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倶楽部2600のブログ
資料は整理してこそ、模型は走らせてこそ、部品は小奇麗に飾ってこそ、その価値が増すもの。でもナカナカ、出来ないのですよね…。
 こんばんは、少し更新の間隔が空いてしまった上に、書き始め〜公開までに時間が掛かってしまいました。日々、元気に過ごしてはいるのですが、やはり「Yahoo!ブログサービス終了のお知らせ」にショックを受けてしまっているのでしょうか。ま、この「サービス終了」に絡む想いや対策については別の記事を起こすことにして、今回は3月9日(土)の活動報告です。よろしくお付き合いください。

対策会議?


 この週末、ちょっとした唐突感を伴って、駐在員氏から「招集」が掛かりました。いわく「ブログサービス終了の対策会議に、急遽帰阪することにしましたのでご参集ください」と。ま、他メンバーの解釈は「要するにしばらく帰阪の間隔が空いたので里心がついたのでしょう、Cabinに集まって飲みたいってことですね」というものだったのですが。

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▲駐在員氏の最近の帰阪パターンは「往路、飛行機(←マイル利用?)」「復路、新幹線」というパターンが多いようです。(補足 by 本人:往路は京急と鳥飼車両基地の、復路は平日早朝の5000系5扉運用雁行の撮影という楽しみもあるので、そうなる(する)パターンが多いのです。)

 で、誰が招集通知に応じたのか? いかに自遊人の集団(?)とはいえ、ジャスト1週間前の通知に対応できるメンバーはごく一部でした。土曜日の午前中(約30分!)に企画係氏、そして午後に用務員氏が、いずれも家族(パートナー)との折衝を経て、土日をフルに空けて臨んだ駐在員氏の相手をすることになったのでした。

 第一ステージたる企画係氏・駐在員氏の30分はまさに「対策会議」。「club2600.netに続いて、ブログまで終了とはナァ・・・」と、二人で泣くばかりでした(誇張)。そして、その直後からは用務員氏・駐在員氏という「同い歳コンビ」の趣味の時間。まずは、枚方市から特急に乗って(頑なにプレミアムカーには乗らずに)「三条に参上」。「5555」が上がっていく姿を駐在員氏が確認していましたのでそれを特急で追い掛けて、三条で迎え撃ちます。

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▲「駐在員氏+5555」の記念撮影とかも敢行したのですが、ここでは無難なショットをご紹介。撮影するならやっぱり「幕車」ですよねぇ・・・。

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▲5555が丹波橋から追いついてくるまでの合間に「総本家・沼本」(?)の著者が、いま増刷版が好評販売中の「新・沼本」(?)にも目を通していました。感想・評価は・・・そのうち本人から聞いてくださいね(→若い皆様)。

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▲テツという人種における「ありがち」な行動パターンとして、活動日の昼食は抜き!というのがあるのですが、当日はちゃんと用務員氏お気に入り&駐在員氏初訪の名店に出向きました(ただし、そのあとのメインイベントに備えて、アルコール分は我慢して、代わりにキャベツをお代わりしました)。

メインイベント〜 「市電が出会った街」


 「三条に参上」(もうエエか)した後は、駅直上のブックオフに立ち寄ってプチプチ散財(税込216円 by 駐在員氏)、上掲の昼食、そして河原町三条→河原町御池→河原町丸太町と、街並みウォッチングを楽しみながら北上です。その途上での大発見&大ショックに「う!大型の色幕天国だった京都市バスにもフルカラーLED化の波が!」というのがありました・・・。そして、当日の目的地に到着。

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▲福田静二さん・佐々木秀隆さんによる写真展「市電が出会った街 京都 河原町丸太町」が開催されているギャラリー@河原町丸太町です。

 この写真展はただ一言「ジ〜ンと、よかったです」。肝は出展者による「作者二人が暮らした町。当ギャラリーの所在する地でもある河原町丸太町の交差点界隈で撮影した市電と人々の姿。写真約50点を同じ地で展覧」という言葉(説明文)にて語り尽くされていると感じました。ご本人によれば来訪者は約650人、そのうち河原町丸太町界隈の「ご近所さん」が3〜4割を占めたそうで、それこそがこの写真展の良さ・意義を示しているというのが実感です。

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▲写真の周囲に貼られている付箋紙は、来訪者による感想メッセージ。「私は、写真にあるxx商店の娘です。懐かしいです」「今もあるスカイマンション。出来た時は大きかったですよねぇ」等々。いわゆる「鉄道写真展」にはない観客やコメントこそ、この写真展の価値&真髄だと思います。

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▲会場には系統板・表示幕などの実物部品も。この「幕」の文字(書体)にオヤジが萌えていたところに、若い趣友がやって来て「わ、昔の幕って『布』やったンかぁ!」と驚いていました。

 まぁもう、この写真展の価値は、我々が文字で表現出来るレベルを超えていましたのでこのへんにして、項を替えて余禄にまいりましょう。

余禄〜 四条河原町まで南下


 鉄道趣味人、市電愛好家、そしてご近所さんで満員盛況の写真展。それを満喫した用務員氏と駐在員氏、そして上述「布幕」を知らなかった若手趣友の3人は会場を後にして目的地を決めずに南下。

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▲駐在員氏いわく「どんだけぶりやろ〜」という感じだった京都の街並みウォーク。これは、河原町丸太町界隈にあったお風呂屋さんです。

 そのあとは、造詣の深い(?)用務員氏のリードによって駐在員氏&若手趣友(←コイツがまた意外と知見持ちで、興味深い話題展開のネタを振ってきたりする)の3人で南下です。丸太町→三条と来て、そのあとは京極・新京極、そして妙にエスニック料理屋(?)が増殖した観のある錦市場にまで下ってきました。そこで出た駐在員氏の呟き。

「京料理って柄でもないし、赤ワインのサイゼリアなんて・・・無いわナ!」

 それが、あったのです。上記発言の数分後、3人が四条通に辿りついてすぐに・・・「あ、うわぁ、あるし、サイゼリア!」。

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▲かくして、ありがちなパターンとして「鉄オヤジ飲み@日没前」。まぁ、四条寺町店とはいえサイゼリアでしたので、さほど痛い散財には至らず・・・。

 ここで出たのは若手趣友(自宅@阪神間)による「土曜のこの時間帯に、ここにいるねんし、阪急の『京とれいん』に乗って帰ります」発言。ま、それは・・・

1)分かるけど、6354編成は検修・一般車代走やろ? デビュー前の7000系の「雅洛」ともども、今日は走ってないみたいデ。

2)ま、いずれにしても最終の上り「京とれいん」は10分ほど前に、出てしもてるデ。

3)スマン、我々(用務員&駐在員)はあとちょっと飲み続けるからスマン、ほな、またナ!

 ・・・と、実に顰蹙買いまくりなパターンで彼を送り出し、なおも駄弁り続けたのでありました。

 ま、その後も「せっかくやし、ゆっくり喋ろうや!」とか何とか言いながら、プレミアムカーはおろか特急にも乗らず各停(準急)で、チンタラと枚方市内に戻りました。

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▲途中、丹波橋では「お、ナァナァ、これって『洛楽』の通過待ちとちゃう?」とか何とかはしゃぎながら、ガラガラの2400系で府下に戻ったのでありました(う〜む、LED化編成が来るかぁ〜)。



 
 ま、そんなこんなでテツ分が濃くなった週末。土曜日のみならず日曜日(3月10日)にも駐在員氏は「朝の「上り急行|淀」と夕方の「下り急行|淀屋橋」に2601編成が入りそうですよ!」という企画係氏からの情報(煽り)を受けて、雨の中をママチャリで出撃したというアホな顛末もあったようです。

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 ま、「勝手にやっときなはれ」ですよね・・・。

今回の担当者 企画係・用務員・駐在員

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なんやかやと 2019/03/01

 こんばんは、3月に入り平成もあと2ヶ月となりました。今月もよろしくお願い致します。今晩は昨日見た週一の往復の途上の観察記録からのスタートです。
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 京橋駅の大階段は今はこれ・・
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 テレビCMも最近バンバン流されており2018年9月3日のブログ記事(文字をクリック)におきまして「攻めてるなぁ」と書きましたが、年度またぎにまた「攻めてきてますねぇ」。
 この画像を見て、「あの広告を見ると、絶対これにインスパイアされているといつも思うんです」と語る若手の某君は絶対深〜い京阪沼を漂っているんだろうなと危惧をしております。
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 やってきた普通は先日出場してきた5551編成、入場前に5601号車で撮っていたココも
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今回の入場でこのように変わっていました。
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 そして、淀屋橋駅の改札を出ると頭上に・・
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 昨年に引き続いて今年も5月29日(水)に淀競馬場において開催してくれるということで昨年の記事(文字をクリック)のように今年も頑張れたらいいんですけど・・・。


 そして今日、寝屋川での仕事帰りに原付で車庫裏をとおりがかった際にパチリ
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いまだに9000系固定クロスシートが工場に残っていたことも驚きですし、しかもそれがモケットを剥がしたものであり、伊賀鉄道向けに整備された残置分が今回処分されてしまったのか気になるところです。その下には東洋電機の列車情報装置が廃棄されていました。

 工場前では6003編成の大阪方4両の塗装が剥がされていて、いよいよ改修工事に入場するようです。6753号車のこの姿も見納め。
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 京阪線の車両でこの車内用の製造銘板をつけた車輛もあと残り一両となりました。
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 週一回程度の京阪線利用ではなかなか時流のフォローが追尾できず報告が出来ないことが残念です。


 最後に・・・昨日の午後「Yahoo!ブログ サービス終了のお知らせ」が発表されました。先にYahoo! JAPANが運営する無料のウェブサイト提供スペースであるジオシティーズの3月31日のサービス終了が発表されていただけに、いずれはブログも…という懸念もないわけでなかったものの、我々も開設以来10年近くにわたってYahoo!ブログを利用させていただいていただけに『京阪系ブロガー、一大事では?』という街の声?に呼応して「どうしたもんじゃろか?」と顔を見合わせるレベルでしかない我々です。

今回の担当者 用務員

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 こんばんは、春が近づいて来る兆しと共に花粉症にとっては辛い時期となってまいりました。来週からは毎年この時期恒例の小学校でのボランティア授業となり忙しくなりそうです。

 今回はこのタイトルの続編を書かせていただきます。
 1年以上前に京阪やJRのスタフを集めておられる某さんから「451ダイヤのスタフを集めておられるようですが、牴鸛瓮好織佞任垢要ります?」とお声がけをいただきました。 この451ダイヤというのはご存知のようにこのダイヤ改正です。 
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 そして我が家にこれらがやってきました。
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 ご覧のように、全てが11時台から13時台にかけての寝屋川区⇔淀屋橋の回送のスタフでした(これらの裏に上りのスタフがあります)列車番号の前に燹瓩つけられていることから推察されるように、平日ダイヤでスジはあるものの毎日運転される列車ではないモノ達です。

特急車の日中差し替え


 今回のこのスタフ達は特急車の日中の編成差し替えをおこなう為に予め引かれていた回送列車のもので、当時は8000系10本と3505編成の11編成にて8運用を担っており車庫には3本が残るようになっていたものの、工場入場や修理等で離脱編成がでているところにアクシデントや清掃などで本来車庫止めの予定であった編成を営業に廻してしまうことによって、本来の充当予定であった編成との運用差替の必要が出た際に使用するものでした。
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 当時のダイヤではそのような事案に対応できるように12本(=当時の日中の全使用特急運用数)の差し替えダイヤが予め引かれており、今回のスタフはいずれもその分でした(今回撮影にあたって並べてみますとY1201A分だけが見当たりませんでした)。10分毎の設定の割に数字が順番でない部分についてはその間に出町柳なり淀なりを発車する回送が設定されていたことを表しております。
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 いずれも寝区を出て萱島駅で当時のD準急の続行で下り、淀屋橋駅で上り特急の発車直後に4番線に入り次の上り特急となり、後続で下ってきた特急使用編成は1番線で降車扱いの後、後続の枚方市発準急が到着する前に上り回送として引き上げるというものでした。
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 これらに似たスジというのは、3000系の15分ヘッドの時代から今のダイヤにおいても設定されており、例えば現行の平日No.651ダイヤのB1111A〜B1210Zの折り返しの間においてB1111A〜Y1202NとY1201A〜B1210Zと差し替えが出来るようなスジ立てがおこなわれているようです。ただこの場合今はどちらも4番線にて対応が出来、1番線は使用されないようです。

 昔の京阪淀屋橋を知る人でしたら、今の平日11時台のこの表示を見られますと??と思われるかも知れません。
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 もう「一部とちゃうやん!」とつっこめるレベルの発車本数なんですよ。
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 これがやっとこの時間で我々が慣れ親しんでいる姿に戻るんです。ただこれが今回の差し替えと関係があるのかは判りませんが・・・。
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 ダイヤが変わる毎にチョコチョコと変化があり、車両のバリエーションも興味深いことですが、ダイヤ運用の興味というのも京阪沼の重要アイテムであることは多くの人に賛同いただけることだと思います。一緒に沼を漂っていきましょう。

今回の担当者 用務員

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 皆さん、いつも利用される路線では、運転区間にある駅(停車場・停留所)全てに停車する列車の「種別」は、どのように表示され、呼ばれていますか?

 「普通」「各停(各駅停車)」そして無表示(行先のみ表示)などが一般的かと思いますが(鈍行は俗称の類でしょうし、緩行という呼称は聞いたことがありません)、あらためて俯瞰してみますと、これら3者の勢力はかなり拮抗しているようで、興味をそそられます。以下、思い出せる範囲で書いてみたいと思います(記事にするための改めての調査等はしていませんので、事業者や時系列の網羅性に欠ける点は、ご容赦ください)。

4パターン混在(?)の、京阪。


 これも意外とユニークな例なのではと思います。混在の極み(?)なのです。

【電車の表示】
板時代は、行先または運転区間のみを表示(種別表示は、無し)。
電動幕/LEDでは、登場以来一貫して「普通」。

【駅の表示】
「普通」ひとすじ。

【駅や車内の案内放送】
(たぶん、例外なく)「各駅停車」。

 と、いうわけで「普通」「各駅停車」が長年、並存しているのです。沿線利用者の会話においては・・・「各停」が主流、でしょうか。

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▲1980年代半ばに見られた「19251902」という魅力的な5連。この時代は、前面(板)が 無表示 (駅名のみ表示=普通/各停という意味でした)、側面(幕)が「 普 通 」(淀屋橋ゆき・三条ゆきなどの場合は行先無表示)。駅の表示(幕→フラップ/パタパタの並存期)は「普通 淀屋橋」、そして案内放送は「 各駅停車 の 淀屋橋ゆき」と、見事な(?)並存ぶりでした。さらに、上述の沿線民会話「あ、これ『 各停 』やワ、乗ったらアカンで!」とまでを含めると、実に4パターンが混在しているとも言えそうです。

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▲「♪ ぁ各駅停車のぉ 淀屋橋ゆきぃ〜、です。ぁ伏見稲荷まで、先に到着いたしぃ〜ます ♪」(列車としては深草まで、旅客にとっては墨染まで先着、なのですが・・・。)

 あと、準急・区急などの各停区間における放送・駅の表示は20世紀には種別抜き(例えば、寝屋川市にやって来る樟葉ゆき準急は「樟  葉」だけで、昨今の「準急|樟葉」や、始発駅からずっと各停で上がってくる列車の「普通|樟葉」とは異なっていました(複々線化後の西三荘〜萱島間のパタパタ補助板では「萱島で樟葉ゆきに連絡」の「樟葉ゆき」のところが、準急崩れ(?)を示す「青地白抜き」になっているという例もありましたが、頑なに(?)種別表示は省かれていました)。案内放送も「各駅停車の 枚方市ゆきです」と「枚 方 市 ゆきです」(後者は寝屋川市、後に萱島以北での狃犁淙れ瓩砲けるもの)に分かれていたという記憶があります。

明確に使い分けている南海。


 「各停」「普通」を明確に使い分けている例としては、南海が有名ですよね。難波〜天下茶屋間の本線・高野線路線別複々線区間において、今宮戎・萩ノ茶屋2駅のホームが高野線にだけ設置されていることを踏まえた措置だそうで、納得感のある使い分けです。

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▲2014年撮影@難波駅。上が本線(普通)、下が高野線(各停)の表示、上述の駅差異も、画像左下で確認出来ます。伊丹空港もタジタジ(?)の大型パタパタは魅力的でしたが、既にLED式に交換されてしまったようです。

阪急・阪神・近鉄は、どうだっけ?


 関西大手民鉄の残り3社は、どうでしたっけ? 表示は「板」時代が各社とも無表示(行先/運転区間のみ表示)・幕/LED化後は「普通」ということで、南海高野線「各停」を除けば、5社共通ですね!案内放送は・・・よく覚えていませんが、阪急は「普通」だったような気がします。阪神、近鉄は・・・どうだっけ? 

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▲なんば線開業後も残っていたパタパタ@甲子園。

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▲そういえば阪神は、駅における表示・放送において、特急・急行などとともに「車」を付けた「普通車」という表示も使っていました(梅田駅の固定式「のりば案内 電照式案内板」でも「特急車・急行車」という表示を見た記憶がありますが、さすがに「快急車」は無かったのでしょうねぇ)。

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▲阪急。表示は「普通」で(それにしても種別が多いナァ・・・この他にも「快速特急A」が走り始めたのですよね)、案内放送は・・・同じく「普通」でしたっけ?

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▲近鉄のアナウンスは・・・どうでしたっけ? それにしても「パタパタ」表示器の補助案内って魅力的ですよね。一日一回しか表示されないコマまで、きっちり準備されているのですから。

首都圏の大手民鉄では?


 では、京阪神圏以外の大手民鉄(首都圏、名古屋、福岡)での狎力図瓩呂匹Δ覆辰討い襪里任靴腓Α 現在見掛けたり、記憶にあったりする範囲で書きますので誤認があればご指摘願いたいのですが、ざっと以下のような経緯・現状のはずです。

 列車への表示については、上述のとおり関西では「板時代の無表示→幕/LED時代の『普通』表示」という流れが多数派でしたが、興味深いことに首都圏ではややその様相が異なっており「幕時代を迎えてもなお多数派は無表示、近年になって『各停/各駅停車』派が勢力を増している一方、ずっと前から存在する『普通』派は少数派のままに留まっている、という感じなのです。

◆「普通」派:京急・京成・(東武)

◆「各停」派:(東急)・(西武)・(小田急)・(京王)・(相鉄)・(東京メトロ)・(都営地下鉄)

◆無表示 派:東京メトロ・都営地下鉄など(※1)

―(  )内は、近年に無表示派から転換。

―(※1)相互直通や急行運転が実施されている線区では、大半が「各停/各駅停車」派に移行しましたので、地下鉄らしい(?)行先のみの表示を堅持しているのは銀座線・丸の内線など、少数派になりつつあります。

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▲電動幕初期(1960年代?)から半世紀以上に一貫して「普通」派の京急。

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▲「板」期および旧101系の時代までは無表示、1977年デビューの2000系辺りから「普通」表示が始められた西武(それまでは無表示)。更に近年は「各停」派へと変遷してきています。

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▲小田急は無表示から「各停」表示に切り替わって10年以上になるでしょうか。上は1990年代の、下は2010年代の撮影。なお、現在はさらに「各駅停車」への変更が進められているそうです。

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▲快速系列車を除き「地下鉄らしい」感じの無表示(行先のみの表示)を維持していた東京メトロ東西線とその相直車ですが、ここ2年ほどの間に「各停」ないし「各駅停車」の表示が追加されました(後述)。

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▲「東急・東京メトロ=各停、東武=普通」という差異に絡んでふと気になったのが、東急田園都市線〜東京メトロ半蔵門線〜東武伊勢崎線の相互直通運転の存在。この区間では「普通」「各停」が混在しているのかも、と思ったのですが、さすがにそれは無いようです。3社を各駅停車で走破する列車は設定されていない(直通列車の種別は、東武線内では全て「区間準急」「準急」「急行」種別とされている)ようですし、東武の車両が東京メトロ・東急線内で各駅停車として運転される際には、東武の車両でありながら例外的に「普通」ではなく「各停」表示とされていますので。
(同じ3社を含む東京メトロ副都心線・有楽町線を巡る総直区間における「各停vs普通」の勢力争いというか、使い分けも興味深いところですが、残念ながら筆者は文字に出来るような観察をしていません・・・。)
(余談:画像右側の「路線図」の痕跡にご注目。どうやら、半蔵門線が三越前どまりだった頃の表示跡のようですから、1989〜1990年にだけ使われた表示ですね。)

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▲東武の基本は本線・東上線とも(無表示派転じて)「普通」表示です。本線系(伊勢崎線・日光線など)2連・4連・6連下りにガバっと装着されている「幌」が、イイ!

東京メトロ東西線の変化(2017〜2018年頃)


 上述の東京メトロ東西線(+総武・中央線緩行線、東葉高速線直通列車)における各駅停車でここ2年ほどの間に見られた「無表示派→各停/各駅停車派への『宗旨替え』(?)」の記録写真を下掲しておきます。

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▲東京メトロ東西線では、2017年〜2018年にかけて、それまでの快速に加えて各停にも、種別表示が追加されました(写真は15000系)。

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▲ドット数の多い最近のLEDは、かなりの文字数であってもしっかりと表示出来るのですねぇ・・・「各駅停車 LOCAL 八千代緑が丘 YACHIYO-MIDORIGAOKA」は未確認ですが。

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▲ドット数が限られている一世代前のLEDでは、種別表示を「各停」に省略した形で表示が追加されました(写真は07系)。

概観 〜 名鉄・西鉄、そして国鉄→JR


 あと、大手民鉄でいえば、名鉄・西鉄はいずれも今は「普通」派ですよね。さらにJRまで興味を拡げますと、21世紀に入っても常磐線上野口の駅表示で見られた「普通」「快速」表示の爐佑犬讚畍従檗福峅速」よりも「普通」の停車駅が少ない!)、中央線新宿口で見られた(今もその一部が見られる)「オレンジ無表示=快速/快速線走行」「黄色無表示=各停」「オレンジ各停は『各駅停車』表示」などなど、趣味的には楽しい、でも旅行者などには難解だと思われる表示が色々とありましたが、まぁ今回は「大手民鉄編」ってことでアウトラインの紹介だけにしておきます。

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▲名鉄では「板」時代は無表示、そして「幕」時代に移ってからは長い間に渡って種別は「特」「高」「急」「準」そして「普」(!)という略表示になっていましたが、近年はちゃんと「普通」と略さずに表記されています。




 それにしてもこのネタ、事業者/線区別に「車両への表示」「車内アナウンス」「駅表示」「駅アナウンス」などを一覧にしたら、結構な変遷・バラつきがあって興味深い資料になりそうですねぇ ← どなたか若いかた、研究して発表してくださいませんかぁ?

今回の担当者 駐在員(他力本願で記事を締め括るヤツ)

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今日は何の日? 2月20日

 こんばんは、2月も後半となり、今日は春の気配?とも思えるような暖かさでした。車内吊りも倏澆量晶雖瓩箸箸發法△劼薀僉爾眦澣┐劉犖の森遊園地瓩紡紊錣辰董⊇佞痢文式では冬のイベントの扱いですが)猝消議絅灰淵 科学捜査展瓩始まっています。
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今日は何の日? 2月20日


 さて、2月も下旬となる20日のきょう、ネット系ニュースサイトである「乗りものニュース」の【今日は何の日?】というアカウントで 狠羈慇犬里い燭困蕕播甜崔線事故が発生 というツイートがありました。これは申すまでもなく、1980(昭和55)年2月20日20時59分に、京阪本線の枚方市〜御殿山間を走行中の上り急行が脱線し、負傷者104人を出した事故のことですね。

 翌日の全国紙朝刊の1面トップはもちろんこの記事。これほどのダメージを受けながら、死者が出なかったというのは「不幸中の幸い」というほか、ありません。ただ、平日帰宅時の上り急行、枚方市→樟葉間での災難だったということで負傷されたかたは少なくなく、事故現場の近くに住んでいた倶楽部メンバーの自宅にも、事故に遭われた知人が「エラい目に遭うたワ〜、ちょっと横にならせて〜ナ」ということで、そこそこの「擦り剥き傷」を負われた状態で転がり込んで来られました。その時にNHKラジオが流し続けていた当該事故についての「臨時ニュース」の緊迫感とともに、学生時代の忘れられない記憶です。

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 事故で被災した5554編成(※)は京都方3両が脱線し、線路から90度以上の角度で外れて(上掲写真の右上紙面ご参照)大破してしまった5554号車(機砲惑兌屬鰺承靴覆されました。写真は、新製後半年の5554号車(機砲亮磧垢靴せ僉1βΔ良標は水色地っぽいので「ひらかたパーク Qちゃん世界を行く」(当時、テレビで放送されていたアニメ「新・オバケのQ太郎」人気にあやかった1972年春季催事のPR)だと思われます。
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(※)←三条 5554-5154-5254-5854+5104-5204-5604 淀屋橋→

 そのため急遽、事故から10ヶ月後の1980年12月に5554(供砲代替新造されました。上写真の(機砲犯罎戮襪函▲好ート形状の違いが見て取れます。なお、この車両の仕様は、同年に新造された5556・5557号車とほぼ同一(ただし、前面表示幕は非装着)でした。
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 5554の次位に連結されていた5154は横転し(上掲写真の左下紙面ご参照)、続く5254も脱線しましたが、これら2両は修理されて復帰しました。

被災編成 翌日の動き


 事故の翌日、早朝より趣友が枚方市駅周辺で撮影された記録の提供を受けましたので、あくまで39年前の記録として掲載させていただきます。

1)被災した5154号車が下り本線に戻され、モーターカーに牽引されて枚方市駅3番線に戻ってきました。「ひらかたサンプラザ3号館」からの撮影でしょうか、手前のホーム屋根は5・6番線のものです。
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2)当該編成の各車両は、3番線を通り過ぎて一旦、枚方市踏切道の下手まで移動されました。写真は枚方市踏切道での記録。昼間の本線上を、黄色いモーターカー(保線用車輌/機械)が堂々と闊歩(?)する姿はこれより少し前、1970年代半ばの「ストライキ」が激しかった春闘の時期に、2〜3日にわたって運転が中止された後の運転再開に先立って、既に錆びサビになっていた線路点検のために走って以来の(いずれも有り難くない)珍事だったはずです。
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3)翌朝はすでに枚方市以南(と、樟葉以北)では運転が再開されていましたので、当該編成の各車両はそのまま寝屋川車庫に持っていくことが出来ず、下り本線で折り返して、5番線経由で12番線に入れられました。写真は天野川左岸堤防からの撮影。
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4)最終的には5554を含む7両全車が、上掲写真の12番線に取り込まれました。留置順は ←三条(写真左下)5854+5104-5204-5604 5254 5154 5554 淀屋橋→ で、5554の向きは被災前とは逆になっていました。 当時、朝ラッシュ時の5番線始発準急のうち1本は、いったんこの12番線に引き上げていたのですが、その運用は5000系。5554編成も繰り返し充当されていたのでしょうが、まさかこのような形で12番線に押し込まれることになるとは夢にも思っていなかったことでしょう・・・。

 私も事故の翌朝は枚方市始発の超満員の列車に乗って登校したことを記憶していますが、何とかして学校に行かねばとばかり考えていて(真面目な学生だったのですねぇ・・・)、被災編成の移動状況を含めた当日の輸送状況はほとんど記録していません(帰宅時に1800系+1700系の7連急行を見掛けて「!」となったことだけは鮮明に覚えているのですが)。

5554編成 その後


 そんな車歴を刻んだ5554編成は、その後も平成元(1989)年3月の前面行先表示器取付・側面行先幕のブリッジ化改造、
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 そして平成10(1998)年9月の改修工事(この際に中間の5854が5654号車に改番されました)、
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 さらには平成22(2010)年8月の新塗装化を経て、
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 5554(供砲40年近くもの間、それ以外の6両は新造時から45年以上にわたって日々、京阪線のラッシュ輸送を担ってきましたが、残念ながら昨2018年9月に廃車されてしまいました。




 我が家にもこの編成の形見として5104号車の車内番号板と自重銘板(改修後ですが)、5604号車の車内の製造銘板がやってきてくれました。 
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 被災車の動きについては事案が事案だけに、趣味方面ではあまり記録というものを見る機会がありません。今回、貴重な記録を提供してくれた趣友には大いに感謝しています。

今回の担当者 駐在員&用務員

この記事に

 春は別れの季節・・・とは誰が言い出したのか知りませんが、言い得て妙ですね。確かに、テツ業界でもその言い回し(?)が当てはまることが多いようです。3月に国鉄/JRグループのダイヤ改正が行われることが多いせいもあるのでしょうね。

 そんな例に漏れず、2019年の春にもいくつかの「別れ」がアナウンスされています。筆者の地元の大きなところで申せば、2つの節目を迎えます。一つは、中央線特急「スーパーあずさ」「あずさ」「かいじ」の再編(「スーパーあずさ」の消滅、自由席車の廃止)、そしてもう一つは残すところ1編成だけになっている189系車両の定期運行終了です。

 今回は、完全な「ひけいはん」ネタとして、これら2つの「節目」に関するあれこれを綴ってみたいと思います。。

「中央線が、変わる。」


 今季は、毎年楽しみにしている「JR SKI SKI」の宣伝キャンペーン(キャッチコピーは「この雪には熱がある」です)が、キャラクターの魅力のせいか、はたまた今冬の少雪傾向がゆえか、あるいは紙系チラシが制作されていない(? 少なくとも筆者は未確認 → 旅行カウンター「びゅうプラザ」も激減しましたからねぇ)ためかはともかくとして、イマイチ盛り上がらない一方で、妙に(?)目立つのが「中央線が、変わる。」という3・16ダイヤ改正のPRです。

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▲(いきなり、参考画像)今シーズンの「JR SKI SKI」ポスター。史上初の(?)男女競演ですが、この女性は本田翼、川口春奈、広瀬すず、桜井日奈子・・・に続く大物、なのですかね?

 現在のところ、筆者には「スーパーあずさ」「あずさ」「かいじ」がどう変わろうと関係/影響はあまりないのですが、否が応でも今回の変更をPRするアニメ系(?)のポスターやチラシが目に飛び込んできます。

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▲アニメ系(?)PRのキャラクターは母子2名です。「あずさ 母・52歳」と「かいじ 息子・31歳」のお二人で、お母さんが妙に若づくりなのはご愛敬?

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▲表紙(冒頭から2枚目の写真・左上)に比べると、冊子内に出て来る「あずさ 母・52歳」のほうが歳相応っぽい描写かと・・・。

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▲「あずさ母さん・息子かいじ」の年齢設定については、多言を要しますまい。エル特急「かいじ」のデビューは1988年3月、そして「あずさ」は…。

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▲滅多に利用しないので実害(?)はないのですが、都心近くで「あずさ」「かいじ」の停車が全廃される駅もあるようで・・・。
(このポスターの脚注を読んでいて思ったこと → 細かい話ですが、この駅から特快や快速に乗って新宿まで向かって、新宿から東京まで「あずさ」「かいじ」に乗る人って、年に何人かでもいるのでしょうか?)

 ま、中央線特急の変容がどれほどのインパクトを持つのかは、眺めるだけで滅多に乗らない者には「分かりまセブン」(←古・・・もなにも、あの番組は「たまりまセブン」でしたネ)ってことで・・・。

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▲しかし、少なくとも「中央ライナー」「青梅ライナー」の廃止 → 特急「はちおうじ」「おうめ」への承継、そして自由席車が無くなることは、いずれも東京近郊の利用者にも影響がありそうな気がします。

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▲「183/189系ライナー」のイラストが今なお残存!と喜んでいる隙に(?)、JR東日本は「『ライナー』そのものの廃止と『特急』への誘導」を敢行せんとしていますっ!

「3月15日に、189系の定期運行を終了します」


 前章の地元電車ネタは前座として(その割には、話が長かったですねぇ ← 自戒)、なんといっても今春のダイヤ改正という節目を意識させられたのは「あさま色 189系の定期運行終了」というアナウンス(2月14日、JR東日本長野支社による公式発表)です。

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▲この発表を目にして「え?臨時『あずさ』『かいじ』『ムーンライト信州』での運用終了&引退とちゃうん? 今や定期運行なんて無いのでは?」と思ってしまった私はハイ、お気楽趣味人です。そうなのです、189系最後の一本となっていた「N102編成6連 あさま色」が、今も定期運用を持っていたのを知らなかったのです。

 営業キロ76.0劼鯀り抜ける塩尻657→長野810の8523M快速「おはようライナー」は、抜粋写真を上掲したJTB時刻表2019年3月号において「◆3月15日まで運転(土曜・休日は運休)」との注釈がありました。ナルホド、それで定期運用終了なのですね。このあと、「さよなら運転」「ラストランイベント」の類が企画されるのでしょうか(されたとしても、新宿口へは来ませんかね)。

189系 最後の4本とのあれや・これや


 実に16年以上前となる2002年12月に定期「あずさ」「かいじ」の座を後継のE351系・E257系に譲った183系・189系ですが、2018年秋の多客期(繁忙期)まで、臨時「あずさ」「かいじ」用の車両として、貴重な役割を果たしてきました。

 筆者は上述のとおり「あずさ」「かいじ」の日常的なユーザーではなかったですが、それらの姿を地元駅で眺めるようになってからは、途中、沿線を離れた時期も長かったものの、既に25年ほどが経過しています。そんな馴染み深い車両たちに引退が迫る中、復刻塗装編成を含めて「4編成4色」が揃っていた昨春までの数年間は、多客期にチョコっと自転車で地元の線路端に出向けば、さまざまな車体色を纏った「一般型特急車両」(→JTB時刻表が、189系が決して「一般的」と言えなくなって以降も、E351系・E257系・E353系といった狄祁伸瓩閥菠未垢襪燭瓩忙箸ぢ海韻辛集宗砲やって来てくれました。

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▲多客期に設定されていた新宿6:30発の臨時「あずさ71号」(全席指定!)は、何度か早起きして撮りにいきました。週末の早朝に、人影まばらな地元の街を自転車で走り抜けるのは、週末モードへの気持ちの切り替えにもなりました。(写真は、新宿駅で撮影したもの。この列車によく現れた「あさま色」を纏った長ナノN102編成、末期には前頭部側面に「ASAMA」のロゴマークが復活していました。シックな、いい色合いでしたよね。)

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▲JTB時刻表2012年4月号より。「『全』マークの『あずさ71号』(一般型特急車両で運転)」のみならず、新宿発8:00、8:02で雁行するE351系12連の『スーパーあずさ』、そして今後の動きが気掛かりな185系による『はまかいじ』と、賑やかだった時期です。

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▲「スーパーあずさ」が増発される日の早朝には、E351系12連が2本、八ミツにて待機していました(懐かしい・・・)。

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▲同じく多客期の休前日などに新宿23:54発で運転されていた「ムーンライト信州」にも遭遇したことがあります。「遭遇」の意味するところ・・・要するにこの列車はわざわざ見に行ったのではなく、偶々その日の夜遅くまで新宿界隈で飲んでいて、帰宅途上に思いがけず出会えた・・・というわけ(だけ)なのです。この誌面は、JTB時刻表の2019年1月号。「あさま色」N102編成で2018年12月28日〜30日に運転された最後の「189系ムーンライト信州」(ひょっとして最後の189系営業列車@新宿発着?)の収載部分です。

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▲近年は「あさま色」のイメージが強い「ムーンライト信州」ですが、国鉄特急色編成がしっかりと専用幕を表示して充当されたこともありました。この時は確か趣友と一緒でしたので、彼と「空席ありそうやし、飛び乗っちゃう?」とかいうアホなことを考えたりしましたが・・・何とか踏み止まりました。

「お気楽ショット」集・・・


 他にも、単なる(?)外出の折に中央線電車に乗っていて、思いがけず189系を見掛けて 「!」 となったことも少なからず。並走、すれ違い、送り込み回送の通過なども、狙って撮るべく構えている時とはまた違うワクワクした気持ちを楽しんだものです。以下4色4枚、いずれも所謂「ついでの、お気楽ショット」です。。。

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▲「グレードアップあずさ色」復刻編成(八トタM52編成)との邂逅!

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▲快速線を上ってきた「国鉄特急色」編成(八トタM51編成)との並走!

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▲「あさま色」編成(長ナノN102編成)の、新宿への送り込み回送(どこから走ってきたのですかね)。

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▲「(新)あずさ色」の編成(八トタM50編成)は、ほぼ通年にわたって土休日に運転されている「ホリデー快速富士山」の印象が強いです。「専用編成」のような印象すらあったこの6連も、2018年1月に廃車されてしまいましたので、満開の桜との共演は2017年春が最後になってしまいました。昨春以降この「ホリデー快速富士山」は房総特急車E257系500番台で走っているようですが(未見・・・)、これも今年3月16日からはE353系3連(臨時列車はE257系←JREダイヤ改正チラシによる)の特急「富士回遊」にその役割を引き継ぐようです。

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▲「ホリ快 富士山」といえば、ほぼ「(新)あずさ色」編成の独壇場でしたから、途中停車駅には専用の立て看板(?)もありました。




 今回は冒頭の言い訳(?)のとおり、ホンマに完全な「ひけいはん」記事になってしまいましたが、まぁ筆者の「備忘メモ」「思い出話(独り言?)」が公開されたということで(?)ご容赦ください。また、近年の189系の動きや運用のあれこれ、そして車両形態については、ピク誌を含む各鉄道雑誌でしっかりと採り上げられています(今月発売の「J-Train」にも「ムーンライト信州 乗車ルポ」があります)ので、カチッとした史実については、それらをご参照ください。

 たとえ乗れなくても(通過していく姿を眺めているだけでも)、最寄り駅を往き来する電車たちは「地元電車」の一つとして好きになってしまうものですよね。あ・・・これって筆者が2003年9月1日よりずっと前から「京阪特急」のことが大好きだった気持ちと同じですかね。

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 そんなわけで、数えるほどしか乗った経験のない189系ですが、その引退はとても寂しいものです。「春は別れの季節」ですね、ホンマ・・・。

今回の担当者 駐在地の駐在員

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 こんばんは、今日は2月14日バレンタインデー。釣果があってホクホクの人、私のように一生の中でほとんど縁がなかった人、それぞれに悲喜交々の一日も間もなく終わります。なお今日のタイトルは、某JRのキャッチを借用したものの内容との関連性はまったくありませんし、もちろん我々はいつも in KYOTO, on KEIHAN
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 先週末の連休の土曜日、時折記事にも出てくるかの同好会同期の御仁よりご招待をいただき、梅小路の居宅へおじゃましました。
 今回も宴会の前にお隣の京都鉄道博物館にちょっと立ち寄り。最寄りのJR駅の開業まで
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 その駅の工事も最終仕上げの真っ最中。次からは鉄道でのアクセスが便利になりますね。
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 本日のメンバーは私&同期4人+三つ下のブギウギ君の総勢6名。小雪舞う閉館間際ということで、館も連休初日とは思えないぐらいの閑散としておりました。
 今日の楽しみは特別展示。EF521号機の車内。
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 岡山から出張してきた爐擦箸Δ舛離◆璽箸粉儻列車瓩任△襦La Malle de Bois”もちろん初見でした。実車を見れば乗ってみたくなりますね。
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 そしてJR四国からやってきてくれた狎ジ預膓競▲鵐僖鵐泪鵐肇蹈奪確鷦岫
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 トロッコ牽引車であるキロ185の車内
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 トロッコ車内
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 特別展示があると通常は屋内に収容されている客車達は屋外に引き出され懐かしい車両基地が出現。冬の夕日を浴びたハチロクもシブイ。
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 C571号機は建屋内でバラバラ
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 地元民であり撮り鉄の彼は「もうすぐ爛魯蹇璽ティ はるか瓩上ってくるでぇ」と言い残して屋上へ・・・コンデジおやぢも追尾
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 閉館まで滞在の後移動して、宴はスタート。2019年も元気に迎えることができました。乾杯
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 オーナー自ら中央市場で仕入れていただいた寒ブリを、先日お宝の山の中から発掘してきたこだわりのお皿に盛りつけて、しゃぶしゃぶでいただきます。
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 オーナーは最近このようなものも入手されたそうで廊下に鎮座していました。私なんかの散財はかわいいものでしょ。
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 途中インドネシアへ赴任中の同期の電話参加もありおやぢ達の宴はエンドレスの様相でしたが、翌日終日小商いをしなければならない私は後ろ髪をひかれながらも良識的な時間に失礼をさせていただきました。オーナー&皆さま楽しい時間をありがとうございました。


 小商いを終えた翌11日は祝日ということもあってオフ日でした。招待に出かける老親を京都駅に見送ることになり、子ども達も各自の付き合いにさっさと出かけてしまい、いよいよやってきました猊徂愼鷽佑世韻竜都瓮痢璽廛薀鵑匹Δ靴茲ΑΑΑΑ

 なぜか思いついたのが花月!?、さる2月4日に『吉本新喜劇が結成60周年を迎える3月1日に新体制を発足させると発表し、現座長の内場勝則と辻本茂雄が2月公演でそれぞれ20年間務めた座長を勇退する』という報道がでて・・平参平・花紀京・原哲男の時代から常日頃お世話になっているだけに、最後に生の劇場公演を見たいと京都に向かう途中に思い立ち祇園花月の今月の出演者を見ると・・・
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 今日が辻本茂雄の祇園花月での座長公演最終日!、ダメもとで劇場に行くと「前売り完売ですが残席があれば当日券も販売しますし、立ち見もあります」ということでしたので発売までの一時間あまり小雪舞う中並んでおりました。すると運良く舞台正面の中央の通路横の席が入手でき楽しい時間をすごすことができました。その前後には祇園界隈も歩き回り、爐かる瓩任Δ匹鵝δ塒で抹茶スイーツと対嫁ポイントをしっかり稼がせていただきました。

 もちろん合間には自由行動の時間もいただき、訪れたぽちでこれらを購入。市販品のないスハ42にはどうしても手が出てしまいます。
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 おまけにBOOK-OFFではこのようなCDまで購入。猖秬犬茲子の逃避行瓩聞きたくなったので(謎)
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 世界中の方が旅行で訪れられる京都は、我々にとってはわずか車で30分のところの町だけに非日常を感ずることがあまりないのですが、このように遊びとして訪れるとやはり遊・食・買のある世界的観光地としての深さを再認識できました。

 次回は当然ですが(?)今回の「そうだ 京都、行こう」に呼応して「あなたと なら」ネタで行きますかね(←東の方よりの無責任発言を追記しておきましょう)などと煽られてしまいましたが、若い皆さんが同人誌制作の為に張り切っておられる姿を見ると電車ネタもやらないとネ。

今回の担当者 用務員

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 「三寒四温」の時季なのに、いや、だからこそ、でしょうか。この3連休の寒さは身に沁みます。と、いうことで(?)本日の連休最終日、ワタシは「引きこもり」を決め込んで画像データの整理などをしています。今回はそんな折、ふと気が付いた「小ネタ = 駅ナンバリング」に絡む雑談にお付き合いください。

「三条」の駅ナンバリングは?


 ここ数年で一気に普及した観のある「駅ナンバリング」ですが(JR東日本による一斉付番の発表は2016年4月のことでした)、体系が「アルファベット1〜2文字+数字2桁」と単純なせいもあって、記憶するのは容易ではありません。例えば、路線名(アルファベット)だけでも「JB」「JC」「JK」などが地元にありますが、パッとその線区は・・・思い浮かびません。

 で、京阪ファンの皆様 > 「三条」駅のナンバリング、パッと言えます?

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▲そりゃ「KH40」やろ!と仰ったかた、スミマセン。軽い「引っ掛け画像」をどうぞ。

 あれこれ説明する必要はないと思いますが、京阪の「三条」駅は確かに「KH40」です(と、あらためてネットで調べて書いています)。で、上掲の写真・・・京急・京王・名古屋市OBが多数働いている、とある地方私鉄の「三条」駅名板です。

「他人の空似」駅名編?

 
 別に目新しい話題ではないのですが、上掲画像を眺めていてあらためて、縁も所縁も(えんもゆかりも)なさそうな離れた場所で同じ駅名が付されている例が、京阪に絡んでも複数あることに興味を覚えましたので、網羅性には自信ナシですがその実例をいくつかご紹介します。

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▲「大和田」。これは大井川鐵道の「大和田」駅を引っ張り出すまでもなく(←この駅は「雅子さまぁ〜」ブームの頃に人気がありましたねぇ…)、堂々のズバリ同名です。他にも、東武野田線にも「大和田」駅があるそうですが、未訪です…。

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▲大井川鐵道の「大和田」駅は「おわだ」と読むのです。だからこその「雅子さまぁ〜」なのです(←もうエエか)。

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▲「橋本」。京阪では府県境の寂しい駅ですが(近年はそうでもないのですかね)、南海/JRでは昔も今も要衝です(写真は隣駅「紀伊清水」にて撮影した「橋本」ゆき)。「大和田」ほどの遠隔地ではないので、過去には「橋本−橋本」の定期券を購入した人が…それは、居ないか。

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▲「京橋」。これはワタシに言わせれば別モノ、発音が違うのです。京阪の「京橋」は前半「きょう」にアクセントを置く一方、東京メトロ銀座線の「京橋」はアクセント無しのフラット発音が正のようで、両者の自動放送も明らかに異なります。
(写真は、今はもう見られない01系の電光式路線図。このタイプ、あとは丸の内線02系の一部に残るのみです。)

 その他には「北浜」も1,000勸幣緡イ譴疹貊蠅砲△蠅泙垢茲諭JTB時刻表を見て、廃線になっていないこと「かくにん、よかった」←表現、古いですネSTAP)。

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▲北の「北浜」駅の画像がないので、イメージ画像@興浜北線で代用。

これは、アカンかな?


 他に「空似」駅名は無いかいナ、と思って浮かんだ駅名。これは、アカン?

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▲「牧野−マキノ」の定期券を持っている・持ったことのある人は、一人ぐらい居そうな気もしますが、さて?




 今回、同一の場所や至近距離にあるので、当然ながら駅名も同一ないし酷似しているケースは対象外としました(淀屋橋〜京橋・門真市・丹波橋・東福寺・六地蔵・木幡・黄檗・宇治、そして冠詞「JR」を横へ置けば藤森・野江など)。

 一方、他にも「空似」駅はあるような気はしています。駅名のイメージから(調べずに)考えるだけでも、例えば「村野」「大谷」あたりは日本国内のどこかにありそうな気がします。もし「おぃ、あの駅名はあそこにもあるゾ!」という例をご存知でしたら、是非ご指摘・ご教示ください。

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今回の担当者 駐在員

この記事に

「888,888」

 アクセスをくださり、ありがとうございます。

 さて、既にタイトルでお気づきかと思いますが、本日の夕方6時前に当ブログへのアクセス件数累計(カウンター)が「888,888」(ゾロ目♪)に達しました。100,000件ごとの「キリ番」の都度、そして111,111アクセスに一度の「ゾロ目」を迎えたタイミングでも何度かお伝えしておりますが・・・「皆様の日頃のアクセスに、重ねてお礼申し上げます」

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▲今更ながら、スマホでの「スクショ」とやらの方法を、若者に教わりました・・・。

 今回は、ちょうど3連休直前の到達となりましたので、暇に任せて(飽かせて)過去何度かの「キリ番」への到達日を、過去の記事で調べてみました。

【近年の「キリ番」アクセス到達日】
2014年5月 2日:400,000アクセス
2015年4月25日:500,000アクセス(文字をクリック)
2016年4月 9日:600,000アクセス(文字をクリック)
2017年2月21日:700,000アクセス(文字をクリック)
2018年2月25日:800,000アクセス(文字をクリック)

〜「キリ番へは、ざっと1年ごとに到達していることが見て取れます。600,000〜700,000の間が10ヶ月あまり(2016年4月〜2017年2月)と短めになっているのは2016年10月の「鉄道コレクション 京阪2600系(Aセット・Bセット)」発売に伴う盛り上がりを映しているのでしょうか。

〜「ゾロ目」ヒットについても、京阪系ブログですから555,555の折にあのクルマに絡めたり、俗っぽいですが777,777の際にフィーバーして(←古?)記事にしたかもしれませんが、今回はそこまでは発掘(?)していません。

 で、今回記事のテーマ・・・いわゆる「読み筋」かと思いますが、週末でもありますし、明日は東京都心でも降雪の予報が出ていますので(←関係あるンか?)難しい話ではなく、車番に「8」を得たクルマたちをいくつか拾ってみることにします。

「88」「888」「8888」


 「8」という数字はやはり「末広がり」(=漢字の「八」のシェイプがゆえ?)ということで好まれるのでしょうか、鉄道車両においても「8」は重用されているという印象があります(「9」はともかく「4」と比べると、その差は明らかですよね)。以下3両4点、「8」系の「ゾロ目」車輌の写真をご覧ください。「88→888→8888」の順に並べてみます。

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▲申すまでもなく、京阪88。

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▲名鉄から福井鉄道に移った880形。

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▲今や貴重な「直流モーター車10連@重通勤路線」である東急8500系の「8888」。

【余談】首都圏のみならず、全国を俯瞰しても「ゾロ目8」の代表格だったと思われるのが、過去50年近くの間ずっと車系に「8」を絡ませること(800系・8500系・8800系・8900系・N800系)に拘り続けて(?)きた新京成電鉄、そして、そんな中で登場した「8800系8888号車(先頭車!)」だったと思うのです。筆者は一時期、新京成線が「地元電車」となったことがあったにもかかわらず、その頃は「空前絶後」級のテツ趣味低迷期だった、ってことで、たった一枚の写真すら撮っていないのです・・・皆さん、ホンマ「後悔先に立たず」ですヨ・・・。
(心の中では(?)当時も、毎朝の通勤の折に「お、8900や!」とか「わっ!今朝はこのスジに800が走ってるし!」とか何とか、テツ心のスイッチをこっそりと入れて楽しんでいたのですが・・・。)

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▲申すまでもなくこれは近年の「後付け」写真。8800系8連12本は「ハイフン入り」の6連16本に組み替えらえてしまっており、往年の「8888」は「8814−6」に改番されてしまったようです。スミマセン、写真は車番も、顔色(?)も変わり果てた8800系8807-6(もと8832)の近影。

京阪の「惜しい」「8」絡みのクルマ…


 そんな一般論はともかくとして(?)、京阪の「8」ネタを観てみましょう。上述、さらには「800,000Hit!」の折にも採りあげた「京津線80型88」のことはもうエエとして、他にも何両か、惜しいクルマがありますよね。

 「大型化更新」グループの吊掛車「688」「788」は…却下(付番的に、全然惜しぅないし)! 大津線の現役車「808」は、もう新塗装になったのでしょうか、いずれにせよ、これも惜しくない。一方、1810系特急車のTc車「1888」辺りは先頭車でもあり、結構「惜しい」 (というか、図らずも染まった) 部類かもしれません。

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▲しかもこの「1888」はこの後、1900系Tc 1950 → 1900系T 1950となって、実に2006年まで生き延びたという「末広がり車」でした。

 とはいえ、上記「1888」は、あくまで1810系1880型の増備過程で偶然に(?)出て来た「8」族の車番。それに対して、車系そのものが「8」族で、必然的に現れた濃密なクルマが今、第一線でバリバリの活躍を続けていますよね、ね?

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▲Elegant Saloon 8000 Seriesの「8808」(ダブルデッカー車)。
(画像は、アクリル板製の旧車番プレートを支えるオーナー(コレクター)の「指」部分の消去加工だけを、施しています。)

「8」に絡む雑談・・・


 なんか、今回は「テツ飲み会の雑談」のような、お気楽な内容になってしまいましたが、3連休前ってことでお許しください。

 もう、こうなったら開き直るしかありません。「8」ゾロ目にちなんで「888,888」、すなわち、少し前に大流行りしていた(らしい)ネット系動画サイトにおける「888888」の意味するところ=拍手喝采=パチパチパチ、の画像を貼って、今回の記事を締め括りたいと思います。

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▲伝説の(?)「2013年 ニコニコ超会議@幕張メッセ、超鉄道エリア」での「888888=拍手喝采」の記録。この時の「引き」の強さとスパークの激しさ、そして中継画像上での趣友からの「煽り」のことは、今も鮮明に記憶に残っています。

 えっと・・・あの・・・ですね、どうぞ良い3連休をお過ごしください・・・ではなく(と申しますか、それは当然として)「今後とも、よろしくお付き合いください m m 」。

今回の担当者:駐在員
(写真協力:趣友@首都圏在住、同志社大学鉄道同好会・クローバー会)

この記事に

 こんばんは、明日は節分ということで、お馴染みの期間限定の車内吊り。タイミングを逃すと撮影できません。
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 そして駅には早春の便りがスタート。
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 さて、1月30日(水)の記事で書かせていただきましたが、本日午後にさだ図書館で開催されました『鉄道おもしろ講座』に参加してまいりましたので報告記事を書かせていただきます。この講座はさだ図書館と牧野図書館の連続講座で実施されており、第2回は2月23日(土)に牧野生涯学習市民センター集会室において開催される予定です。もちろん今日も次回も無料です。

 午前のお仕事を終え昼食後、さだ図書館へ急行。この踏切を渡ると会場はスグそこ。
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 会場は3階。 
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 定員50名となっていましたが当日受付もしていただき、会場はほぼ満席の盛況でした。ただ年齢構成は子どもたち+60歳以上で全体の8割程度ということで、沿線でお見かけするメンバーの姿はお見かけしませんでした。
 会場の後ろには子どもたちの記念撮影用の力作が・・・
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 本日のタイトルは『鉄道の基礎を楽しく学ぶ』そして本日のレジメ 
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 資料として配付された、さだ図書館に所蔵されている京阪電鉄に関する図書。沼本は沿線図書館には必須アイテムなのですかね。
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 本日の講師は図書館流通センター関西支社の谷口保孝先生です。以下の画像から推察できるように講師の先生は関西の某電鉄の元中の人で運輸教習所の所長なども歴任されたとのことで、参加者からの車両面・運輸面・施設面どの質問にもオールマイティにこなしておられました。
 ですので、その方面好きの方ですと目から鱗の話題や画像もあったのでしょうが、残念ながら私は京阪鉄。
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是非覚えておいて下さいと力説していらっしゃった。“列車と電車の違い”・・講義メモより。

列車の5つの定義
 1・・列車番号が設定されている
 2・・運転士と車掌が乗っている(ワンマン運転など例外はあり)
 3・・ダイヤが定められている
 4・・行先が定められている
 5・・運転区間が定められている。

 電気で動く車両である電車列車以外に気動車列車・客車列車・貨物列車etcがあります。

 そしてダイヤグラムの話しでは、
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 これでどのようなものが読み取れて、どのように活用されているのか、 
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 ABCDの意味もここから読み取れます。
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 組成の話しでは4両編成のパンタの位置が興味深い。
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 乗務員の話では乗務行路表まで登場(これは深いゾ、小学生判る?)
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 台車の話しはFS376やボルスタレスSS127の話し。線路の話しやポイントの話は時間がとっても押してしまっておりましたので牧野へ続くのか?さわりだけで予定を軽くオーバーして終了致しました。一旦終了後も質疑応答。
 「京阪線の昇圧で600V車だった1300系が引退したのはどうしてですか?」というシブイ質問をする小学生!に図解で優しく説明されていました。
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 『鉄道の基礎を楽しく学ぶ』タイトルらしく中の人から話を聞く機会というのはあまりないだけに新鮮な時間でした。
 小学生の子ども達は終了後講師の先生に「どうしたら鉄道会社の乗務員になれますか?」と熱心に聞いていましたが、先生は「高校はちゃんと出ときや」と教官らしく諭していらっしゃいました。次は牧野Ver.『鉄道の安全を支えるために』が開催されます。興味を持たれた皆さま是非申し込んでご参加下さい。次回は、当日受付は難しいかもしれませんよ。
 講師の先生及び運営にあたられました図書館の皆さま、楽しい時間をありがとうございました。

 これだけ鉄分を注入されてしまいますとまっすぐに帰るわけにもいかず、快晴の天気にも絆されてしまい
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 学生の方が撮りに来られましたので退散。非鉄の夜の部へ向かったもののまたも寄り道。板のなくなった10005編成
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 ほろ酔いながらもなんとか最終バスで本日中に戻ってまいりました。楽しかった一日です。

今晩の担当者 用務員

この記事に

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