Southern California Journal

(*'-^)ノ◇http://blogs.yahoo.co.jp/piyochannanoyo◇ヽ(。_゜)ノ

Essay

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]

イメージ 1

前回記事の皆さんのおコメントを拝見して、あれ?と思ったことが多々ありますたので、つれづれなるままに
男もすなる日記といふものを…、ではなく、思ったことを書いてみまする。

まず、聖書の記述通りに教えよ、といふ「創造説」ですが、この説のポイントは「宇宙の始まりから現在まで
の過程を旧約聖書の記述が文字通り正しく、"生物種はそれぞれ独立に創られたとしている"」です。つまり、
生命の起源以外にも「今ある生物はすべて神によって独立してつくられた」という点で、「進化論」との対立が
あるわけです。

また、「創造科学」とは聖書の記述は科学的に説明できる、とする説。一般的には科学者からは擬似科学と
されましたが、支持者はこの説を進化論とともに均等に教えよという法律をつくってしまいます。しかし、1982
年アーカンソー州の裁判でオバートン連邦判事は、「創造科学」説は科学ではなく特定宗教の教義を助長す
るものだとして違憲判決を出しました。この判決文は、科学の定義に関して優れた論文として雑誌「サイエン
ス」に掲載されたらし〜。

「インテリジェントデザイン」説とは、上記のような経緯をへて出現したものです。宇宙や生命をデザインし
(創造した)存在を「神」ではなく、「偉大なる知性」と表現することが特徴れす。これによって、違憲判決の
原因である宗教色を薄め、キリスト教徒以外にも受け入れやすくしているのれす。

創造説→創造科学説→インテリジェントデザインの流れを簡単に見てみますた。

さて、皆さんのおコメントを拝見すると、どうも「進化論」と「生命の起源」を混同してゐる、あるいは上記の説
などが「進化論」と同等な科学的仮説だと思ってらっさる方がいらっさるやうな気がいたしまする。

生命の誕生は偶然か、何者かの意思か?生命はどこから来たのか?創造説をはじめとする上の説では、
この点ははっきりしてゐます。「神(偉大な知性)が創造した」ということれす。しかし、進化論にはそんな
ことは書いてありませぬ。当たり前でございますね。進化論は「生物がいかに進化してきたか」という説であり、
「生物がなぜ生まれたか」あるいは「どうして生まれたか」を説明してゐるわけではありませぬ。

つまり、おコメントの中には、「あれ?この八百屋にはお肉がないわね。あちらのスーパーにはお肉も売って
るのに…」とおっさってゐるのに等しいようなご意見がみらるるのれす。もちろん、八百屋さんにお肉は売って
ないのれすよん。

地球は約46億年前に出現したといわれております。こりは同時に誕生したとみられる月から46億歳の斜長石
が見つかっていることからも確実視されてゐます(地球上で最古の岩石は39.6億年前のもの)。

この46億年を一年間にあてはめてみませう。生命の起源は二月半ば、一番古いバクテリアの化石は四月末、
恐竜の時代が12月11日から26日まで、哺乳類の誕生は十二月半ば、人類の起源は12月31日午後八時、
農業の登場が午後11時59分だそうれす。

進化論は、この二月半ば以降を説明するものであり、それ以前あるいはなぜそうなったのかを説明するもの
ではありません。では、午後11時59分58秒にはじまったといわれる科学は、そりをどのように説明している
のれせうか。

1920年代に発表されたオパーリン=ホールディン仮説は、「原始地球はメタン、アンモニア、水素、水蒸気から
なる酸素のない大気を持ち、この大気が稲妻、太陽輻射、火山熱などのエネルギーを浴びて有機化合物を生成
する。これが原始の海にたくわえられ、有機化合物でいっぱいの"原始スープ"となり、やがて中から生命が生ま
れた」と説明します。

1952年、シカゴ大の学生ミラーがある実験を行いますた。メタン、アンモニア、水素ガスの混合気体に満たされ
た装置に水蒸気を送り、そこに高圧電気の火花を放電させます。放電を浴びた水蒸気は水滴となりたまります。
それをまた沸騰させて水蒸気にし、再度放電をします。いうまでもなく、これは上のオパーリン=ホールデン仮説
の実験です。

一週間後、放電を止めたまった内容物を分析してみました。その結果生命がタンパク質をつくるのに材料とする
ふたつのアミノ酸、グリシンとアラニンがかなり含まれていることを確認しました。

実は上の仮説と実験の段階では、原始地球の大気の組成はそれほど明確ではなかったようです。しかし、最近、
三菱化成生命科学研究所がより精密な設定の実験を行ったところ、やはりさまざまなタイプのアミノ酸を確認しま
すた。同時に、大気中だけでなく地球誕生直後の海の中でも、生命の母体となりえる構造物を発見しています。

つまり、生命の誕生は、"神あるいは偉大な知性による計画や創造"(創造説やインテリジェントデザイン説)、
"地球外生命によりもたらされた"(二重らせんでノーベル賞を共同受賞したフランシス・クリックなどが唱える)
などをとらずとも、合理的な説明ができるわけです。

この原始的細胞から人間への道のりは、偶然の産物れす。およそ起こり得るとは思えない確率の結果、われ
われがゐるといってもいいれせう。また、地球の誕生から生命の誕生といふ、前段階もまた確率的に再生の
可能性がない偶然の産物といへます。

そのうえ、進化のもとである突然変異も、種の生存に有利な選択を行ってきたというものから、中立説になって
いるようです。中立説では突然変異の大部分は生命にとって不利でも有利でもなく、"中立"です。そしてこれが
集団に固定するのも偶然です。

科学的に合理的に解釈していくと、このように"偶然"というキーワードが多く出て来ます。人間存在が有意である
と考えるぴとにとっては、人間の存在とは「偶然の積み重ね」ではなく「ある目的や意思の結果」と思いたがるのも
わかるやうな気もします。逆に、それほど生命の歴史は偶然の連続であるかられす。

あるいは宇宙と地球と生命の存在は、有意であるのかもしれません。科学は現象や原理の背後に意思があるか
どうか、については問いません。現象や原理の解明がその役目であり、ポパーによれば反証可能であるといふこ
とれす。つまり、有意かどうかは(科学の発達の経緯は別として、現在では)実は科学の埒外であるのれせう。

有意か否かを信じる、または同じことを考える人々と集まる、そしてそれを他のぴとに伝える、のは自由であり、
侵害されるべきではないれせう。しかし、それを(公立)学校で教えよ、あるいは科学として認めよ、というのは
まったく違う次元の話です。

そして、「解明されていない」ものを、「解明不能」あるいは「何かや誰かのせい」としてしまうのは科学的態度
ではありませぬね。また、よく考えずにそれに乗ってしまうのは精神の奴隷です。実は、何かをちゃんと主張
するぴとよりも、考えずについていくぴと達の方がタチが悪いともいえます。超能力や霊にしても一緒れす。
実はアタチはそれが言いたくて、これを書いてみたのきゃもね〜♪

イメージ 1

最近、開戦記念日って話題にならないにゃ〜と思ってたところに「真珠湾攻撃64周年」の式典
をアメリカ各地で行っているというOCRegisterの記事が出ていました。

アップしてみたら、思いもかけず多くの皆さんから反響を得ました。これは皆さんが、先の戦争
に関して日頃からお考えがあるということでせう。

思えば長い間ニポンの人文科学がマルクス主義を中心とした、いわゆる左翼思想に影響されて
ゐた時代があらました。ゆえに戦後昭和期の大部分に「日中戦争と太平洋戦争は、侵略戦争
であり、すべてニポンが悪い」という史観が主流を占めてきました。

逆に、「日中事変と大東亜戦争は、ニポンにとって自衛の戦争」+「ニポンの行為は結果としてアジア
の解放につながった」という意見も地下水脈のように流れておりますた。

これに加え「東京裁判」あるいは「東京裁判史観」に対する批判が加わり、一方の主流となって
いました。靖国神社の「昭和殉難者」という呼称もこうした見方の一環かもしれません。

冷戦崩壊後左翼陣営は壊滅的な打撃をうけ、それによって全体的に思想傾向あるいは国民の
意識というものも左から右にシフトしたようです。その象徴が、200万票以上とりながらも当時の
美濃部都知事に敗れた石原慎太郎が、いま知事の椅子に座っているということかもしれません。

社会主義の功罪はひとまずおき、左翼史観の呪縛から解き放たれてからしばらく経過した現在、
太平洋戦争については様々な見方があると思います。そしてそれが皆さんの活発なご意見にも
つながってゐるのれせう。

たくさんのご意見をいただいていますが、コメント欄は250語という制約もありアタチの思っていること
もたいした事ではなきにせよ、意を尽くしきれないきらいもござります。ここにチョビっと書いておき
まする。

よく先の戦争について論議されるのは、

*開戦の経緯
*原爆投下についての是非
*東京裁判についての是非

が主になっとります。しかし、私は大事な点が抜け落ちているのではないかと思うのです。
それは、

*ニポンが負けたことについての責任(分析)、です。

開戦の経緯がアメリカの陰謀である、あるいはニポンを追い詰めて戦争をせざるを得ないように
した、など言われています。しかし経緯はどうあれ、はじめた戦いに合理的な帰結をつけるの
が指導者の役目なはずです。

日露戦争もロシアの挑発により、当時の国際情勢からはじめたものですが、勝算はありません
でした。当時の指導者は、「負けないようにする」ことを念頭におき開戦以前より終戦工作を行っ
ていました。結果的に、バルティック艦隊の殲滅の成功、革命などの情勢、等々様々なことが功
を奏しニポンの勝利で終わったものです。

先の大戦では不拡大方針を何度も唱えながらも、戦線を拡大し続け、どこで終結させるかを
考えなかったのが大きな敗因のひとつです。開戦の詔勅でも「アジアの平和」が目的である
とあるにも関わらず、戦線は最大で西はミャンマー、東はハワイ、北はシベリア、南はニューギ
ニアという広大さです。

今の繁栄は、敗戦後のニポン人の努力の賜物であって、「今が良いから良かった」では、それ
こそ国のために犠牲になった人々に何のための戦いであったのか説明できないでしょう。

「東京裁判」についても同様です。東京裁判が、「人類に対しての罪」という名目で勝者が敗者
を裁く茶番であったのは明白です。東京裁判は、法の非遡及性(法律ができてからさかのぼって
罪を追求しない)の点からも問題があることは紛れもない事実でしょう。

しかし、だからこそニポン人が敗戦の責任を追及しなければならないはずです。A級戦犯が、ある
いは処刑されて「昭和殉難者」となり、あるいは名誉を回復し国務大臣となったなどの帰結が生じ
たのもそれが「勝者の下した判決」であったからでしょう。

「勝てない戦争」なら「負けない戦争」に、「必敗の戦争」なら「犠牲のない戦争」に、「犠牲やむなし」
なら「少ない犠牲」にする。これは当然のことだと思います。極論をいえば、勝っていれば靖国問題
も戦争責任もなかったのです。

逆にいえば、「負けた責任」が明確でないため、われわれが「東京裁判」の呪縛にかかっているの
ではないかとも思うのです。先の大戦のニポン人による分析(ならびに大枠での合意)がなければ、
冷戦時のような神学論争的な不毛な議論の再現や、たんなる気分的愛国者の跳梁跋扈につながり
かねませぬ。

敗戦後60有余年、そろそろ客観的に分析できる年月が(かといって、余り経ち過ぎても調査が困難に
なるとも思いますし)経過したころだと思うのれすが。

こにゃにゃちは、またやっつけ更新(単にアタチが書きたいことを書くの意)の時間がやって参りますた。

さて、皆さんこのぴとは誰でせう?

イメージ 1
さうです。エリザベス・テイラー演ずる、エジプトはプトレマイオス朝最後の王クレオパトラ7世れす。
クレオパトラといふと、こういうエキゾティックな美女のイメージが強いようです。




ですから、エリザベス・テイラーだけでなく、他の映像化でも

イメージ 2
こういふ感じのエジプト(アフリカ系)美女に擬せられておりまする。





では、このぴとは誰でせう?

イメージ 3
これはアレキサンドリア博物館にある、クレオパトラと同時代につくられたとされる彼女の彫像れす。
上のふたつの映像化のやうな、エキゾティックな感じではなくアポロ的な健康美、つまりギリシャ彫刻
のようれすね。

ご存知の方もいらっさるでしょうが、プトレマイオス朝の始祖はアレキサンダー大王の部下でマケドニア
出身のギリシャ人れす。ですから、元々エジプトの血ははいってにゃいんですね。

そして、この王朝では当時のエジプトの習慣であった兄弟婚を取り入れたために、代々ギリシャ人の
血が続いてきたらちいのれす。つまり、クレオパトラはほとんど純粋なギリシャ人。髪だって黒くないの
かもしれないのれす。





もうぴとつの彫像がありまつ。

イメージ 4
こりはベルリン国立美術館蔵のクレオパトラ像れす。アレキサンドリア博物館のものと同様に同時代の
作といわれ、一説によると一番面影を伝えているというらしいのれす。

この彫像になると世界三大美女(クレオパトラ、楊貴妃、小野小町「三番目は色々変わるらし〜」)のひとり
といった妖艶な美女というよりも、内省的な賢女という感じれす。

実際に古代ローマの歴史家プルタルコス(プルターク英雄伝の著者れす)はクレオパトラについて、「複数
の言語に通じ、政治・軍事・外交に長けた高貴で知的な女性」と評していまつ。

では、なぜ妖艶でエキゾティックなエジプト美人のイメージがあるのでせう?

クレオパトラ7世は即位の後、伝統にしたがって弟プトレマイオス13世と結婚しますが、つねに彼をふくめ
た親族間の権力闘争に巻きこまれ、ついにはアレクサンドリアから追放されてしまいます。

このときエジプトにきていたカエサル(シーザー)と出会うわけれす。カエサルの後押しで復活した彼女は、
カエサルの死後こんどはローマの実力者、マルクス・アントニウスに接近して結婚します。(いろいろ紆余
曲折あるのだが、大幅にカ〜ット)

このマルクス・アントニウスについてシェークスピアが書いたのが「アントニーとクレオパトラ」れす。

そしてローマ皇帝級の実力者ふたりまでも篭絡したクレオパトラの魅力を、その美貌と色香に違いない
といかにもフランス人らしい推測?で「クレオパトラの鼻がもう少し短かったら、世界の歴史は変わって
いた」と評したのが哲学者パスカルれした。

つまり、パスカルとシェークスピアのおかげでクレオパトラは美女の代表になってしまったのかもちれませ
んね。

アレキサンドリアの図書館には70万冊の蔵書があったといわれてまつが、戦災で焼けました。その後、
アントニウスは20万冊の本を贈っています。奥さんになる(なった)女性に本を贈るのですから、クレオ
パトラは妖艶といふより、やぱり本好きな才気煥発なぴとだったのれしょう。

バッハッハ〜イ

皆さん、こにちは。

連休中はちょと忙しく(ま、仕事ぢゃないけろね)、弟に頼まれたことやってたりちたので
まったく更新の準備をしておりませぬ。

それでもいらして下さる方々に何か読んでもらお〜か、といふわけで日頃思ってることを
書いてお茶を濁します。ま、漫談ですにゃ。題して、



オバチャンはなぜ小銭を用意しにゃいのか?
皆さんはバスに乗るでせうか? アタチは以前バス通勤してたこともありまつ。また学生時代は渋谷
までバス通学ちてたので、わりと乗っている方かもしれませぬ。

バスつ〜のは時刻表があっても遅れます。(早い場合は時間調整をするので、早過ぎることは
まずにゃいのです)遅れるつ〜ことは、バス停で待っている時間があるわけでつね。

来ないバスを待つのはイライラするものですが、駅ではないのでアナウンスもできませぬ。最近では
このイライラを解消する理由もあってか、バスがどこを走っているか前々停留所くらいからわかるシステム
もできまちた。

バスに乗るにはお金(あるいは定期券やバスカード)が要ります。停留所でバスを待ってゐるとき、
大概のぴとはヒマそうれす。アタチもヒマなので小銭を用意ちたり、小銭が無ければお札を用意ちます。
どうせ出さねばならんのですし、料金が決まってるのですからにゃ。

しか〜し、世の中にはバスに乗り、料金箱の前に来てから財布を出しはじめる奇特なぴとがいるのれす。
しかも、そういうぴとが実に多いのれす。そして、料金をサッと出さずに料金分の小銭を数えはじめたり
します。

アタチはこれを見るたびに、「何かの病気なのだろうか?」と悩みます。しかも、こういうぴとが美少女女子
学生やラテン系美女といふことはまずありませぬ。ほとんどがオバチャンなのれす。オバチャンな証拠に、ガマ
口つきの財布が多いのれす。

スーパーで買い物する場合も、ガマ口つき財布は曲者でつ。「3,687円になります♪」とキャッシャーがレジ
を示すと、ガマ口つき財布の持ち主は懸命に687円に近い小銭を見つけようとします。

探すのはいいのでつが、これが結構時間がかかるのれす。アタチの貴重な人生の残り時間が、オバチャンが
お釣りを多く貰わないために費やされてゐるとなると、暗い気持ちになりまつ。

アタチはスーパーのレジ打ちを待つ間に、ポケットから(アタチはもちろんガマ口なしれす)小銭を出し1円玉と
5円玉を別にしておきます。そして9円以上は使わないので、しまっておきます。こうすれば、レジ打ち
が終わったときには端数がすぐ出せるからです。

まぁ、アタチはせっかちなので皆さんにレジでこれを励行せよ♪とは申しませぬ。しか〜し、バスに乗るとき
に小銭を用意しにゃいぴとの心境がわかりませぬ。もちろん、「そんなの大した時間じゃないじゃん。もっ
と気持ちにゆとりを持ったら?」と意見もありませう。でも、料金箱の前に来てから財布を出すぴとを見るた
びに、呪わしい気持ちににゃってしまうのを抑えきれないのれす。

それとも、これって何かアタチの想像だにしない隠された理由があったり、敬虔な宗教儀式だったりするの
でせうか?

JBMさんのところで、料理バトンの記事が…(JBMさんの回答秀逸)
そこでバトンをわたされたPoohさんの記事の中にジンギスカンの店が…(Poohさん結構グルメな様子)
お〜!!いいかもしれない。しかも場所は自由が丘…。

自由が丘といえば、ま〜ちゃん倶楽部の本拠地(よく考えてみると住んでるのも勤務先も関係ないのだが…)。
そして、ま〜ちゃん倶楽部は先日ボキのシマである麻布十番を急襲してゐる。
そうだ!!リベンジに自由が丘に行くのにゃ〜。

しかし相変わらずひとりでは飲食店に行けないアタチ、コンドル1号を迎えに行く。
すると…、

イメージ 1
リラックマの殿堂、原宿Kiddy Landが!!しかし、いまはその時ではない。さよならリラックマ、
さようならシェーキーズ♡

そして、自由が丘のジンギスカン屋に到着!

イメージ 2
ジンギスカンセットを注文する。食べてみる、オイチイ♡追加注文。
タレが二種類あり、お好みで塩をつけて食べるらしい。肉は3種類、店の呼称でいうと赤・白・バラ。
それぞれ塩をつけただけでも、じゅうぶんンマイ。ご飯と一緒ならタレの方がいいかもしれない。ただし、焼き具合によって味が変わるので、焼き過ぎないように注意する必要がある。
あ、写真撮るの忘れてた♪

イメージ 3
左からバラと赤

イメージ 4
焼いてます。ジンギスカンについては、ボキに聞くにゃココを見よ ♫ われわれが行ったのは比較的早く(5時半過ぎ)だったのですぐ座れたが、この時点ではすでに長蛇の列。さっと行って、パパッと飲み食いするのに向いている。ただしこの店、冷房装置がにゃいらしくボキは流汗淋漓…。ジンギスカンセット1200円と安く見えるが、結局ふたりで6000円近くお支払い。ま井泉と同じくらい。

続いて、おされなカヘにでも行きたいといふコンドル1号に「バカモン!!自由が丘に来てモンブランに行かないというのは、東京見物に来て東京タワーに行かないと同じことにゃ〜」と、説得。東京タワーを見ると必ず「あ、東京タワーだ」というコンドル1号、納得?のようすで昭和40年代へ突入♡

イメージ 5
しかし、注文するもの二つが「売り切れです」と蹴られたコンドル1号。「ここって人気なんだね」と見直したらしい。ボキなら「ふざけんな〜!二度と来るか〜」とにゃるところだが…。
ここらで自由が丘を荒らし、ま〜ちゃん倶楽部への復讐も終えたので都会へ帰ることにした♡

開く トラックバック(1)

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事