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倶楽部2600のブログ
資料は整理してこそ、模型は走らせてこそ、部品は小奇麗に飾ってこそ、その価値が増すもの。でもナカナカ、出来ないのですよね…。

他流試合

 9月の後半、2週末連続の3連休、ですね(♪)。今回は、出来ることなら2回とも帰阪して新ダイヤの京阪!と行きたいところだったのにそうもいかず、地元(首都圏)でウロウロしていた駐在員による記事です。よろしくお付き合いください。

 京阪鉄業界では、10月14日(鉄道記念日や!)の「ファミリーレールフェア」@寝屋川の話題で持ち切りですが、考えてみますと(考えなくても)この時季は京阪だけではなく各事業者によるイベントが目白押しですので、門戸広く活動しておられるかたは、さぞかし忙しく走り回っておられることと思います。

 ・・・と、あえて他人事のように書きましたが、私も転勤先・駐在地でお世話になる路線・電車たちに興味を持ってしまう「地元電車鉄」ですので、まぁそこそこの繁忙期を迎えております。そんな中、きょうは趣友の誘いを受けて「地元電車」ですらない線区・電車のイベントに初めて出掛けてきました。

「東急電車まつり in 長津田」


 と、いうわけで行ってきました、なんとこのワタシが「東急」系イベント!あらためて振り返ってみますと、これまで出掛けた事業者直営(?)のイベントといえば、国鉄/JRそして京阪だけ。「準・地元電車」とでも言うべき近鉄、阪急ですら未訪なのです。そんなわけで、エエ歳こいてますが「大きなお子さま」としてワクワクしながらあれこれと楽しんできました。以下、オムニバス風に写真+キャプションで・・・。

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▲まず驚いたのが人の多さ。首都圏ならではの「商圏人口」の多さがありますので入場そのものが事前応募・抽選制。さらに、そこに向かう電車(こどもの国線)の混雑がこれまた大変。通勤電車ほどグイグイ乗り込まない人が多いですし、ベビーカーも多いってことで「こらアカンわ」状態でした。(写真のホームへの階段は、画像後方のみ。手前に写っている人々は、わざわざホームの奥まで歩いて行って4連の停車位置で待っていたというわけで、、、たぶん、この2連には乗れません。)

(2連の電車が20分おきでピストン走行、というのがこの線の平時モードのようですが、この日は2連x1本、2+2=4連x1本で10分おき、という態勢でしたが、それでも2連列車では積み残しも出ていました。なんで、こんな日に2連?と思ったのですが、帰宅して調べてみますと、これで在籍車6両総出のフル稼働だったようで・・・。)

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▲そんなわけでワタシと趣友は長津田(「ながつだ」ちゃいます「ながつた」です)から会場までの約2劼鯏綿發捻復することに(往復340円をケチって、このあとの一杯の資金の準備、ともいう)。ま、いわゆる「結果オーライ」で、昭和時代のあれやこれやを話しながらのとっても楽しいウォーキングとなりました。渋谷から30分そこそこのエリアとは思えない田んぼの中をやって来たこの2連も当然、窓越しに向こう側の空が見えない「窓真っ黒」レベルの混雑度でした。

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▲稲刈りをしておられた地元のかたも「お、なんでまた今日は電車が長いの?」と驚いておられました。写真は復路(夕方)の記録ゆえ、さほど混んでいません。

往路の「拾いもの」


 滅多に乗らない線区ですから、あれやこれやと「へぇ〜」なシーンが目に飛び込んできます。以下、何枚か備忘を兼ねて貼っておきます。

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▲お、これはきっと、ナカナカの並び!(東武30000系って、同社の50000系の2倍ほどお金を掛けた造りのように見えます → そんなはずは、ないのですが。)

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▲意外なところで「行燈式」表示器が現役!

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▲この車両を実見するのも、初めて。ナカナカ意欲的な立体感のある前面デザインですね(側面は、毎度おなじみの平板なものでしたが)。6連→7連への増結に伴って改番があったようです(6601→6701)が、シール車番だと、それも簡単そうですねぇ。

「電車まつり」あれこれ


 ここからは会場で見掛けたシーンあれこれ。あくまで「非・地元民」「畑違い」の視線によるものですので、緩さについてはご勘弁を・・・。

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▲会場は、同じ長津田にある「東急の車庫」ではなく、グループ会社である「東急テクノシステム」の工場(両者は2〜3キロほど離れている・・・というのも今日、初めて知りました)。なんかこのゲート、京阪のそれにも似てません?

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▲「西武所沢工場」「京王重機整備」に代わり(?)、地方私鉄に続々と新車然とした改造車を送り出している「東急テクノシステム」ならではのイベント会場!

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▲庫内では、所謂「日比直」用だったと思しき1000系が福島交通への転出(転売?)に向けて改造中でした。そこで感じたのは、ステンレスカー(アルミカーも?)の優れた耐久性。養老鉄道に“養老”されに(?)行った車齢50年前後の7000系を筆頭に「恐るべし、東急ステンレスカー軍団」ですねぇ。。。

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▲車庫機能のない場所ですので、寝屋川のような広々とした感じはありませんでしたが、それでもこんな演出も! 6年前の「3505と2605@寝屋川」を髣髴とさせるような光景に、鳥肌が立ちました…。

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▲顔カット。京阪の1800系(供1801に対して、東急(東急テクノシステム)は旧車番不明の「8500」でした。「お、マニア心をくすぐるヘッドマークが!」と思ったら、会場にいた「中の人」(=なんと、趣友がおった!)の作品(呆)・・・。

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▲上記「顔カット」にて。方向幕指令ボードのメーカーロゴ(Toshiba)が昭和、ですよねぇ。このロゴとともに「サザエさん一家」が、上下左右に揺れながら走って来そうな・・・。

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▲で、気になる「部品販売」は、無し!そのせいもあってか、人出の割には「まったり」とした雰囲気でした(あえて申せば、バスの吊手が5種類ほど、500円で販売されていました)。この「幕」は庫内の演出として飾られていました。「通勤特急」と「通特」表示の混在に萌え・・・ないか。

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▲上述の「趣友」は、物販コーナーでバナナ、ではなく、協賛各社(富山地鉄、一畑電鉄、福島交通など)のグッズを叩き売って(→違!すべて、定価で売って)いました。その勢いは、動画をUPするのが憚られるほどでした・・・「警 (上司) 戒」ですよねぇホンマ・・・。

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▲そのオッサンの呼び込み効果もあってか、ブースを出していた地方私鉄のグッズはとても良く売れていたようです。個人的には無料で貰った富山地鉄のパンフレットが嬉しかったです!




 そんなこんなで今日は、思いがけないネタで鉄分を補給することが出来ました。さ、次は10月6日〜7日の阿鼻叫喚@日比谷やデ!
(煽ってどうする?)

 そして、10月14日は寝屋川ですッ!
(「復信はがき」の内容次第で行くか、行かへんかを決めよかな、と。)

今回の担当者 駐在員

この記事に

 妙チクリンなタイトルにもかかわらずアクセスをくださり、ありがとうございます。

 さて、9月15日のダイヤ改正以降、平日朝下りの「5扉」列車が4本だけになったということで、5557編成に続いての5000系離脱(2本?)の可能性は高いナ、と思っていたところ、実際にも数日前に、e-kenetマーケットさんという、云わば「中のかた」がTwitterで「いよいよ5552編成が解体され、5000系もだんだんと終焉の時が近づきつつあるのを感じます」と呟いておられました。廃車が出るのは約2年ぶりですが、これから先は退役のピッチが上がってしまうのでしょうか…。

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▲原型当時の5002編成(現・5552編成)。5000系7編成中、そして更新や塗色変更まで含めると20種類以上あった5000系の「顔」の中にあっても、随一の「イケメン」でした。

 さて、この話題が、この記事のタイトルにどんな関係があるのでしょうか? まずはこの画像をご覧ください。

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▲京阪電車だけでしか見られない送風装置(左上)の俗称が「中華鍋」あるいは「アンドアジェネシス」だったりするのです。一緒に写り込んでいる「昇降式座席」と「跳ね上げ吊手」との組み合わせは勿論、5000系だけでしか拝めません。

 この送風装置、見掛けが「中華鍋」っぽくも見えませんか?誰が言い出したかは定かではありませんが、私はこの “俗称” を気に入って、折に触れて使っています。さらに「アンドアジェネシス」。皆さん、この単語はご存知でしょうか? 私はつい先日、回転グリルについて駄弁っていた際に、“駐在地”の趣友に「あぁ、アンドアジェネシスのことだね」と言われて初めて意味を知りました。(それが登場していたソフト(?)自体は、私が一連の「電車運転ゲーム」以外にプレイしたことのある数少ないテレビゲーム/ゲーセンゲームの一つで馴染みもありますので、今後は「中華鍋」と併せてこの俗称を使わせてもらおうと思っています。)

 というわけで今回は(イントロ、長っ!)、上掲画像の左端に見える京阪ならでは(実用新案!)の送風装置である「回転グリル」についてあれこれと書き綴ってみたいと思います。

「回転グリル」 とは…


 まずは「回転グリル」についての公式説明(京阪電鉄による刊行物にあった解説文)を転載します。

●回転グリル(実用新案)
車両の天井部分から冷風や風を車内にまんべんなく送風する装置。風を一定方向にしか送り出せないという従来の固定式に見られた欠点を解消。座席の位置に関係なく均等に風が当るようになった。

(「京阪電車・車両70年」P.4より、表題・送り仮名を含めて原文のまま転載)

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 以前にも書きましたがこの装置は、非冷房時代の圧倒的多数派であり国鉄通勤車や首都圏大手民鉄では冷房化後も補助送風装置として重用され続けてきた「扇風機」に比べると、見付・機能ともかなりの優れモノだと感じています。具体的には:

1)まずは、見付(見た感じ)が恰好イイ!

2)グリルは約15秒で1周する(実測)ので、約4秒に一度という頻度で風が来る。
3)その風は扇風機に比べて、グッとマイルド。
(近年はその特性が忘れられがちな「扇風機」の風は、10〜15秒に一回だけやっと回って来る所謂「強風」で、髪の毛が乱れるのは勿論、空いた車内では壁面から回り込む風で女性のスカートが…(以下自粛)とすら言われたものでした。

4)さらに、1鍋(?)につき4カ所ある吹き出し口には、こんな工夫があったそうです。 →「一つの鍋で、12時と6時、3時と9時でルーバーの角度を変えてあります。今度じっくり観察してください。」
(by もと・中のかた。要するに1鍋4穴で2種の「風向設定」の仕掛けがある、ということのようです。)

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▲首都圏では今も「扇風機」がブンブンと回っている車両があります。写真の東急8500系の他にも東京メトロ7000系、京急800形などが思い浮かびます。8500系・7000系は首都圏でも有数の混雑度を誇る(に悩まされる)路線で主力の一翼を担っているのが興味深いことです。

5000系のために編み出された装置?


 さて、そんな「回転グリル」が初採用されたのが他でもない5000系5扉車でした(5001編成と同年度まで増備されていた2400系の送風装置は、ラインデリアのみ)。その理由はといえば、私は5000系が5000系たる所以である「5扉」仕様に対応するためではと勝手に想像しています。その根拠(推定):

1)5000系「ラッシュ用ドア」部分の昇降座席には(同系がデビューした1970年頃の技術では)薄い座面にヒーターを収められなかった。
2)従って、昇降座席部分の暖房は、天井からの温風に依るほかなかった。

3)温風吹き出しを担わせるための送風装置が求められた。
4)「電熱線+扇風機」というわけにもいかず、技術陣が頭を捻った。

5)(ドラえもん風に?)「回転グリルぅ〜」!

 というわけで、必然的に回転グリルは5基/両(各ドアの真上(#)に設置、3基は冷房専用、2基は冷暖房併用)となったのではと思います。で、そのように回転グリルを設置するために決められたのが、屋上クーラー(クーラーキセ)の位置&向き。5001・5002に出現した「逆向きクーラーキセ」も(当然ですが)「必然の機能美」だった、というわけです(たぶん)。

(#)「真上」とは書いたものの、図面で見ると微妙にドア中心と回転グリルの位置にはズレがあるようです。恐らくは室内設計と屋上機器配置の制約の狭間で、センチメートル単位、いや、ミリメートル単位での相克があったのでしょうね。今度、実車で「ズレ」を確かめないと…。

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▲5001原型の竣工図表に、上記の推定を説明するために赤鉛筆で書き込みをしてみました。一見ランダムな「クーラーキセ」の位置が、必然的に決まったであろうことが見て取れます。いい意味で、実に巧妙な設計ですよねぇ。
 
 あと、備忘メモ的に「冷暖房併用」部の回転グリルの取り扱いについて、前出の「もと・中のかた」がご教示くださった点を書き留めておきます。→ 「寒くなっても『鍋』はそのまま。5000系のラッシュ用ドア上部の「鍋」だと、奥の方にパンチングメタル入れてヒートポンプの風を出すようにしてますから、ルーバーはそのまま見えます。」
(パンチングメタル=孔開き金属板の「孔」の大きさは、換気機能・冷風通過機能を維持しつつ、暖気が逃げてしまわないサイズが追求されていたのでしょう、きっと。)

 扇風機の時代、京阪においては律儀に、冬季はユニットそのものを取り外して、その取り付け座部分にも専用のカバーを填め込んでいました(2,000基ほどに達する扇風機を毎春・毎秋に着脱する労力、冬季にそれらを補完する場所確保の苦労は並大抵のものではなかったそうです)ので、上記のような「冬季も外さずにそのまま装着」という措置は5000系ならではのものだったのでしょうね。ちなみに当時、国鉄や営団を筆頭として、冬季も扇風機はそのまま取り付けてあった(あるいは、キューピーさん人形とかをあしらった「リッチョー」「ワリチョー」などの金融商品広告シールを貼った硬質プラのカバーを被せるだけの)事業者が多かったです…。

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▲これを(概算)2,000基、年に2回着脱し、冬季は車庫に保管する…かなりの「労働集約」系作業ですね。京阪ならではの「車内の美観」への拘りだったのか、あるいは一斉点検・整備の観点からは意外と効率的な措置だったのか…。
  
 なお、この「ラッシュ用ドア部の暖房は 天井からのヒートポンプ暖房(回転グリルからの温風吹き出し)に委ねる」という仕様は第5編成までで、事故廃車代替の5554号車を除く最終増備となった5556・5557編成においては技術の進歩により、ラッシュ用ドア部座面へのヒーター内蔵が可能になったそうです。


少しでも長い間、回り続けてナ…


 そんな「優れモノ」の回転グリルも、1983年デビューの6000系以降の新型車では採用されていません(6000系デビュー以降に登場した2381〜2385や、1900系冷改車にはしっかりと装備されていましたが)。回転グリルを装備している車両を俯瞰しますと、1900系は鬼籍に入って久しく、5000系や「卵型電車」の廃車も徐々に進んでおり、更には1000系も車体の経年が50年前後に達しています。これらの車両の引退と同時に、京阪の隠れた名品とでも言うべき「回転グリル」も過去帳入りしてしまうのではと思います(寂&惜)。それまでは乗車の機会に恵まれる都度、その優しい風を意識して浴びておきたいものです。

 5552編成が引退した今、5000系のみならず回転グリルの消滅にも「カウントダウン」の雰囲気が漂ってきました。次に回転グリルをテーマとした記事を書くのはいつのことか分かりませんで、ここで一つ、整理をば。認識の誤り等があれば、ご指摘ください。

<京阪電車 回転グリル装備車の記録>

【製造】
5000系  50両(含、5554(機法吻供法
2200系 100両
1000系  42両
2600系 123両(除、2621編成・2622編成)
1900系  45両

(合計、360両)

【現存】
5000系 35両(5557編成・5552編成を除く)
2200系 49両
1000系 42両
2600系 49両

(合計 175両)

(いずれも、系列としての「回転グリル」装着初年順)

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▲(余談)さようなら、5002(5552)編成。デビュー当時のキミに乗り込んで大騒ぎして今は亡き祖母にこっぴどく叱られたこと(#)や、最期が迫った祖父に付き添って電車で病院に行った冬のある日、デビュー間もない頃のキミがやって来たことは、いつまでも忘れないから…。

(#)この記事 記事(文字をクリック) をご参照ください。この記事で同じ写真を再掲している点、ご容赦を。



 輸送手段たる鉄道車両の「車内装備の一つ」といってしまえばそれまでですが、この「回転グリル」をはじめとして「跳ね上げ吊手(吊革)」「昇降式座席」「社紋入りスピーカグリル」「カバー付蛍光灯」などなど、天井部だけでもあれこれとユニークな装備がある京阪電車。日々、通勤や通学で乗り合わせる機会がある皆さん、それはとっても貴重で楽しい時間です。是非、あれこれと観察して、周囲の混雑に配慮&冷たい視線に耐えつつ、しっかりと記録しておいてくださいネ m m。

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▲5552編成の天井での47年間にわたる使命を終え、社紋も取り外され、廃材置き場行きとなった回転グリル(惜&欲!)。いったい、何回転したのかなぁ?

今回の担当者 駐在員(協力:もと・中のかた)

この記事に

 こんばんは、上京の折、街ブラをしておりますとお寺の掲示板のこの言葉に思わずパチり。今日は9月20日寝屋川までもう一ヶ月ありません、合掌。
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 今朝ダイヤ改正後初めての活動を行ってきました。わずか15分間だけでしたが狙いは3月後半より始まった宇治線「響け!ユーフォニアム」記念ヘッドマークの9月デザイン分の収集。9月のデザインは黄前久美子ヘッドマーク(新バージョン)です。
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 宇治線朝運用の寝屋川返却スジですが、ダイヤ改正後も従来と同様、枚方市駅でK0803Aの続行で3番線に入りB0809Aを待避します。今回のダイヤからこの回送列車が特急を追いかけて発車していくと間もなく2番線にコンサル3000系の枚方市準急M0810H列車が到着します。この列車は10番線に引き上げると折り返しB0901Aの続行で回送列車として下っていきます。
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 先日『寝屋川で逸品を入手する2018 その1』を書いた後、今年初めて参戦されるという方からコメントをいただきました。
 今年の戦線に臨むにあたってのアドバイスを・・ということでしたが、我々も参戦する同士の一人でしかありませんので残念ながら我々が判っているのは『何が販売される?』ではなく『過去に何が販売された。』ということだけです。ですので、私達も毎年何が販売される?のかは当日現場で見るまでわかりません。だからこそ色々な妄想を持って当日の朝に現場まで楽しんでおります。
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 なお2016年からは当日会場で事前に販売品が公表されるようになり、昨年もこのように販売品の写真と共に品目や点数が掲示されました。
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 このようにしていただいたおかげで、100番以降の辛い順番であっても「自分の順番で何が購入できるか」をある程度推察もでき、心の余裕を持つことが出来るようになりました。それ以前は現場に入るまで今年は何が販売されるのか(むろん価格も)さえわからず、トップグループは悲喜交々を味わったものでした。

 ただ、心構えとして「今年はこれが欲しい!」という思いを持っておくことは必要です。もし貴殿が「一桁番号ゲット!」というのでしたら例年トップグループで無くなってしまう犢埓莠鑛緬襪竜ヽI佞瓩鬚呂犬甓燭任盍望するモノを入手することもできますが、100番ぐらいですと競争率の高いモノについてはほぼ蒸発してしまっていますので、ほどほどのモノを妄想しておきましょう。それでも現場に入ってみると思いもよらぬものが残っていて心が惑わされることはいつものことです。

 2015年の時も私の順番で入ったときには2600系の宇治線車両の車内番号板等もまだ売れ残っていて心は乱れましたが第一希望だった6761号車供出の狎邵蟒店 平成3年瓩海縮椶料阿濃っていかれてしまいましたが、第二希望だった8000系1次車供出の狎邵蟒店 平成元年瓠並召僚佇からしてたぶん8552〜8554号車より供出と推察されるんですよね)が残っておりましたので入手をさせていただきました。そんなもんです。
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 軍資金については、毎年掲示物には金額が記述されておりませんので昨年同額という可能性は保証できないので過去相場を踏まえて+5Kぐらいは準備しておけば安心です。

 ただ、自分の好きな車両のモノや好きな駅のモノがあれば是非入手をしましょう。まず一品手元に置いて折にふれて見ていますと日々の活力になっていきます。それが沼の始まりです。毎年一つずつ増えていくのは嬉しいことです。
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 参戦を模索されておられる皆さん「今年は何を入手しましょうか?」内緒コメでのご質問をお待ちしております。

今回の担当者 用務員

この記事に

 こんばんは。本日9月15日は新ダイヤがスタートし、久しぶりに「枚方急行」が戻って来ました。初日のF1100H列車には10001編成が充当されたようです。そのような日でありながら、私は京阪電車の線路端に出ることもなく、朝の仕事を終えてそそくさと準備をして、京都駅に向かいました。
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 東海道新幹線の人になった理由? もちろん(表向き=この表記については当人は否定していることを記しておきます)鉄活動ではなく、非鉄な本業の勉強会が茨城県で開催されることになり、3月のことを思い起こして積極的に参加の申し出をしちゃいました。動機がチョッと不純であろうことはお見通しであっても見逃してください。はい。

 まずは車窓から...
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▲名鉄は詳しくないのですが、こんな車両もあるんですね。
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▲富士山は見えなかったものの、東京は雨が降ってなさそうで一安心。

 とりあえず常宿にチェックインをして身軽になると、目指すはりんかい線(謎)!
 今晩のメインは折に触れて私の散財のアシスト(?)を “勝手連” として東の地で繰り広げてくださっている上総屋さんに2年ぶりにお目にかかって旧交をあたためる “読者懇談会(誇大表示)” の開催でした。
 前回の懇談会 記事(文字をクリック) の締め括りにおいては、十条駅から埼京線の205系(その際は、ラスト1編成?が偶然やって来たのでした)に乗って再会を約束したところまででしたので、今回の再会場所はそのルートで南下した“池袋”! 駐在員氏が指定した集合場所は「丸善池袋店」。池袋といえば昭和時代にサンシャイン60(というか、そこにあった「ブルートレイン」)にしか行ったことのない関西人がスッと現場にたどり着けるわけがなく、右往左往の末に大分遅れて到着。ごめんなさい。

集合場所&第一幕。


 今回なぜここが待ち合わせ場所になったかといいますと、首都圏に “駐在” 中の駐在員氏が日頃懇意にされているかたがたの写真展が、これまた鉄分の濃さで注目を集めている(?)このビルにあるギャラリーで開催されていたがゆえ、なのです。

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▲お、京急「だるま」の助士窓内側に「だるま」が!(画像左端にチラっと写り込んでいる東急7000も見逃せませんよネ。)

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▲写真展「STEAM RETURNS 〜 青函に乗って、長靴を履いて、白黒filmを詰めて、1970年代へ。」

駐在員氏、根っこ生やさんといてや!


 そんなわけで「迷った挙句」に、気温20度ちょっとと涼しかったのに大汗をかきながら写真展が開かれている「ギャラリー路草」に到着。そこでは既に駐在員・上総屋の両氏が、出展者の皆さんと熱い「蒸機話」を展開していました。以下、駐在員氏セレクト&作文による、特に印象深かった作品のポイントを文字で書き留めておきます。
 
【STEAM RETURNS、67作品の抄録】

 −氷結した浅瀬(海岸)に立っての撮影敢行@厚岸〜糸魚沢。
 −駅員さん情報による、深夜2時のラッセル車撮影@音威子府。
 −熱いランボードにまで積雪する厳寒@南稚内(C55 50)。
 −無風の夜を待ってトライした「バルブ2分」の秀作@音威子府。
 −無謀な(?)「登山」によって、やっと撮れたショット。
 −冬の北海道における「レ」とか「ワムフ100」の役割について…。
 −「セキ」に満載された石炭の上に立つ信号中継掛さん(?)の雄姿!

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 あれこれ、とても興味深い写真の解説や、撮影当時のエピソードもお聞かせいただきました。以下、これも駐在員氏による会話の記録。

「で、Tさん、学生時代に何度、冬の北海道に行かれました?」
「う〜ん、少なくとも10回は、凍りにいったかなぁ。」
(「大学時代の4年で5回」というレベルの反応を想定していたのですが、お、恐れ入りました…。)

「わ、これって、結構な標高まで登って撮られてますよね?」
「この場所に行くには、腰まで雪に埋もれて30分ほど歩かにゃならなくてさ、途中でOくんがギブアップしたンだよ。氷点下10度台だけど、それだけ歩くと汗をかくよね。それがさ、速攻で凍って『顔に氷柱』状態になるわけ。」

「この写真で駅弁売りさんが抱えている箱にある『チップ・シシャモ寿司』って、どんなのだったのですか?」
「知らないンだよ〜、値段が高かったから買わなかった。代わりに菓子パンとかばっかり食べてたよ。駅弁は全般に高かったけど、その中では長万部駅の『そば弁当』がリーズナブルな値段だったので、何度か食べたよ。あとは駅でお湯を沸かしてチキンラーメンとか、ね。そうそう、それを見た駅員さんが『おぃ、刻みネギあげるから、入れなよ』って持ってきてくれたこともあったなぁ。」

 会場でのこの光景、ご想像に難くないと思いますが、駐在員氏と出展者のかたがたとの会話は終わりが見えず、私と上総屋氏は「いつになったら3人で京阪ネタに没入出来るン?」という不安(?)がムクムクと膨らんでいくのでした。でも、そうしてお喋りされていた方々をご紹介いただいたり、お名前を教えていただいたりすると、ファン誌やピク誌等で見慣れたビックネームのお歴々ばかりでした。そんな駐在員氏の首都圏での活動ぶりを目の当たりにして、地方在住の私にとっては氏が単なる「酒好きの京阪系鉄ちゃん」なのか、それとも「めっちゃ懐の深い鉄道趣味人」なのかが、ますます分からなくなってきました…。

第二幕 〜 さ、京阪ネタや!


 なんとか彼を引き剥がし(?)、夜の池袋という関西人には週刊誌で載っている歓楽街という表現以外に思い浮かばない場所を、夕飯と幾ばくかのアルコールを求めてウロウロ。そしてガッツリ肉ではなくこのお店に決定。

とりあえず再会を祝して。
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当然のことながらまず一番にブツの代金をガッチリ徴収されてしまう関西人。
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そして今回の釣果、京急の商売熱心さには頭が下がります。
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勉強するようにという意を込めた本も出てきます。
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大きいお子ちゃまも魅了される児童書も出てきました。
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そして、未来の増刊号に向けて、アレコレと勝手に相談。

勝手に、キーワードを選定。


 前項のとおり第二幕では、第一幕の「蒸機噺(?)」に負けず劣らずの濃い〜い「京阪ネタ」が展開されたわけですが、その全てを書き留めるわけにはいきませんので、以下のような「キーワード」にしておくことにしましょう。

●「おりひめ」「ひこぼし」との10年
●あの日の記憶 12/3、5/24、10/18、3/31
●スタフとともに振り返る、列車運転の興味
●「樟葉始発」列車の50年(1971〜2021)

 あ、あとは想定される「2018年秋の陣@寝屋川&日比谷」の作戦会議にも、しっかりと取り組みましたゾ。
そして、タイムオーバーでお勘定。ごちそうさまでした。
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 いつものごとく駐在員氏を筆頭に「ご機嫌さん」なった状態になったオヤジ3人は「あ、飲み放題、いかがっすかぁ?」という2次会への呼び込みには反応せず、明日に備えて健全に帰ります。
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 それぞれがこの30分ないし1時間ほど後、最寄り駅の近くにあるスーパー/コンビニでまた「飲料」を買ってしまうかどうかは…知らんがな!

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▲「お、ひらパ〜兄さんの新ネタが西武池袋駅にも!」ってことで喜んで見てみると・・・そうではなく、NGK/NTK(日本特殊陶業)の企業PRでした・・・が、これって少なからず「ひらパ〜兄さん&園長」役における岡田准一の脱力系の活躍(!)がモチーフ(?)になっていますよね。

 かくいう私がホテルに帰ったのは...え、まだこの時間?? 
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 そうなんです、私は明日、品川発6:45の「ひたち」に乗らなければ今回の主目的(のハズ)の講習会に間に合いませんので...写真展会場で先週の「センチメンタル・ジャーニー」話@ロンドンをお聞かせくださったS氏、会場にいらっしゃった皆さま、駐在員・上総屋両氏、楽しい時間をありがとうございました。
おやすみなさい。

今回の担当者 用務員・駐在員(with上総屋)

この記事に

 こんばんは、今日は明日から新ダイヤという一年あまり慣れ親しんだNo.631&632ダイヤの最終日です。ですが業務をこなすことが手一杯で全く活動もおこす余裕もなくダイヤ改正で見ることができなくる風景の追っかけもせずこの時刻となってしまいました。みなさまこころおきなく活動されましたでしょうか?
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 そんな中で今日午後公式より、中之島線開業10周年に関わる様々なイベントの案内と共に『ファミリーレールフェスタ2018』の詳細が発表されました。ということで、9年経っても進歩があまり感じられない相変わらずのこのタイトル記事が出てきました。また妄想とワクワクの一ヶ月がスタートします。

 昨年や過去のフェスタや日比谷・淀競馬場等のイベントにおいて我々や周囲の煽りに抗しきれず傍観者から“京阪部品沼”へ誤って深入りしてしまった皆さま、今年も現場で色々商品を目の当たりに語り合って、予算と運と縁を有効に活用しながら2018年Verのコレクションをお互い構築して、楽しい時間をすごしましょう。
 5年楽しめば5品・10年楽しむと10品が手元にやってくるのですから…。開業70周年のひらかたパークからやっている我々周囲はもちろん30品ではすみませんわね(呆)
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▲こんなモノが出てきたらテンション騰がる人も多数おられると推察されます。私はただただいいなぁ。

 周囲では2018寝屋川において既に購入物の狙いを定め周囲に公言(無言の圧力とも推察される)をされ、あとは往復ハガキの返信ハガキに書かれた番号が良番であることだけを待たれているという猛者もいらっしゃいます。
 当の私は昨年に引き続き今年も一ヶ月前のこの期に及んで戦線に打って出ていくための必要な兵力をけねっとさん&メル○リによって搾取されてしまい、今期こそスパークも出来ずに終わる可能性がにわかに現実味を帯びてきました。どうしよう。
 まぁその場合には「貴殿が買わへんかったら、誰が買うねんな。貴殿が持ってこそ意義があるねん」と過去に多くの方の財布から支出を余儀なくさせた悪の(でも喜んでもらえていたと自画自賛)煽り役に徹しさせてもらいますので覚悟をしておいて下さいね(^_^;)

 昨年は5557編成関連が多く出品され入手されたかたもおられると思います。ちなみに我が家の寝屋川&淀の入手品です。
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 今年は怪しい動きの5552編成こそありますが、わずか一ヶ月のインターバルにて出品されるのか当日までわかりませんね。出てくればスパークされるのは某君や某さんですね。幸運をお祈りいたしますし、私もおこぼれに授かれることをチョッと期待します。
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▲今年も新たなる爛ツン疆狙發生まれ、後世に語り継がれていくのでしょうか?

 当日の現場まで今年もご同業の皆さま各位、お手柔らかにおつき合い下さい。
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 なお、予めご了解いただきたいのですが、例年の如くこのタイトルの記事につきましては非公開記事(=ブログ本←いつのことになるのやら?へ収録される資料編)などがあり、全ての記事が即時性をもってWeb上で公開される訳ではありませんので、疑問質問につきましては直接私本人へお尋ねくださいませ。いろいろ戯言を語り合いましょう。

今回の担当者 用務員+関係者によるツッコミ

この記事に

今日の報告 2018/09/11

 こんばんは、週末の半年ぶりの上京を楽しみ(もちろん遊びにではない)に台風襲来による業務増に耐えながらも週の初めの夜を淡々と過ごしておりますと、学生の方の5552編成の上板橋踏切の写真と共に
この電車も明日で最終運用か...
お疲れ様。
という、容易には見過ごすことのできないツイートを発見してしまいました。・・えぇ?・・と運用タグを追尾していきますと、当該編成は朝運用で入庫後、夜になってR2101B列車で寝屋川区より出庫し往復した後に中之島駅滞泊となり、今日は中之島一番列車Q0504S列車で出発し出町柳から通勤準急J0609A列車で淀屋橋へ下ると折り返し普通列車で入庫するスジで充当され、入庫してしまうと午後の出庫はなしと推察できましたので、とりあえず朝から大いなる予定変更をおこなってスクランブル発進。
 現状この編成と5554編成にだけ前照灯のLED化が波及していないことと「京阪に詳しい方からの情報です」という彼のレスからしてまんざらではないのかなぁと思わざるをえません。

 なんとか下木田踏切には滑り込みセーフ。先にお越しの方とお喋りしながら待つこと数分、高架線から下ってきました。
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 スグに信号所内に入っていき、何とか本線上で見送ることができました。
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 庫内では先に入庫していた同じく未LED化の5554編成と顔合わせ。いい姿を見ることができました。
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 この編成の事については、また別の機会に記事化しようと思いますが、駐在員氏も増刊号で書かれていたようにとても思い出が深いそうなので彼の記事化も楽しみに期待しておきましょう。2010年3月3日の写真ですが、2両の並びで番号が2と5しかありません。新塗装同士でのこの並びを撮影するチャンスに遭遇しなかったのは残念です。
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 そして、先ほどタイムラインでこのようなツイートが流れてきました
つばさ51号 @mine7598さんのツイート

若い方にお教えします!
後々インパクトのある鉄ライフを送りたいのであれば…
これから最低でも30年以上は鉄活動すること、その時の流行りに(できるだけ)乗り遅れないこと、そして…
その時はつまらなくても「これは❗」と思ったモノは必ず撮ること!
で、こんな画像を♪ もう撮れませんから!


 爛ぅ鵐僖トのある鉄ライフ=私や沼本著者などはたぶんその類いの人になっているんでしょうが、私たち以上に折に触れて活動を続けられている撮り系や模型界隈の猛者は思う以上に多数おられます。ですので私たちは時代によって濃淡を持ちながらただただ気持ちだけを持ち続け、9年前からブログなどの媒体を通じてあつかましくもアピールをし続けたお陰で今があるのかなぁと思っております。全ての人がこのような心持ちを持って欲しいとは思いませんが、定番地での写真以上に何気なしに撮していた駅撮りや風景主体の写真が後年に多くの人と共感を共有できたというのは2015年4月8日の記事(文字をクリック)にも書かせてもらったようにバリバリの撮り鉄になることができないままに30年以上鉄活動をおこなったゆえに導き出せた結果なのかもしれません。もちろんこれだけが唯一の解答であるとは思ってはおりませんが。

 昭和59年の春の催事『バボットワールド』もはじまった3月のある日、香里園駅に着くとみぞれ混じりの雪が降っていました。この時期、お昼前の香里園で5000系同士の緩急接続がありました。この日の写真がこれ一枚しかないということで、狙って撮った写真ではなかったとは思うのですが車両、ホーム、フレスコが出店する前の香里園南口、どれも物語ってくれます。
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今回の担当者 用務員

この記事に

 今年の夏の大阪そして日本は、「これでもか!」とばかりに天災が続きます(辛&泣)。北河内の枚方市だけに限っても6/18朝の「震度6弱」に端を発し、7月上旬の集中豪雨、それに続く猛暑(恐らくは史上初となる「40℃予報」が出ました〜実績では38.9℃が今夏最高気温)という「天変地異3連発」に見舞われました。

 そんな「3連発」だけでも大変なのに、7/28-29夜(12号)、8/23-24夜(20号)、そして9/4午後(21号)という「台風直撃3連発」が追い打ちを掛けてくれました。いずれも雨よりは風が強い台風で、なんと枚方市では「最大風速」と「瞬間最大風速」(前者は10分間平均値だそうです)が、いずれも12号で一度、そして21号で再度、観測史上最大を記録したそうです。そりゃ、屋根瓦も飛びますよねぇ(泣)・・・。

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▲21号の直撃を喰らった今となっては、20号の影響なんぞは大したことはなかった、という気持ちになってしまいます・・・。

 さらに大阪全体そして全国に視野を拡げますと、7月上旬の豪雨では岡山・広島・愛媛などで甚大な被害が出ましたし、この記事を仕上げている間にも台風21号による関空はじめ京阪神あちこちでの大きなダメージや、9/6夜明け前に北海道を襲った大地震などの報道に、胸が痛む状況が続いています。

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▲豪雨から約2週間後、広島空港に着陸する直前の機内より。両手、10本の指で引っ掻いたような多数の土砂崩れの痕に目を奪われ、被害の大きさを感じました。このあと広島市内へは、大好きで料金も安い「空港(路線バス)JR白市駅(セノハチ経由)JR広島駅」のルートが不通でしたので、止む無く運休から復活した空港リムジンバスを利用したのですが、それが経由する高速道路にも、土石流の直撃痕が見て取れる場所が複数ありました(まさか、そのまた2週間後、北海道でこれにも増して酷い「山の崩壊」が起こるとは思いもよらず・・・)。

 というわけで以下、いつもの当ブログとは少し異なるスタンスで、厳しかった2018年夏の気象と、それへのJR・大手民鉄各社の対応を、客観的に記録しておこうと思います。

過酷だった2018年の夏@大阪府枚方市


 まずは、枚方市の気象データから読み取れる「今夏の厳しさ」を客観的にまとめておきます。

【2018年夏 枚方の気象データから(実績の出典:気象庁HP)】

●最高気温:38.9℃(7/19)(1994年の4日連続39℃超に続く史上5位)(#1)
●最高気温(予報):40℃(確か7/19の予報で、たぶん史上初の「40℃」台)
●最大風速:14.8m/s(7/29)(史上1位)→19.3m/s(9/4)(同年に記録更新)
●瞬間最大風速:26.6m/s(7/29)(同上)→40.2m/s(9/4)(同上)
●日降水量:183.5mm(7/5)(史上1位)

(#1)史上1〜4位は1994/8/5〜8/8の4日連続(!)の39℃超(39.4〜39.6℃)。

ちなみに、6/18の「震度6弱」についても「1923年の観測開始以来、大阪では最大」という報道が一部にあったほか、気象庁HPでもそのような検索結果が得られました。

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▲(余談)ありましたねぇ〜、2012年8月14日の「短時間集中豪雨@夜明け前」。京津線の路盤に大量の土砂が流入して大変なことになったのも、この日だったはず・・・。


台風21号に際してのJR・大手民鉄の対応を記録する


 6/18の地震から8/23-24の台風20号に至るまで、大きく括れば5つ(!)の天災の際には、運転見合わせやダイヤ乱れはあったものの、京阪の「最強伝説」の実証(?)を筆頭に、JRや大手民鉄5社は大規模な運休もなかったという印象があります(20号に際してのJR西日本の運休は、やや大袈裟 もとい 大規模でした)が、こと今般9/4の台風21号(6発目、というべきなのでしょうか・・・)に際しては様相が大きく異なり、今まで記憶にない大規模な減便・運転中止が予告され、実際にも長時間にわたる運転見合わせが各社で発生しました。

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▲(またも余談)8/24、台風20号一過のあとのJR西日本の運転復旧ペースの遅さには参りました。特急を含めて全列車が何事もなかったように定時運転している京阪を降りて、お昼前に(こういう時の奈良線はアテにならないので、七条駅から、徒歩で)JR京都駅に向かうと、なんか雰囲気がおかしい・・・え?え?入場制限?・・・利用するつもりの東海道線上り(琵琶湖線)もまだ大減便中。やっとの思いで入場制限を抜けると、短編成の223系による30分おき(草津ゆき→米原ゆき→野洲ゆき、の順でした)の運転。写真の米原ゆきは、かな〜り厳しい状況でした。そりゃそうですよね、米原へはこの列車を逃すと、次の列車は1時間半後(!)なのですから・・・。

 さ、余談(文句)はさておき以下、大阪が暴風域に入る直前である9/4昼休み時間帯の各社公式Webサイトで拾った情報の概略を、当日の記録として纏めたいと思います。

【2018年9月4日(火)台風21号接近の際の運転状況】
(出典:各事業者サイト、12:00〜13:00時点での閲覧結果による)

●京阪:明確な「運転打ち切り」(最終列車)予告!
9:00頃まで平常運転、以降は順次減便し、12:00前後の運転打ち切りを、具体的な列車種別・行先・時刻を含めて予告。これは、利用者としても急いで移動するか、諦めて留まるかの覚悟が出来て(?)助かりますよねぇ。

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▲時・分の情報もを含む、明快かつ詳細な「最終列車」の予告には感心させられました(公式サイトより)。 ●阪急:減便情報のみ。 神戸線・宝塚線・京都線とも「運転本数を減らして運転しています」(速達系列車は京都線「準急」のみ)という告知、および「現在の予報では、昼頃に運転を見合わせる可能性があります」という予告どまり。 ●近鉄:既にほぼ全線が「運転見合わせ」表示になっていました。 「遅れを伴って運転」となっていたのは、名古屋圏の名古屋〜伊勢市間と、湯の山線・鈴鹿線だけでした。 ●南海:早々と(?)「全線、運転見合わせ」を告知。 ●阪神:運行情報(下記)と、阪神なんば線の運転休止予告のみ。 「阪神本線 普通のみ」「阪神なんば線 大阪難波〜西九条間運転見合わせ」「阪神なんば線 西九条〜尼崎間は、淀川の防潮鉄扉閉鎖の依頼を受けたため、尼崎発12:01まで、西九条発12:16までの運転」という情報の記載。
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▲阪神なんば線(旧・西大阪線)の淀川橋梁は水面スレスレの位置にあり、軌道は 両岸の堤防よりも低いレベルにありますので、国道2号線などと同様に「防潮鉄扉」が線路を遮断する向きで設置されています。それがゆえに、架け替えの計画もあるとか。 ●JR西日本:「午前8時以降(早め?)、順次列車の運転を取り止め、正午ごろまでには全ての列車の運転を取り止め」 写真は、JRW公式ではなく、京都新聞Webの画像ですが、これを見る限り、打ち切り時間の早い遅いはさておき、京阪と同様の詳細な「打ち切り時刻」が予告されていたようです。
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●大阪メトロ:「今後、列車の遅れや運転を見合わせる可能性があります。なお、近鉄けいはんな線が11時頃から運休していますので、中央線は長田駅で折り返し運転を実施しています」「南港ポートタウン線は運転を見合わせています」 (余禄) ●東海道・山陽新幹線 いずれも、はっきりと「xx駅yy時発の『のぞみzz号』以降は、運転見合わせ」といった情報 および 走行中の列車については上り・下り、運転区間別に「定時運転」「2分〜15分程度の遅れ」といった形の明快な情報が提供されていました(さすが!)。
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 なお、上記はあくまで各社Web-Siteにあった情報を遠隔地でチェックした結果を纏めたに過ぎませんので、実際の運行結果とは異なる部分があろうかと思いますのでお含み置きください。


「予告運休」に対する(個人的)評価


 今般、台風21号に対峙した各事業者の対応における特徴はやはり「運休の予告」が、各社から揃ってこれまでにない具体的な形(例:「10時頃から減便、12時頃には全面運休の予定」)で予め公表されたことだと思います。この措置、実際に台風・大雪といったイレギュラーな天候に際しての「具体的な情報なし、いざ事態が切迫した段階になって一気に旅客が集中し、超絶混雑」という事態に何度も巻き込まれている首都圏における鉄道通勤者の立場・経験からは、基本的には(あくまで基本的には、です→理由は後述)大賛成です。

 なぜ賛成なのか。これはもう企業や学校、そして恐らくは自営業や私用で移動する人々に、予め休業や休校、そして外出見送りなどの判断を 事前に 促すことが出来るからです。今回の21号に際しても、都心の百貨店やUSJの休業、少なからぬ企業による無理な出社を控えようという方針などの決定促進に、前広な鉄道各社の「運休の予告」が効果を出したといえるのではないでしょうか。

 もし、これが単に「午後は公共交通機関に影響が出るかもしれない」というマスメディア報道だけが流れている(かつ、朝のラッシュ時には平常通りの運転が継続されている)という状態であったなら、どうだったでしょう? 

 きっと、オフィスではこんな会話が交わされたことでしょう。

【具体的な「予告運休」情報なかりせば・・・】

(いつも通り、全員が出社して)
「きょう、台風はほんとうに来るのですかねぇ?」
「分からん。まぁ、ビルは倒れないだろうよ(空疎に、笑)」

〜数時間後〜

「なんか、やっぱり暴風雨域に入りそう。運転見合わせ線区が出て来てるしぃ〜」

「わ、それはヤバいんじゃない?」

「では、急いで帰ろうか、みんなぁ!」

という感じで雰囲気が一変し(で、そんなタイミングで、やっとこさ人事部から「台風の接近がゆえに早めの帰宅をしても、通常通りフルタイムで勤務したという扱いとします。適宜、上司の許可を得て帰宅することを可とします」とかいう通知が出される・・・)(←遅っ!)、同様の鈍い判断を下した他社ともども、一斉に多数の利用者が駅に殺到する、そしてその頃には既に電車は大減便後&超絶混雑・・・という(自分自身も含まれる社会として)「学習効果ゼロ」と言いたくなるような混乱に見舞われるのです。いったい、この手の苦行(?)を何度強いられてきたことか・・・。

 そんな事態を回避、とまでは言えずとも、間違いなく緩和してくれた今回の「予告運休」(特に、京阪やJR西日本の具体的な“最終列車”案内)には、大都市圏の鉄道利用者&宮仕えのサラリーマンとして、大きな拍手を贈りたいと思います。

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▲「画像はイメージです」・・・が、昨冬の大雪の折の実体験です。典型的な「アカン」パターンでした・・・。

 運転手つきのクルマで悠々と出退勤しておられる(しかも職住、超近接の)政府の偉いさんなどが「働き方改革!」ということで(大上段から大枠のことだけを?)あれこれと仰っていますが、今回みられたような社会の最前線(鉄道事業者、企業、学校などなど)における地に足の着いた変化・試みこそが、大したコストを伴わない「改革」の大きな一歩だとすら思うのですが、どうでしょう?

でも、一つだけ・・・


 ここまで「予告運休」に対する肯定的な意見ばかりを綴ってきましたが、一つだけ鉄道事業者のかたにお願いがあります(って、このブログなんぞは読んでもらってないかぁ)。ま、それはそれとして・・・

「安易に、予告運休に走らないでください!」

 今から5年前の冬(2013年)、首都圏でこんなことがありました。

【2013年2月、翌朝の「雪(かも)予報」への過剰反応 by JR東日本】

−ある冬の日、翌朝の「降雪&うっすら積雪」(の『可能性』)の予報が出た
−JR東日本は、早々と翌朝の「間引き運転(大減便)の『可能性』」を発表

(そして翌朝、幸いなことに予報は見事に外れて、薄曇り〜晴れ!「まさか、やってないよナ」と思いながら駅に出向いてみると・・・)

−民鉄各社・東京メトロは何事もなかったかのように「平常通り運転」
−JR東日本は「大幅間引き運転」を決行(?)、超絶混雑(怒!)

−JR東日本利用者だけはその朝、幸いどころか、最悪の通勤(痛勤!)に直面!

−しかも、疲労困憊で出社すると(多数派を占める民鉄・メトロ利用の同僚から)「お前、なんでシレっと遅刻してるわけ?」という冷たい視線を浴びる・・・(泣)。


 当日夕方には駅頭に「(必要のなかった)大減便で、大きなご迷惑をお掛けし申し訳ございません」という主旨のポスターが掲出されました。

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▲ポイントは大減便・大混乱の理由が「積雪に伴い」ではなく「降雪に伴い」ですらもなく、あくまで(前日の)「降雪 予報 に伴い」だった(実際には降らなかった)こと。こういう時の「させていただく」表現を、俗に 慇懃無礼 というのです(違?)。「運休するとともに」「運転本数を減らして運行しました」でエエやろが!

 「予告運休」の意義は認めるとしても、このような形での「事なかれ主義」的な 拡大運用だけは避けてもらいたい というのは、首都圏の重通勤線区利用者の、切実な願いです。



 今回は、いつもとは異なるスタンスでの、ネット情報を軸とした「台風直撃を喰らったある日の情報についての客観的纏め&感想」というコンテンツとなりましたが、ご容赦ください。ま、これも、ひょっとすると数年後には、有意義かつ過剰ではない「予告運休」が定着して、この記事がチョット貴重な記録になっているかもしれませんので。。。

今回の担当者 駐在員

この記事に

「1 から10 まで」

 こんばんは。さて、冒頭のタイトル(コピー)をみて、関西圏の方なら日夜テレビCMでお馴染みのフレーズだとピンときてくださると思いますが、他の地域に居住の方には理解していただけるのでしょうか?
 
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▲「マイホームの お悩み解決へ、出発進行。」

 最近は京阪電車提供番組(コーナー)内で流れる自社CMも、「ひらパー兄さん」や「おけいはん」ではなく「京都と大阪を結んで100年余り、これは、京阪電車の誇りを込めた乗り心地です。・・・」という爛廛譽潺▲爛ー甍貎А米常編・ハレ編と2Verあります)ですし、今回ご紹介している京阪電鉄不動産の「1から10まで」に至っては、京阪系で今までこれほど高頻度でテレビCMをうっているのを見た記憶がありませんので「攻めてるなぁ〜」と素直に思ってしまいます。

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▲京橋駅でも“攻撃”中。

 他にも、近年は沿線外での広告展開や、海外不動産投資の拡大計画などの動きもありますし、身近なところ(?)では秋の阿鼻叫喚イベント もとい 鉄道フェスティバル@日比谷公園でも「大阪・京都・びわ湖を走ってます〜、京阪電車ですぅ〜」という掛け声とともに、クリアファイルに入った誘客チラシを社員さん(?)が配っておられる光景にも「全国区」への野望(?)が感じられます。 また、関東各社においても駅や車内広告で「in KYOTO, on KEIHAN.」の文字を見ることが増えているそうで、純粋な関西民の方々以外にも京阪好きは潜行しながらも増えているようです。

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▲チョット古い画像なので、あくまで「イメージ」ってことで by 駐在員。

 阪急や近鉄のように洗練されてなくとも、阪神や南海のように野球などの他部門での全国的な知名度がなくとも、昭和時代にローカル(普通/各駅停車)用として登場した電車が、今でもラッシュに本線上で特急の次の優等種別の列車にてパンタグラフを林立させて疾走し、
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 5扉の電車や、特別料金の要らないダブルデッカー車があって、
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 子どもたちに親しまれる電車があって、
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 古都の地下を発ち、山を越えて、急曲線・急勾配を駆け降りて、ゴロゴロと路面を走り、湖の港へと到着するインターアーバンな電車があって、
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 湖都の南北をコトコト走る市街電車がある。
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 そして、個性的な駅があって
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 1から10までひっくるめて・・・なんですよね。
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 いいでしょう? エエなぁ・・・京阪電車!




【時事ネタの記録】

 本日(9月3日)夕方、このようなプレスリリースが発表されました。敬服すべき「最強伝説」をもつ京阪が翌日の運休を予告する、、、只事ではありません。

  台風 21 号接近に伴う列車運転に関するお知らせ

明日 9月 4日(火)、台風 21 号の接近に伴い、当社線では以下のとおり 列車の運転本数を減らした後、運転を見合わせる予定です。

【京阪線 (京阪本線・ 鴨東線 、宇治線、交野線、中之島線)】
  初 発 〜 9時頃 通常運転
  9時頃 〜 12 時頃 一部列車の運転を取り止め 
   「特急」列車の運転・上りは淀屋橋駅 9時 40 分発以降・下りは出町柳駅 10 時 19 分発以降の運転を取り止め

 全線で運転見合わせ
  ※12 時頃を目途に全列車の運転取り止めます

【大津線 (京津線 、石山坂本線)】
  12 時頃 〜 全線で運転見合わせ

【鋼索線 (男山ケーブル )】
  初 発 〜 10 時 通常運転
  10 時 〜 運転見合わせ

※今後の列車運転(運転見合わせ後の再開を含む)については、台風の接近状況や施設等の安全確認を考慮しながら決定、当社ホームペジどで発信してまいります。


という発表をうけて

testid‏ @tes_tidさんのツイート から

まさかの展開・・・
他社「まぁ京阪は最強だから・・・」
京阪「明日12時から全線運休します」
他社「えっ!?」

台風21号のヤバさがわかる

そして・・・

になこっこ‏ @n0n1c7__ さんのツイートから  

京阪が運休。
これだけで今回の台風がどれだけヤバイのかが関西人なら嫌でも伝わると思うんだよな、、マジか、マジでヤバイやつやん 


 なんにもなく平穏に過ぎていってくれることを祈るのみです。

今回の担当者 用務員

この記事に

 こんばんは、まもなく8月31日も終了し9月となりますが、明日は土曜日・2日は日曜日ということで平成最後の夏休みを有効に活かすべく8月32日・33日として(宿題消化日)をすごされる方もいらっしゃるのでしょうね。私にとっては子どもたちも大学生となりそのようなワサワサ感も遠い日となってしまいました。

 今月ブログ記事に掲載しておりませんでしたが、3月後半より始まった宇治線「響け!ユーフォニアム」記念ヘッドマークですが、8月のデザインは川島緑輝バージョンです。
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 掲出は一ヶ月間あったのですが今月はサイクルが順当ではなかったようで、チャンスをしっかり追いかけないと撮りそびれてしまいそうでした。明日からは新しいマークとなりますね。

 さて、本題ですが本日中之島線「なにわ橋駅」地下コンコースにある「アートエリアB1」にて、鉄道カフェ「京阪電車の信号保安の歴史」が開催されました。開始時刻が19時ということもあって、いつもでしたら残念ながらスルーという結果になるのですが、今日は「夕飯は外で食べてきて・・」というありがたい?プッシュをいただきちょっとだけ見てまいりました。
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 夕方北大阪界隈を激しく駆け抜けていったゲリラ雷雨が残していった水たまりの中、いつもどおり19時過ぎに仕事を終えて(鉄カフェも19時開始orz)片町線に。計画の第一目標の快速は既に発車していきましたのでここで早くも15分のロス。
 そして、京橋で乗り換えてなにわ橋駅に着いた時刻はもう終了30分前。
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 恥ずかしながら初めて「アートエリアB1」にやってきましたので場所が判らずウロウロしてさらに時間をロスしてしまったのは内緒。

 既に「京阪電車の信号保安の歴史」の話しも最終盤に入っていて爍腺庁釘鱈瓩ら狢刃続情報式ATS装置瓩砲弔い討砲覆辰討りました。プロジェクターの画面については撮影はOKでしたがSNSへは・・ということで画面ベースに加筆して転載しました。

 【多連続情報式ATS装置の運用状況と開始日時】 

  区 間         使用開始(予定)

 出町柳〜深草       2015年12月4日開始
 深草〜淀、宇治線     2017年2月4日開始
 淀〜枚方市、交野線    2018年8月25日開始
 枚方市〜守口市     \ 
 守口市〜淀屋橋、中之島線 2020年度までに順次完成予定
 淀車庫、寝屋川車庫   /


 今月25日より枚方市以北が使用開始となり、あとは一気に全線使用開始と思っていたのですが、守口市までの先行実施となるようです。ということは、この場所の切り替えも長い間ではなさそうですね。
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 その後2次元レーダーレーザーを用いた狄祁親Ю攵祿科検知装置瓩涼闇閥仰牝Ю敍擦砲いての先行した実証実験のお話をうかがいました。短期間ではなく四季折々の事象を反映して成果を分析して本格稼働をされるということでした。

 あとは質疑応答となったのですが、私の到着前に昭和60年のADEC対応による列車番号の変更以前の、列番のルールについて語られた部分があり、受講されていた某君より文字化して欲しいという要望がありましたので書いておきます。ただ、ADEC対応直前の符番ルール(昭和55年以降?)ということをご容赦下さい。

【京阪線 列番の付け方】8時台下りの場合

特急:81、83(始発時+奇数順)
急行:801、803(始発時+01〜奇数順)
普通:811、813(始発時+11〜奇数順)
急行(樟葉発着):頭にA
準急:頭にS 区急:頭にB

天満橋発着:後ろにT
淀発着:20番台 寝屋信発着:30、40番台
香里園発着:50番台 枚方市発着:60番台
樟葉発着:70番台

宇治線:80番台 宇治線(線内発着):後ろにB
交野線:8001、8003(始発時+001〜奇数順)


 8時台の定期列車ですとこのルールで適合できそうですが、1980年の京阪時刻表をお持ちの方ですとこのルールに照合しても出てこない90番台や後ろにAやC、回送や試運転列車がこの記述では省略されており完璧版を見たいものです。 
 このように現場の人の生のお話を聞く機会というのは現状それほどあるわけではないだけに、私も時間のタイミングさえ合えば参加したいのですが現状それはなかなか叶わないものです。今回は車両ではなく裏方的なお話しだけに、前回の特急車両の時に比べて業界系の顔ぶれは少なかったそうです(伝聞) ですが、追加の座席をご用意いただくほど盛況でしたし、熱心に写真を撮ってメモをとっておられる学生の方も散見されました。
 
 最後に主催者の方より9月は実施できませんが10月度には鉄道カフェを考えられている旨のお話しがありました。仕事帰り・学校帰りにちょっと立ち寄って好きなことの新しい知識を習得するというのも面白いことです。
 本日主催をいただきましたみなさま、楽しい時間をありがとうございました。
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 ということで、帰路参加されていた業界猛者の方々とご一緒し電車に乗り込んだところ「萱島駅にて人身事故」、京橋から乗車した9005編成の特急は各所で徐行運転をしながらもなんとか走ってくれました。車内で見たこの表記も2週間後にはライナーの運転拡大によって変更されるのでしょうね。
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 27日お昼も会社の帰路に朝ラッシュからのダイヤ乱れに遭遇し特急が天満橋折り返しとなり、特急利用者は淀屋橋から天満橋まで準急へ誘導されて乗車しました。
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 最近はトラブル事案が頻発しており爐△燭蠅泙┐瞭常のために疔莢鸞弍にご苦労されておられるものと推察されます。といって、我々がどうこう出来るわけではありませんが・・・。

今回の担当者 用務員( ← もちろんプレミアムカーは見るだけ・・・)

この記事に

 歳を取ると年月の経過を速く感じるようになる・・・と、世間一般によく言われています。私の場合も、日々の仕事中(特に、テツ飲み会が予定に入っている午後など)には、午後の時間が経つのは今なお長く感じられて仕方ないのですが、年単位で考えると確かに「速っ!」という感じで時が過ぎていきます。

 そして、つい先日走り始めた(ような印象のある)8550形「プレミアムカー」も、8月20日に営業開始1周年を迎えました。

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▲今でも、8000系を見掛けるたび「プレミアムカー」を目で追ってしまいます・・・が、申すまでもなく写真の少年がワタシ、というわけではありません。

8月20日、営業運転開始1周年!


 8月の「プレミアムカー」に絡む話題としては、まず当然「デビュー1周年」を挙げねばなりますまい。実需面での人気(好調とされる利用状況)もあってか、1周年記念ヘッドマーク(副標)も、そしてそれを掲出している8000系の表情も、誇らしげに見えるのは気のせいでしょうか。

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▲現時点では8006編成のみ、種別・行先表示が「幕」から「LED(LCD?)」に改造されています。少なくとも走行写真を撮るという目的に照らせば、同編成には来て欲しくない(表示がブツ切れになる)のですよねぇ・・・。

8月29日、利用者数100万人達成!


 そんな感じで「1st」副標を嬉しい気持ちで眺めている折、きょう8月31日には追加でこんな公式発表がありました。

8月29日(水)にご利用者数100万人を達成!
“プレミアムカーご利用感謝キャンペーン”を実施します

 まる1年からは9日(10日と数えるべきか?)だけ遅れましたが、それでもまぁ絶妙のタイミングでの大台乗せですよね。

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 「年間100万人」という数字が大きいのか、そうでもないのか。乏しい想像力で考えますと、高校野球の準々決勝とかで満員になった阪神甲子園球場の観客がざっと5万人として、その大観衆の20倍に相当する人数が、ゆったりと「プレミアムカー」に座った・・・フムフム。「京阪電車ひらかたパーク」の入園者数が年間100万人を超えるか超えないかで岡田准一兄さんの引退が取り沙汰された折(2014〜2015年春)の「数」に相当するンかぁ・・・う〜む、いずれも多いような、少ないような、よぅ分かりませんっ!

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▲2014年春、2代目(ですよね?)「ひらパー兄さん」就任当時の記録。「年間来園者数、100万人達成」が唯一最大の(?)定量目標でした。

 「プレミアムカー」8550形は1両の座席数が「40」ですから、その印象からすると「100万人」という数字とは俄には結びつきませんが、そこは日々100本前後の営業列車本数(約4,000席/日の提供)、当然ながらそれに365日+10日の掛け算という積み重ねをしてみますとナルホド、確かにそういう規模の数字になるのですよね。「塵(ではないけど)も積もればナントカ」とは良く言ったものです。

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ここで、また勝手に「推計」をば…


 「1両あたり定員40人、ざっと100列車/日運転、1年と10日で利用者累計100万人達成」という公示情報を目にすると、ワタシはまた思わずやってしまいます。はい、昨年10月6日の「(9月末に)利用者数10万人を達成しました」というプレスリリースと、昨年度第2四半期決算発表における「プレミアムカー営業開始による増収効果@第2四半期。52百万円」という発表だけを根拠にした勝手な推計の続編です。

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 いつも弊ブログにお越しくださっているかたですと、昨年11月のこの記事(文字をクリック) に続いて「またかぃ!」と仰るかもしれませんが、そこはまぁ趣味ブログってことでご容赦のうえ、お付き合いくださいm m。

  まずは、結論。ざっとのところ「プレミアムカー」の座席利用率は、60〜70%程度!  (昨秋の推計と、ほぼ変わらず!)

 上述の昨秋記事では2つの勝手な(!)推計をしました。「10万人到達!」の公表時点では:

1)10万人到達時点での情報からは、推定62.5%(25席/40席の利用率)、
2)京阪HDの第2四半期決算数字から推すと、68.8%・・・という感じでした。

 では以下、本日8月29日の「100万人達成」を根拠に「利用率は相変わらず60〜70%程度」と推定した根拠を簡潔に(?)書いてみます。あくまで推論・概算ですので細かいこと(平日1本・土休日2本の「プレミアム急行」の影響とか)は捨象するとして・・・。

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【提供座席数】
「8000系特急設定本数(平日245日x95本+土休日120日x113本)x1両40席」で、年間の提供座席数は143.5万席。100万人達成迄の375日間に換算すると、提供座席総数147.5万、ということは・・・「147.5万席を提供して、乗車100万人を達成!」(=乗車率68%=ざっと3分の2程度)ってことに、なります。あ、「秋のお出かけダイヤ」などで“洛楽”に8000系が入る場合には、その分だけ特急運用が減ると考えることにしましたので、計算には反映していません。

【400円区間の影響を反映すると・・・】
ワタシの周囲の「まいかた市民」のSNSへの投稿などを見ていて意外なのは、樟葉・枚方市〜京都・大阪都心間のいわゆる「400円区間」での利用の多さ。それ(運転区間の半分では空席になる)を考慮すると(細かい計算はここでは割愛します)、ざっとの乗車率は上記68%よりやや低い60%程度、という計算になりました(全利用者の25%が400円区間利用者 〜片道1席で乗客2名が入れ替わって800円稼げるという美味しいケース以外は行程の半分が空席となるので、利用率は下がる〜 と仮定しました)。

ってことで、完全な自己満足ですが、利用率は昨秋の推計とほぼ同レベルの「60〜70%程度」という数字になりましたので、まぁ終日を均すと、そんなレベルなのでしょう。

座席の「埋まり方」を机上で想像してみる


 では、ここまで来たら「60〜70%程度 = 平均すると座席の2/3が埋まっている」とうイメージを、幾分細かく、曜日・時間帯別に邪推(?)してみましょう。

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【「乗り具合」を、ざっと4パターン、プラス1に分類】

乗車率20%=列車本数の2割:たった8人〜あるある、ですよね?
乗車率50%=同、2割:昼間時の典型?
乗車率70%=同、2割:ラッシュ時〜閑散時の“端境”イメージ
乗車率90%=同、4割:ラッシュ時ピーク&休日午前上り・夕方下り列車、ほぼ満席
(プラス)
「乗車率90%≒満席時」における「1席2回転」の旨味(例えば、片道1席で「出町柳→樟葉」と「枚方市→淀屋橋」の2席800円を稼ぐケース)が、満席状態の上記「90%・4割」のうち10%の座席で現出している、としました。 


【計算】(上記「乗り具合」の順に・・・)

 8人x20%= 1.6人
20人x20%= 4.0人
28人x20%= 5.6人
36人x40%=14.4人
(プラス)
 4人x40%= 1.6人

→ 1列車、加重平均27.2人 = 27.2/40 = 乗車率68%
→ これに「400円区間」の乗車がゆえの空席区間を考慮すると、ざっと60%

どうでしょう?


 あ、あと一つだけ勝手に推算をしてみましょう。ハイ、忘れちゃいけない、プレミアムカー券の販売による収入です。これはもう簡単、500円区間利用者が75%、400円区間が25%とおきますと、

(500x0.75 + 400x0.25) x 百万人 = 475百万円(4億7千5百万円)

 という計算になります(ノーコメント)。。。




 そんなこんなで、好評裡に1周年を迎えた「プレミアムカー」ですが、ここで倶楽部メンバーに質問です(内輪展開、ご容赦ください)。

過去1年間において「プレミアムカー」に乗った回数・区間は?
 
 これ結構、怖い質問だという実感があるのです。周囲の「非鉄」な友人からは「クセになるワ〜、今日も枚方市→淀屋橋で乗ってしもた」とかいうコメントも流れて来るのですが、メンバーにおいては・・・。まさか「数名で、ゼロ回!」ってことは、無いよナ、ナ?

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今回の担当者 駐在員( ← 実は、本線上ではプレミアムカー未乗・・・)

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