エッセイ集 小鹿桂司作品集

NHK文化センター名古屋 エッセイ入門「オアシス」に収載されてtます。愛知県図書館名古屋市立図書館に収蔵されています。

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痛し痒し

名古屋市は精神障害者に対して非常に手厚いシステムがある。「福祉乗車」が発行され、市バス、地下鉄は乗り放題である。また、東山動植物園、市立美術館、博物館の入場料も無料である。それに各市営スポーツセンターも無料で使用できる。
医療に関しても充実している。精神障害者福祉手帳二級であれば、愛知県内の医療機関で受診しても無料である。診察料はもちろんのこと、薬代、検査料も無料である。
だから私は、ちょっとでも身体の調子が悪いとすぐに医療機関を利用する。腰が痛いと思えば整形外科でレントゲンを撮り、シップと痛み止めの薬をもらう。胃の調子が悪いと消化器内科に受診し、最近は鼻から入れる胃カメラをやってもらう。結果、ピロリ菌が胃に巣食っていると判れば、すぐに除菌してもらうため高い薬を頂戴する。喉の具合が悪いと耳鼻咽喉科を受診し、鼻からファイバイースコープを入れてもらい、大したことはない、と言われながらも漢方薬とイソジンを処方してもらう。
先日の夜、リビングでくつろぎ、やっと購入した「地デジ対応」の液晶テレビを観ていた時、最近妻に似て「キツネ目」になってきた娘が、さらに目を吊り上げ、
「お父さん、またミズムシじゃないの? 足の裏の皮がめくれているよ」
五、六年前、長年の「サラリーマン病」というか、一日中靴を履いたままの生活が続いたため罹患してしまった。その時から、トイレのスリッパも別、バスマットも別、お風呂の椅子も別、湯上りのタオルも私専用になっている。靴下も別に洗濯される。ついでに私の靴は毎日アルコール消毒される。
「また皮膚科に行って薬もらってきなよ、うつされたら困るんだからね」
妻が娘の指摘に私の足の裏を見ながら、苦虫を噛み潰したような顔をして「命令」する。
確かに若干の痒みがあり、そうではないか、と想像していたが、あまり気にするほどではなかった。
 
高校時代に一度罹ったことがあったが、剣道部であった私は運動場を素足でランニングすることで「克服」することができた。しかし、このことは口にしていない。もし公言したとすれば、
「毎日外を素足でランニングすりゃいいだんべえ」
そんなセリフが妻から発せられることは、十分予想できた。
「わかったよ、明日皮膚科に行って来るよ」
私はすごすごと、自分の部屋になっている「物置部屋」に引っ込んだ。そういえば嘗て罹患した時は二回ほど皮膚科に通って薬をもらったが、その時は劇的に効いて、一ケ月足らずで通院を止めてしまった。本当はもっと長く薬を塗らなくては、なかなか根治しない。
「今度は無料なんだから、しっかり薬を塗って、ちゃんと直すことだよ!」
リビングから妻の大声が聞えた。
次の日「言いつけ通り」に会社帰りに近所の「高橋皮膚科」に寄った。
私の住んでいるマンションの近くには、内科、耳鼻咽喉科、皮膚科、歯科が同じ建物に入っていて大変便利なビルがある。マンションからも五分とかからない。だからいつも患者でごった返している。近所の患者だけでなく比較的遠方から通院してくる患者も多いようだった。特にインフルエンザが流行する時期や花粉症の時期などはごった返し、耳鼻科は二時間待ちということもよくあった。
けれど、便利なことに、すぐ近くにショッピングモールのがあり、ドーナッツ、ハンバーガー屋、外資系アイスクリーム屋、同じく外資系おもちゃ屋、家電量販店、生鮮食料品スーパー、衣料用品屋がある。だから、待ち時間が長い時などは時間が潰せるので、主婦などは買いものをしてから、また来院するということができて人気であった。すぐ隣には一〇〇円ショップもある。スポーツ用品店、ゴルフショップもある。
会社帰りになると六時を過ぎてしまう。混んでいるかなあ、と想像して行ってみると、高橋皮膚科は空いていた。受付嬢にどれぐらい待つか訊ねてみると、
「もうすぐですよ、今日は空いてます。ここで待っていてください」
花粉症対策のマスクで顔がよくわからない受付嬢は明るい声で答えてくれた。
周りを見ると患者の数は四、五人いるだけだった。何時もなら座る場所がないくらいなのになあ、と思いながらソファに座った。そして、最近購入した「郷愁の詩人 与謝蕪村 萩原朔太郎著」をカバンから出して読み始めた。
私は松尾芭蕉の「詫び」「寂」も好きだが、蕪村も好きである。朔太郎は芭蕉は好きではないが蕪村は好きだ、と記述してある。朔太郎が選んだ句が季節ごとに載っており、それぞれに朔太郎ならではの視点で解説がしてある。朔太郎の選んだ蕪村の句もさることながら、朔太郎の評論が大変参考になる。昭和十一年の著作であるが、私にはとても新鮮に感じられた。
蕪村の句の中で春と夏の部の句はとても江戸中期の作品とは思われない。現代的な感覚が心に沁みる。朔太郎はこの辺りのことを「エロチカル・ロマンティズム」、「青春のセンチメント」と評して称えている。そういえば何とも言えない「 ( つや )かしさ」が、まるで高級な旅館で焚いてあるお香が香ってくるような色っぽい句が目につく。
『行く春やおもたき琵琶の抱きごころ』
『筋かひにふとん敷きたり宵の春』
『誰が為の低き枕ぞ春の暮』
『春雨や同車の君がさざめ言』
『女して内裏拝まん朧月』
それに西洋の近代詩とも相通ずるところがあるという。私は西洋の詩など読んだことがないのでわからない。
春風 ( しゅんぷう )馬堤曲 ( ばていきょく )』という俳句と漢詩と、その中間を繋ぐ「連句」で構成された蕪村独自の手法を用いた連句がある。これなども明治になって島崎藤村らの新体詩の先駆をなしている、と朔太郎は高く評価している。百年以上前に作られ、当時は誰も見向きもしなかった蕪村に対して、ただただ唸るだけである。
うん、なるほどと感心していると、
O君」
「初子の人」ジュンちゃんが診察室から出てきた。
私はあまりのことに
「おお、ジュンちゃん、どうした? 」
彼女はニコニコ笑いながら、私の隣のソファーに座った。
帯状疱疹 ( たいじょうほうしん )なんだわ、痒いし痛いし、うちの近所に皮膚科がないでしょう」
腰のあたりに手をやりながら診察に来た理由を話した。確かに彼女の家のそばには皮膚科が」なかった。
O君はどうしたの? 」
「いや、あの、まあ・・・サラリーマン病の一種だな。」
「サラリーマン病? 何それ」
なんとなく正直にはなしづらいが、つい気を許し、
「ミズムシだよ」
「サラリーマンとどういう関係があるのよ? 」
彼女と会話するのはいつも楽しいが、まさか皮膚科で会おうとは考えも、予想もしなかった。
「一日中靴履いているだろ、サラリーマンは、だからだよ」
彼女は納得したような表情で私の足元に目をやった。
「でも、帯状疱疹なんて、免疫が落ちた老人とかがなる病気だけど、なんかあったのかい? 」
ジュンちゃんは少しため息を吐きながら、
「最近忙しいのよ、震災のおかげで。ちょっと疲れたね」
彼女の嫁ぎ先は工務店で、特に水回りなどの配管工事を請け負っている。その切り盛りを彼女とお嫁さんでやっている。
忙しいのはいいじゃん、と言おうとして改めて彼女をみると痩せたような気がした。
「痩せたかい、ちょっと。」
O君はまた太ったねえ。私はやつれよ」
そんな話をしていると、会計に彼女は呼ばれ、私は診察室に呼ばれた。
O君、またクラス会やろうね」
「おい、そんな大きな声で俺の名前を呼ぶな。カッコ悪いだろ」
ジュンちゃんはぺろっと舌を出して、私に手を振って皮膚科から出て行った。
 
 

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