ぷーみんLife

日本は必ず復興します。日本人の誇りを胸に!!

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12月23日は天皇誕生日です。
 
そして・・・
A級戦犯と言われた方々が処刑された日でもあります。
 
わざわざこの日に処刑・・・
今上天皇は、きっと、一度も心から祝えた日はなかったのでしょう。
 
 
もちろん、戦争は悪い事です。
悲しい事です。
戦争を美化するつもりはありません。
 
けれど
あの時、何故、戦争をしたのか・・・
それを日本人が知らないではいけません。
 
「アジアの真実」を、調べてください。
本当の歴史を、取り戻しましょう。
 
そして、
23日は天皇誕生日をお祝いするとともに、
日本と環太平洋を守る為に戦われた
英霊の方々に、感謝する日にしましょう。
 
 
〜〜〜資料より〜〜〜
 
 東京裁判を事実上、主宰したGHQのマッカーサー総司令官自身も、一九五一年(昭和二十六年)五月、米上院軍事外交合同委員会で「日本が戦争に突入した目的は、大部分が安全保障上の必要に迫られてのことだった」と証言し、先の戦争は日本にとり「自衛戦争」だったとの認識を明らかにしている。この発言について河相周夫北米局長は「注目に値する」と指摘している。
 
 

A級戦犯て何?

update 2001.10.27

A級戦犯(A級戦争犯罪人)とは、大東亜戦争(太平洋戦争)の戦争責任を追及され、その罪を問われた人たちを指します。A級で 約200名おり、その他にもB級(指揮・監督にあたった将校・部隊長)・C級(捕虜の取り扱いにあたった者)で 約5700名がいます。

しかし、「A級戦犯」という名称は、日本の法律で定められた言葉ではありません。

日本は、大東亜戦争にてポツダム宣言を受諾し降伏、そして、連合国軍の占領下に入りました。そのポツダム宣言には「戦争犯罪人に対しては峻厳な裁判が行われるべし」との項目が入っていました。
1946年、連合国軍は、マッカーサー元帥の名のもとに、極東国際軍事裁判(東京裁判)を開きました。そこで、A級戦犯として 28名が起訴され、戦争責任を問われました。



起訴されたのは、東条英機を含む内閣の大臣たちや、軍の将軍たちです。
彼らは、国際法(国際的な会議で決められた条約や、日本が他国と結んだ条約などの総称)に従いその罪を裁かれましたが、起訴状には「平和に対する罪」「人道に対する罪」という当時の国際法には無い法概念がありました。
今でこそ信じられないかも知れませんが、当時、戦争は有効な政治手段として認められており、このような概念で国家の指導者を裁くことは、国際法の歴史上初めてのことでした

この東京裁判については、正当性を疑う見解が多く、今日でも論争が絶えません。
「法なければ罪なく、法なければ罰なし」という法律の大原則が破られ、日本の戦争責任を問うために、新たな法概念を追加したように見えるからです。
現に、東京裁判の判事達の中で、唯一国際法の専門家であったインドのパール判事は、国際法上の根拠を欠くとして、被告全員の無罪を主張しました。
後の歴史家・法律家の中には、あの裁判は「勝てば官軍、負ければ賊軍」式の報復裁判であったとの意見も多く存在します。
結局、この裁判では、東条英機ら 7人が絞首刑、16人が無期懲役、2人に有期禁固刑の判決が下り、1人が病気のため免訴、2人が裁判中に病死という結果に終わりました。

また、この東京裁判のほか、世界各地で連合国軍の軍事裁判が開かれ、数々の戦争指導者が有罪となりました。これらの裁判で、戦犯達は A級・B級・C級と区別され、900名以上の者が死刑判決を受けました。


その後日本は、7年間にわたり連合国軍に占領されました。
GHQ(連合国軍総司令部)により占領政策が行われ、日本国憲法の公布や、新聞・ラジオ等のメディアの規制がなされました。GHQの政策は、自国の戦争に対しての深い罪悪感を培うもので、その影響は今日の私達日本人の中にも深く刻み込まれています

そして、1952年にサンフランシスコ講和条約が発効され、日本は再び独立しました。
このような時、占領下での政策・裁判・法令などはすべて失効するのが国際法の通例ですが、講和条約の第11条に「Japan accepts the judgments」という下りがあり、ここでは、東京裁判での判決を日本が受け入れ、その判決は日本政府だけではなく連合国軍の承認を得なければ覆すことができないと、定められています。つまり、日本は独立したとはいえ、勝手に戦犯を釈放したり、刑の執行を怠ったりすることができなかったのです。

その後の国民世論として、戦争に負けたとはいえ戦犯に対する思いは、決して悪いものではなく、むしろ同情的でした。
1953年には、国会で「戦争犯罪による受刑者の放免に関する決議」が可決され、関係諸国の同意もとに、A級・B級・C級の戦犯達は釈放されました。
また、1954年から「戦傷病者戦没者遺族等援護法」にて、戦犯の遺族達も一般の戦没者の遺族と同じように遺族年金や弔慰金が支給され、1955年からは、裁判での拘禁期間も在籍期間とする恩給も支給されるようになりました。
このように、日本政府は、戦犯達もA級・B級・C級の区別を問わず扱っており、軍事裁判での死亡者は一般戦没者達と同じように「公務死」として扱っています。

1956年から厚生省は、靖国神社の合祀事務を開始しました。各都道府県と協力し、一定の合祀資格のある者を祭神としてリストアップし、靖国神社に「祭神名票」として通知しました。靖国神社では、その名簿を受け新しい祭神として合祀していきました。
1966年には、A級戦犯達の名簿が靖国神社へ送付されましたが、国会で「靖国神社法案」が提出されるなど諸所の問題があり、合祀は数年見送られました。しかし、1978年にはA級戦犯達も合祀されました。
このように、戦没者の合祀には、厚生省が名簿を作り、それに基づいて靖国神社が合祀しています。今日、戦犯の合祀については、厚生省は「靖国神社が名簿を送ってくれというから送った」と言い訳し、靖国神社は「厚生省が名簿を送ってきたから合祀した」と言い訳し、まったく意味の無い議論が見られますが、元々、陸海軍省がやっていた祭神名簿作成を厚生省が引き継いだという経緯もあり、官民一体となって行っている作業だといえます。

 
今日は日本とアジアにとって、大切な日でした〜!!
 
私は「戦争が良い」とは思っていません。
もちろんそれは、できるだけ避けるべきです。
 
「全ての人が100%の光だけではなく、光と影を両方持っています。
 国も同じで、日本にも光と影があります。
 けれど、先進国の中で最も影が少ないのは日本であります。
 その日本が、日本の影だけを見て100%と思うのではなく、
 光の部分を見て、全体を捉える事ができるようになる事が、
 アジアの為に必要なのです。」
          〜10月31日の金美齢さんの講演の内容を聞き取った物
 
以下は「my日本」に来たメッセージを転載させていただきます。
 

12月8日とは
12月8日は、我らの祖父達が真珠湾を攻撃した日です。
この戦争は、世界の歴史を180度変えました。
日本が白人の帝国主義に真っ向から戦った決意の日です。

ククリックド・プラモード (タイ国元首相 )
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日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。
日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。

今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。
それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。

十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して
重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。
------------------------------------------------------------------------



では、年末忙しいとおもいますが、体調にお気をつけて。
その他
近日のイベントをまとめてみました^^

★12月11日 香川高松にて、 支那覇権主義抗議イベントがあります。
http://www.ganbare-nippon.net/event/diary.cgi?no=55

★12月12日 仙谷の地元でデモ!!があります!
http://www.ganbare-nippon.net/event/diary.cgi?no=60

<福岡県イベント> 九州一斉ポスティング【福岡・大分・佐賀支部】
12月12日、九州でイベントがあります。よしさんがまとめてくださっているので、
九州の方はぜひ目を通してみてください。
 
〜〜〜〜以上・転載でした〜〜〜〜
 
もちろん戦争は悪いです。
けれども、あまりにも日本人の見方が偏っているので、
光にスポットをあてて書いています。
 
考えてみてください。
世界で一番侵略戦争をした、
大英帝国は、フランスは、
こんな自虐的な歴史観を持っているのでしょうか・・・。
 
こんな土下座外交をして、未だに戦争をひきずっているのでしょうか・・・。
 
大東亜戦争が終わってから、唯一、侵略戦争をした中国共産党は、
満州、モンゴル、チベット、ウイグルを虐殺・侵略し、
親日の台湾人や自国民さえも虐殺しながら、
国土を2.5倍以上に増やしてきましたが、
 
それらの国々にあやまるどころか、
未だに歴史カードで日本を恫喝しています。
 
戦後補償が一番行き届いているといわれるドイツの
2倍以上の戦後補償をしながら、
未だに謝り続けている日本は
少し異常ではないですか?
 
そんな異常さから脱却しようとした安倍政権の功績を
全てふみにじって
歴史を歪曲した菅仙の談話・外交は
日本をこれ以上ないほど、貶めてしまいました。
 
 
 
 
 
国旗・国歌を認めない首相は赤い旗が好きらしい・・・。
半数以上が国旗に一礼もしない民主党には政治をまかせたくありません。
 
明日、11月23日は勤労感謝の日=新嘗祭です。
これも、戦後、祝日が定められた時に、伝統ある宮中行事である新嘗祭を
祝日として残そうという、先人の知恵でした。
 
明日は国旗を揚げましょう
 
マンションの方が、
お正月に、車につける日章旗を、玄関の表札に飾ると言われてて、
「なるほど」と思いました。
 
 
勤労感謝の日・新嘗祭

勤労感謝の日は戦後国民の祝日が定められた際(1948)に「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」という趣旨で定められました。アメリカのLabor Day に相当するものと思われますが(*1)、アメリカのLaborDayは9月の第1月曜です。しかしこの11月23日は明らかに新嘗祭を意識して定められたものということで、論者の間にも意見の相違はないものと思われます。新嘗祭(にいなめさい)は古くからの国家の重要な行事であり「瑞穂の国」の祭祀を司る最高責任者である大王(おおきみ,天皇)が国民を代表して、農作物の恵みに感謝する式典でした。「新嘗」とはその年収穫された新しい穀物のことをいいます。律令制度のもとでは、季秋(9月)11日に神嘗祭(かんなめのまつり),仲冬(11月)の最初の卯の日に相嘗祭(あいなめのまつり),2番目の卯の日に新嘗祭(にいなめのまつり)を行うことになっていました。この新嘗祭のうち、天皇が即位してから最初に行うものを特に大嘗祭(おおなめのまつり)といい、これが実質的にその天皇の即位を天下に知らしめる大規模な祭典となっていました。現在は新暦に移行したため、伊勢神宮では10月の15〜25日に神嘗祭、11月23日に新嘗祭を実施しています。宮中では10月17日が神嘗祭,11月23日が新嘗祭です。昔はその年の新米は新嘗祭が終わるまでは誰も食べないのが習慣でした。陰暦の11月の第二卯日というと太陽暦で見ればこれはちょうど冬至頃に相当します。日本には昔からいろいろなダブルスタンダードがあるのですが、実はここに農業民族最大の祭典である新嘗祭をほぼ冬至に行うということで本当は1年を冬至から始めていたわけです。新嘗祭はつまり本当は新年の祭りであり、だからこそ、大規模な式典が行われ、天皇にとっても重要な儀式であったわけです。新嘗祭がいつ頃から行われていたのかは必ずしもはっきりしないのですが、日本書紀で皇極天皇元年(642)の11月16日に新嘗祭の記述があるのが文献に出てくる最初です。この日は西暦では642年12月12日(グレゴリウス暦642年12月15日)で干支は丁卯にあたり、既にこの時代には新嘗祭は11月の第二卯日というのが、確立していたのでしょう。
街宣右翼のせいで、すっかりイメージが悪くなっていた「日の丸」ですが、
尖閣問題で、ちょっとイメージが変わったんじゃないでしょうか・・・。
 
デモにはちょっと行けないっていう人も、祝祭日には国旗を揚げましょう
明日は「文化の日」(明治節)です。
 
 
街宣右翼は90%近くが朝鮮系の外国人です。
日の丸や、本当の愛国者のイメージを悪くするのが目的です。
 
そんな作戦に乗って、今まで国旗を揚げなかった自分が恥ずかしいです。
 
「日の丸」は、源平合戦で色が確定したといわれるほど、長い歴史を持つもの。
 
「君が代」の歌詞は平安時代の結婚式で詠まれていたものです。
 
 
こんな歴史の有る「国旗」と「国歌」をもっている国は日本だけです。
 
 
国旗はホームセンターで2000円くらいで手に入ります。
国旗を揚げるための国旗を差し込む金具もついていました。
 
前はホームセンターで、こんなに目につく所にあったかな〜
デモのお陰で買う人が多いのかも・・・・。
 
もし、明日の「文化の日」に間に合わなかった人も、
23日の「勤労感謝の日」までには必ず購入してくださいね。
 
「勤労感謝の日」は、「新嘗祭」です。
今の祝祭日は、戦後名前を変えているけど、
実は日本の歴史に関わる大切な日です。
 
今日は記事にする時間がないけど、皆さんも色々調べてみてくださいね。
 
 
〜〜〜追伸〜〜〜
 
下のコメで、さとりんさんが教えて下さった「明治節」の歌が、
カマちゃんさんの記事にありました〜。
 
明治天皇のご功績もよくわかる内容です。
是非、行ってみてください。
 
 

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やまと新聞〜♪♪

 
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【戦後最大規模】5800人が参加した!

尖閣侵略糾弾デモ

http://img.addclips.org/addclips_0.gif 10-10-16 22:30 配信

平成22年10月16日 戦後最大規模となったデモが開催

集合場所となった都内・青山公園には日の丸や手作りのプラカードを手にした人々が早くから集まり
海外メディアの姿も多く見られた。

開始前から今回のデモを主催した頑張れ日本!全国行動委員会の水島幹事長は、『誇り高き日本人として決して中国大使館に
石を投げたりなどの危険な行為はしないで頂きたい』と繰り返し訴え、今回のデモはあくまでも我々国民の意思を
伝えようという主旨であることを述べた。

午後2時の開始時間からは、自ら尖閣諸島を訪れたことがある前衆議院議員・西村真悟氏が大阪から駆けつけ冒頭に挨拶。
その後も各界の著名人による挨拶があり、デモのスタート時には青山公園は日の丸で埋め尽くされた。
中には大学生のグループや、小さなお子さんを連れた家族連れの姿・一人で参加する女性の姿も多く見られ
従来のデモとは異なる人々が参加していた。

10月2日の2670人を遥かに上回る人々
青山公園を出発し三河台公園までのデモコースは警察発表で5800人もの人が集まった。 

詳細記事は明日掲載予定。
また、やまと新聞10月号では田母神代表、水島幹事長はじめデモ参加議員、有識者のインタビューも紹介します。


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