古墳とか

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てことでまた富津の内裏塚古墳群。
一枚目は武平塚古墳。完全に私有地なので、遠景のみ。かなりの変形を受けてしまっているようです。もともとは前方後円墳。

二枚目はその南方にある、武平塚南方古墳。これも私有地内にありますが、道から十分観察できます。こちもかなり変形・・・というか残骸?もとは円墳。

三枚目は白姫塚古墳。え〜、これも私有地内にあります。この古墳も円墳。たまたま家の方が外にいたので古墳に上らせていただきました。

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タイトルとは関係なく古墳です。
袖ヶ浦市の率土(そっと)神社の南方にある、その名も率土神社南古墳です。帆立貝式前方後円墳という若干変わった形状をしています。上下二段になっているものなんかそそられます。
竹林の中にあるので少々痛ましい感じがしますが、富津の諸々の古墳よりはずっと見学しやすいです。

ところで、内房の地名はヤマトタケル伝説と関係したものが多いようです(多くもないか)。
「袖ヶ浦」市の名の由来は、妻であるオトタチバナヒメの袖が流れ着いた浦(海岸)だからとされています。
「木更津」はオトタチバナヒメを失ったヤマトタケルが読んだ歌「君去らず袖しが浦に立つ波のその面影を見るぞ悲しき」にちなむ。
「富津」はいくつか説があるようですが、その一つに、オトタチバナヒメの衣が流れ着いたことにちなむ「布流津」に由来するというものがあります。
ヤマトタケルの東征伝説についてはぐぐってください。

さて、今年も最後です。個人的にはいろいろと激動の一年でした。まさか一年前はこうなっているとは想像できませんでした。ニュータイプでも無理です。
このマニアックなブログをチラ見してくださっている皆様、来年もよろしくお願いします。

富津の古墳ラスト?

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弁天山古墳は富津の多くの古墳のうちで内裏塚古墳群に含まれない古墳で、地理的にも離れています。
三枚目の写真は石室の天井石で、縄掛け突起があるのが珍しいらしいです。

富津には他にも内裏塚古墳群に属する八丁塚古墳がありますが、夏行ったときは草ぼうぼうで近寄れず・・・。
また、一番重要な古墳、内裏塚古墳および九条塚古墳は写真を撮りませんでした。写真4は九条塚のグーグルマップ写真です。

絹横穴群も是非見たかったのですが、微妙に場所が分からず。残念。そのうちまた探してみたい、冬に。

富津の古墳

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最初の2枚は古塚古墳。1枚目は遠望で、2枚目は前方部付近です。内房線の線路沿いにあり、線路敷設によって変形を受けている。線路の向かい側には「どんぐりの小径」というのがあるが、どうもこれはもともと古塚の周溝であったようである。案内板なし。

3枚目は西原古墳。これも線路沿いで、後円部のみ残っているようです(前方部は線路敷設により消失)。この古墳の脇にある個人宅には石室に用いられたと考えられる石材が転がっています。

木更津の古墳

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写真1は金鈴塚保存館にあった古墳地図。
地図中の金鈴塚の付近の古墳は稲荷森古墳以外は全て消滅しているようです。一応自分で歩き回って確認済み。

稲荷森(写真2)は前方後円墳の前方部のみ、名前の通り稲荷神社として残ってはいます。案内板なし。

保存館のある太田山には太田山古墳があります。刀八神社の裏を登ったところにあるようですが、山の稜線に沿って作られていたようで正直ピンとこなかった。

円山古墳(写真3)は調査するためか樹が切られていた。

鳥越古墳もどうも消滅しているっぽいです。


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