ぷーみんLife

日本は必ず復興します。日本人の誇りを胸に!!

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コメントで、いそじんさんが教えてくださった記事が、とっても嬉しかったので、
紹介します。
 
ODAを、アジアの困った国々にするのは賛成です。
でも、中国はもう、途上国ではありません。
中国共産党支援だけは反対です。
 
後、記事の中に、韓国が紹介されていますが、
韓国は義捐金が集まったあと、日本の新しい社会の教科書に、
「竹島は日本の領土」と書いてある事に怒り、
その義捐金のほとんどを、竹島開発につぎ込まれた事を
申し添えておきます。
 
 ==========================
 

「恩義を返される国」が揺らいでいる

大震災で「好意のリアクション」が起きたわけ

2011年6月13日(月)
1/3ページ
 東日本大震災のニュースは、大きな衝撃波となって世界を駆け回った。そして世界の反応も迅速だった。彼らは次々と救援隊を派遣し、多額の義援金や激励のメッセージを届けてくれた。その数は135カ国以上に達した。
 そのうちの少なくとも100カ国以上はアジア、アフリカ、中南米の国々で、日本が半世紀にわたって国の発展に必要な経済・社会基盤整備などの「国造り協力」や、行政、教育、産業人材といった幅広い「人造り協力」をODA(政府開発援助)で支援してきた国々であった。

ブータンで有名な「ダショー西岡」

 多くのメッセージには日本への「恩義を返す」という文言があった。改めて、「恩義」はまさに世界共通の価値観であるとの認識を深めた。
 例えば、東南アジア諸国連合(ASEAN)の主要メンバーであるインドネシア政府は先陣を切って救援隊員15人の派遣、義援金200万ドル(約1億6200万円)を決めた。同じく主要メンバーのタイ政府は、日本救援予算2億バーツ(約5億3400万円)を決定し、毛布2万枚と義援金500万バーツ(約1340万円)の提供も表明した。
 アジアではASEAN 10カ国に加え、中国、台湾、韓国、インド、パキスタン、ブータン、トルコ、さらには南アフリカ、メキシコ、ブラジル、ペルーなど途上国、新興国などの素早い行動が目立った。
 特筆すべきは、ヒマラヤ山脈の山麓にある小さな国、ブータンのワンチュク国王からも義援金100万ドル(約8100万円)が届いたことだ。1人当たり国民所得2030ドル(2009年)のブータンにとって100万ドルの価値は日本人とは比べられないほど高い。そこに彼らの日本への思いの深さが秘められているのである。
 ブータンでは、日本人の農業協力専門家「ダショー西岡」を知らない者はいない。ダショーとはこの国最高の名誉を示す称号である。ODAの専門家として1964年に派遣された西岡京治氏は、この地で命果てるまでブータン水稲の開発に取り組み、遂に成功へ導いた。標高の高い所は水温が低く、稲作に適さないと言われていたが、彼は水路を蛇行させることで水温の低下を防いだ。ダショー西岡はこの国の国民的英雄なのである。

モンゴル、火力発電所の「恩義」

 もう1つ、中央アジアに位置する草原の国モンゴルは救援隊員12人の派遣と義援金100万ドルを決めたが、モンゴル政府は公務員を対象に給料の1日分の募金を呼びかけ、その輪が一般市民に広がって1億2500万円以上に達した。
 モンゴルが1990年代に社会主義国から市場経済国へ移行する時から、日本は最大の援助国としてモンゴルの国造りに協力してきた。
 日本が援助を始めた頃の冬、首都ウランバートルで唯一の旧ソ連製火力発電所が故障して冬期の都市機能が失われる危機に瀕した。首都の地域暖房機能が落ちて、ウランバートル100万人が過酷な冬を送らざるを得ないという時に、日本は間髪入れず機材の手当てを行い、専門家チームを派遣して火力発電所の復旧を成功させた。以来、この時の話はウランバートル市民の伝説となっており、日本への「恩義」の1つになっている。
 例を挙げれば際限がないが、こうした日本への思いこそが我が国援助の無形の資産(アセット)である。その一方で、有形の援助資産も世界中に散在している。
 日本最大の援助国であるインドネシアのユドヨノ大統領は、「われわれは日本に国造りの最初から助けられた。日本のいう国造りはインフラ造りからという援助哲学は間違っていなかった」と日本への「恩義」の一端を披露している。

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覚えているでしょうか。
イラク戦争初期の2003年から2009年まで、イラクの国家再建のために、日本の自衛隊が
派遣されていたことを。
これは、自衛隊がイラクの人々とどう関わり合っていたかを示す画像です。
ぜひ見てください。 私はこれを見て、涙があふれました。



REUTERS/Mohammed Ameen


国旗の重み 
〜イラク・サマーワ市民と自衛隊員〜


我々は、あなたがたの友人としてサマーワに来た





画像の最後に、こう紹介されている。

■2004年1月16日 現地 サマワ新聞の記事より
「彼ら(日本の自衛隊)は偉大な文明を保持するとともに 他の
 国家を尊重し、他国民
の家庭や職業に敬意を払う立派な伝統を
 持っていたのだ。」 と



私がとても悲しんだのは
このようなことを日本のメディアは全然報道してくれなかったことです。
報道するのはただ、
「サマワの人々が自衛隊に出て行ってくれとデモをしている」 とか
「自衛隊が復興のために作った施設は、今後運営ができない役立たずだ」 とか
そういうものばかりでした。 まるで、今の沖縄基地反対の画像ように。

しかし、報道は多方向から行わなくてはなりません。
出来事には多くの解釈があり、その中で 「本当の真実」があぶりだされてくるからです。

私は 日本の国民の1人として、自衛隊の活動を誇りに思うとともに、日本人のやさしさ、
すばらしさを実感しました。
まるで根無し草のようにむなしかった我々の精神に、あらためて、日本人とはなにか、そして
世界の人々のために何ができるのかを考えるよい機会となりました。
もしよかったら、あらためて 自分の国と国民について振り返ってみませんか。





自衛隊のみなさん、本当にありがとうございました。
みなさんは 我々国民の誇りです。








転載元転載元: successのブログ

インドネシアと日本

インドネシアのバリ島のヒンドゥー教の宗教儀式に、ランダの舞というのがある。
 
この宗教儀式である舞を踊る事を許された
ただ一人の(インドネシアから見た)外国人・川手鷹彦氏の
DVD上映会を、2009年12月に主催した事がある。
 
芝居塾ten祭主催 2009年度

伝統儀礼と治療教育(魔女ランダの舞 DVD上映)

 諸民族に伝わる宗教儀礼が果たしている人心と共同体の浄化。
今回は、バリ島に伝わるヒンドゥ文化の最奥の神事のひとつ「ランダの舞」を12度務めた講師による最後の舞いが収録されたDVDを上映する。
現代の人々は、心にさまざまなわだかまりやストレス(緊張・不安・恐怖・過負荷・疲労感など)をかかえこんだまま、それを解消する文化的・社会的な手立てを持たないという極めて深刻な状況にある。またそのような社会に住む子どもたちの心痛は、想像に難しくない。私たちが彼らの心を慈しむためにできる事はなんだろうか。
今、治療教育と藝術の役割について考える。
 
講師 :川手鷹彦   演出家・著述家・治療教育者

スイス・ゲーテアムヌ言語造形・舞台藝術学院卒業後、ゲーテアヌム舞台アンサンブルに演出家兼役者として所属。日欧の子どもの心の保護に携わる。
バリ島では2001年から2007年までに12度「魔女ランダ」を舞い、
寒村・小村の浄化儀礼の最奥を支えた。
また東京大学・沖縄キリスト教短期大学非常勤講師を始め、早稲田大学・立命館大学などでの美術・芸術的な講義内容が好評を博している。
現在東京で 藝術・言語テラピー研究所「うーじぬーふぁー」を主宰。また、各地で
「とらおおかみ」等の活動を通じ、昔話の研究、再話、創作、普及に努めている。

著書『隠された子どもの叡智』『子どもの心が潤う生活』『自閉症という体験』『イルカとライオン』
                           (いずれも誠信書房)他
 
 
2009年の頃は、今のように歴史に興味が無かったが、
その時実は、今から思えば、とても興味深い話を聞いていた。
 
川手先生は「ランダの舞」の舞手の中でも、
観光用や商売用の舞は決して舞わない、尊敬する舞手を選んで
弟子入りしようとした。
 
しかし、その師は初め、
「弟子は取らない」と言ったそうだ。
 
ところが、川手先生が日本人だと知ると、その師はなんと、日本語を話し始めた。
 
「君のお父さんは、あの戦争に行ったのか?」
「はい。飛行機に乗っていました。」
「そうか・・・私も日本人と共に戦ったのだよ。」
 
師はそう言うと、しばらく空を見つめて、涙ぐんだそうだ。
 
「今から君にマントラを伝える。次に来た時に、これが完璧に唱えられたら
 君に『ランダ』を伝えよう。」
 
 
・・・そして数ヵ月後、川手先生は完璧な発音でマントラを唱えた・・・
 
実は、最初の会話の時に、片言のインドネシア語と日本語で、
美しい誤解(?)が生じていた。
 
ランダの師は、川手先生のお父様が戦争で亡くなったと勘違いしたが、
実はこの時、存命だった。
 
そんな事もあって、
「私が君の父になろう」と師は言い、
(宗教儀式的に)親子の養子縁組をする。
 
川手先生が『ランダの舞』を学べたのは、
すでに数ヶ国語を自由に話していた川手先生の、驚異的な耳の良さによる
完璧なマントラのおかげだろう。
 
しかし、川手先生がもし、日本人で無かったら・・・
お父様が大東亜戦争に行っていなかったら・・・
そんなチャンスもはじめから無かったのかもしれない。
 
 
 
 この頃は、川手先生のメインの話だった、
「治療教育と藝術」に興味があって、この話は深く考えなかった。
今になって、その時の講義の中では余談であったこの話がとても気になる。
 
川手先生の師は、今年の初めに亡くなられた。
 
語り継ぐ事ができる人は、どんどん減っている。
日本人は、一日も早く、本当の歴史を取り戻さなければいけない。
 
 

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前に、家庭教師の教え子で、
マレーシアからの帰国子女のYちゃんとの会話を記事にした事がある。。
〜〜以下 一部抜粋〜〜
 
  帰りにYちゃん宅まで送る時、
 
「そういえば、マレーシアにも、中国はそうとう嫌な事してるよね。」
というと、
 
Y「はい。」と、いつものような小さい声でなくめずらしくはっきりと答えた。
そういう事、知ってるんだ〜。と感心して、
 
「そういう話題、家族でするの?」と聞くと、
 
Y「はい、します。」と、はっきり。
 
「マレーシアにも、日本語が話せるお年寄りの方、居た?」
 
Y「はい。いました。」
 
「その人たちは、日本人にどうだった?」
 
Y「優しかったです。とても。」
 
「他の国の人たちに対するよりも?」
 
Y「はい。」
 
「学校では日本が悪かった事ばっかり教わるけど、そういう体験をすると、
 日本は悪い事ばかりじゃなくて、良い国だって事がわかるよね。」
 
Y「はい。」
 
 
 文にしてしまうと、ほとんど「はい。」だけの会話だが、
口数が少ないYちゃんはウソは言わない。
 
〜〜過去の記事はここまで〜〜
 
 
この時、実はマレーシアと日本の関係がどうであったのか知らなかったのです。
知りたかったが、資料が発見できなかったから・・・
ただ、台湾やパラオ・インド・インドネシアがあれだけ日本を思ってくれているから、
きっとそうに違いない・・・という思いだけでした。
 
前回の「日本は侵略戦争をしていなかった」に
カマちゃんがつけてくれたトラバが、私の知りたかった事を教えてくれました。
 カマちゃん、ありがとうございました〜!!
 
以下、部分コピペ
 
       マレーシア国定中学校歴史教科書
1ページ目の見出し  
マレーシアの歴史は日本陸軍コタバル上陸から始まる。
以下、見出し
明治天皇の御真影。近代日本の列強との対峙。
日本のスローガンは、アジア人のアジア人によるアジア。
イギリスから、私たちマレー人を助けて下さい。
コタバル上陸の日本陸軍と進撃ルート。
陸海空でイギリス軍を撃破。
山下奉文中将。マレーの虎と呼ばれる。
敗北を認めたイギリス軍兵士、日本陸軍に降伏。
日本軍の真珠湾攻撃。
シンガポールからもイギリスを駆逐。
シンガポール駅は昭南駅に名称変更。
Government Notification No.41 ペナン州長官 ITAMI MASAKICHI
日本との良好な関係。
日本軍と協力。イギリスからの祖国解放独立を目指すインド国民軍。
日本に対する各抵抗グループ。
・・・略・・・
43ページまで日本の統治時代の事が続く・・・
 
 
平成21年4月にマレーシア・ペナン、ペナン中学3年生お嬢様アイーシャさんより頂いたのが上記教科書である。現在使用されている、マレーシアの国定の中学歴史教科書である。
 マレーシアの歴史は日本軍のコタバル上陸から始まる。はっ、と驚いた。国史の1ページ・・・それが・・・。
それ以前の、数百年数千年の歴史はないのですか。とアイーシャさんに聞いた。愚問だった。マレーシアは52年の歴史しかなかった。
 ブリッティッシュの老獪そして狡猾な植民地政策。略奪を正当化するための愚民政策、人種を多層支配する分割統治。
 宗教は消され、歴史は消され、言葉は消され、文字を消される。教育はない、自由もない、生きている意味さえ見出すことがむずかしかった。この地で生まれたプライドさえ・・・。
 マレーシアのこの国定教科書に感謝したい。事実を伝えることがどんなに大変なことか。
 アイーシャさんにもう一度尋ねた・・・。「日本がコタバル上陸しなければどうでしたか」
 「マレーシアという国はなかったでしょう。今もブリティッシュの植民地のままでしょう」
平成21年4月28日
 
〜〜〜転載終わり〜〜〜
だからYちゃんは
日本の素晴らしさをしっていたんだ〜。
 
マレーシアのみなさん。語り継いでくださって、ありがとうございます。
先日、一緒に靖国神社に行った友人の一人が、
 
インドのパール判事の言葉を読んで。
 
「最近、日本は侵略戦争をしたんじゃないっていう資料をよく読むようになった。
 インドの為に尽くした事も知った。
 でも、私たちは、日本はひどい侵略戦争をしたって習ってきたから、
 今更ちがうって言われてもね〜。」
と、言っていました
 
今まで信じていたものが全く違うということを完全に受け入れるには、
時間がかかるのかもしれませんね。
 
 
インド極東国際軍事裁判判事  ラダ・ビノード・パール氏

要するに彼ら(欧米諸国)は
日本が侵略戦争を行ったということを、歴史にとどめることによって、
自らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、
日本の17年間(昭和3〜20年、東京裁判の審理期間)
の一切を罪悪と刻印する事が目的であったに違いない。
私は1928年から1945年までの、17年間の歴史を2年7ヶ月かかって調べた。
この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。
それを私は判決文の中に綴った。
その私の歴史を読めば、
欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人である、ということがわかるはずだ。
それなのに、あなた方は自分らの子弟に、
「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。
満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、
どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。
日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、
卑屈、頽廃に流されていくのを、私は平然として見過ごすわけにはゆかない。
あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。あやまられた歴史は書き換えなければならない。
(昭和27年11月5日、広島高等裁判所での講演)
 
 
 
私は、金美齢さんの、
 ¥ 930

 
を読んだとき、初めて知った日本におどろきました。
そして、パラオの動画を見て泣きました。
そして、もし、アジアを日本が侵略していたのなら、
 
 
 
 
アジアが使うわけがありません。
 
アジアの国々と、本当は何があったのか、
これからもっと、知っていきたいです。
 
    〜〜これから読みたい本〜〜
 
 
 
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インドネシアの人々が証言する日本軍政の真実−大東亜戦争は侵略戦争ではなかった。 (シリーズ日本人の誇り 6) [単行本]

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アジアが今あるのは日本のお陰です―スリランカの人々が語る歴史に於ける日本の役割 (シリーズ日本人の誇り) [単行本]

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フィリピン少年が見たカミカゼ―幼い心に刻まれた優しい日本人たち (シリーズ日本人の誇り 7) [単行本]

 
アジアの一つひとつの国と日本との関係を知っていきたいです。
マレーシアとの関係は、カマちゃんがマレーシアの歴史教科書の記事を
トラバしてくださいました。
 

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