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お久しぶりです。
GWが終わってやっと私の休みが来たようで、ホッとしています。
普天間問題やら、子ども手当て問題やら、高速道路の事やら・・・
民主党はいったい何がしたいんだ〜!って感じで、言いたい事は山ほどありますが、
今回は「GW分散」問題について思う事を書きます。
GWは、たまたま休日がそこに集まっていますが、一つ一つはちゃんと意味のある、
歴史のある祝日です。
昭和天皇の誕生日は、長年(64年も)親しまれてきたからと、そこに残されましたが、
決してそれだけでは無かったはずです。
戦争に負けたドイツは、西と東に分けられました。
どうして日本は分けられず、一つの国として復興できたのでしょう。
そう、日本も当然、分けられるはずだったのです。
北海道はソ連、本州がアメリカ、九州が中国の植民地になるかもしれなかったそうです。
戦勝国のマッカーサー元帥が日本に来た時、昭和天皇はすぐに会いに行かれました。
マッカーサーは最初、
「負けた国のトップが命乞いに来たのか」と思って見下した態度を取っていたそうです。
彼が知っている敗戦国のトップは全て、国外逃亡するか、命乞いするかだったからです。
所が、この時は違っていました。
「この度の戦争は全て私一人の責任です。私の命はどうなってもいいから国民を助けてほしい。」
衝撃を受けたマッカーサーは、この時、
「あなたこそファーストジェントルマンです。」と言い、
最初と全く違う態度で丁寧に見送ったという事です。
「天皇のいる歴史ある国を二分してはいけない。」という中国の意見も後押しにし、
(当時中国は2つに割れていた)
日本はほとんど1つの国のまま残されたのです。
この事はながく秘密にされていて、多くの国民が裏切ったのも事実です。が、
「戦争は天皇のせいです。天皇を処刑してください。」という手紙が、日本人から来た時、
「天皇を殺したら日本は共産国になってしまう。」と言ってマッカーサーは本国を説得する。
今、「象徴天皇」とされているが、この頃も決して独裁天皇ではなく、
6人の国のトップと天皇陛下併せて、7人の多数決によって事は決められていた。
こうして書くと、マッカーサーがとても良い人のようで、
日本の天皇陛下に心を動かされたのも事実だが、
陛下を処刑しなかった事も含めて、あくまでもアメリカの国益だけを考えて決断をくだしていく。
特に東京裁判、そして
戦犯と言われる方たちの処刑を、当時の天皇誕生日(現昭和の日)と、
当時皇太子であった、今上天皇のお誕生日にされた事は、
日本人の心からいかにして自尊心を奪うかを考えつくされていたとしか言いようがない。
そして、当時は合法的に認められていた戦争を、
この戦犯を裁くためだけに「人道の罪」なるものを作り、
この歴史を作ったのは戦勝国である事も忘れてはならない。
原爆が落ちて、日本が敗戦を認める決断をした時、国のトップ6人は、
戦争を続けるか、止めるかで、3対3に分かれたのだそうだ。
「今、戦争を止めたら陛下は間違えなく処刑されます。
たとえ降伏するにしても、もう少し、こちらに分が良い時に止めなければ!」
と言って反対した人たちも、自分たちの命が無い事は、はなから覚悟していただろうに、
最後は天皇の決断に従ったのだから、潔いと思う。
ロンドンのシティーに行くと、今でも、沢山の英雄の銅像がある。
イギリスの国旗を世界に掲げた英雄・・・つまり、侵略戦争の指導者だ。
勝てば英雄・負ければ戦犯・・・違いは・・・それだけだ。
もちろん、戦争が良かったと言うつもりはない。
ただ、もういいかげん、日本人は自分が日本人である事に誇りをもっても良いと思う。
こんなに素晴らしい国に生まれた事を感謝したいと思う。
という事で、思いっきり話はずれたけど、GWの分散化なんてとんでもないと思う。
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