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「私と子どもは別人」
当たり前の事だけど、なかなか気がつけない。
いつまでも、未熟な自分のようにおもってしまう。
長女は小学校の頃、いつも、
「積極性が足りない。思っている事が言えない。」
と、言われていた。
人前で話すような、目立つ事は嫌いだった。
私もその頃は、小学校から言われる事を真に受けていた。
私は、人前で話すのは好きな方で、子どもの頃は弁論大会で優勝したりしていた。
だから、人前で大きな声で話したり、動作ができない長女の事を、
自分より劣っていると、勘違いしていた。
その頃は、本人も、「自分は劣っている」と思っていた。
長女が最初に演劇プロジェクトに参加した時、
「私、変わりたい。」と、言った事からもわかる。
なんてけなげなんだろう・・・。
以前の記事で、シャカ族の王である、お釈迦様の父親の事を、
「息子の中に、自分よりはるかに大きな資質が有る事に気づかず、
自分の価値観を子どもに強制し、
それによって子どもの可能性を潰そうとした・・・」
と、書いたが、まさしくその通りの私だった。
その頃の私ときたら、
「演劇をする以上、皆が主役をねらって、うまい順に台詞が多い、大事な役が回ってくる。」
と、思っていた、大勘違い人間でした。
「私、照明をする。
照明は、失敗しないと居ることさえ気づいてもらえない事もあるけど、
失敗したら、舞台そのものが台無しになるくらい、大事な役なの。
私は目立たなくても良いから大事な役がしたかった。」
と長女が言った時は衝撃でした。
それまで、私の尺度の中では、裏方や照明なんて無かったのです。
「それこそが大事な役」と言い切った彼女は、
学校や、私のような価値観の中には存在しませんでした。
そんな物差しで、彼女はとうてい測れない。
その時、やっと気が付きました。
彼女のような存在無しには、舞台は成り立たない。
皆が主役になりたがったら、舞台なんてできない。
彼女は私とは全く違う。でも、だからこそ、かけがえが無く尊い。
舞台も、世の中も、
全く違う人間が、全く違う役割を演じている。
わたしとあなたは全く違う。
だからこそ素晴らしい。
だからこそ尊い。
全く違う人間が集まってこそ
一つの舞台が完成し、一つの世界ができる。
私はそれからずっと、わが子の事を尊敬しています。
2年後、芝居塾を立ち上げた時、
彼女は集まった25人をよく観察し、適切に声をかけ、
一つにまとめてくれました。芝居の台詞は一切ありませんが、
2年目になると、年上からも頼りにされる、芝居塾の要になりました。
高校生になると、生徒会長立候補者や推薦者の原稿を一気に手がけたり、
裏方としての高い能力を発揮しました。
かくして、小学校の先生が心配したような子にはなりませんでした。
私も娘も、アンバランスな人間です。
でも、世の中は一人でバランスを取るものじゃない。
もっと大きい舞台だから、皆でとれば良いと思う。
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