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不登校シリーズの最終です。
不登校のケースは色々で、支援も当然色々なのでしょうが、
10歳以上の不登校には、これだけは言えるんじゃないかと思う事を書きます。
子どもが不登校になると、親は愕然としますが、何より自分を責めているのは子ども自身です。
自分なんか・・・と、どんどん自己評価をさげ、自己否定、自己卑下となりがちです。
まず、誰かが、行かない子どもを丸ごと受け止める事が必要だと思います。
ここでは母親がその役を果たすとして書きます。
「学校に行ってほしいとは思っているけど、行かなくても大丈夫。
学校のレールから外れただけで、人間のレールから外れたわけではない。
あなたには素晴らしい所が沢山あるし、あなたが居ることが嬉しい。
生きていく道は、あなたが思っているよりも色々とある。」
という事を本気で伝える事が必要です。
この言葉が本気で伝わって初めて、子どもは心の問題を話せるようになる。
でも、これがなかなか難しい。
親は親で、世間体や見栄やプライドがあるから、子どもが不登校になった事を恥ずかしいと思う。
でも、恥ずかしいとか、他人に引け目を感じて引っ込んでいたら、
子どもは必ず察知する。
「自分の事を恥だと思っている」「自分が親を苦しめている」
と思ったら、自己否定がますます強化されてしまう。
だから、親はどっしりと腹をすえて、「行かなくっても良し」
と思う事が必要になると思う。
そして、明るく元気に社会と触れ合う後姿をみせる。
これは、「社会は怖くない」「自分が不登校でも社会は母親を受け入れてくれる」
と、子どもに伝える事ができるし、子どもは母親を通して社会を感じられる。
しかし子どもは、母親や家族に認められただけではなかなか社会に出ていけない。
ケース1の場合は、不登校など意に介さない私の友人たちが、
平日のピクニックや海にさそってくれたり、事務の手伝いをさせてくれたりした。
私も家事をたのんだ。
夕食の味噌汁やスープを彼女の仕事にした。
これで「ありがとう」「助かった」「美味しい」などの言葉がかけられる。
その子の得意な事を頼めば良いわけで、自信と責任感を培える。
ケース2では、先生が認めてくれたし、ケース3では不登校の子たちが生き生きと
宿泊生活を送る学校を見学し、本人の希望でしばらくそこに居た。
大切なのは、家族以外の協力者を得る事で、親の橋渡しが要る。
子どもは最初、「行きたいのに行けない」と最初は思っているが、
これが「行きたくないから行かない」という、自分の意思になると一歩前進。
問題は、周りの誰かのせいではなく、自分の決断だと思えたという事だ。
この一歩の為は、行かない事を認める理解があってこそ前進できる。
ここに至った時は、たとえ不登校をしていても、
暗い顔はしていない。
明るく生き生きしていればこそ、
「生きていく道は、あなたが思っているよりも色々とある。」
という言葉も現実になる。
また、自信が生まれてくれば、必要と思う子はまた学校に行きはじめる。
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