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「アア、いい気分だ。加部安の牡丹を一杯ご馳走になったら、すっかり酔っちまった。
やっぱり、信州中野や会津、越後でもいい酒はあったが、上州生まれの俺にゃこいつが一番だ。上州人には上州の酒が一番だなあ。
それにしても、大戸の村は冷えるなあ。ひゅひゅ風に竹矢来が鳴いていやがる。若ぇ頃ぁ、どってことなかったが、四十を超えると身に沁みるぜ、上州の風あよ。
我慢ができなくって、酒を最期に飲ましてくんねえかい、と頼んだら、江戸からずっと一緒だった秋葉の旦那が馳走してくれた。
今年の夏に田部井の嘉藤太の家で、中風を起こして寝込んじまってから、酒はよすようにまわりの連中に言われていたからなあ。
女どもがやかましい。お町やお徳がどうして飲まさなかったからなあ。まあ、お町やお徳にしてみりゃあ、おいらが中風でぶっ倒れちまったところを見てるんだからよ、怖がって飲ませやしなかった。中風は不治の病だ。治るこたあねえ、我慢させずに飲ませりゃいいものをよ。ましてや、ああなったときに、中山の旦那か関の旦那のお縄になるこたあ、わかってたんだからよ。
これは中風にいいからってんで、あれやこれや薬を持って来ては煎じて飲ませてくれたが、この有様だ。まともに歩きゃしねぇし、しゃべることいだって人並みにできゃしねぇ。
おいらが酒を覚えたのはいくつの時だけかなあ、ありゃ、親父が死んで間もなくだったかもしんねえな。お旦那博打ばっかりで、甲斐性のねえ親父だった。けど、酒を飲むにゃおめぇは早すぎる、とか言って飲まさなかった。
だがよう、おっかさん。俺が明日の朝に磔獄門になるのは、「大戸」の関所を破っちまったことの罪だそうだ。信州には何度も行き来したからな。喧嘩しに信州へ大勢で出かけて、長兵衛の仇を討とうとしたが着いたときにゃもう目明しの滝蔵も原七も捕まった後だったけなあ。馬鹿みたぜ。
けどよ、こんな阿漕なことを俺にけしかけたのは、大前田の英五郎親分だったんだぜ。
「お前さんはいい面構えをしている。だからこんなところで、ちっぽけに遊び人相手に賭場を開くより、もっとでけぇことやりな」
なんていい加減なこと言われちまってよ、図に乗った俺も馬鹿だったけどよ。
ああ、酔っ払うと愚痴が出ちまっていけねえ。
それにしても、日光の円蔵や八寸の才市、神埼の友五郎、三木の文蔵、板割の浅太郎、清五郎・・・山王の民五郎は殺された。おいらに付いて来やがった子分達は、俺のことを心底大事にしてくれたぜ。それに村の百姓衆のことも大事にして、けして迷惑なんか掛けようと思わなかったぜ。
島村の伊三郎親分を殺したのは、文蔵だ。俺は剣術の方はからっきしだめだったからよ。それに島村の伊三郎親分は長脇差を抜こうとしなかった。
俺は「あんな立派な親分になりてえな」と陰ながら憧れていたんだぜ。それを俺は体格がよくって、金回りがよかったもんで、文蔵が「島村の親分の縄張りをとっちまいあしょう」と俺や円蔵を唆かしやったもんだから、伊三郎親分を殺す羽目になっちまったが、俺は文蔵達のやることをじっと見ていただけなんだ。本心は殺したくはなかったさ、あんないい親分をよ。
腐りきった御領主様に楯突いて、村の悪徳商人の野郎どもから「しこたま銭」を分捕ろうと、遊び好きな連中相手にご法度の賭場を張ってたんだ。
まあ、おとっあんもその口だったがね。おっかさんも苦労したなあ。こんな馬鹿息子を生んじまってよ。今頃草葉の陰で泣いているこったろう。
浅太郎にゃ気の毒な子としたぜ。田部井村で賭場を開いていたとき、八州の捕り方に襲われた。あんときちょうど浅の奴はいなかった。それを円蔵は浅と小斉の勘助親分と示し合わせたと感ちげぇしちまって、浅に伯父御の勘助親分を殺させ、身の潔白を晴らせましょう、と言い出しやがった。俺は浅に限ってそんなことするわけねえ、あいつはなんか事情があっていなかっただけだ、そんなことまでさせるこたぁねえと、円蔵や文蔵たちを何度も言い含めたが、円蔵の言い分に負けちまった。
勘助親分は浅とはつるんで俺たちの賭場を襲うようなケチな伯父御じゃねぇ。立派な親分だった。
西久保方村の長安寺のくそ和尚がやりやがった悪事のために、長ぇことかかって、江戸まで行って公事をやんなさったお人だ。随分と銭もかけたらしいと東久保村の衆から聞いていた。
そんなお人だからこそ、八州様の捕り手となって、俺たちのご法度破りの賭場が開かれることを調べなすったんだ。浅とは一切関係ねえ。それを円蔵の言い分を聞いちまった俺は情けねえ気分で、堪らねえ。まだ幼い勘太郎まで殺させたんだ。情けねえよ、おっかさん。そんな男が立派に磔刑のご成敗を受けることができるなんて、ありがてえこった。
円蔵も文蔵も才市もみんな捕まって、ご成敗されちまった。あいつらは身から出たさびだが、俺を最期まで匿ってくれた名主の宇右衛門さんまで捕まって、首を刎ねられちまう。散々迷惑かけたのによ。
宇右衛門さんから「磯沼の浚いを手伝ってクンねぇか」って、じきじきに頼まれて、そいじゃあってんで賭場を開いて寺銭を稼いだ。友蔵と話を付けて、お百姓を助けたんだ。そんときのよ、宇右衛門さんの顔は真剣そのものだったぜ。なんとかお百姓のためになろうと、最後の最後に俺んとこへ来たのさ。
御上にできねえことをやって、そいで俺を匿ったってことで、首を刎ねられちまうなんて、お上にもお情ってもんがねぇのかねえ。まったく宇右衛門さんにはあの世で会わす顔がねえよ。迷惑だったろうな、俺みてぇな知り合いがいてよ。
迷惑掛けたっていやあ、妾のお町にお徳だ。
田部井の嘉藤次ところでお町とねんごろになって、俺が中風をおこししまった。あいつは気がチイせえ女だから、友蔵や安五郎と相談して、お徳の家で匿おうとしたが、考えちゃずうずうしいこった。俺は口も利かねえ様子だったが、友蔵や安五郎が宇右衛門さんと相談してるのは聞えてたぜ。俺はお徳のこったから断るにちげえねえ、そう踏んでたよ。案の定、お徳は青筋立てて怒りやがった。あたりめぇだあ。
けどよ、見たかい? あの立派な籐丸籠。それに棒縞模様の縮緬の綿入れが三枚もへえって、黒襦袢の半袖は中形染めの縮緬、それにどてらが二枚。座布団は三枚だ。
あんなもんまで用意しやがって、ありゃあお徳の見栄っ張りだ。
あんなことまで俺は頼みゃしねぇし、厭なこったとなんどもお徳を呼んで叱ったが、どうにも口が利けねぇ。しょうがねぇ、奴の言いなりだ。
お徳はずうずうしい、頭のいい女だし、金にも困るこたぁねぇだろう。俺があの世へいきゃどっかに嫁いじまうかもしれねえ。いや、嫁がなくたってあいつ一人で生きていけるかもしれねえ。
だがよ、お町は誰かに面倒見てもらわなきゃ生きていけねぇ。だから友蔵に後を頼んだ。いい女だったが、情が薄いところもあるからなあ。
・・・・・おっかさん、俺、忠治という男はまったく阿漕な野郎だなあ。
だがよ、ひとつだけわかったことはよ、博打はいけねえよ、博打は。俺はそれで身上つぶした商人さんやお百姓をたくさん目にしてきた。もっといけねぇのは博打の胴元になって寺銭を稼ごうなんて、人様の銭を掠り取ろうなんてのは人じゃねぇよ。そんなことに命かけようなんて、馬鹿だ、大馬鹿者だ。だが、この俺はそんなことしてきたんだ。それでみんなに迷惑ばっかりかけちゃしょうがねえ。これじゃ、死んでも死に切れねえ。あの世でお前さんにどんな面して会えようか。もっとも、おっかさんは極楽浄土、俺は閻魔様の待ってる地獄往きだ。二度と会うこたぁねぇな。
おっと、もう酔いが醒めちまったぜ。
さぁてと、先に逝っちまった連中に挨拶しに行くかい。
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