|
タイトルとは関係なく古墳です。
袖ヶ浦市の率土(そっと)神社の南方にある、その名も率土神社南古墳です。帆立貝式前方後円墳という若干変わった形状をしています。上下二段になっているものなんかそそられます。
竹林の中にあるので少々痛ましい感じがしますが、富津の諸々の古墳よりはずっと見学しやすいです。
ところで、内房の地名はヤマトタケル伝説と関係したものが多いようです(多くもないか)。
「袖ヶ浦」市の名の由来は、妻であるオトタチバナヒメの袖が流れ着いた浦(海岸)だからとされています。
「木更津」はオトタチバナヒメを失ったヤマトタケルが読んだ歌「君去らず袖しが浦に立つ波のその面影を見るぞ悲しき」にちなむ。
「富津」はいくつか説があるようですが、その一つに、オトタチバナヒメの衣が流れ着いたことにちなむ「布流津」に由来するというものがあります。
ヤマトタケルの東征伝説についてはぐぐってください。
さて、今年も最後です。個人的にはいろいろと激動の一年でした。まさか一年前はこうなっているとは想像できませんでした。ニュータイプでも無理です。
このマニアックなブログをチラ見してくださっている皆様、来年もよろしくお願いします。
|