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蕪村の句
与謝蕪村と言えば、
菜の花や月は東に日は西に
春の海ひねもすのたりのたりかな
こんな有名な句を思い出す。
猿殿の夜寒 ( よざむ )訪 ( とび )ゆく兎かな
ちょっと風変わりな擬人法を用いた句もある。
私の持っている「名歌・名句活用辞典」には「山家に知人を訪れた折のことを戯画化し、相手を猿に、自分を兎に見立てた句。」と解説してあった。蕪村が今頃のような冬の寒い夜に、酒でもご馳走になろうかと、ぴょんぴょん兎が、跳ねるように寒い夜を急いでいた様子が目に浮かぶ。
大学生の時代、私は自宅から通学していたが、九州出身の友人が名古屋市内の東部の塩釜 ( しおがま )口 ( ぐち )、というところのアパートに下宿しており、よく酒を買って、彼の下宿でよく飲んだ。四畳半一間で、一階に四人、二階に三人住んでいた。古くて「おんぼろな」アパートだった。そのアパートの決まりで、冬でも石油ストーブは使用が禁止されていた。冬は炬燵だけしかなかった。
二人とも貧乏で、当然のようにアルバイトをしていた。その帰りに待ち合わせをして二人で近所の銭湯で汗を流して、帰りに酒屋へ寄って「芋焼酎」を買って、寒風吹きすさぶ中を下宿まで「ぴょんぴょん」と飛ぶように帰ったものだ。それで、「芋焼酎」のお湯割りを飲んでは、彼のギターでフォークソングを歌い、そうかと思えば、難しい「マルクス・レーニン」主義やケインズの近代経済学について議論をしたこともあった。今ではとても恥ずかしくて、語れない稚拙な内容だったと思う。
こんな時、やっぱりアルバイト帰りの大学の同級生がやって来てくる。まさしく「夜寒む」に「猿殿」を訪れ、小さな炬燵に足だけ突っ込んで、「芋焼酎」のお湯割りで身体を温めたものだった。
下宿生が多かった大学だったので、みんなで集まり酒を飲むと、それぞれの故郷の話題で盛り上がった。そんな時は必ず、「故郷」の合唱が始まった。
そんな彼らと、毎年必ず集まって未だに飲んでいる。
しかし、「故郷」では兎を追って山を駆け回っている情景が浮かんでくるが、あの当時はウサギはウサギでもメス、しかも若いピチピチした「ウサギ」を街中で追い回していた。なんともハレンチな学生時代であった。
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俳句
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