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最近、誰かのブログに、
「何歳で死んでも、それがその人の寿命なんだ。
平均と比べて長い・短いなんて関係ない。」
という趣旨の事が書いてあったので、賛同のコメントを書いた。
ルソーの「エミール」にも、
「子ども時代を子どもとして生ききる」事の意味が書いてある。
私が子どもに勉強を教えるときにも、
「将来の為に」という言葉はなるべく使わない。
「算数って、クイズみたいで面白いよね。」
「ここにある『決まり』を自分で発見した時って、何かめっちゃ嬉しくない?」
「ちょっと難しい問題が解けた時って、すごい達成感あるよね。」
とか言いながら、
子ども本来が持っている、「知りたい」「わかりたい」欲求に訴えかけていく。
本来、大人になる為に・・・と、
子どもらしい感覚に蓋をさせるのは好きではない。
そんな事をしなくても、子どもは十分学ぶ。
子どもが子ども時代を子どもとして生ききったなら、
例え、不慮の事故などで何歳で死んだとしても、
その子の人生はそれが寿命だったのだと、
時間がたてば思えるに違いない。
でも、今、中学生の家庭教師をしながら、
大人になる為の準備をさせている自分がいる。
先日も、通知表の評定の仕組みと、受験への影響を説明した。
テストがたとえ20点でも、授業態度と提出物が良ければ『3』がついたりするが、
80点でも、授業態度と提出物が悪ければ、評定『2』がつくのだ。
今の評定は先生の気持ち一つでどうにでもなるのが現状だ。
以前の教え子が、平均より2点高い49点で『2』だったのに、
隣の席の21点の子が『3』で、すごいダメージを受け、
その後1ヶ月数学が手につかなかった。
(本人曰く 授業中もそんなにふざけてないし、提出物も3日遅れが1回だけ)
高校によって、内申の比重は違うが、
9教科評定平均『3』でテストが300点で合格する高校があるとすると、
9教科×30=270 270点+当日の300点が合格点
これを乱暴に言えば、平均『2』だと、390点ないと合格できないし、
欠席が多かったりして平均『1』だと、480点!!(500点満点です)
先生に可愛がられて、平均『4』だと、210点で合格できたりする。
つまり、勉強を頑張るだけでは、高校に合格できないのだ。
しかも、コンビニの店員やスーパーのレジ打ち、
飲食店や簡単なアルバイトまで、
中卒の採用はまったくと言って良いほど無い
高校無償化は、この現象に拍車をかけてしまった。
学校では、これを盾に、子どもに言う事をきかせようとする先生や、
好き嫌いで評定がはっきり分かれる先生が居るのも事実だ。
そんな中、子どもに、
「体制には逆らわない。長いものにはまかれろ!」
と、教えるのは、あまりにも自分の意に反する。
でも学校は、これを抵抗なくできる子が、生きやすい場でもある。
テストの後には、全部のテストの点数を表にして、
その後に一言ずつ自分のコメントを書かなければいけない。
大人からしたら、ほんのささいな事だが、
このコメントが、なかなか書けない子がいる。
「オレ、数学は、ここをもうちょっと理解できるようになりたいけど、
英語って、本当に必要かな〜。
使ってない人は使ってないよね。使わない生き方も選べるよね。
『次はがんばります』って、書けないんだよね〜。」
なんて、私に言葉で表現できる子はまだ良いが、
自分の中の得体の知れない不満を、もんもんと抱えている子も居ると思うと、
このコメント書きはやめてほしいと思う。
歴史を興味があるから知りたい。
数学がおもしろいからやりたい・・・。
って、思ってほしいのに、、
「次は、がんばります。」って書かせる大人のセンスの無さ・・・。
勉強は試験の点数の為のものであり、
将来の為の我慢だ・・・っていうふうに感じらる。
(実際、先生にとってはそうなのだろう。)
私たちが子どもの頃は、もっとのびのびしてたのに・・・。
と、おばさん丸出しの言葉をかみ締めるこの頃です。
あなたたちがもらってる教科書も、校舎も、先生たちの給料も、
みんな国民の税金で賄われています。
だから、日本の為になる人間になるように、
授業はしっかり受けてください。
矛盾を感じ取る事も必要だけど、
年長者である先生は、うやまわなくてはいけない。
・・・そんな正論だけでは
解決しない問題も多いが、
この正論の部分も子どもに知って欲しい・・・
でも、子どもらしい感じ方、『子ども』を生きる事も忘れないでほしい!
と、思います。
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教え子たち
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先生の好みで子供たちの将来が決まるのは本当は正しくないですよね。
たしかに教師を敬わなければならないかもしれませんが、駄目な先生もいるのも現実です。。
でも、やはり素直に勉強してほしいと思ったりもしてしまいます。。
ポチ
2011/5/17(火) 午後 0:45
全くです。
以前記事にも何度も書きましたが
何を考えて怒りながら教えているのか?
全員が100点?むりだって 昔から同じですよ。
教育の仕方が変だとしか思えません。
俺なんてみかんの取れる国? 知ってどうする!
先生に殴られた、出来ないのに全科目100点なんて無理
絶対に無理です、クラス分けしても同じです。
出来ない子が落ち込むだけです。
この時から アホ教育者に知らない子どもの心の変化が現れます。
ごめんなさい 好きな記事です。PP!!
2011/5/17(火) 午後 7:34 [ なんだって ]
つばささん。
そのせいで、先生に盲従する子どもたちも増えています。
長女が小6の時、
「友だちがみんな、先生と同じ顔になっていく。
友だちがみんな、ロボットになっていく
・・・怖い。」と、言っていた事があります。
盲従するようになると、大人になってもyesマンのままで、
政権がおかしくても、中国が何をやっても、
マスコミにのせられて、何も気がつかない大人になりますよね。
2011/5/17(火) 午後 10:27 [ puumin ]
なんだってさん・・・みかんの国??知らないです〜。ボコッ!
なんだってさんは中年??ですよね。
だとしたら、私たちが子どもの頃より、今はもっと変なんです。
どこがって、はっきり言葉にできないんですけど・・・
ゆとり教育になって、ゆとりはよけい無くなったから、
その頃からかな〜。
私は保育科の短大しか出ていませんが、学校で、先生たちの算数の授業の補助に入ってみて、教え方のあまりの下手さに絶句しました。
子どもが、何をわからないのかが、全くわかっていないんです。
何にも挫折してない人が、大学を出てすぐに担任を持って、
自分の言う事を何でも聞く子どもにかこまれたら・・・
子どもの気持ちがわからなくって当然かもしれませんね。
大学の後、自衛隊で2年くらい鍛えてもらってから先生になったら良いのに〜。
2011/5/17(火) 午後 10:40 [ puumin ]
こんにちは
まさか ルソーのエミールが記事に出てくるなんて・・何だか懐かしく嬉しいです。
教育論は、
考え方も様々でしょうから難しいんだよね。
2011/5/17(火) 午後 10:53 [ ニコ ]
ニコさんも読まれましたか〜。
私も学生の頃読みました。
エミールは分厚い本が2冊で、古い本の割には読みやすかった記憶があります。
教育論は幅を広げるだけで、最終的には子どもと向き合った時の直観力みたいなものが、現場では必要だと思いますが、
この直観力が無い先生が多すぎます〜。
2011/5/18(水) 午前 9:27 [ puumin ]
>ゆとり教育になって、ゆとりはよけい無くなった
う〜ん、禅問答のようですが、それが現実なのでしょうねぇ(−−;
マスコミで「ゆとりなんてことを言うから、平均の学力が落ちた。もっと昔のような”詰め込み”を復活させろ」な〜んて言うコメンテーターが多く、それを盲信する人も多いので、
この”禅問答”のような現実が把握できている親御さんは、あまり見受けられない、というのが実情なんでしょう。
とはいえ、その「親御さん」の世代に個性的な人たちがいっぱい存在してたか、というと”?”ですよね〜(−−;
僕は子供の親をしたこともないし、先生をしたこともないですが、
いつか、(何らかの形で)子供たちと相対さなければならない局面が訪れるのではないか、と思っています〜^−^
2011/5/18(水) 午後 4:36
にしむらさんにコメした、
「今の感覚で育てた方が・・・」に答えたつもりの記事でしたが、
引っかかった所はそっちでしたか〜。
ゆとり教育になって算数の教科書の内容が30%減ったと言いますが、
算数の授業時間は35%以上も減ってるんです。
授業が進むスピードが速くて落ちこぼれが出た事を反省してのよとり教育だったのに、授業のスピードはもっと速くなったんですよ〜!
本来、内容が減っても授業が減らなかったら、何度も反復しながら、確実に力がつけられる筈なんです。
2011/5/18(水) 午後 9:36 [ puumin ]
〜続き〜
しかも、国語・算数のような基礎力の時間が減って、何が増えたかっていうと、体験的な学習で、色んな施設に行ったりする時間が増えました。これにより先生は、計画表を作り、根回しをし、お願いとお礼と事前の学習準備に時間を取られるようになり、
先生たちが超多忙になって、心の余裕を無くしてしまったんです。
生徒一人ひとりの問題に心をはせてる暇はありません。
これは本当に、本末転倒と言わざるをえません。
・・・上のコメで「ゆとり」を「よとり」って書いちゃった〜
2011/5/18(水) 午後 9:53 [ puumin ]