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「たかじんのそこまで言って委員会」で見てから、
石平(セキ ヘイ)さんという方が気になっていました。 石さんは、もともと中国人でしたが、大変な親日・反中で、 日本人に帰化された方です。 そこで、PCが使えなかった間に、下の本を読みました。
面白くて、一気に読みました。 中国の反日の理由がよくわかりました。 日本で、高倉健や、山口百恵ちゃんが人気だった頃、 中国は反日どころか、日本が大好きで、 百恵ちゃんは中国でも国民的人気だったのだそうです。 学生の民主化運動にも理解のある権力者もいて、 石さんたちも大学で、 「自分たちの手で中国を変えられるかも・・・。」 と、皆で話し合っていたそうです。 その後、石さんは留学で日本にきます。 中国の民主化運動が盛り上がって、 石さんたち日本支部の運動も活発になり・・・ そしてあの、22年前の痛ましい、「天安門事件」がおきます。 愛国さんのブログより・・・天安門事件 http://blogs.yahoo.co.jp/ayahiro1959/34273497.html 多くの中国の学生たちを、中国の軍が戦車でふみつけ、 銃を乱射し、虐殺していきます・・・。 私は愛国さん紹介の映像を、最後まで見る事ができませんでした。 石さんも、多くの友を、この事件で亡くします。 そして、自国の未来に絶望するのです。 とはいえ、家族に会いたさに、数年後、帰国すると、 中国が急に反日国になっていたそうです。 「日本でそうとういじめられるんでしょう。」 「あいつらは残虐で無能な国民だからな。」 「東京に乗り込んで虐殺してやりたい。」 あまりの変化に石さんは口を挟めないが、一度だけおそるおそる 「あのう・・・皆さんはなんでそんなに日本が嫌いなんですか?」 と聞くと、 盛り上がっていた空気が一瞬で凍りつき、 「中国人が日本人を嫌いなのは当たり前だろう!! あいつら南京で何千万人も虐殺した残虐なやつらだ〜!」 と、わめかれたそうだ。 おお・・・ついに何千万人まできたか・・・ (当時南京には10万人住んでいて、事件後も10万人いた) という感想はさておき、何でこんなに皆の意識が変わったのかを観察していると、 あの、天安門事件がきっかけだった。 天安門で罪の無い学生の大量殺戮をした共産党は、 あいつら(天安門の学生)はアメリカや日本に先導されて、 中国を弱めるために利用された。 日本は軍備を増強して、もうすぐ中国に攻めてくる。 日本に対抗する為に、中国は愛国心のもと、一つになって、苦しい生活を我慢して軍備拡張して核や空母を持ち強くならなければいけない!! そうでなければ日本に皆殺しにされる!! という、大キャンペーンをやっていたのだそうだ。 ちゃんちゃらおかしい大嘘だが、情報が無い中国では信じられてしまうのだ!! 一党独裁だから、学校でもそう教えられるわけだ。 なんとひどい話だろう・・・。 「たかじん」で、いつも、もっともな事を言われ 心から日本を想ってくださっている石さんの話は、 「おもしろい」「もっともだ」と、思いつつ、釈然としない物があった。 はっきり中国を否定する石さんは、 自分を愛するから他人を愛する事ができる。 自国を愛するから他国を認め、尊重できる。 ・・・・・という、私の考えと、あまりにも違っていたからだ。 でも、本を読んでわかった。 石さんは、今は無き、古の中国を、心から愛しているのだ。 毛沢東の文化大革命で、中国は、 四書五経や仏教などの古い文化を、 全て、悪いもの・・・あるいは、意味の無いもの・・・と、決め付けた。 (論語は諸悪の根源のように言われ、老子は実在しなかったとされた。) だが石さんは、子ども時代にお祖父さんから秘密に論語を伝えられる。 意味も教えず、唯、ひたすら書かされ、それがばれないように、 書いたノートは燃やされた。 小4になって両親のもとに戻った石さんは、いつしかそんな事も忘れてしまう。 それから何年もたって、日本で天安門事件を知り、失意のどん底の頃、 日本の書店で論語を見つけるのだ。 日本では論語を様々な角度から研究し、 ほんの数もそうとうなものだ。 江戸時代には、まさに論語の精神を生きたような人たちを多く輩出。 教育勅語の中にも論語の精神を見、 天皇誕生日の昔の言い方「天長節」は、老子の言葉が出典らしい。 「江南の春」の風景を京都に見つけ、 なくなってしまった中国仏教は、日本で完成し、花ひらいていた。 石さんは、尊敬するお祖父さんに習った論語を日本に見つけた事で、 心の祖国が復興したのです。 石さんの愛する中国は、中国にはない。 石さんの、深く悲しい愛国心に、 胸がつまる想いがした。 そして、私たちは もっと日本を愛さなければ申し訳がない。 |
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