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不登校=いじめ ⇒ 必ず治して登校させないとニートになる
という図式を当然の事のように言われる事に、おかしいと思って書き始めた記事です。
今回は中1の男の子の話。
彼は嫌な理由が幾つか貯まってきて、許容量を超えて、ある日突然行かなくなりました。
今回は、そのきっかけの一つだけご紹介します。
これが、いわゆる、イジメが原因と誤解されるケースです。
彼は融通がきかず、決められた事はきちんと守らなくてはいけない思ってしまう性格でした。
かれの中学では、「内観専心」と書いた手ぬぐいをあたまにかぶって、
一言も喋らずに、もくもくと掃除をするのが習わしになっていました。
委員会や学級でも、その事の呼びかけがされ、校風になっていました。
そんな中、彼は、男3人女3人で美術室の掃除になりました。
少し離れた所にある教室なので、皆の目も届かず、
気がゆるんで、みんなおしゃべりを始めます。
所が、彼は、それが納得いきませんでした。
「離れていても、決まりは守るべき!静かに掃除をしよう。」
注意する彼の言葉も日増しに強くなり、
ある日、一人の男の子に「背負い投げ」をされてしまいます。
畳の柔道場ならともかく、硬い美術室で・・・。
ここまで書くと、いじめのようですが、
それが一番のきっかけとしながら、彼が学校に行かなくなったのは、
それから1ヶ月もたってからの事でした。
彼は投げた子と同じくらい、それに抗議をしない周りの子に傷つきました。
そして、それ以上に悲しかったのは、次の日からも、皆がうるさかった事でした。
例え投げられても、次の日から掃除が静かになれば、
彼は自分の行動に意味があったと思えたのでしょう。
あいも変わらずうるさい掃除場所。自分にはそれを変える力は無い。
一方、学校通信では
「内観専心」は学校の宝です
と、書かれていて、それをやってきて良かったという上級生の作文が付いてくる。
自分の力のなさ、柔軟性のなさ(自分でもよくわかっている)
理想と現実のギャップの中で、自分は
柔軟性をみにつけ、「まあまあ」と思えるようになるのを目指す方が良いのか、
それとも、強いリーダーシップが発揮できるように目指すべきなのか、
そもそも、何故、こんな事にこだわるのか
こだわる自分はなんだろう・・・自己嫌悪
この年齢特有の正義感が自分自身をよけいに追い詰める。
彼が行けなくなった時、投げた子への恨みなどよりも、
自己否定の方がずっと強かった。
このようなケースは、大人がしっかり気持ちをきかないと、単なるいじめ問題とされてしまうが、
子どもは大人が思っている以上に、色んな事を考えている。
この場合、むしろ、彼自身の心の葛藤と成長の問題が大きい。
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そもそも、「ニート=役立たず・怠け者」という考え方がおかしいっすね^−^;
もしそれが真実なら、数十万年続いた『人類史』(そのうち「有史」といわれる時代はたった1万年前後)っていったい何なわけ?と言いたい。
よくテレビで「野生の世界は『弱肉強食の生存競争の世界』だ」なんて言いますが、
ライオンだって、狩りをしている時間は一生の「ほんの一部」の割合でしかなく、
ほとんど「寝て」過ごすのが普通らしいですからねぇ^−^
(詳しくは、当ブログの「「食べる」のは「生きる」ため、ってホント?」をご参照ください♪)
それにしても、この世の中、子供に見合った大人が少なすぎますね。
それも、いろんな意味で。
2010/1/28(木) 午後 6:44
はいっ、だぶるぽち☆成功〜っ(^−^)v♪
2010/1/28(木) 午後 6:45
なんて素敵なお子さん!こんな子が大勢いるクラスが健全なんですよ。健康な子が不健康になる学校や社会は間違っとる!!
2010/1/28(木) 午後 10:06
にしむらさん、ありがとう(^o^)/ そうですよね。
何でもいちがいに、○○=△△ なんて、方程式のように決め付けないでほしいですよね。本当に一つ一つ違うんですよ〜。
「3年寝太郎」だって、村を救った引きこもりだったと思います。
2010/1/28(木) 午後 10:38 [ puumin ]
道さん、こんばんは。
先生の立場になってみると、こういう場合、
「投げた子が悪い!学校の監督不行き届きだ!」って、怒鳴ってくる親さんが、今、多いですよね。
嫌な事をされた子も、そこから何かを学ぶべきだったんだっていう
長い目で子どもを見れない・・・。
記事の場合も、苦しんだ後、彼の人間性はすごく広がったと思います。大人に「子どもが失敗した時の待つ力」が小さいと、よけいに苦しいんですよね。
中高一貫で無いかぎり、中学に入ったとたん、内申点で追い込まれる
今のシステムで、親も追い込まれて待つ力を無くしちゃうんでしょうね。
2010/1/28(木) 午後 10:49 [ puumin ]
子どもを信じて待つと決めても、親心は揺れます。
2010/2/1(月) 午前 0:46
なやみおさん
そうなんですよね。
子どもを信じて待つというのは、想像以上に大変な事で、
「押さえつけてでも学校に来させてください」って言われたりすると揺れるし、スーパーで子どもが同級生のお母さんと会ったりするのが嫌だったり、色んな感情が起きてきます。
その中からまず、周囲の目を気にした保身の部分をそぎ落としていかないと、必ず子どもには見破られてしまいます。
そんな時に、周囲にわかってくれる人が居ると、心の安定が図れます。私は恵まれていたと思います。
それから、目的は、子どもを学校に行かせる事ではなく、子どもの心に自己を肯定する力を与え、生き抜く力を自ら持てるように支援する事だという事を間違えないようにしないといけませんよね。
2010/2/1(月) 午後 10:37 [ puumin ]
内緒さん。不登校の後日談です。
彼は中学後半、週に3回くらいサポーティングルームに半日くらい通いながら、明るく不登校をしました。
かれは自分の意思を持っていたので、やりたい道=農業の高校
に入ってから、いままで1回の遅刻も欠席もありません。
高校で、彼はリーダーシップがあると言われ、友達も沢山でき、
作文(体験発表みたいな)代表に選ばれました。
卓球部も、1年の中では一番強いらしく、もう、
「1年のキャプテンって言われてる。」と、話していました。
彼を攻め続けて、彼の自信をことごとく奪っていたら、
こうはなっていないと思います。
2011/6/1(水) 午前 9:57 [ puumin ]