私は以前、安倍首相の再当登板時の投稿で、安倍氏の持つ「優しさ」「正直さ」について多くの人が心配しているというエピソードをいくつか紹介しました。権謀術数渦巻く嫉妬の海である政界では、本来は美点であるはずの人としての「真っ当さ」は、かえって足を引っ張る際の材料とされかねないからです。
ただ、人の性質や考え方、信念や思想・信条はそうそう変わるものではないし、またころころ変わっていいものでもないのでしょう。
そこで今回は安倍氏が20年前の平成5年4月、お父上である安倍晋太郎元外相の追悼集に寄せた文「父とは…」から関連部分を引用して紹介したいと思います。やはり政界で「甘い」と揶揄された晋太郎元外相と安倍氏にかかわるあまり知られていない話だと思うので……。
《……外務大臣時代に父は痔の手術をした事があったが、国会の見通しが悪く手術後二日目に委員会で質問が出る事になってしまった。医師は勿論反対、秘書官をしていた私も役所も反対であったが、父は質問の重要性から大臣である自分が出席する以外に無いと、皆の反対と激痛を押切って出席しそのため完治までの時間が大分長引いてしまった。これは皆が反対したので、山口県でいうモゲの性格(反骨、天の邪鬼)が頭をもたげた所もあるかもしれないが、責任感の強さとタフさの証明だったと思う。
その父が垣間見せる人に対する思いやり、優しさは特別なものがあった。私が小学生時代、一人で家に居た時、たまたま開いていた玄関から浮浪者の様な人がスッと入って来て入口に掛けてあった父のコートをまさに取ろうとするのを目撃してしまった。少年の私はびっくりして「アー」と大声を出すと驚いた彼は何も取らずそのまま逃げていった。夜、父が帰って来てから私にとっての武勇伝を自慢げに話すと父は「可哀そうに、コートぐらいやればいいのに」とまるで私が悪い事をした様に言うのでシュンとしてしまった事をよく思い出す。
私達に対しての愛情表現は極端に不器用であったが、この様に非常識なまでの優しさが父にはあった。こうした優しさが政界ではあるいは弱点となったかもしれないが、この強さと優しさ抜きには父の存在は考えられない。(中略)
時には甘すぎると言われながらも、生き方を変えずに突き進んだ歳月であった。父が選んだ道と同じ道を歩く決意をした私にとって、父が私の前を示した強さと優しさを、受け継いで行くことが使命であると思う。》
……つまり、覚悟の上でその道をいく、というわけですね。ただ、不思議なことに、一方で政治のあり方についてやたらと「弱者目線」「庶民感覚」を強調し、安倍氏を「タカ派」と攻撃してきた民主党の幹部らの日ごろの言動に、「優しさ」を感じたことは一度もありません。まっ、世の中そういうものなんでしょうけどね。
テレビの出演で「政治家に必要な資質は?」と聞かれ、即答で「パッションです。熱意です。」と応えた安倍晋太郎首相、この人は違うなと見直しました。
2013/3/4(月) 午前 9:14 [ 一陽来復 ]
出来る人、良い人はホント短命でそこが悔しいです(^^;
中川さんもそう・・・。
2013/3/6(水) 午前 6:49
>本来は美点であるはずの人としての「真っ当さ」は、かえって足を引っ張る際の材料とされかねない
変わる」ことに対してかなり寛容な態度をとるほうなのアレですが
)
やジョンレノン
なども、この範疇に入りますょね〜
>ただ、人の性質や考え方、信念や思想・信条はそうそう変わるものではないし、またころころ変わっていいものでもない
確かにそれはありますね〜。
(ちなみに僕は、自分自身の思想や信条が「ころころ
ガンジー
2013/3/6(水) 午前 8:45
日本語が苦手なのに日本人だって言ってる一陽来復も違うなって思うよな。
嘘ばかり書いてる有名ブロガーの一陽来復は今日も相手にされてない
2013/3/17(日) 午後 7:56 [ 大阪 ]