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十数年前、「関西新空港が出来たら、南海電車は標準語でアナウンス・・・」との記事が、朝日新聞の
天声人語で全国に発信された。
それに異を唱えた埼玉県の小学校の先生が「何故?」と新聞社に問合せたのが発端になり、大阪弁の会 「なにわことばのつどい」の代表と交流が進んだ。
「七二八の日(なにわのひ)」と、7月28日に毎回イベントをしていた。
大阪弁はもとより、食べ物、名所他の資料を贈ったり、機関紙を贈り交流を続けているうちに、生徒の
大阪への思いが強く、世話人の会合で、誰言う事もなしに「そんなに大阪が好きやったら、招待しよう
や!」となり、金の算段もなく機関紙にもその旨を記事にし、埼玉にも届いた。
「やった!」と、素直に喜ぶ彼ら、適当に言った話がほんまに動き出し、マスコミにも働きかけた。
海遊館、大阪城、大阪港めぐり(埼玉には海がない)・・・、そして、お好み焼き、たこ焼き、きつね
うどん・・・と、企画した。
紙面を見た関係者から「招待したい」という声や寄付も集まって来た。
二泊三日、電車を乗り継いで、お寺や市の施設を宿泊所にし、生徒(小学5年生)26名、父兄3名、 先生1名を無料招待した。、成果は上々であった。(夜は童話作家や樹医他の協力もあり講演や記念植 樹もした。)
その後も十人位の交流を続けていた中に「20才になったら、自分達のお金で大阪へ行く会」を作っ たと手紙があった。
そして、数年前に彼らは大阪へやって来た。
北海道から九州へと散らばっている彼ら、卒業後も大学生、看護婦、役者、美容師、プロの
競艇選手・・・と進路は異なるが26人中15人が来た。(日帰り、一泊、二泊とそれぞれの事情を考 慮して三々五々やってきた、大半は二泊三日)
そんな中の一人から年賀状が届き、「結婚し、はじめての正月を迎えました」と、結婚式のウエディ ングドレスを着た彼女とイケ麺メンの彼とのツーショットの写真があった。
小学校5年生に出会い、その後、20才で再会、そして、25か26歳で結婚した彼女の幸せそうな
笑顔が嬉しい!!
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keijukotobashoさま。明けましておめでとうございます。昨年末には色々お手数をお掛けしました。有難うございました。七二八の日があるとは知りませんでしたが、良いお話ですね。縁が繋がってゆくプロセスを垣間見させていただきました。今年もよろしくお願いします。
2008/1/11(金) 午後 6:28
Helloさま、いつもありがとうございます。
昭和58年に第一回「七二八の日」を開催。
大阪ガスビルに、笑福亭松鶴師匠他250名以上参加でしたが、
みんな年を取ってしまい、今では当時の人が少なく、昨年25回目
を開催しています。参考まで。
今年もよろしくお願いします。 感謝。
2008/1/15(火) 午前 10:49 [ kei**kot*bas*o ]