|
私の母は、9人兄弟の8番目だ。
母の兄のうち、2人の兄はサイパンとラバウルで戦死。
1人は、シベリア抑留の後、生還している。
シベリアから生還した伯父は、3歳から小2まで、私の父親代わりだった。
よく冗談を言う、面白い伯父で、大好きだった。
私は何故か、『しんちょっさん』と呼んでいた。
しんちょっさんは、言葉がわかったから、
毎朝、日本兵の人数を数えて報告する役目だった。
日本兵に号令をかけるとみごとに並んだそうだ。
4列に並ばせて前から番号をかける。
1・2・3・4・5・6 ・・・ 4×6=24
『数えてないじゃないか!ちゃんと数えろ!』って言って
殴ってから、自分たちでひとりずつ数えよる。
ちゃーんと24人じゃけん、びっくりしよった。」
しんちょっさんは、毎朝、殴られる事がわかっていながら
わざと並ばせて、九九で人数を数えたそうだ。
と、しんちょっさんは、いつも、さも可笑しそうに話した。
しばらくすると、ロシア人たちは、日本人に感心するようになったそうだ。
『ああ、シベリアには太陽が一つしかないからな。
日本には2つある。』って言うと、あいつら、
『ふーん。良いなー。』って、みーんな信じて感心しよる。」
私は子ども心に、
もしバレたら、また、殴られるのに〜。と、びくびくしながら聞いたが、
しんちょっさんは、楽しそうに話した。
敵に捕まってるんだから、シベリア抑留が大変なもので、
いつ死んでも、殺されても おかしくないものだという事は、
子どもでも何となくわかった。
私はまだ、かけざんの九九を知らなかったから、
小学生になったら、私も習うの?覚えられなかったらどうしよう。」と聞いた。
覚えられんやつはおらん。
日本人だけじゃなか、
東南アジアでも、朝鮮でも、日本が行った所の子どもは
みな九九が言えた。」
今になって、この会話を思い出すと
伯父がどんなに、日本の教育を、日本そのものを
誇りに思っていたかがよくわかる。
なぐられても、けられても
決して誇りを失わなかったのだ。
日本が統治した国々の子どもたちまで九九ができた事が
誇りだったのだ。
そして、そんな教育をする日本を愛していたのだ。
一度だけ、
「日本人は中国人にひどい事をしたの?」と、聞いた。
伯父は、使用人として中国人を使っていたが、仲良くしていたそうだ。
中国からひきあげる時は別れをおしまれたと言っていた。
もっと話を聞いとけば良かった・・・。
去年が、その伯父の七回忌だった。
|
父たちの戦争体験
[ リスト ]





九九の話は有名ですよね
ロシア兵は農民で学が無いし荒っぽい性格だと沢山シベリヤ物を読みました
居なくなって有難味を気づくのですよね・・
傑作○です!
2011/1/8(土) 午前 0:03
九九の話は有名だったんですか〜。
私はパラオの動画を見てから、伯父の言っていた意味がようやくはっきりとわかりました。
そして、伯父の語り口や、忘れていた細かい所まで思い出しました。
伯父が、どうしてあの話を繰り返ししたのか、
今やっと、少しわかります。
とてもかわいがってくれた、大好きな伯父でした。
2011/1/8(土) 午前 0:56 [ puumin ]
いまWikiで調べて驚いたんですが、
九九の歴史って、飛鳥〜奈良時代あたりからすでにあったんですね^▽^;
僕が小学校の頃なんか「九九なんて、全部言ぇりゃいいんだろ」程度にしか思ってませんでしたが、
今、歴史をこぉやって俯瞰してみると、それまで考えつきもしなかった色んな思いが脳裏をよぎります。
そーいえば、↑のロシア人の話を見てて、ふと(うちのブログで去年書いた)成人式の記事でアップした「大酒飲みのロシア人」の動画を思い出し、笑ってしまいました〜^▽^ノ♪
ぽち☆
2011/1/8(土) 午前 10:13
おお〜。にしむらさん、調べてくださったんですか〜。
九九の歴史は古いんですね〜。びっくりです。
伯父の話を聞きながら、
もし、私が九九を覚えられなかったら、日本に住んでいられないの〜??何処に行けば良いんだろう〜。東南アジアも駄目だから・・・
も・・もしかして、シベリア〜??!! 極寒の地なんて嫌〜!!
って思って、すっごく怖かったです。
良かった〜><; 日本に居られて・・・。
2011/1/8(土) 午前 11:40 [ puumin ]
こんにちは.戦後の日本の教育は、日教組などの教育で
日本はアジアの国民に悪い事をしたということになって
いるようですが、当時の日本の態度はむしろ西洋列強の過酷な
アジア支配に比べ感謝されています。
当時、日本が中国に駐留することは国際法でもなんら
違法行為ではなかった。
むしろ日本はあくどい中国(当時の蒋介石や共産党)に利用された。
中国の年配者は、日本人の優しさなどに親しみを覚えていた。
これが実情です。
しかしその後、中国共産党の洗脳教育(日本を悪者にする)に
日本の左翼系の連中が片棒を担ぎ、日本を自虐的にしてしまったから、
中国は外交カードとして日本を悪者にし、日本は悪い国と言うのを
今ではアジア国民の感情とまで拡大して日本を陥れようとしている。
日本は戦後から今に至るまで、日本独自の外交がなかったともいる。
日本人がしっかりと現代世界史を理解し、今の平和ボケから
目覚めない限り、日本の再生はない。
がんばりましょう。
2011/1/8(土) 午後 0:24 [ 憂国 ]
憂国さん
日本人が襲われたりする時、中国人が匿ってくれたりしたそうです。
残留孤児にしたって、そういう信頼関係があったから、日本人は子どもを置いてきたし、中国人も育ててくれた筈なんです。
戦後の教育がおかしいのです。
日本も、中国も・・・。
がんばりましょう。
今年が勝負だと思います。
2011/1/8(土) 午後 2:17 [ puumin ]
残留孤児の件ですが、私が取材してきた限りでは、いささか日本人は
思い違いをしている部分が多いと思います。
日本人の多くは、中国人が残留孤児を育ててくれた恩義があると
美化しすぎています。
確かに人道的に残留孤児を育ててくれた中国人の方々もいます。
しかし残留孤児の大半は、男の子は牛馬のごとく労働力として売られ
女の子は、女として売られたのが実情です。
日本の敗戦後も中国は、国・共戦争(蒋介石と毛沢東の内戦)が
続き、当時の中国人は、自ら生きてゆくための食料も満足では
なかった。
内戦のさなか。当時の中国人も学校などに行った人はほとんどいない。
当然、残留孤児になった方々は小学校にも行かせて
もらえなかったのが実情。
現在70〜80歳の中国人(主に東北)で小学校へ行った人は
ほとんどいませんよ。(実態は。自己申告は別として)
中国人が残留孤児を育ててくれた恩義などと言うのは
戦後左翼系の日本人がつくり上げた。
厚生省が残留孤児の帰国を始めたことに便乗して、残留孤児に
成りすまして日本に(食うために)来た中国人や金目当ての
2011/1/8(土) 午後 9:50 [ 憂国 ]
素晴らしいお話です。
コメント遅くなり申し訳ありませんでした。
日本人の特性として、ほとんどが読み書きが出来ると、フランシスコ・ザビエルが評したとの記録も残っています。
戦国時代の中でも、誇りと向上心を失わなかった日本人、これは当然我々現代を生きる日本人も受け継いでいるものです。
ただ皆さんも仰るよう、戦後の日教組教育の中で、その誇りが毀損され、悪平等と歪んだ権利意識が台頭することになり、今日本に元気がないのも、自信を失ったそれらのことが一つの原因とも考えられます。
修正することは大変な作業ですが、未来永劫日本人が日本人であるために、取り戻す必要があると思います。
傑作です!
2011/1/9(日) 午後 2:00 [ - ]
憂国さん、確かに、色々な人がいますよね。
1を知って、それが全てと思ってしまうのが、
今の思想の偏りとも関係していると思います。
昨年、大阪に、中国残留孤児のふりをして、
日本の生活保護をもらいに来た人が話題になりましたね。
2011/1/9(日) 午後 7:48 [ puumin ]
シンさん。ありがとうございます。
その、伝統のある日本の教育ですが、
九九が言えない子が増えているのが現実です。
私たちが子どもの頃、土曜日まで週6日で、しかも算数が2時間ある日がありました。つまり、週7時間。
今は週に4時間しか算数がなく、九九の定着が難しいのです。
安倍さんの教育改革で、「ゆとり教育」が見直され、来年度から少しかわりますが、安倍さんのやりたかった事はまだ途中だと思います。
日教組との戦いは歴史教育・ギェンダフリー問題もあるし、大変でも、ちゃんと成し遂げてほしいですね。
2011/1/9(日) 午後 9:02 [ puumin ]
ご無沙汰しております…
bookmark整理中に拝読させて頂きました…
この様な歴史のこぼれ小話…
正直、好きです♪(笑)
なんか、一つの事実が現実性を帯びて感じられるからです…
シベリア抑留関連では「不毛地帯 山崎豊子?著」
が有名ですね…
確かに「日本には太陽が2つ在る」でしょう…
それは世界最古の建国権威を持つ【皇室】では?
つまり、誇れる伝統の連続性…
諸外国の歴史に無い独特の共生感覚の統治実績。
よく天皇陛下=emperor=皇帝
と訳され、西欧人社会と歴史が考える[皇帝政治]を連想されがちですが、
日本の歴史において[皇位]に適切な英語が無いから最も近いemperor=皇帝が使用されているのが実状の様です…
しいて云えば、ローマ法皇の存在に近い?
とかく、シベリア抑留体験者の心情が…察せられます…
祖国=日本への想い…
参考文献
★日本人はなぜ
日本のことを知らないのか
竹田 恒泰 著PHP新書
2013/4/15(月) 午後 0:32 [ 某現代日本人 ]