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私は小学校の頃から国語が得意科目だった。よく百点満点も取っていたし、漢字の小テストや作文でもよい点数を取っていた。
しかし、いつも五段階評価の「四」であった。理由は簡単である。「習字」が下手くそで、悪筆であった。
中学の二年生の時、中間テスト、期末テストで百点を取ったことがあった。しかし習字の成績が悪いため「四」であった。
「お前はもっと字が上手くならなきゃ、社会人として認めてもらえないぞ」
三年間クラス担任の先生、国語の担任の先生からも異口同音に「情なさそうな」顔で言われていた。きっと筆遣いが下手なのだろう。自分でも情けなくなった。
中学校三年間、校内読書感想文コンクールがあって、毎年表彰されていだ。
三年生のある日、国語の担任の先生から授業が終わってから呼び出され、
「中川区のコンクールに推薦する。内容は一番なんだから、もっと丁寧に字を書け!」
内容を認めてくれた先生が居残ってくれて、
「俺の目の前で書き直せ!」
結局四回も清書させられた。書いている時は悔しくて涙が出そうになったが、今思い起こすと、そこまで評価してくれた先生には感謝している。
「いいか。内容は立派なんだ。だけど見た目が悪くて読みにくい。せっかくの内容が死んでしまう。こういうのを『夏炉冬扇』というんだぞ」
悔しいから、「夏炉冬扇」という言葉を、図書館までいって調べた。
《夏の囲炉裏、冬の扇子の意で、無用の物事のたとえ》とあった。愕然とした。
二つ下の妹は書道教室に通っていたため、逆に書道大会で優秀賞をもらっている。
「妹はあんなにきれいな字を書くのに、兄貴のお前は酷い悪筆だ。足して二で割っても、お前の字が足を引っ張るから、とても合格とはいかないな」
高校は工業高校に通ったため、現代国語は三年間「五」であった。工業化学科の授業には習字がなかった。
でも、
「もう少し丁寧に書けないかねぇ、いい文章書くのになあ。もったいない」
褒められているのか、貶さ ( けなさ )れているのかわからない。他の教科でも「五」や「四」を取っていたが、
「もう少し丁寧に書けよ。せっかく合っていても×をつけたくなるから」
世界史、化学、数学、英語、工業化学科専門教科の先生から同じように言われ続けた。さすがに「へこん」でしまうことがあった。特に専門教科の先生からは、
「これから社会に出て、レポートを書くことが多くなるんだから、書道教室でも通ったらどうだ」
浪人して大学へ入学しても、同級生や教授からも同じように言われ続けた。
大学時代になると、色々な文学賞やコンクールにも投稿するようになったが、採用されることも、賞を取るようなことは全くなかった。
大学の試験は論述、記述式の問題がほとんどであるので、できるだけ丁寧に回答用紙には書いた。結果はA,B、C、Dの「C」がほとんどであった。
この頃にはさすがに自分では諦めていた。だけど、上手く書けなくても、読めないような字じゃない。読み手次第だろう。社会に出て認められないような字じゃない。そう信じて卒業した。
だが、甘くはなかった。最初の上司からは、
「もっと丁寧に書け!報告書だぞ!」
毎週日報と週報を上司に郵送するのだが、必ず電話があり、最後はこのセリフで終わって電話を切られた。
しかし、入社して四年目、画期的なことが起こった。営業マン一人に一台、パソコンが貸与されることになった。このシステムは数ある企業の中でも特段に速かったのではないだろうか。一週間のパソコン講習のあと、
「これからはこのパソコンで日報、週報、その他の報告書、連絡書は作成して、専用回線を使って送信してもらう」
こんな朗報はめったにあるものではない。これで上司から怒鳴られることも少なくなるだろう。便利にもなる。
私は必死にパソコンを勉強した。日報や週報だけでなく、立派な企画書も作成できるようにパソコン関係の本を読破し、「これでもか!」というくらいの企画書や提案書を作った。
Windows 95が発売された時は、一目散に電気屋に駆け込みパソコンとともに手に入れた。これで、同期や先輩達に差をつけ、他社のプロパー達にも「一目置かれる」立場にもなった。
それに上司や代理店の幹部、女子社員、開業医の医師達に「認められ」高い評価をもらうことができるようになった。病院の偉い先生や若手の医師達、看護婦さん、薬剤師さん達からパソコンのことで相談を受けるようにもなった。
ああ、もう「悪筆」だとか、もっと丁寧に書けとか言われないで済む。今までの「屈辱」から解放される。原稿用紙もいらない。書き損じもない。
私はようやく、自分の「居場所」を見つけることができた。
この「エッセイ入門」こそ自分の探していた「居場所」だと思っている。出会えたことに感謝している。
それに、「小説すばる新人賞」、「太宰治賞」、「群像新人文学賞」にも投稿できるようになった。
文芸社にも原稿をメールで送り、それなりに評価してもらった。当然だが出版までは無茶であるけども、気軽に投稿できるようになったのは、ワードというアプリケーションがあり、インターネットという手段があるからこそである。
マイクロソフトのビル・ゲイツやWindows Officeの開発に携わった方々に心からお礼を言いたい。
マイクロソフト社が全世界的に証明している「マイクロソフト・オフィス・スペシャリスト」という資格も昨年取得した。
私の持っている「故事・ことわざの辞典」に、
『夏炉は湿 ( しつ )を炙 ( あぶ )り、冬扇は火を煽 ( あお )ぐ』《無用と思われる物も、使い方によっては役に立つたとえ》とある。この言葉が私の「座右の銘」である。
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