」駅のナンバリング、パッと言えます?

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▲そりゃ「KH40」やろ!と仰ったかた、スミマセン。軽い「引っ掛け画像」をどうぞ。

 あれこれ説明する必要はないと思いますが、京阪の「三条」駅は確かに「KH40」です(と、あらためてネットで調べて書いています)。で、上掲の写真・・・京急・京王・名古屋市OBが多数働いている、とある地方私鉄の「三条」駅名板です。

「他人の空似」駅名編?

 
 別に目新しい話題ではないのですが、上掲画像を眺めていてあらためて、縁も所縁も(えんもゆかりも)なさそうな離れた場所で同じ駅名が付されている例が、京阪に絡んでも複数あることに興味を覚えましたので、網羅性には自信ナシですがその実例をいくつかご紹介します。

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▲「大和田」。これは大井川鐵道の「大和田」駅を引っ張り出すまでもなく(←この駅は「雅子さまぁ〜」ブームの頃に人気がありましたねぇ…)、堂々のズバリ同名です。他にも、東武野田線にも「大和田」駅があるそうですが、未訪です…。

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▲大井川鐵道の「大和田」駅は「おわだ」と読むのです。だからこその「雅子さまぁ〜」なのです(←もうエエか)。

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▲「橋本」。京阪では府県境の寂しい駅ですが(近年はそうでもないのですかね)、南海/JRでは昔も今も要衝です(写真は隣駅「紀伊清水」にて撮影した「橋本」ゆき)。「大和田」ほどの遠隔地ではないので、過去には「橋本−橋本」の定期券を購入した人が…それは、居ないか。

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▲「京橋」。これはワタシに言わせれば別モノ、発音が違うのです。京阪の「京橋」は前半「きょう」にアクセントを置く一方、東京メトロ銀座線の「京橋」はアクセント無しのフラット発音が正のようで、両者の自動放送も明らかに異なります。
(写真は、今はもう見られない01系の電光式路線図。このタイプ、あとは丸の内線02系の一部に残るのみです。)

 その他には「北浜」も1,000勸幣緡イ譴疹貊蠅砲△蠅泙垢茲諭JTB時刻表を見て、廃線になっていないこと「かくにん、よかった」←表現、古いですネSTAP)。

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▲北の「北浜」駅の画像がないので、イメージ画像@興浜北線で代用。

これは、アカンかな?


 他に「空似」駅名は無いかいナ、と思って浮かんだ駅名。これは、アカン?

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▲「牧野−マキノ」の定期券を持っている・持ったことのある人は、一人ぐらい居そうな気もしますが、さて?




 今回、同一の場所や至近距離にあるので、当然ながら駅名も同一ないし酷似しているケースは対象外としました(淀屋橋〜京橋・門真市・丹波橋・東福寺・六地蔵・木幡・黄檗・宇治、そして冠詞「JR」を横へ置けば藤森・野江など)。

 一方、他にも「空似」駅はあるような気はしています。駅名のイメージから(調べずに)考えるだけでも、例えば「村野」「大谷」あたりは日本国内のどこかにありそうな気がします。もし「おぃ、あの駅名はあそこにもあるゾ!」という例をご存知でしたら、是非ご指摘・ご教示ください。

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今回の担当者 駐在員

この記事に

「888,888」

 アクセスをくださり、ありがとうございます。

 さて、既にタイトルでお気づきかと思いますが、本日の夕方6時前に当ブログへのアクセス件数累計(カウンター)が「888,888」(ゾロ目♪)に達しました。100,000件ごとの「キリ番」の都度、そして111,111アクセスに一度の「ゾロ目」を迎えたタイミングでも何度かお伝えしておりますが・・・「皆様の日頃のアクセスに、重ねてお礼申し上げます」

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▲今更ながら、スマホでの「スクショ」とやらの方法を、若者に教わりました・・・。

 今回は、ちょうど3連休直前の到達となりましたので、暇に任せて(飽かせて)過去何度かの「キリ番」への到達日を、過去の記事で調べてみました。

【近年の「キリ番」アクセス到達日】
2014年5月 2日:400,000アクセス
2015年4月25日:500,000アクセス(文字をクリック)
2016年4月 9日:600,000アクセス(文字をクリック)
2017年2月21日:700,000アクセス(文字をクリック)
2018年2月25日:800,000アクセス(文字をクリック)

〜「キリ番へは、ざっと1年ごとに到達していることが見て取れます。600,000〜700,000の間が10ヶ月あまり(2016年4月〜2017年2月)と短めになっているのは2016年10月の「鉄道コレクション 京阪2600系(Aセット・Bセット)」発売に伴う盛り上がりを映しているのでしょうか。

〜「ゾロ目」ヒットについても、京阪系ブログですから555,555の折にあのクルマに絡めたり、俗っぽいですが777,777の際にフィーバーして(←古?)記事にしたかもしれませんが、今回はそこまでは発掘(?)していません。

 で、今回記事のテーマ・・・いわゆる「読み筋」かと思いますが、週末でもありますし、明日は東京都心でも降雪の予報が出ていますので(←関係あるンか?)難しい話ではなく、車番に「8」を得たクルマたちをいくつか拾ってみることにします。

「88」「888」「8888」


 「8」という数字はやはり「末広がり」(=漢字の「八」のシェイプがゆえ?)ということで好まれるのでしょうか、鉄道車両においても「8」は重用されているという印象があります(「9」はともかく「4」と比べると、その差は明らかですよね)。以下3両4点、「8」系の「ゾロ目」車輌の写真をご覧ください。「88→888→8888」の順に並べてみます。

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▲申すまでもなく、京阪88。

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▲名鉄から福井鉄道に移った880形。

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▲今や貴重な「直流モーター車10連@重通勤路線」である東急8500系の「8888」。

【余談】首都圏のみならず、全国を俯瞰しても「ゾロ目8」の代表格だったと思われるのが、過去50年近くの間ずっと車系に「8」を絡ませること(800系・8500系・8800系・8900系・N800系)に拘り続けて(?)きた新京成電鉄、そして、そんな中で登場した「8800系8888号車(先頭車!)」だったと思うのです。筆者は一時期、新京成線が「地元電車」となったことがあったにもかかわらず、その頃は「空前絶後」級のテツ趣味低迷期だった、ってことで、たった一枚の写真すら撮っていないのです・・・皆さん、ホンマ「後悔先に立たず」ですヨ・・・。
(心の中では(?)当時も、毎朝の通勤の折に「お、8900や!」とか「わっ!今朝はこのスジに800が走ってるし!」とか何とか、テツ心のスイッチをこっそりと入れて楽しんでいたのですが・・・。)

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▲申すまでもなくこれは近年の「後付け」写真。8800系8連12本は「ハイフン入り」の6連16本に組み替えらえてしまっており、往年の「8888」は「8814−6」に改番されてしまったようです。スミマセン、写真は車番も、顔色(?)も変わり果てた8800系8807-6(もと8832)の近影。

京阪の「惜しい」「8」絡みのクルマ…


 そんな一般論はともかくとして(?)、京阪の「8」ネタを観てみましょう。上述、さらには「800,000Hit!」の折にも採りあげた「京津線80型88」のことはもうエエとして、他にも何両か、惜しいクルマがありますよね。

 「大型化更新」グループの吊掛車「688」「788」は…却下(付番的に、全然惜しぅないし)! 大津線の現役車「808」は、もう新塗装になったのでしょうか、いずれにせよ、これも惜しくない。一方、1810系特急車のTc車「1888」辺りは先頭車でもあり、結構「惜しい」 (というか、図らずも染まった) 部類かもしれません。

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▲しかもこの「1888」はこの後、1900系Tc 1950 → 1900系T 1950となって、実に2006年まで生き延びたという「末広がり車」でした。

 とはいえ、上記「1888」は、あくまで1810系1880型の増備過程で偶然に(?)出て来た「8」族の車番。それに対して、車系そのものが「8」族で、必然的に現れた濃密なクルマが今、第一線でバリバリの活躍を続けていますよね、ね?

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▲Elegant Saloon 8000 Seriesの「8808」(ダブルデッカー車)。
(画像は、アクリル板製の旧車番プレートを支えるオーナー(コレクター)の「指」部分の消去加工だけを、施しています。)

「8」に絡む雑談・・・


 なんか、今回は「テツ飲み会の雑談」のような、お気楽な内容になってしまいましたが、3連休前ってことでお許しください。

 もう、こうなったら開き直るしかありません。「8」ゾロ目にちなんで「888,888」、すなわち、少し前に大流行りしていた(らしい)ネット系動画サイトにおける「888888」の意味するところ=拍手喝采=パチパチパチ、の画像を貼って、今回の記事を締め括りたいと思います。

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▲伝説の(?)「2013年 ニコニコ超会議@幕張メッセ、超鉄道エリア」での「888888=拍手喝采」の記録。この時の「引き」の強さとスパークの激しさ、そして中継画像上での趣友からの「煽り」のことは、今も鮮明に記憶に残っています。

 えっと・・・あの・・・ですね、どうぞ良い3連休をお過ごしください・・・ではなく(と申しますか、それは当然として)「今後とも、よろしくお付き合いください m m 」。

今回の担当者:駐在員
(写真協力:趣友@首都圏在住、同志社大学鉄道同好会・クローバー会)

この記事に

 こんばんは、明日は節分ということで、お馴染みの期間限定の車内吊り。タイミングを逃すと撮影できません。
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 そして駅には早春の便りがスタート。
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 さて、1月30日(水)の記事で書かせていただきましたが、本日午後にさだ図書館で開催されました『鉄道おもしろ講座』に参加してまいりましたので報告記事を書かせていただきます。この講座はさだ図書館と牧野図書館の連続講座で実施されており、第2回は2月23日(土)に牧野生涯学習市民センター集会室において開催される予定です。もちろん今日も次回も無料です。

 午前のお仕事を終え昼食後、さだ図書館へ急行。この踏切を渡ると会場はスグそこ。
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 会場は3階。 
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 定員50名となっていましたが当日受付もしていただき、会場はほぼ満席の盛況でした。ただ年齢構成は子どもたち+60歳以上で全体の8割程度ということで、沿線でお見かけするメンバーの姿はお見かけしませんでした。
 会場の後ろには子どもたちの記念撮影用の力作が・・・
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 本日のタイトルは『鉄道の基礎を楽しく学ぶ』そして本日のレジメ 
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 資料として配付された、さだ図書館に所蔵されている京阪電鉄に関する図書。沼本は沿線図書館には必須アイテムなのですかね。
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 本日の講師は図書館流通センター関西支社の谷口保孝先生です。以下の画像から推察できるように講師の先生は関西の某電鉄の元中の人で運輸教習所の所長なども歴任されたとのことで、参加者からの車両面・運輸面・施設面どの質問にもオールマイティにこなしておられました。
 ですので、その方面好きの方ですと目から鱗の話題や画像もあったのでしょうが、残念ながら私は京阪鉄。
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是非覚えておいて下さいと力説していらっしゃった。“列車と電車の違い”・・講義メモより。

列車の5つの定義
 1・・列車番号が設定されている
 2・・運転士と車掌が乗っている(ワンマン運転など例外はあり)
 3・・ダイヤが定められている
 4・・行先が定められている
 5・・運転区間が定められている。

 電気で動く車両である電車列車以外に気動車列車・客車列車・貨物列車etcがあります。

 そしてダイヤグラムの話しでは、
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 これでどのようなものが読み取れて、どのように活用されているのか、 
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 ABCDの意味もここから読み取れます。
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 組成の話しでは4両編成のパンタの位置が興味深い。
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 乗務員の話では乗務行路表まで登場(これは深いゾ、小学生判る?)
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 台車の話しはFS376やボルスタレスSS127の話し。線路の話しやポイントの話は時間がとっても押してしまっておりましたので牧野へ続くのか?さわりだけで予定を軽くオーバーして終了致しました。一旦終了後も質疑応答。
 「京阪線の昇圧で600V車だった1300系が引退したのはどうしてですか?」というシブイ質問をする小学生!に図解で優しく説明されていました。
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 『鉄道の基礎を楽しく学ぶ』タイトルらしく中の人から話を聞く機会というのはあまりないだけに新鮮な時間でした。
 小学生の子ども達は終了後講師の先生に「どうしたら鉄道会社の乗務員になれますか?」と熱心に聞いていましたが、先生は「高校はちゃんと出ときや」と教官らしく諭していらっしゃいました。次は牧野Ver.『鉄道の安全を支えるために』が開催されます。興味を持たれた皆さま是非申し込んでご参加下さい。次回は、当日受付は難しいかもしれませんよ。
 講師の先生及び運営にあたられました図書館の皆さま、楽しい時間をありがとうございました。

 これだけ鉄分を注入されてしまいますとまっすぐに帰るわけにもいかず、快晴の天気にも絆されてしまい
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 学生の方が撮りに来られましたので退散。非鉄の夜の部へ向かったもののまたも寄り道。板のなくなった10005編成
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 ほろ酔いながらもなんとか最終バスで本日中に戻ってまいりました。楽しかった一日です。

今晩の担当者 用務員

この記事に

 こんばんは、今日は久しぶりに日中は雲一つない快晴でした。最近乾燥した寒い日が続きインフルエンザも蔓延しているようです。周囲にはこれからの時期ベストを尽くさなければいけない方々も多くいらっしゃると推察されます。体調管理にはくれぐれもお気をつけください。
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 さて昨日、仕事で牧野生涯学習市民センターに伺った際にこのような掲示を見かけました。
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 「蹉跎図書館にて「鉄道の基礎をやさしく学ぶ」と題し、車両や列車、ダイヤについてなど鉄道の基本の部分を丁寧に解説していただきます。」などと書かれてしまいますと、今週末の2月2日ということもありとにもかくにも蹉跎生涯学習市民センターの方へ問い合わせをさせていただきました。
 定員に余裕があるというお話しでしたので受け付けていただけました。講師の先生は南海OBの方のようなのでどのようなお話が聞けるのかチョット楽しみです。


 ところで、今晩のタイトルですが元記事は2016年12月3日の記事(文字をクリック)で、昨年8月6日にも『1000冊のバトンがやってきた』という記事(文字をクリック)を書かせていただいたように、世代を超えた同好の人のつながりによって我々にまた幸運(バトン)が巡ってくることとなりました。今回はそんなお話しです。

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 今回お声をかけていただいたのは、月刊模型誌にも折に触れて登場されておられる某さんでした。氏は昨年公吏を退職され晴れて自由になられたということで、所蔵されている600両以上の仕掛かりの鉄道模型の車両キットを順次製作していこうと決心され、まずその前段階として部屋(RM Models誌の「ホビールーム訪問」に掲載された)の大掃除を始めたところ不要品がでてきたそうで、京阪モノの譲渡先としては私を思い出してお声掛けくださったようです。
 氏とは過去に自治体の鉄道イベントなどでご一緒させていただき懇意にしてもらっておりましたが、今回の思いがけないお申し出にはただただ嬉しく、ひたすら感謝するのみです。しかも、本日午前に、ご本人自らわざわざ当方の仕事場まで品々をご持参してくださいました。

 箱を開けますと・・・
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 2000年代のスルッとKANSAIの京阪関連のグッズの数々、チョロQ、Bトレetc.
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 6弾にわたって計47車種もリリースされたという『スルッとKANSAI GOGO!トレイン』や続編で2006年の10月に発売された『スルッとKANSAI 光る!DXトレイン』の京阪版もこの通り
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 今も当時も京阪部品へ執着(?)し、散財を続けている私だけに、こうしたグッズ類については発売時にほとんど手を出していなかった(そちらへ予算を割けなかった、ともいう)だけに、今になって入手できるとは思いもしておりませんでした。それだけに一度にこれだけのモノがお輿入れしてくれたとことは、とても有り難いことです。 
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 今回、縁あってお譲りいただいたことは、私にとってはバトンを氏より引き継いだという感じであり、まずは私がしっかりと愛でさせてもらい、いつの日かそれらを散逸させることなしに次の世代へ引き渡すことが出来れば、お譲りいただいた氏の思いが活かせるのだろうなと思っております。ただご本人は「そんなたいそうに思っていないよ」とおっしゃるのでしょうが・・・。

 昨日今日の動きを記しておりますと「このおやぢ仕事しているの?」とお叱りを受けそうですが、東の人のように仕事の出来る大人かといえばゴメンナサイですが、なんとか老親・妻・大学生の子とささやかな家庭は営んでおります。ただ、30代40代の時に、50代になってこのような趣味感満開な日々を送るとは思っていなかったことは事実です。

今回の件に限ったことではありませんが、ほんとに周りの方々に対して感謝の気持ちしかありません。

今回の担当者 用務員

この記事に

 こんばんは。駅に2月号のK-PRESSが出てきました。裏表紙が「くらしのなかの京阪」ではなく、全面広告(ザ・サウザンド キョウト)というのには意表を突かれました。そして爐けいはん瓩凌靴靴ぅ船薀掘覆けいはん発 京都駅界隈)も出ていました。2月は京都駅周辺がピックアップされるんですね。
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 さて、今日は1月23日(水)より祇園四条のぎゃらりぃ西利3階にて開催されている我が鉄道同好会クローバー会の写真展『鉄路輝く』を観に行ってまいりました。
 
 午前の仕事を終えて若手の某君と合流し、特急に乗って今年初めての上洛。でもこの駅で下車しましたので「三条に参上」ツイートはなし。
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 北の山々には雪雲がかかって寒い日でしたが、いつもの如く多くの観光客で賑わっています。写真展の会場は祇園四条駅より八坂神社に向かって四条通を進んだ南側「京つけもの西利 祇園店」の3階。
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 観光客で賑わう1階の店舗を抜けてエレベーターで3階へ
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 扉が開けば会場です。
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 今回のテーマは・・・
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 そして小特集が・・・
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 反対側は会員には国内外の最近のカラーの作品群が・・・
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 クローバー会の創立時の趣味誌にもよく名前の出てくる大先輩から2000年代のメンバーまで、地元・京都から北海道に至る国内に加えて、海外もアジア・中国からヨーロッパまで、撮影時期も1950年代〜2018年までと、まさに古今東西のさまざまなシーンの作品が展示されていました。
 小特集も京都市電四条線ということで、画像よりタイムスリップできる楽しさはもちろん、ギャラリーを出て河原町から烏丸方面に歩いて行けば、現実の風景を見ながら写真に写し込まれた風景を辿っていくこともできそうです。
 昔を知る人達には当時を懐かしんで思い出話に花を咲かせていただきたいですし、若い人達には様々な写真より新たな発見をしていただき知識の幅を拡げていただきたいと思います。

 狆赦造隆慇 心に残る鉄道風景瓮魁璽福爾砲ける関西私鉄写真には、京阪電車の画像も。1962年・1967年の「私鉄車輌めぐり」を執筆された吉田先輩の1967年撮影のこの画像(2000系ブツ6の急行)は、題して「卵形急行快走」。
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同志社大学鉄道同好会クローバー会(OB会)写真展「鉄路輝く」
                               
◆2019年1月23日(水)〜29日(火) 11:00〜19:00  (最終日は16:00まで) 
◆ぎゃらりぃ西利3階
 (京都市東山区祇園町南側 京つけもの西利祇園店内)

入場無料、期間中無休ですので、京都へお越しの際にはぜひ足をお運びください。

 本日は午後5時から撮影者のお歴々から直に写真のお話を伺えるという企画と共に写真展の打ち上げが実施されるようでしたが、私は早々に失礼をさせていただき、時折小雪舞う洛中をぶらぶら歩いて
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 そして辿り着いたのが・・・
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 新年になってから昨秋からの浪費を反省して誘惑を断ち切っておりましたが、気になるものがあると手に入れておきたくなり・・・小散財かなぁ。
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 堀淳一さんの単行本は70年代の「鉄道ファン」誌で連載されていたものがまとめられれたものです。文庫版は大昔に手に入れましたが、ハードカバー版は初入手でした。値段の安さで勢いにて飛びついてしまいました。 

 所々屋根が白くなっていた京都側を抜け出して地元駅に辿り着いたのは・・・
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 若干、家庭内雷の兆候が感じられたものの、ギリギリ小言は回避できる時間でした。

今回の担当者 用務員

この記事に

 皆さんは「紙(冊子)の時刻表」を、どんな時に、どの媒体で使っておられるでしょうか? 私は、昭和時代からずっと変わらず「JTB時刻表」を狹喚疂の補給源として、近年はそれに加えて航空便(特に「国際線」)の情報ソースとしても大いに重宝させてもらっています(後者に関連しては、ここ数年に誌上で起こった「国際線時刻表の消滅〜巻末での復活〜コア部への復帰」という流れには、実用上の理由からも落胆させられた後に大いに喜び、拍手喝采しました)。

 さて、そんな「JTB時刻表」の1月号では、巻頭に「平成の鉄道ニュース TOP10」という特集が組まれており、同時収載の「今も現役?平成初期の車両たち」という記事とともに、大いに興味を惹かれました。

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▲「TOP10」には、1)「のぞみ」誕生、2)交通系ICカード普及、3)新幹線路線網の拡大、4)ブルートレイン全廃(以下略 by 筆者)・・・が選定されていました。

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▲第二特集(?)であった「今も現役?平成初期の車両たち」には、民鉄からは西武10000系、東武100系、そして京阪8000系が挙げられていました。京阪8000系には「今も京阪を代表するトップランナー」というキャプションが付されていました。

 で、読後感想 → 「ほんで、京阪における『30年以上に及んだ平成のニュース」としては、どんなんがTOP10になるンやろ? ちょっと考えてみよかぁ・・・」。

というわけで、今回の本題です。

平成の京阪ニュース TOP10

を、綴ってみます。まずは結論・・・ざっと時系列に並べて、こんな感じでどうでしょう?

【駐在員独断「平成(1989-2019)の京阪ニュース TOP10」】

1.鴨東線開業と特急車の世代交代   1989-1993
2.漸減傾向が続いた旅客数       1992-2013
3.相次いだ特急停車駅の追加       1993-2003
4.大津線の部分廃止と変容         1997
5.「おけいはん」登場             2000
6.中之島線構想の実現             2008
7.半世紀ぶりのカラースキーム刷新 2008-2013
8.プレミアムカーの誕生           2017
9.繰り返し進化した乗車券         1989-2018
10.活躍を続けた昭和世代          1989-20xx

以下、独断をお許し願うとして、各項目に関する雑談にお付き合いください。

1.鴨東線開業と特急車の世代交代 1989-1993(平成元-5)年


 少なからず個人的な思い入れも加味しての選定ですが、やはり車齢20年前後の3000系特急車のほとんどが若くして廃車され、8000系に代替されたというのは「バブル」を謳歌した平成初期ならではの出来事として外せません。

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▲1990(平成2)年秋に掲出されていたポスター。黒地の「特急」幕や、8001(左)と8002(右)の塗り分け線の差異なども見て取れます。

【関連事象】そんな中、3505-3006編成が1995年に3505-3055(→ 8531-8081)編成として「再デビュー」し、2013年まで8000系に伍して活躍を続けたことも忘れられません。

2.漸減傾向が続いた旅客数 1992-2013(平成4-25)年


 これは旅客鉄道として最大級のインパクトがあった動きだと思います。昭和後半、右肩上がりで増加し続けていた旅客数は、1991年度の年間420百万人(4億2千万人)をピークに減少に転じ、2013年度には279百万人へと、実に約2/3にまで落ち込みました。その後は下げ止まり、微増傾向にあるのは同慶の至りです。なお、本項の数字はいずれも全線合計の数字ですが、京阪線のピークも同じく1991年度でした。

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▲複々線区間の運転本数(平日朝ラッシュ時下り・ピーク1時間)は、1990年代半ばの46本/時がピークでした。近年は35〜40本レベルに減便(!)されています。

【参考情報】2017年度実績は294.4百万人。2018年度予測は震災・台風などの影響もあり、期首の前年度比微増(295.7百万人)から微減(294.3百万人)へと見直されています。ちなみにこの水準は、淀屋橋延伸直後の1965年と同レベルです。)

3.相次いだ特急停車駅の追加 1993-2003(平成5-15)年


 今では当たり前のように枚方市民が「特急」の恩恵に与っていますが、平成初期にはこのような時代が来るとは想像もしていませんでした。一方で、約10年にわたってジワジワと特急の停車駅が増えていったことは、趣味的には少なからず寂しいことでした。

【平成5〜15年に続いた、特急停車駅の追加】

1993年:平日朝ラッシュ時の下りのみ、中書島停車
1997年:同、枚方市にも停車
→「♪平日朝ラッシュ時の淀屋橋ゆきのみ、停車ですぅ〜♪」

2000年:中書島・丹波橋への全列車停車開始
→上り丹波橋での「特急だヨ!全員集合」現象を除けば、特急・急行の混雑度平準化が促進され、このパターンが定着するかな、と思ったのですが…

2003年:樟葉・枚方市への全列車(特急)停車開始と「K特急」の新設
→「♪枚方市にはぁ〜、この秋からいいことがあると、誰かが言ってますぅ〜(Who are you?)♪」

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▲平成初期には「大ニュース」だった特急の途中駅(京橋…七条間)停車ですが、今では当たり前であり、逆に爛離鵐好肇奪廰瓩任△襦嵳豎據廚療喘羆慊眠瓩忘櫃靴得垢鵑肪躇佞喚起されるようになりました。でも・・・やはり2扉では苦しい局面も時折、見掛けます。写真は「秋の大輸送」期における枚方市駅での記録です。こうなると遅延必至ですが、運転士さんはもう、諦観?

 そういえば、このような「特急」変質の最大の原因(?)の一つであることは間違いのないJR西日本の「アーバンネットワーク」充実の尖兵となった221系のデビューが1989(平成元)年であったのも本項が「平成」を象徴する所以かと思います。

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【関連事象】京橋…七条間ノンストップの快速特急の臨時運転、その列車への愛称「洛楽」設定、そして季節運転→土休日運転→毎日運転へという復活・拡充。一層活発になりつつある淀川対岸の「京とれいん」「京とれいん 雅洛」との間の相互刺激・相乗効果への期待。

4.大津線の部分廃止と退潮 1997(平成9)年-


 JR在来線横川・軽井沢間(ヨコカル)の後を追うように京津線の最急勾配地点を含む京津三条〜御陵間が廃止(地下鉄に置換)されてから既に20年以上の月日が過ぎたとは…我々も歳をとるわけです。そして、その後はJR大津/西大津(→大津京)〜京都間の輸送力増強、JR京都駅周辺の商業施設充実、更には御陵〜山科/京阪山科間の運賃設定の拙さなどにより(=筆者の実感)、既に1974年度の年間42百万人でピークを打ったのち平成初期には30〜35百万人に低落していた大津線の乗客数は減少に加速がつき、近年は15百万人程度にまで落ち込んでいます。

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▲どのような制約があるのかは知る由もありませんが、京阪・京都市交でタッグを組んで、御陵〜山科/京阪山科間の扱いを改善(淀屋橋/大江橋、北浜/なにわ橋のような「同一駅扱い」に)して欲しいという願いは叶わず、早20年。京阪だけでも御陵以東と京阪線の運賃を通算距離で計算するように出来ないものでしょうか。きっと「損して得取れ」の典型例になると思うのですが・・・。

【分断区間の運賃計算キロ 通算の実例】
JR東日本では、中央線中野(高円寺)以西〜総武線西船橋(船橋)以南の利用に際して東京メトロ東西線を経由した場合、紙の切符を買いさえすれば、分断されたJR線2区間の運賃が通算距離にて計算されますので、メトロの運賃が割安であることとの相乗効果で、JR線で乗り通す場合との運賃差が際立っています。下掲写真は三鷹駅の運賃表で、上から順に、メトロ経由きっぷ・メトロ経由IC(西船橋で要タッチ)・JR線通しIC、の運賃。

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5.「おけいはん」誕生&活躍続く 2000(平成12)-現在


 このネタは鉄道事業そのものというわけではないのですが、2000(平成12)年から現在に至るまで、7代にわたるキャラクターを選任して継続され、沿線外を含めてそのネーミングが定着している「おけいはん」による誘客キャンペーンも、10大ニュース入りさせる価値ありでしょう。さらに遡って振り返りますと、平成前半には島田奈美・蓮舫(!)・仙道敦子・山口智子・渡辺満里奈・伊武雅刀といったメジャーどころ(?)が、それぞれ異なったコピーとともに順次起用されていましたので、その時期に比べてのコスト削減(←想像)・認知度上昇(←実感)は、特筆モノといえるかもしれません。

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▲そういえば「開業100周年」を迎えたのも平成でした。これは、それを記念して運転(?)された「京阪ミュージアムトレイン」の車内に設けられた「おけいはん」コーナー。当時は、4代目が犖縮鬮瓩任靴燭諭

【類似事象】2代にわたり任命(?)されている「ひらパ〜兄さん」の活躍。

6.中之島線構想の実現 2008(平成20)年


 中之島線の構想が表に出てから実現までの期間が短かった、というのも平成の京阪においては印象的な出来事でした。運輸政策審議会答申で計画が明らかになったのが1989(=平成元)年。その後、2001年の中之島高速鉄道の設立、2003年の着工、そして2008年の開業と、都心部の地下新線としては異例のトントン拍子だった(cf.阪神なんば線、なにわ筋線)と感じています。次の時代には、九条延伸(?)が同じようなペースで進み、需要が伸び悩んでいる中之島線の「大化け」に繋がることに期待、といったところでしょうか。

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▲新3000系、快速急行、通勤快急など、中之島線開業を象徴していたモノ・コトは今、少なからず変質しています。5扉全開の5000系との緩急接続も平成ならでは、かもしれません。

7.半世紀ぶりのカラースキーム刷新 2008-2013(平成20-25)年


 趣味的には本件がトップ級の変化だったと感じています。何しろ、特急車・通勤車とも半世紀以上続いた車体色の全面刷新だったのですから。京阪線での変更開始から間もなく11年、8531編成・2466編成をもってのオリジナル色消滅からも今春で6年。さすがに新色が走って来る光景にも慣れて(馴らされて)きましたが、似合うか?といえば、やはりオリジナル色に軍配が上がると感じています。

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▲「Keihan」ロゴ on オリジナル色。これも平成ならではの過渡期の光景でした。

【関連事象】「こっちは、オリジナル色が永遠やろ!」と勝手に思い込んでいた大津線でも、あと約2年後の2020年度末までには新色への変更が完了します。こうなると、あとは「男山ケーブル1・2での、オリジナル色2パターン再現」に期待!ですね ← くどい、ですかね。。。

8.プレミアムカーの誕生 2017(平成29)年


 これは趣味的・鉄道事業面の双方から外せない出来事だったと思います。特別料金を収受する専用車両が京阪特急に連結されたこと、更にはそれが新造車ではなく車齢25〜30年に達する8000系T車の改造によって賄われたというのも印象的です。

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【次点事象】ダブルデッカー車の登場、テレビカーの終焉・・・これらも大きな出来事でしたが「プレミアムカー」の比較においては次点、といったところでしょうか。

9.繰り返し進化した乗車券 1989-2018(平成元-30)年


 平成を迎えた時点では「紙」系(硬券・軟券・磁気コート/カバー券)だけだった乗車券が繰り返した「進化」も忘れられません。券売機専用の「Kカード」発売が平成元年(第一弾は、ミニアルバム付きの鴨東線開業記念カードでした)。改札機への直接投入が可能になった「スルッとKansai Kカード」への進化が1999年、その後は2004年導入の「PiTaPa」(ICカード)が急速に普及し、2018年には早くも(?)スルッとKansaiまでもが取り扱い終了となりました。格好のコレクションアイテムとしての磁気カードの誕生〜終焉は、ほぼピッタリ「平成時代」に収まったことになります。

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▲周期的な変更が気になった定番図柄、記念カード、マニアックな図柄、四季シリーズ、オリジナルグッズPR柄、特急車内限定版、そして「おけいはん」モノ、、、平成時代に登場して消えていった、とっても魅力的なコレクションアイテムでした。

10.活躍を続けた昭和世代 1989-20xx年(平成から次代へ)


 1月18日付の「東京駅から昭和生まれの車両が消える?」という記事でも書きましたが、京阪ではまだやっと平成製造の車両数が昭和のそれを上回ったという段階です。さらに、大半が「昭和生まれ」の6000系に至っては今まさに更新工事が進行中ですのでバリバリの現役として2030年代を迎える可能性が高いと思います。1000〜2600系の「純・昭和」グループもまだ182両もが現役ゆえ、2020年代を生き抜く車両が出て来るかもしれませんね(趣味人としての希望的観測)。

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▲6000系112両も、実は(?)ほとんどが昭和生まれです。1000系〜2600系はともかくとして、6000系はきっと、2030年代をも現役で迎えることになるのでしょうね。




 以上、今回はコアな京阪ファンのかたですと「既知も既知、あたりまえ〜」の話ばかりだったかと思いますが、それでもこの記事における俯瞰によって、30年あまり続いた「平成」という時代の長さを再認識していただく契機にはなったのではと思います。

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我々と同世代のかたが天皇になられる次の時代にはいったい、どんな「TOP10」ニュースが京阪に刻まれるのでしょうね・・・筆者も、元気でそれを振り返りたいものです。

今回の担当者 駐在員

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プラレール60周年

 こんばんは、昨日より京阪線・大津線の車内吊りが京阪電車と関西医科大学のコラボレーションした『京阪沿線は健康沿線』に統一されています。統一といってもポスターの写真の種類が多数ありますので圧迫感は感じません。
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 また昨日、年末から工場入場していた10004編成が出場試運転がおこなわれました。通常行路の中之島2往復ではなく、4連試運転の定番である寝屋川信−淀区の往復で実施されたようです。
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 私は往路の枚方市で見かけましたのでパチリ。アシスト役は2624編成でした。
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 2017年3月25日よりラッピング電車『きかんしゃトーマス号 2017』として昨年の10月28日のラストランまで交野線を走り、終了後しばらくはラッピングも外され普通の姿に戻り、トーマス期間中には入線することもなかった宇治線にも入線していました。画像はないか?と、この期間のフォルダーを探したのですが、一枚も写真を撮っていない程の意識の低さでした。


 さて、本日のタイトルですが、ここへご訪問くださる鉄道好きの皆さんの趣味のスタートラインだと確信し、鉄道おもちゃの代表格として君臨するのが“トミーのプラレール”です。もちろん私もそうですし我が子もそうでした。そのタカラトミーの公式より本日朝、2019年はそのプラレールが誕生して60年ということで「すごい!を一緒に。」をテーマに記念商品やイベント、さまざまな企業・ブランドとのコラボレーションなどを実施されるというツイートが発信されました。

 当時「プラスチック汽車・レールセット」が家にあった私は、さしずめ「プラレール一期生」になるのでしょうが、当時の鉄児童たちは小学校高学年に入るときにはHOゲージに心変わりをしてしまうのがお決まりのコースで、我が家でもプラレは封印されて納戸の奥へ移行し、C58やEF15はやってきたもののEF58・583系や103系を湘南色化した爐いそくでんしゃ疆がやってくることはありませんでした。

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▲今回の記事作成の為に探してきました。後年になって当時品をヤフオクなどで買い集めたものの遊ぶ時機を逸してしまい、いまだに未開封。しかし、当時は (も?) 相当散財していたんだなぁ。

 時は流れて平成となり、我が家にも男の子ができると、私もプラレールへ回帰することとなりました。そして時代は99年爛廛薀譟璽40周年瓩箸いΔ海箸覗闇98年に爛廛薀譟璽襪料瓦騰瓩発刊され、あらためて大人の鉄趣味のジャンルの一つとして「プラレール」に注目が集まり、ネットの拡がりと共に同世代の子どもを持つ全国のプラレール好きの親の連携もはじまり、オフ会で改造自慢・デッドストックの情報交換や商品取引がおこなわれるようになりました。その頃にスタートした爛廛薀譟璽襪劼蹐亅瓩眤膾紊箋都で開催された際には参加協力をし、大いに楽しみました。このブロックビルも当時絶版扱いでしたが、突如関西各地のイズミヤ内のペリカン各店に少量ずつ分散して販売されていると知り、店舗検索をして片っ端から牴鷦瓠聞愼)し、当時の関西の「大人プラレーラー」の面々にも相当数をお裾分けしました。
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 また、1999年7月24日に3,100個が限定販売された小田急復刻版・NSE限定プラレール販売の騒ぎ(そこから、2004年2月のスル関限定版Bトレや、鉄コレの鉄道会社版販売時の狂騒がつながってきているように思います)も、リアルタイムで体験させていただきました。

 この頃から、プラレールが「児童のおもちゃ」だけではなく「大人が楽しむアイテム」として扱われることも珍しくなくなるようになり、子供時代に楽しんでいた人々が戻ってきたり、複数の親子で会場を借りて一般の方も巻き込んで走らせて楽しんだり、果てには大人の持つ技術をもって改造を楽しむ人も増えてきました。
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 発売元のトミーも新幹線と特急、首都圏通勤電車、そしてドメジャー系の私鉄特急という最大公約数の王道から、地元の電車を鉄道会社とタイアップしてローカル色のある車両を限定数にて販売する事も多くなり、今に続く多種多様の車両達が販売されるようになり、時機を逸すると入手するだけでも大変な場面も増えてきました。
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▲会社版ですと初回販売時にこのような特製シールが付いてきて、どこにでもある駅が地元の駅に変身するんです

 今の私の鉄道趣味活動全般もこのプラレ発展期?にご一緒させていただいた面々との交流で培ったものが活動ベースとなっています。
 一人(家族)で楽しむことも楽しいですし、同好の人と一緒に連むことも楽しい、そして新たに興味を持つ人を一緒に巻き込んで拡げていく、つまり『沼に近づく人間がいたら沼の住民が手を伸ばすのは当然の理』の実践も楽しいんですよね。
 残念ながら以後私は京阪鉄方面へ軸足が動き、プラレ界隈はとんとご無沙汰してしまっておりますが、当時ご一緒いただいた方々も今も三重や各務ヶ原方面は活発に動いておられますし、当時一緒に遊ばせてもらいました"としぼう@阿闍梨もち @plarailplayer"さんは数年ぶりに以下の通り来月京都で爛廛薀譟璽襪劼蹐亠都を開催されるようです。

プラレールひろば京都

【日時】2月10日 日曜日 9時から16時
【場所】京都市右京区 右京ふれあい文化会館 創造活動室

以前11年ぶりと言ってましたが、前回は2011年2月に開催してたので、8年ぶりですね。


 私も馳せ参じたかったのですが残念ながら地元での小商いorz、どのような展開が待っているのか報告を楽しみにしておきましょう。

 とりあえず60周年とそれに関わるイベントを横目に見つつ、我が家の次の世代がプラレに興味を持った際に心置きなく遊べるように下準備を調えておきましょうか。

今回の担当者 用務員

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車両パンフレット

 こんばんは、1月も折り返しとなり日常生活のパターンにも慣れてきました。今日はセンター試験1日目ということで、受験生の皆さんの健闘を祈念しております。

 金曜日は今年初めての書類の受け渡しで大阪に下りてまいりました。下り特急は12月10日より戦線に復帰していながら乗車チャンスが無かった8008編成。車内灯のLED化がよく判ります。
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 梅や桜までの時期は『走る画廊』で走る貴重な時期。
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 淀屋橋駅通路の16連は“比叡山・琵琶湖 山と水と光の回廊”でした。
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 帰路、大丸梅田店に寄ってきました。目的は“レアな逸品、集結。”の下で・・・
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 お宝を発掘して先週のOBPでの消化不良を癒やしてくれると期待をして参戦を企てたのですが、軍資金があるわけではない人間へは幸運はそんなに舞い降りてはくれませんはね。本日のお買い上げは、合計¥1,200+税(よくある半額申告、あるいは一桁カット申告ではなく、実額ですハイ)。
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 今回お買い上げの6000系の車輌パンフレットですが、もちろん登場時からリアルに観ています私はその時点で所持していましたが、ショーケースに入っていながら¥1,000-という値段にはヤフオクに年末に\3,000-スタートだったものが競って\4,000-落札というのを知っているだけに同好の士へ譲ってあげても喜ぶかなぁと短格的に考えつき入手しちゃいました。

 ところで、京阪電車が発行した車両パンフレットといいますと、みなさんですとどこらへんを思い浮かべられるでしょうか?
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 ここに並んでないパンフレットとしては近年のものが、7000系・8000系、古では2000系・空気バネ台車などもあります。ただ京阪でのエポックメイキングの車両であるクイーン3000系・5扉車の5000系のパンフレットというのが存在しないというのは京阪好きとしては残念なことです。そして、つい最近でありながら存在が幻?扱いされているものとしてPREMIUM CAR瓩發△襪鵑任后0貪戮世吋筌侫クでも出てきましたが、とんでもない値段で落札されていました。私も欲しいのですがいまだに出会えません。
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 なお、たまに出回るこちらではありませんのでお間違いなく。
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 6000系の車両パンフレットといいますと、一般的には左のものを思い浮かべられるのでしょうが、当時一般には右のA5サイズの見開きリーフレットが配付されておりました。これでも先ほど終了したオークションにおいては\1,000-スタートで\3,300-で終了したのですから恐るべし。
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 新3000系もパンフレットと共にこちらのリーフレットもあって駅に置かれていましたね。
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 このパンフレットにはエクセーヌの生地片が貼付られており、下のイラストには幻のクイーンの新塗装も描かれていました。また、新塗装試験中の2825号車の写真もあります。
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 このように車両パンフレットというのは、電鉄の新しい車両への意気込みを表したプレゼン媒体であり、ファン方面よりは広報方面へ配付されている事が多く、後年いろんな場面で品に遭遇する場面があるというのも面白いことです。
 我々が入手するチャンスというのは過去には寝屋川フェスタでの配付や各地のグッズ販売会でのおまけ・かつての宇治交ツアーなどでの工場見学でのおみやげなどがありましたがそれも偶然性が多くなかなか集めるのは大変でした。昨年2月のSANZEN-HIROBAのイベントの際には京阪さんが手持ちをされておられたパンフの余剰分を準備していただき参加者の中で希望する方へ一人一冊限定で頒布していただけたというラッキーな機会もありました。
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 車両部品等と違って紙媒体でかつ無償配付にて多数作成されたものであるということでコレクション対象としては評価は低いかも知れませんが、公式のパンフレットは市販雑誌群とは一味違う深く車両を知ることのできる楽しさがあるのではないでしょうか?・・とはいっても、あくまでパンフですので高い値段にて入手することはお薦めしませんのでほどほどに。

今回の担当者 用務員

この記事に

 こと昨年末あたりから、マスメディアを中心に「平成最後の・・・」という表現が目立つようになってきました。私どもは申すまでもなく前回の改元(昭和→平成)をオトナになってから経験した世代ですので、その際のような「自粛」ムードが全く無いのをとても有り難く感じます。「お元気ですかぁ〜?」の類の能天気なCMも、今回は流し続けられることでしょうし・・・。

 さて、そんな2019年の冬も、例年のようにJRグループ旅客鉄道各社からの「春のダイヤ改正」そして「春の臨時列車」についての公式発表が出揃いました。中には「臨時『サンライズ出雲』を運転します(定期便に加えての増発!)」などという「♪」な情報もありましたが、まぁそれは横へ置くとして、あらためて私(駐在員)にとって感慨深かったことについて・・・

東京駅から「昭和生まれ」が消える?


 私は現在、東京駅をそこそこの頻度で利用する・眺める生活パターンを送っています。今回のテーマは、その東京駅が今春のダイヤ改正を端緒にして、遠からず(年内にも?)迎えることになるであろう大きな節目についてです。

 ついに、東京駅の定期列車(と、いわゆる季節列車)から「昭和生まれ」の車輌が完全に消え去ることになるのではと思うのです。そう、ブルートレイン「出雲」が消え、100系・200系新幹線が去り、さらには201系電車が地上(高架)ホーム・地下ホームのいずれからも勇退してから既に10年近くが経とうとしている中、今も超然と直流モーターをブンブンと唸らせながら、多客期には実に10往復以上(!)が設定・運転されている「185系特急『踊り子』」が、ついにE257系に置き換えられる時が迫っていることが、公式発表・客観的事実(下記「●」)からも明らかなのです。そしてそれこそが、JR東京駅から「昭和生まれ」の車輌の姿が消え去ることを意味します(ですよね?)。

●今春、中央線特急「あずさ」「かいじ」は全車E353系に置換。
●捻出されるE257系が「踊り子」に転用されることも公表済み。

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▲いきなり傍流(?)の写真ですが、E257系の中間運転台が「踊り子」の修善寺編成の先頭に立つようになったり・・・しないか。

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▲昭和オヤジが萌える(?)「電車っぽさ」には乏しいものの、ナカナカ恰好いいE353系(申すまでもなく、右)。

 これらの公知情報はすなわち185系の置換を意味する、という見方に異論を挟むかたは少ないと思います。そして、これは同時に「東京駅から、ついに『昭和生まれ』の車輌が消える」ということになるはずなのです。これって実は、平成最後の年にふさわしい(?)、大きな節目と言える出来事だと思うのです。

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▲E257系(下)の「踊り子」転用に際しては、やはり側面のカラフルな「菱形模様」が、原色185系(上)譲りの緑色の「斜めストライプ」に改められるのでしょうか?

JR以外の「東京駅」からも?


 JR以外に目を向けても「東京駅」にやって来る貴重な「昭和生まれ」(ギリギリですが)である東京メトロ丸の内線02系の初期車(01〜04編成)も、いよいよ置換が開始されます。

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▲薄めの色彩ながらも「丸の内線」ならではのピンク系壁面、座席袖板断面の紅色ストライプ、ホームドアに阻まれながらもその存在を主張しようとしているサインカーブ。02系更新車(初期施工グループ)ならではの拘りが、横溢!

 更には、視野を大阪における「大阪駅≒梅田駅」と同じような関係の「東京駅≒大手町駅」まで広げても、東京メトロ半蔵門線にまだまだ多数が乗り入れて来る東急8500系の余命もそう長くはなさそうです。

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▲車体側面を覆わんばかりのコルゲート、そして直流モーターの爆音に包まれるスクウェアな車体!

 となると、東京駅・大手町駅に乗り入れて来る「最後の昭和生まれ」のクルマは、意外な伏兵(?)、東京メトロ8000系ということになるのでしょうか?

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▲「端境期」っぽさ一杯のクルマです。ただ、客扉窓が原型の「正方形小窓」でないのだけは「らしくない」(いま風)です。後継車は、やはり「18000系」になるのかなぁ?

 ま、そんなこんなを考えながら狠鷓澂瓮薀ぅ佞魍擇靴鵑任ります・・・。

で、京阪の「昭和生まれ」たちの動向は?


 JR東日本を筆頭に車輌の置き換えペースが速い首都圏では、上記のとおり「昭和世代」の淘汰が最終局面に差し掛かっているわけですが、翻って京阪神圏ではといえば、明らかにまだまだ「昭和世代」の活躍が続いています。

 京阪電車(京阪線)でざっと数えてみますと、13000系7連の増備によって漸く「昭和世代」と「平成世代」の勢力が逆転した、といったところのようです。まだまだ先のことでしょうし、考えたくもありませんが、京阪から「昭和」のクルマが消え去るのは、いつ・どの系列を以ってのことになるのでしょうかね。

昭和 vs 平成の勢力図@京阪線
昭和生まれ 304両 vs 平成生まれ 338両
(だと思うのですが、事実誤認があればご教示ください)

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▲京阪ではまだまだ「昭和世代」も活躍中。昭和世代と平成世代の犇ケ薛瓩藁昭圓寮力が拮抗している今が、最大の見頃なのかもしれませんね。

 周囲の大手事業者を見渡しても、さすがにJR西日本の「アーバンネットワーク」では着実に代替わりが進んでいるようですし(それでも今春に新大阪駅まで延伸される「おおさか東線」の各停には201系が充当されるようです♪)、昭和世代が優勢だというイメージのあった阪神電車や南海電車でもいつの間にか世代交代が進んだようですが、一方で京阪の他にも阪急(特に、京都線?)などにおいては、まだまだ昭和世代が欠かせない勢力となっています。

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▲阪急京都線をみると、昭和組が3300・5300・6300・7300系(小計、ざっと300両?)、平成組が8300・9300・1300系(同、約230両?)と、まだ「昭和>平成」の状態だと思われます。

 消費電力の多さやメンテナンスの手間といった面からはきっと不利であろう昭和世代の電車たちですが、モノを大切に使い続けるという点では省資源にも貢献しているはずですし、何よりも趣味的にとっても魅力的な存在です。また、近年の電車にはない「造り」の良さも見逃せません。そんな昭和世代の電車のこの先の動きは、各事業者の考え方や懐事情などにより様々なのでしょうが、とにかく私どもは静かに、でも熱い気持ちでその姿を見守っていきたいと思います。

(独り言)JR旅客各社、大手民鉄の「昭和vs平成勢力図」(両数比較)をしたら面白いだろうなぁ。どこかに、そんな資料はないかなぁ・・・。




 あ・・・冒頭に「消える?」と評した「昭和生まれ」のことですが、それは飽くまで電車の話。昭和生まれのオヤジたちとして3つ目の元号を経験することになる私ども(えっ・・・これって子供の頃にいた「明治生まれ」のお爺さんたちのような存在なのでしょうか?)は、引き続き鉄道趣味を楽しむつもりですので、変わりませず、どうぞよろしくお付き合いくださいまし m m。

今回の担当者 駐在員

 
 

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