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倶楽部2600のブログ
資料は整理してこそ、模型は走らせてこそ、部品は小奇麗に飾ってこそ、その価値が増すもの。でもナカナカ、出来ないのですよね…。
 こんにちは、久々の日中の更新となりました。12月に入って東の方は年末業務に奮戦されておられるようです。私はかのプロジェクトに関わらせてもらったことで、有頂天となってそればっかりにやっていてブログを疎かにしてしまいました。日頃期待してお越しの皆さまにはお詫び申し上げます。昨日・本日午前と久々に乗車するチャンスがありましたので近況報告でも。本朝の記事の素材を収集中に枚方市駅5番線で交野線朝だけ運用を終えて車庫への回送を待つ10053号車のスカート周りを見ますときれいに再塗装されていますね。お心遣いを感謝致します(謎)
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 ここへお越しの皆さまもお気づきでしょうが最近各車両の優先座席のステッカーが四カ国語表記になったこのVerに変更されはじめています。
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 旧Verでは写真のように別であった倏タ叡罅特に・・瓩今回倏枸犬箟臀の必要な方・・瓩飽貘硫修気譴泙靴拭このVerが登場しはじめた2014年7月には『携帯電話の使用ルールにまつわるあれこれ』という2014年7月12日の記事(文字をクリック)とその直前の7日の記事(文字をクリック)『7月7日ですので』において取りあげさせてもらったことも思い出ですね。
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 また、ドアの広告+ひらくドアに注意という見慣れていたものが
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 爐けこみ禁止瓩魘調したこのようなものにこちらも交換されはじめております。
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 でも、両者のこれらの変更は施工担当グループが違うのか、今日現在では7054号車のようにドア部分交換・優先座席マダというものや
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 9055号車のようにドア部マダ・優先座席交換というもの。車いす&ベビーカーステッカーも一体シールと個別シールの2種類ありますね。
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 もちろん両方とも交換されている編成も未施工の編成も存在しています。例えば6152号車。
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 たかがステッカーといえども気になって注視しはじめるといろいろあるものですね。
 あと、駅ではこのようなパンフレットが新登場しています。プレミアムカー&ライナーへの旅客誘導が進んでいますね。「 駐在員氏>我々信者はいつごろ初乗りしましょうか?」
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 最後に、11月末時点では6代目おけいはんが健在だった地下鉄淀屋橋駅横の広告が・・
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7代目に変わっていました。6代目も徐々に置き換えられているようでドアステッカーが最後の砦となるのでしょうか?

今回の担当者 用務員

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 こんばんは。本日未明に2025年に大阪で万博が開催されることが決定しました。50代半ばの我々が1970年に千里丘陵で開催された大阪万博を体感することのできた最後の世代だけに還暦となって再び体験することの出来る新しい大阪万博とそれに向けて変化していく大阪の街を楽しみにしておきましょう。
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 さて、11月の最終土曜日ということで今年もここ数年恒例になっているこのタイトルでの記事を書かせてもらうこととなりました。今年もHot Holydays! 2018に乗っかって“友情、愛情、ケイバ場!”を感じてまいりました。
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 参加された皆さまの2018年最後(だと思う)の釣果はいかがだったでしょうか?

 今年の淀は早い時期から業界恒例でした『京阪杯(G) 第0レース 』を整理券方式に変更する旨のアナウンスがありました。今回は12時までに500枚の整理券を抽選して順番を決定するという方式が採用され、そのクジの番号によって一人どれか一点という購入順番が決定されました。もちろん500枚といっても500人も参加者がいたわけではありませんので欠番はガンガン飛ばされていきましたが寝屋川に比べて価格は高いけれど広範囲に欲しいモノが最低一品は入手できるという利点が業界各所に浸透してきたのか、参加者は昨年以上だったように思われました。

 今回は少しだけ時間があったので販売品の撮影。
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 展示を見ていたみんなの総意として、お金が無尽蔵にあったなら「あれも欲しいしこれも欲しい」のですが、販売価格が昨年並以上となったものも多く一品二品買ったら予算終了!というのが現実のようです。
 まぁ私はトップグループでは無いのですから犲分の順番で残っているモノから選ぶ瓩箸いΔ海箸鮗汰せざるを得ませんでした。その今回の釣果は以下のとおりとなりました・・・
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 今回の私の領域では今年廃車となって解体された、5552&5554編成からの供出品にプラスして1984号車と1996号車という2006年に廃車された車輌の逸品が5000系大阪方先頭車供出品と共に5万円という破格のプライスがつけられて並んでおりました。
 昭和39年新製時のオリジナルの書体の1984号車はとてもとても魅力的でしたが、それを購入すれば本日の想定は即overということで我慢をすることができました。
 駅名板は枚方市域の駅ということでこの駅を入手しました。嬉しい。
 そして今回はシール貼りの路線図を2種類購入しました。今回のダイヤ改正でライナーが出町柳延伸に伴って不要となって販売されたものですが、値段は大きな路線図も小さなこれも一緒の価格(\1,000-)だったのですがこのサイズのみプレミアムカーの標記が入っている品がありましたので比較の意味で有り無しの2種類買ってしまいました。もちろんこの車両用のこれですよね。
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 現行の8000系用はプレミアムカーの標記がありませんのでコレはコレである時期の逸品となりました。明日半日の小商いで稼ぐ予定が前日に消えていきました。

 そしてあと購入したのがコレ、狃性専用車瓮好謄奪ーは車外貼付用と思っていたのでスルーしようとしたのですが“↑この先”標記のある貫通扉用が混じっているのを発見してしまいましたので・・・
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 日比谷も寝屋川も駅売りもケネットさんも消えてしまった1900系鉄コレがメーカー返送の残品?ということで若干数あったぁ。駅名板とどちらへ散財するか迷ったのですがたぶん次回定価にて出会うチャンスが低そうでしたのでやっちゃいました。恥ずかしながら初購入です。もちろん昨年の13000系は持っていません。
 これだけ在庫は並べられていたのですが参加者は部品メインの猛者ばかりですのでスルーされていたのは内緒。
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 コレで財布の中から出てくれる精鋭は枯渇しましたので広場で次なるイベントに向けての作戦会議。もう日がありませんものね。
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 恒例の広場で走っていたミニ電車。無料でもあり盛況でした。
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 3000号の車庫なのでしょうか?
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 今回逸品を追加された皆さん、自分の愛する京阪電車の形を手元に置いて楽しんでいきましょう。そして次回入手したい品物を思い描いて来年を待ちましょう。その前にケネットさんが商品を揃えてお待ちのようなのが怖いような・・・。
 陽も西に傾き現場を後にしました。ご一緒させていただきました同好の皆さま、楽しい時間をありがとうございました。来年も楽しみましょう。今年の京阪系散財イベントはコレにて終了なのかなぁ・・。
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今回も散財者 用務員+企画係

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 今週はついに最低気温が一桁台にまで下がってきて驚きましたが、考えてみればそれも「あたりまえ」。もう11月は後半に入っており、今年も残すところ50日を切っているのですよね。「今のうちから年賀状の宛名書きを始めれば、一日一枚で楽勝なのにナァ」とは思うのですが、毎年思うだけで行動は伴わずでして、ブログ記事執筆へと逃避(?)してきました。よろしくお付き合いください。

 さて今回は、先週末に引退した首都圏の「レジェンド電車」(?)のことを巡るあれこれを綴ってみたいと思います。

また一つ「あたりまえ」の電車が、消えた…


 京阪電車を主に追っ掛けている当ブログにお越しくださっているであろう皆様の中で、既に「あ、それって、あの電車のことやナ」とお分かりになったかたは、どの程度いらっしゃるでしょうか。

 先週末、ラストランを迎えた「あの電車」とは、、、東京メトロ千代田線の6000系です。なんでお前がメトロ6000系の話?と仰らないでください。この電車、私の「地元電車」となっていた時期がこれまでに2度あるのです。

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▲前期車。客扉と、天地が小さい側面窓との段差が印象的でした(京阪1300系とも相通ずる雰囲気がありました)。さらに、雨樋に届かんとする巨大な乗務員扉、これは何のための高さだったのですかね。

 1度目は、かれこれ30年近く前のこと。ほぼ全車が鋼鉄製電車だった時代の地元駅に、時折乗り入れて来る6000系の姿は「未来の電車」そのものでした。当時の同系は大半が非冷房のドッカン(爆弾)ドア仕様で、客扉は全て原型小窓タイプ、中間連結部も開放キノコ型がまだまだ多く見られました。

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▲6000系デビューから約20年が、千代田線全通(代々木公園〜代々木上原開業)からも既に10年以上が経った時期、そして丸ノ内線では02系の投入が始まっていましたが、当時は「6000系=千代田線」「丸ノ内線=真っ赤な電車」ということで、こんな電照看板も存置されていました。

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▲その頃(1990年代初頭)の「地下鉄博物館」案内看板@東西線葛西駅ホーム。異論を挟む余地のない各線の「顔」がズラリと並んでいました。既に「顔」とは言えませんが有楽町線7000系・半蔵門線8000系は「今なお現役」ですね。

 2度目は、15年ほど前。その時期には毎日お世話になり(乗車し)ました。朝の始発電車は2カ月に1度ほど06系(!)がやって来る以外は全て6000系。始発待ち列で待っている間に3〜4本見送る列車も全て6000系、という時代でした(たまたまその時間帯は営団車スジが続いていました)。既に全車が冷房化されており、開放キノコ型連結面が埋められて貫通扉つきのノーマルな連結面に改造されつつある時期でもありました。6000系の始発電車を待つようになって悩ましかったのは初期車の座席。「6人でゆったりソファ的に掛けてもらう」という発想で設定された扉間座席の長さは「きっちりと座ると6.5人掛け」という感じで、そこにオッサン7人が先を争うように座ってしまいギュウギュウだったり、逆に小柄な女性を含む6人だけが座ってスカスカだったりしたのです(この座席は今なお現役で埼玉・東京・神奈川を走り回っている副都心線/有楽町線7000系小窓車で目にすることが出来ますが、ほとんどの場合は「6人スカスカ座り」になっています)。あと、アルミの車体面がザラザラの「ダルフィニッシュ」から、コンパウンドで磨き上げたかのような「光沢仕上げ」に変更されたのもこの頃だったと記憶しています。

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▲その時期はコレといった写真を撮っていないので、最近(といっても10年近く前)の記録で代用します。今から思えば「幕→LED」「営団→メトロ」「準急→多摩急行」「客扉小窓→大窓」などの興味深い変化があった時期なので、マメに写真を撮っておかなかったのが残念です。あれ? この写真、運用系統が「K」ですね。


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▲2016年11月に撮影した「地下鉄博物館」案内看板@東西線葛西駅ホーム。初代(?)看板と比べますと当然「顔」の世代交代が反映されていますが、これもそろそろ交換の時期やなぁ、と思えるほど車両の顔ぶれが変わって来つつありますね。千代田線の「顔」に06系が抜擢(?)されているのが何ともいえません。(ひょっとすると既に交換されているのかもしれませんがスミマセン、ここ2年はチェックしていません。)

「ラストラン」騒動…


 そんな「あたりまえ」の地元電車の一つでしたので、引退の報は気になったのですが、京阪線吊掛車や中央快速線201系、そして京阪3000系特急車などの最期と同じく線路端には出向かず、自宅で静かに「あたりまえ」だった日々を懐かしんでいました。

 マスメディアの報道によると、今回は残念ながら笑えない騒動もあったとか。まぁ、趣味ですのでどう動こうが各人の勝手!と言ってしまえばそれまでなのですが、職員さんや一般のお客さんに迷惑をかける、あるいは不快感を抱かせてしまうのだけは避けたいですよね。好きなことに絡めて騒ごう!というのであれば、居酒屋に写真や資料を持ち込んで盛り上がるほうが楽しいですヨ(←「倶楽部2600」のパターン)。

 上述のとおり、ロクな写真を撮っていないので偉そうなことは言えないのですが、引退が近づいて編成数が減り、それに反比例するかのように同業者が増えてからではなく「あたりまえ電車」として、それこそ数分間隔でバンバン走っている時期のほうが色々と楽しめますし、何よりも電車たちが活き活きと輝いています。実車に乗って、聴いて、撮るなら、そんな「あたりまえ」のうち、に是非!

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▲そういえば、354・355両目の6000系として(?)ずっと「半端車」として根津駅に留置されている(?)「6368」とそれに連結されたままの中間車は今、どうなっているのでしょう?(これも最近2年ほどはチェックしていません…。)

煽るわけではないけれど…


 あらためて、駐在地そして地元(京阪沿線)で接する機会の多い電車たちの動きを俯瞰してみますと「遠からず…」という動きのある電車たちがいくつもあります。その多くはきっとまた、今回の東京メトロ6000系のような「さようならぁ〜!ありがとうぉぉ〜!」「さ、下がってくださいっ!危険ですっ!」「ピ、ピピピィ〜ッツ!パァ〜〜〜〜ン!(←手笛とタイフォンのつもり)」の阿鼻叫喚ともいうべき騒ぎ(←行ってないので、想像ですが)の中、引退していくのだと思います。

 煽るつもりは全くありませんが、そうならないうちに、もし本当に好きなら、そして、ちゃんとお別れを告げたいのであれば、彼ら/彼女らが「あたりまえ」の顔をして走っている今のうちに足を運んで、あるいは日々の通勤通学の途上で10分でいいので足を停めて「まったり」とその姿を眺めて、記録してみませんか?

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▲E231-500@山手線、丸ノ内線02系、日比谷線18m車、東海道/山陽新幹線700系、東京メトロ7000系トップナンバー、185系「踊り子」&「湘南ライナー」、京浜急行800形「だるま」、そして京阪2600系0番台。今ならまだ、実はそこに惚れていた彼女らの「普段着姿」を記録出来ますっ!

 その姿はきっと、ラストランで「もみくちゃ」にされてしまう最期の表情より、ずっと輝いているはずです…。

今回の担当者 駐在員

 

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秋も深まり

 こんばんは、11月も折り返しの15日となりました。紅葉も山の方は盛りとなり、里の方も月末に向けて色づいていくのでしょうね。
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 このごろは週一程度しか鉄活動をおこなうことが出来ず新しいネタもフォローできておりません。昨日と今日は書類の受け渡しで一週間ぶりの京阪電車に乗車しましたので気になったことをつらつらと・・・。

新旧おけいはん競演


 8日に7代目おけいはんが発表され、車内吊りにおいても姿を見ることが出来るようになりました。現在車内吊りでは『おけいはんの紅葉』PRも真っ最中なだけに、入れ替わり期間中限定の6代目・7代目の競演を見ることが出来ます。
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 思えば3年前にも5代目・6代目の競演があったなぁ。
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 本日帰路枚方市駅の改札を出たところで、京阪沿線の紅葉のパンフレットセットの配付がおこなわれていましたので頂いてきました。
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 セットの中身はご覧の通り・・・個人的には7代目おけいはんのクリアーファイルが入手できたことが素直にラッキーでした。
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13022編成は代走?


 今月4日に登場した13775号車を組み込んだ13022編成の8連組成ですが、理由はわかりませんが先週後半より犹澂甍靴い砲覆辰討い襪里車庫に入ったままで営業線で見ることが出来ませんでした。
 昨日朝は運行中の9005編成が不具合があったのかP1004Nで車庫に取り込まれ、後続のR1105Bより久々に当編成がピンチヒッターとして営業線で運行する姿を見ることが出来ました。そしてそのまま運用どおり流れ淀区に滞泊し、本日も順当に運用をこなしておりました。
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 前回の13023編成の8連では3次車編成に2次車の13772号車が追加された組成でしたが、今回は2次車の中に1両3次車が加わるということになりましたので、約一ヵ月ぶりに今回も見ることが出来ます。
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 13775号車は7連時はMc車である13075号車の隣に連結されるということで、パンタグラフに隣接する一番大阪方のクーラーキセの大阪側が特有の汚れが付いています。こんなところも気になってしまいます。
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ちびっこアーティスト号


 本日より12月16日迄約一ヵ月にわたり恒例の『ちびっこアーティスト号』が走り始めました。今年は13021編成がギャラリーとなり、ちびっこアーティスト号PRのためヘッドマークが掲出をされています。初日である本日の日中は枚方市普通の運用に入っておりました。
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 例年枚方市駅が地域の子どもたちの作品の展示会場となっていましたが、今年は寝屋川市駅がその任を担当しているようです。期間中に子どもたちの力作を鑑賞させていただこうと思っております。はたして大津の坊ちゃんの最新作は如何に。

新しい?恒例のヘッドマークが登場します


 本日公式より11月17日よりなにわ橋駅で開催されます「アートエリアB1 鉄道芸術祭」PRのためヘッドマークが1501編成に掲出されることと11月20日より「中之島ウエスト 冬ものがたり」PRのためヘッドマークが2632編成に掲出されることが発表されました。当該2編成は本日はいつもの姿で走っていきました。
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最後に皆さまへの質問


 私も昨日何気なく見て気づきました。これは知らなかった。さてこれは何号車の製造銘板でしょうか?
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 今晩の記事のベースは昨日分として書かれていた記事なのですが、本日追加として入れた部分のボリュームが多く、本日分の記事としてスライドをさせていただきました。

今回の担当者 用務員

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 こんばんは、明日で11月も折り返しをむかえます。先週末はお仕事関連の2年毎の慰安旅行で一泊二日で南国旅行に行ってまいりました。
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 非鉄の週末余暇も週が明ければいつもの通常業務。早くも今日が週の中日の水曜日となってしました。
 本来ここに書かれていた報告記事が引っ越していきましたので、この空き家を使って7月7日の記事(文字をクリック)の続編ということで#buy now記事を・・

 私はご存知のように京阪部品と資料関係に夥しい資力を投入して趣味を満喫しておりますが、鉄道趣味の王道である模型も細々と嗜んでおりこのブログにおいてもたまに登場してきます。ただこと模型への私のスタンスは昭和52〜60年前後の国鉄の架空の60Hz交流線と非電化ローカル線というほぼ北陸本線+氷見城端線?というところが中心であり、JR〜の車両はお呼びでありません。
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 でも同時期の国鉄の直流線の車輌達ももちろん好きです。KATOがレジェンドコレクションや飯田線・中央線シリーズなど我々世代の心の琴線を(金銭を?)触れさせる商品展開をしていく中で、倶楽部2600模型班設立の余波もあって湘南電車80系も飯田線Ver主体の編成があっというまに4両×3編成の12両となり、
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アルプス・伊那・こまがね用に低屋根車主体に2016年にリニューアルされた165系もASSYやポチのスティックを摘みながらなんやかやとこのような状態に・・。素直に編成を購入すればよいのにウチの線にはグリーン車やビュッフェは要らないという天の邪鬼からの無駄遣いです。
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 真ん中のケースに収容されている165系800番台のMc−M−Tc×2組の6連というと思い出すのは信州ではなく昭和60年代の紀勢本線の和歌山ローカル。
 
 そこへ先週KATOより165系急行「佐渡」が発売されました。仕様が 昭和50〜53年の新潟運転所所属車がプロトタイプ。冷房改造が行われ、ATS-Sを装備、またサロ165はグリーン帯のある姿で製品化。 瓩箸い私にとってドストライクのであるのに加えて、新形式のサハ164・サハ165やモハ164-500番台も模型化されるということで、編成での購入は競馬場での散財の成果待ちということにして、まずケースの空いている2両分を埋めるべくASSYを購入。
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 僅かの時間で2両が組み上がって入線。あとはモハユニット待ち。
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 私の編成記録を見ていますとサハ164は大垣配置時代に大垣夜行で遭遇していました。
 344M 大垣→東京 昭和54年3月14日 大垣
←東京 クハ153-515−モハ153・152-58−サハ164-2−サハ153-3−モハ153・152-133−サロ165-52−サロ163-2−モハ153・152-51−クハ165-126

 佐渡はビュッフェ離脱後のこれがありました
 佐渡8号 新潟→上野 昭和54年3月15日 東三条
←上野 クハ165-24−モハ164-65−クモハ165-101+サロ165-91−サロ165-80+クハ165-108−モハ164-506−クモハ165-47+サハ165-4+クハ165-61−モハ164-32−クモハ165-32

 趣味の本線はなかなか譲れませんが、いくらかの余裕とタイミングを見てこれからも増備していきたいと思っております。この続編はしばらくないのかなぁ。

今回の担当者 用務員

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ニュース 2連発!

 記録・統計をとっているわけではないのですが、京阪の公式プレスリリース、中でも「話題になってナンボ!」系のニュースについては、直後の週末に話題が拡がることを期待してでしょうか、金曜午後にサプライズ的にUPされることが多いような気がしています。そんな中、こと今回については意表を突くかのような木曜日に「え〜っ!」というレベルのニュースが2件、飛び込んで来ました。どっちも話題性満点、そしてまぁ、いずれも「朗報」といえましょうか。

3000系(供砲砲癲屮廛譽潺▲爛ー」!


 今夏に幹部のかたのご発言として一部の新聞で報道(※)された構想が、いきなり具体的な計画として正式に発表されました。「2020年度に全6編成に導入します」とのことですから、さほど先の話ではありませんね。

(※)2018年7月10日付「日刊工業新聞」での報道を確認しています。

 このニュースに関連して趣味的に興味を呼び起こされるのは、1)運用(8000系とともに特急専用というわけには、いくまい)と 2) 新造 プレミアムカー(3851〜3856? あるいは8000系8551〜8560に合わせて2代目3551〜3556を名乗る?)によって  捻出 されるT車6両の帰趨、の2点でしょうか。

 というわけで以下、上記1)2)についての勝手な想像です。

1)Pカー組み込み3000系の運用は?

 8000系だけならともかく、3000系までもがプレミアムカーを連結するとなると、それら全てが「特急専用」というわけには行かないでしょうから、快速特急・特急以外の種別(主に混雑度の低い列車?)にも、プレミアムカーを「締切」にして運用されるのではと想像。最近、混雑時の「3000系@閑職」化が進んだような気がしているのですが、それは既に2020年度に向けた準備の一環、とか?
 
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▲どおりで最近、朝ラッシュ時の3000系が中之島普通とかの閑職(?)に追いやられ気味なわけや…って、ホンマに今般のニュースと関係あるンかなぁ?。

2)捻出されるT車(現3551〜3556?)の帰趨は?

 もう一発、妄想。捻出されるT車6両はロングシート化改造のうえ、3000系タイプの車体側面を持つ先頭車・中間車(新造車)36両とともに7連x6本に仕立てられて、通勤車の世代交代を促進。それら6編成の付番は「13000系30番台、13031〜13036編成」(現時点での最新編成が13027-13077編成ということで、遠からず出て来そうな13029-13079編成のあと、純粋な13000系7連の番号は13040-13090編成にまで飛ばす、ってことで…)、あるいは思い切って「新2000系」の一員になる、とか?(ま、ややこしいから「3000系30番台」は無いわナ…と思いましたが、車体色さえSMBC色 もとい シティ・コミューター色にしておけばコンサル編成との区別は容易ですし、鋼体をはじめとするハード面では当然共通性も高くなるでしょうから、意外とアリかも? となると、3031-3081編成〜3036-3086編成かぁ…フムフム、悪くないかも。)

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 あとまぁ、鬼が10回以上笑うと思いますが、8000系の後継車への影響も気になります。プレミアムカー連結が8000系だけであれば「後継車も2扉7両+1扉1両!」という予想一本だったのでしょうが、3000系が「3扉7両+1扉1両」として再デビュー(?)するとなると…8000系の後継車もそれと統一したほうが運用・案内上もベターだ、という判断(すなわち3扉が基本構成での統一)が下されそうな気もしてきました。その意味ではこのニュースは「朗報」とはいえないのかもしれません。

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▲でもまぁ「ダブルデッカー車」という売り物が存続することを前提とするならば、やはり8000系の後継車は「2扉7両+1扉1両」でしょうか?(←希望的観測)

7代目「おけいはん」♪


 こちらは役員さんによるリークなどあるわけもなく、また、5代目・6代目選定の際に見られた「総選挙」や「検定」のようなティーザー類もないままの、サプライズ発表でしたね。今秋の寝屋川レールフェア会場では「6代目も就任から丸3年。『次』への動きが見えないけど・・・」という不安の声が(ごく一部で)渦巻いていた中、突然の朗報です。しかも個人的に、7代目の三条けい子さんは、2代目に匹敵する「好み」のタイプです♪

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▲(ご参考)まさかの縁で今秋、手許にやって来た「2代目デビュー」の広告(2003年制作&掲出)。

 一方で、11月8日付のプレスリリース本文に「11月8日(木)から『おけいはんキャンペーン』を刷新し、7代目おけいはん瓩箸靴峠優の『中川可菜(なかがわ かな)』さんを起用した新シリーズを展開します」とあるように、発表当日に6代目から7代目にいきなりバトンが渡されるとは驚き&チョット寂しい感じもしました。その文面通り、もう既に出町柳けい子さんの姿は駅や車内では見られなくなったのでしょうか?

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▲「次はおるンか?」「『おけいはん』企画自体、続くンやろか?」などの不安が渦巻く中、寝屋川で拝んでおいて良かった、6代目。




 う〜む、散財が伴わない事象においても、あれやこれやと楽しませてくださいますね、京阪さん。勝手に「ありがとうございます」。

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▲あれ?「中川 可菜」さんって、ひょっとして「上から読んでも、下から読んでも」か? ← 違! 惜!?

今回の担当者 駐在員

この記事に

 こんばんは、11月に入っての久しぶりの日常報告記事となります。今日は暦の上の標記とは似つかわしくない小春日和とも言えないぐらいの暖かな一日でした。日曜日&今日の大阪往復で採集してきた小ネタ集です。

今月のユーフォニアムヘッドマーク


 毎月図柄の変化があり我々を楽しませてくれている10005編成のユーフォニアムヘッドマークですが、今月は加藤葉月の新バージョンです。
 本日昼寝運用へ充当されましたので、今月も枚方市において撮影できました。
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秋の臨時列車


 11月3日(土)より11月の土日祝については秋の臨時列車が運転されています。ダイヤ的には過去のような特別ダイヤで無く、あくまで通常の休日ダイヤ上での増発のようで各駅ともこれが貼られているのみで、休日ダイヤを大々的に貼り重ねていたのも過去の思い出になってしまったのかなぁ。
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 ご覧のように列車的には午前の上り寝屋川市始発の快速急行と臨時洛楽2本・夕方下りの臨時中之島特急が三条始発と出町柳始発各1本ということで、淀屋橋駅の標記も猯彁快特洛楽瓩箸覆辰討い泙靴拭
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 また臨時列車の設定の関係なのか駅の表示によると、いずれも所定は3000系スジであるB0700Z・B0706Z・B0800Z・B0900Z・B0904Z・B1000Zが8連一般車による代走となるという標記がありました。

第5回京都競馬


 先週の京都競馬は地方競馬で創設された「ダート競馬の祭典」JBC3競走(スプリント、クラシック、レディスクラシック)が、今年初めて中央競馬の競馬場において開催されるということで菊花賞のあと積極的なPRがおこなわれました。

京橋駅の大階段も
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ホーム頭上も
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枚方市駅のホームにも
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 3000系にも広告ジャックの編成がありました。その効果もあったのか?入場人員も売得金も前年に比べて大幅増で運営も概ね成功だったそうです。ただ京阪電車好きとしては他の週のG汽譟璽抗催時に比べれば臨時急行下り1本、上り三条普通(折り返し上記の臨時中之島特急になる)1本のみという寂しさはありました。

13000系暫定編成の交代


 13000系の内、6000系リニューアル工事や3000系・6000系の検査入場に伴う8連の不足を補うべく今年初めより組成されていた13023編成が先週末で7連に戻されてしまいました。13775号車を組んだ8連は僅か一ヵ月あまりの姿でした。
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 そして、13775号車は新たに13022編成をパートナーとして中間に組み込まれ13022編成が暫定8連として走り始めました。

 その一方、先月より4連となっている13025編成は宇治線メインに活躍していますが、今日は交野線で走っていました。4連標記と共に。
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枚方万博開催&紅葉


 『2025年を見据えつつ、いまひらパーでは心ばかりの万博をご用意させていただいております。全力の展示(パビリオン)が、点在!!』
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 今年の爐けいはんの紅葉瓩鰐湘瓦劉狃の犬山キャンペーン瓩範貼りとなっています。この夏の鵜飼もでしたが京阪線での犖せ貝甓,靴呂覆鵑覆鵑任靴腓Α逆に名鉄車内には『in KYOTO, on KEIHAN.』があるのでしょうか? 名鉄もしばらく行ってないなぁ。
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今回の担当者 用務員

この記事に

 朝晩、涼しくなって(時には寒さすら感じるほどに)なって来ましたが、風邪をひいたりしておられませんでしょうか(筆者は、寝屋川疲れもあったのか、先週末に寝込んでしまいました・・・)。

 さて、今回の書庫分類を使うのはいつ以来でしょうか、この記事は久々に(か?)「この本はイイ!」カテゴリーでの発信です。と申しましても商業誌を採り上げて「イイ!」と評価する(有り難がる)わけではなく、今後ますますの活躍を祈る「応援メッセージ」の意味を込めての言及です。よろしくお付き合いください。

「非・商業誌」の存在価値


 商業ベースに載っていない鉄道趣味団体の代表格といえば「鉄道友の会」が筆頭でしょうが、それに次いで見逃せないのが高校・大学の「鉄道研究部」そしてそのOB会だと感じています。東の慶応・早稲田・東大、高校でいえば(単に身近で接点があるだけで言及するのですが)桐朋中/高とか岩倉、西では京大・同志社・立命館、そして後述の国立大学などの活動が思い浮かびます。あと、近年ですと「国際鉄道模型コンベンション(JAM)」や「鉄道模型コンテスト」などでの高校生によるレイアウト/ジオラマ制作の活動が盛んなようです。
(と、自分が知っている/お付き合いのある団体名・催事だけを挙げましたので、網羅性は担保されていませんが、悪しからず…。)

 歴史を紐解きますと、「鉄道模型趣味」「鉄道ピクトリアル」などの商業誌が産声を上げた昭和20年代(1950年前後)以前に、さまざまな鉄道関連の細かな事象を調査し、記録しておられたメディア(≠マスメディア)といえば、上記の類の「趣味団体」による、いわゆる「同人誌」のような冊子だったようです。

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(上記2枚の画像はそんな「非・商業」系冊子のイメージってことで、弊ブログ2018年6月14日付記事からの再掲です。)

 その後は「ピク」「ファン」「ジャーナル」「RM」の順に創刊されて今に至る月刊商業誌が質量ともに情報を寡占するようになり、インターネットにその座を脅かされつつ、今なお本屋さんの書棚でそれなりの位置を得ています。

 では、もはや「非・商業」系(今ふうにいえば「同人誌」とでも言うべきなのでしょうか?)の役割は終わったのか?と言われると、特定路線・事業者のことを集中的に追っ掛ける(楽しむ)類の人種という立場でから申しますと「否。まだまだ役割はありまっせ!」といったところです。

「PANTOGRAPH」+α


 例えば、これら4冊の本(下掲写真)などは、地元ならでは(全国紙/誌とでも言うべき商業誌では採り上げられないような、でも実は看過出来ないコアな情報が織り込まれている)という感じで、ワクワクしながら拝読し、今後も資料/史料として大切にせねば、と思っています。

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▲右下を除く3冊は阪大鉄研(頑張れよぉ!)の部誌(1995年・2004年・2018年の「京阪特集」3冊 → なんか、インターバルが「鉄道ピクトリアル」誌の臨時増刊号のようですねぇ)、右下は当ブログも参考にしつつ今秋に発刊された、とある高校の部誌「京阪3000の系譜」(献本?ありがとうナァ)です。

 で、「PANTOGRAPH」誌を発刊し続けているのは阪大(大阪大学)の鉄研。写真の3冊は順にざっと150・90・180ページを全て京阪ネタで染めた力作です。「No.72 / 2018 秋」号では「付録・台車プロフィール」がこの先貴重な資料/史料になりそうですし(おぃ!御殿山駅の改札は2ヵ所やデ! @P.41)、左上の「No.49 / 1995 秋」号では、まさに地元ならではの記録が複数収められています。

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▲「1995 秋」号より。自作の「正月ダイヤ」(含む、10分ヘッドの特急+臨時特急!)の記録や、末期の「運行標識板」記事、そして今になって読むと「おぉ〜、この頃が起点かぁ〜」と感動(?)させられる中之島線予測記事。商業誌にはない切り口の記事が溢れている「イイ!」本です。

 そして、写真右下の某高校鉄研の部誌。学園祭に招待してもらったのに出向けずにゴメン&残念なのですが、郵送してもらった部誌「京阪3000の系譜」も商業誌にはないメッシュの細かさ・切り口で楽しませてもらえました。テレビカーのアンテナについての記述(設置位置はともかく、その台座の差異は今まで全く知りませんでした!)などはこの先、きっと貴重な史実の記録になると思います。

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▲その部誌に記録されていて「!」だった3000系(機砲離謄譽咼▲鵐謄覆里海函1次車から3次車に至る過程における設置場所の差異(とか、アンテナ形状の変化?)は意識していましたが、その台座形状の差異、そして1次車・2次車におけるアンテナ向きの途上変更のことは知りませんでした)。

応援&期待!


 これらの「非・商業誌」は鉄道書をウリにしている大型書店(大阪難波の旭屋書店、そして東京神保町の書泉グランデ等)でも販売されているようです。筆者は阪大の「2018 秋」を後者で入手しました。ネットでの情報発信・収集全盛の昨今、紙系メディアでの発信継続は容易ではないと思いますが、長いスパンで俯瞰すると意外と「残る」のはデジタルより紙、という気もします(デジタルであっても、フロッピーディスク、CD・DVD、HDDなどにも寿命があります。これらと、今ある紙の「本」、いずれがより長持ちするのでしょう?)。

 ま、鬼が何度も笑うような話(記録の保存に関する取り越し苦労)はさておき、まずはいま活動しておられる若い方々に応援メッセージを送っておきたいと思います。

「まずは、とにかく鉄道趣味を楽しんで、楽しみ続けてくださいね」!
「ほんで、頼むデ、地元ならではの情報収集・分析、そして発信を」!

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▲高校鉄研による「文化祭展示」の一例。リアリズムとは別の次元の楽しさが横溢!

今回の担当者 駐在員

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車内番号板考 その6

 こんばんは、財布に嵐が吹きすさんだ平成最後の10月もあと1時間で終わります。皆さんの今シーズンの釣果はいかがだったでしょうか? 私は中旬(10月14日)に散々楽しんだにもかかわらず、懲りもせず先週末(27〜28日)にも・・・やってしまいました。こっから先、年末までの「モノ入り」時期、どうしよう。
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 さて、本日のタイトルですが、私の記事特有の(?)シリーズとも連載とも言えないほどロングパスの続いていること(モノ)についてです。直近の記事である爐修裡粥檻沖瓩2016年11月12日の記事(文字をクリック)でしたし、番号的に一つ前の爐修裡記瓩砲い燭辰討2013年7月13日の記事(文字をクリック)ということで5年ぶりの続編となります。

 今年の寝屋川記事でも「5年楽しめば5品・10年楽しむと10品が手元にやってくるのですから…。開業70周年のひらかたパークからやっている我々周囲はもちろん30品ではすみませんわね(呆)」と書きましたとおり、今日の記事を起こすことが出来たのはこの5年の間に記事に出来る逸品が入手できたことに他ありません。ちなみに画像の内、背の低いほうは3桁のもの、高いほうは4桁です。
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8000系


 この5年間で販売されたモノの代表格として、エレガントサルーン8000系からの供出品があげられます。下の写真の情景も懐かしさを感じますね。
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 この写っている1989年の登場以来8000系妻板にあった標記類ですが、2009年の8805号車の車内リニューアルをスタートとして、コンサル3000系と同様の番号板・禁煙板・号車札・製造銘板が一体となったシールに変更されていき順次取り外されていきました。
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 となれば、我々の領域である不要品の放出ということになってきます。
 2011年12月の販売会よりその放出が始まり、寝屋川フェスタでも2014年から出品されるようになり、2015年3月からはe-kenetにおいても販売されるようになって我々も身近に入手できるチャンスが増えました。その結果今の時点では全編成80両160枚の内ほぼ半数近くが放出されてしまったように推察されます。その内8002・8008・8009・8010の4編成については編成単位のセットでも放出されました。

 そこで我が家のものですが、上から平成2年・平成元年・平成4年製造の車輌ですがご覧のように年次による差異は見られません。そして文字色は8000系特有のブラウンとなっております。
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 裏は他系列と違って両面テープがべったり、その結果着脱時にネジ穴が欠けたりして損品がある程度でてしまったという話しもチラホラ。また、8752号車のように文字部分に白が重ねられていない文字色のままの車輛もありました。
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 同じ特急車でもクイーン3000系は裏面には板があてられており、3次車の車輌では鮮やかな青ラメが格別感を感じさせていましたが、その面では8000系は従来車同様なのかなぁ。
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 今年の寝屋川では毎年続いていた8000系中間車のバラでの販売がありませんでしたので、今後も出品があるのか興味は尽きません。特にDD車である8800形などはほとんど出てきておりません。ただあくまで私の趣味対象は卵型グループですのでチャンスがあればお零れは頂戴させていただきますが、ガチの方と対抗するほどのパワーはありませんで・・・
 11月も錦織・京都競馬場そしてけねっとさんにヤフオクと、我々のささやかなフトコロを狙いに手を換え品を換え誘惑が襲ってきます。いつの日か爐修裡鍬瓩鮟颪ことができますように。

今回の散財者 用務員

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 過ごしやすい季節になりましたね。しかも、ここ2週間ほどは週末が好天に恵まれています。昨日(10月27日)も予報がズレて、午後は心地良いお出掛け日和となりました。そんな週末、私は毎秋開催されている「鉄研三田会写真展」(慶応義塾大学鉄道研究会OB会の写真展)にお邪魔してきました。

第26回という「継続は力なり」


 数えて第26回(!)(当日夕方に開催された懇親会でも、乾杯の音頭をとられたゲストのかたが仰ってましたが「継続は力なり」ですよね〜)となる今回は、例年と異なる場所での開催でした。

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▲開催場所は、例年とは異なる、いま話題の(?)「池袋、電車ビル」の14階ギャラリー!(「!」を付していますが、記事でもご紹介したとおり9月15日に続く往訪です。)

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▲それぞれの写真は会場で味わってください。運が良ければ作者のかたから直接、撮影にまつわるエピソードや思いなどを聞かせていただけるかも、です。LSEの展望席で缶ビールを煽るオッサン、狙っても撮れない見事な「3列車並走」、昭和30年代の某民鉄車庫の記録に写り込んだ謎の「半旗」(撮影年月日から推定すると、あっ・・・ですが)、何故か濁流の大井川沿いを走る新車の113系冷房車などなど、まさに「古今東西」そして「硬軟」を織り交ぜた記録に圧倒されます。

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▲開催は10月30日(火)まで。

(追記)レコードで明らかなとおりこの記事を起こしたのは写真展開催中の10月28日だったのですが、公開に向けて加筆修正をしているのは11月3日。というわけでスミマセン、既に写真展は閉幕を迎えた後、ですね…。

本題 〜 これも「継続は力なり」?


 さて、今回の本題です。これも「本題」というには少々大袈裟な「偶然、出来てしまった記録」なのですが、思いがけず「定点観測」、無理やり申せば「継続は力なり」の一つの例ともいえるかもしれないネタがありましたので、備忘を兼ねてご紹介します。

 そのネタは…京阪そして大阪市交(→今年4月以降は通称「大阪メトロ」)に絡むものです…と書いて「あ、アレかぁ〜」と思い浮かべられるアイテムは、ございますか?

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▲「Osaka Metro」発足後にも残っている「ヒゲ文字」系(ですよね?)の表示板(萌)!「地下街」という表現も、なんか狆赦足瓩辰櫃ぁ

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▲俗にいう「コマル」(コ+〇)マーク(「マルコ」という俗称もあるようです)も健在でした!

(上掲2枚はいずれも、Osaka Metroこと大阪市高速電気軌道(株)発足後の2018年8月撮影。)

 これに似たような事業体の変遷は「帝都高速度交通営団 → 東京メトロ」という動きのあった2004年と酷似していますが、サイン類の表示切替に関しては「東京メトロの一気」と「Osaka Metroの順次」が、ちょっとした好対照になっているような気もします。

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▲ま、営団→東京メトロについても、駅や車両の表示は一気に切り替えられたという印象がありますが、まだ「営団」のままの施設(?)も残っているところはあります。撮影角度が90度ズレているのはご容赦ください。
(2018年11月撮影@大手町駅付近)

 あれ?スミマセン、まだ「本題」に辿り着いていませんでした。今度こそ「本題にまいりましょう」。

駅案内サイネージの変化


 私の現時点での主な活動拠点は、公私(公=猗鹽喚瓩碧楸函∋筺瓩曚椒謄蝶萋阿里漾)ともに首都圏ですが、主に犁阪鉄分瓩鯑世襪戮チョクチョクと帰阪もしています。また、その際には時おり梅田界隈で、そして稀にキタ新地で飲む(呑まれる?)機会があります。で、そんな折には欠かさず単体のカメラ(スマホでは思わずレンズに指が入ってしまったり、PCやHDDへの画像転送がうまく出来なかったりというアナログオヤジなので、ほとんど使い/使えません…)を持ち込み、主に「一杯気分」になった帰路に、なんやかやと写真を撮っています。

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▲「京阪特急」のネオンサインはともかくとして「京阪電車」Ver.はまだ見掛ける機会がありますよね。

 そんな「酔っ払いショット」の中で、ちょっとだけ興味深い「定点観測」が出来ていましたので備忘を兼ねてご紹介します。梅田・キタ新地から御堂筋を下って淀屋橋を渡ったところ(昭和時代から超然と川に浮かんで(?)いる「季節料理 かき広」の脇)にある地下鉄・京阪のサイネージについてです。

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▲まずは昭和時代から長く続いた(と思われる)バージョン。京阪が2008年の中之島線開業を機に「(旗)KEIHAN」のシンボルマークを制定してからもしばらくは、そこここで大阪市章にも使われている「みおつくし」(澪標=水路に立てられる標識のことだそうです)を豪勢に(?)6つ組み合わせた社章(社紋)が見られました。そういえば、樟葉駅改札を入ったところの天井にあった巨大な電照式社章は、いつ頃まであったのでしょうか?
(2013年8月撮影)

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▲上記「みおつくしx6」「コマル」の組み合わせはまず、京阪側から崩れ(?)ました。電車そして社員さんの名刺からも「みおつくしx6」が消えたのですから、当然ですよね。(ひょっとして今も、役員さんの名刺は「筆文字・縦書き、社章入り」だったりして ← もらったこと、ないから知らんけど。)
(2017年3月撮影)

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▲そして、今春以降。「たぶん、変更されてるはず」と思って「え〜、地下鉄とは言わんから、せめて(大阪→京橋間で)環状線に乗ろうや」とゴネる息子を説き伏せて、梅田から淀屋橋まで歩いて確認しました。さすがにここは目立つので「コマル」から「m」に交換されていました。
(2018年8月撮影)




 と、いうわけで「ふ〜ん、それで?」と言われそうな気もしますが、ちょっと興味深い「定点観測」が出来てしまっていました。「記録(データ)にあるけど、その数が多過ぎて記憶にない」状態になりがちなデジカメ時代。まぁ自分の「備忘メモ」を兼ねた記事ってことで、ご笑覧ください。

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▲そういえば、大阪市交の時代には「コマル」マークと並存していた「みおつくし+(漢字の)電」局章(?)は、どうなったのでしょうか?

今回の担当者(キタ新地で、ごく偶に飲むオッサン) 駐在員
 

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