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パラりンピックの選手の活躍が嬉しい。
事故や病気で障害者になった彼らが、周囲の温かい励ましと本人の不屈の精神で代表選手に。
「ないものを嘆くより あるものに心から感謝したい」(慶樹)
これは、親しくしている片腕のプロゴルファー・山手勝さんのことばをヒントに出来た。
彼は、3才の時に神戸空襲で被弾し左腕の切断を余儀なくされた。
父親は遊び人で、彼は不良少年時代を過ごしたという。その後、生みの母を訪ねる為、汽車賃を捻出 すべく、弱そうな奴を脅して・・・一路、九州へ。
母には会えたらしいが、その母は貧乏でやつれていて・・・、自分を受け入れてくれる状態ではな
かった。その上、神戸の警察から恐喝犯という事で地元の警察に連絡があり・・・逮捕の話。
ところが、近所の人たちが「私達が更生させますから・・・」と、保証人を引き受けてくれて、そ
の人たちの紹介で、米軍キャンプでゴルフのキャディの仕事に就いた。
紆余屈折があり、彼は・・・奥さんと駆け落ちをし神戸に戻り、牛乳配達店やボーリング場の副支 配人等をやったが、ボーリングブームも去り、失業した。
気を紛らわせる為に、近くのゴルフ練習場へ・・・
「片腕やのに、うまいなぁー」という多くの声を聞いた支配人から、入社を要請される。
以降、38回目のプロテスト挑戦し、見事、プロテスト合格した。
ところが、マスコミが騒いだわりには、仕事は来ない・・・
そんな話を講演デ聞いて出会った。
そして、1994年11月に、その生き様に感動した有志で本とビデオを制作した。
明けた1995年1月17日、阪神大震災・・・、彼のゴルフレッスンの仕事は完全失業となった。
ところが、本とビデオの効果が全国に広まり、年間100〜150回の講演の仕事で充分過ぎる程の
収入を得たという。
そんな彼の誘いで、障害者ゴルフの手伝いをする事になった。
その名も、ザ・チャレンジドゴルフトーナメント(視覚、聴覚、上肢、下肢、内臓疾患のある障害 者が約130人が一堂に会し、腕を振るう。、毎年11月3日、津ccで開催、今年で15
回目。)と命名した。
身体障害者=
ザ・ハンディキャプト = 無いから可哀想?
ザ・チャレンジド =あるものにチャレンジするという前向きな考え
ある時、義手の人が「義手で中々上達しないがどうしたら、上手になれるか?」と聞くや、山手氏は
「ないもん しゃないやん あるもんで 勝負せな」と・・・
改めて、パラリンピックの選手の活躍に心から応援したい。
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