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去年の夏休み、宮崎の銀鏡に行きました。
銀鏡と書いて「しろみ」と呼ぶこの地域は、神話と神楽がありました。
銀鏡神社とイワナガヒメ伝説
天降りした天つ神・ニニギノミコトは、国つ神・オオヤマヅミノカミの娘、コノハナサクヤヒメを見初めて求婚。喜んだオオヤマヅミノカミは、姉のイワナガヒメと共に差し上げた。ところが、イワナガヒメの容姿に大変驚いたニニギノミコトは、コノハナサクヤヒメのみを妻にし、イワナガヒメは送り返してしまった。悲嘆するイワナガヒメが鏡に己の顔を映して見てみると、そのあまりの醜貌に驚き、恥じ入り、鏡を乾(北西)の方向に投げ放った。鏡は龍房山の山頂に引っかかり、辺り一帯を長年にわたり照らし続けたという。もともと龍房山をご神体としていた銀鏡神社は、このイワナガヒメの御鏡をご神体とし、イワナガヒメを祀っている。
直線距離でいけば、川南くらいで降りて西に走った方が銀鏡は近かったが、
それでなくても夜行電車で早朝6時に宮崎に着く。
レンタカーも8時半までは開かないから、宮崎駅に降りた。
早朝にもかかわらず、駅員さんたちはアロハシャツでさわやかに迎えてくれた。
駅はすごくきれいで、清潔感いっぱいだった。
そもそも、何をしに銀鏡に行ったかというと、
息子の山村留学の中学を探しての事だった。
山村留学は私立中などと比べると格安だが、
宮崎まで飛行機で行っていたら、年間の交通費の方が
里親さんや学校に払うお金より高くついてしまうから、
まず、夜行バスで小倉に行き、下関の実家で昼間を過ごし、夜行列車で宮崎入りをしたのだ。
車中2泊した息子の機嫌は最悪で、面接の待ち時間は教室の板床に寝そべるほどだった。
それでも、かれの作文や面接は評判がよく、その後に面接した私は、すごく息子をほめられた。
お昼は里親さんのご家庭が、おにぎりと豚汁を用意してくださった。
おにぎりを一口食べたとたん、息子の態度が一転した。
「このお米、おいしい。あ〜、ホント美味しい!!」
息子は、お米が・・・白いご飯が大好きなのだ。
お米が美味しい所にしか住めない。
すっかり機嫌がよくなった息子と私の所に、里親の会の方が来られた。
「遠い岐阜からよくこられましたね。」
「はい。でも実は私の母の実家が熊本の菊池市なので、あまり遠い気はしなかったんです。」
「そうですか。僕も去年菊池に行って、菊池神社にお参りをしてきました。
菊池家ってご存知ですか?このあたり一帯の米良(めら)の地域は、
かつて菊池一族が治めていたんですよ。」
え・・・!!!
菊池家・・・知っているどころではなかった。
私の母は何かと菊池家にまつわる事に縁がある。
母の実家の裏には「菊池将軍の墓」があり、
一軒川下には「乳母の墓」・三軒川下には「姫の墓」
村には南北朝時代からの言い伝えや品々がある。
そして何故か、結婚して50年近く菊池を離れている母が、未だに影響力を持ち
供養の時には誰言うとなく、母が遅れると事が進まず待っている。
ある霊能者の方に、母はその「姫の墓」の姫の生まれ変わりと言われた。
まさか宮崎で、そんな事を聞くとは思わなかった。
ここで聞いた事は、この後、思いがけない所で繋がっていく。
自分でも全部が信じられないほど、
色んな事が紐解かれた夏だった。
前世がわかるという霊能者に、この夏2人会う。
というか、一人はもともとの友人で、最近わかりはじめたらしい。
力はそんなに強くないが、金銭の関係が無く教えてくれるので逆に信憑性は高い。
そして、なるほど、そう考えればつじつまが合う・・・と思う事が沢山あった。
それは偶然という名の必然で、全てつながっていた。
いつか文にしたいと思うが、まだまだわからない事が多いし、
複雑にからみあった事実のどこを切り取って文にしても、うそっぽくなりそうでこわい。
結局、何校か面接や体験をした後、
「一番良かったのは宮崎だけど、ちょっと・・・遠すぎる。」
という事で、近くの公立中に戻る事になった。
ただ、言える事は、宮崎は私と息子の魂の故郷らしい。
今年の秋は、米良のお米を送ってもらおう。
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