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産経新聞[正論] 感動しました〜〜。
長谷川さん、まさに正論です!!!!(๑≧౪≦)
 
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埼玉大学名誉教授・長谷川三千子 時代が安倍氏に追いついてきた
2012.10.3 03:10 (1/4ページ)安倍晋三
 「勝に不思議の勝あり 負に不思議の負なし」−−。自民党総裁選の翌日に発売されたある週刊誌は、遊説中の候補者たちの写真とともに、剣の達人、松浦静山のこんな言葉を載せてゐた。
 ≪総裁復帰は「不思議の勝」≫
 「不思議の負なし」の方はさしあたり措くとして、たしかに今回の自民党総裁選の結果を見て「不思議の勝あり」の感想がうかんでくるのは自然なことと言へよう。
 選挙後の街頭インタビューでも、意外だと驚く人が多かつた。ごくふつうに考へれば、5年前にいはゆる「政権投げ出し」によつて首相の座を降りた人間がもう一度、総裁選に出てくるといふだけでも常識やぶりのことである。
 しかもその候補が、他の有力と言はれた候補をおさへて当選してしまつたのであるから、驚きの声があがるのは当然である。そればかりではない。選挙中に行はれた民間有志主催の安倍晋三氏応援大会でも、かけつけた応援議員の一人が「小さな奇蹟をおこさう!」と叫んで拍手を浴びてゐた。「不思議の勝あり」は安倍陣営の人々の実感でもあつたに相違ない。
 しかし、あらためて事柄それ自体をふり返つてみて、安倍新総裁の誕生は本当にそれほど「不思議」なことだつたのだらうか?
 
 総裁選の3日後のスポーツ紙に、ニュースキャスターの安藤優子氏が、次期首相に望むことは何かといふ問ひに答へて「滅私の精神」といふことをあげてゐた。もちろん、次の政権には、国難を救ふ有効な政策とそれを実現する有能な人材をぜひとも望みたい。しかしそれ以上に重要なのは、それを統率する人間が本当に私利私欲をはなれた「滅私の精神」の人であるか否かである−−安藤氏はさう語る。まさに正論と言へよう。
 ≪戦後体制脱却は再生の大事業≫
 ただし難しいのは、自分はただ総裁になり首相になりたいだけなのだ、などと公言する政治家はまづ見あたらない、といふことである。みな口を開けば「滅私の精神」を言ひたてる。誰が本当の「滅私」の政治家であるか、見分けるのは至難のわざなのである。
 しかし、もしここに、かつて恥辱のうちに首相の座を去り、ふたたび人々の冷笑をあびながら、敢へて総裁選への再挑戦を試みる政治家がゐたとしたら、少なくともその試みが私利私欲のためでないことは間違ひない。失ふものが大きすぎるからである。
 名利の欲とは別のなにかがその人をかりたててゐると考へざるをえない。つまり他の政治家がどうであるにせよ、安倍氏が安藤氏の言ふ「滅私の精神」の政治家の一人であることは、いはば論理的に確かなのだといふことになる
 
 しかしそれにしても、さらに一層の屈辱を覚悟のうへで、敢へてもう一度、いばらの道への再挑戦を安倍元首相に決意させたのは、いつたい何だつたのだらうか?
 それを教へてくれるのが、小川榮太郎氏の近著『約束の日−−安倍晋三試論』である。これは一口に言へば、安倍晋三といふ人間にとことん惚れ込んだ著者が、そのことを自覚のうへで徹底して客観的に安倍政権の1年間を検証しようとした《検証本》である。
 その検証からうかび上つてくるのは、当時、安倍政権のかかげた「戦後レジームからの脱却」といふスローガンが、実はいかに壮大な日本再生の大事業だつたのか、といふことである。それは、単なる公務員制度改革、教育改革といつた個別の改革ではなく、それらすべてを通じて、敗戦後の日本の心身をしばりつけてきた束縛を断ち切らう、それによつて誇りある自立国家としての日本を取り戻さう、といふことだつたのである
 ≪永田町でも何かが動き始めた≫
 ただし、6年前に安倍政権がこの大目標をかかげ示したときは、そのことの必要性はまだ国民のあひだで切実に感じられてはゐなかつた。安倍政権の挫折は、この検証本が語るとほり、メディア・テロによつてもたらされたと言ふべきものであるが、別の一面では、当時の安倍首相は早く来すぎた首相だつたのだとも言へる。
 
 いまでは、日本の直面するさまざまの危機を克服するのに、単なる対症療法では解決にならないこと、敗戦後の日本をしばりつづけてきた枠組みを根本から見直し、つくりかへることなしには日本の再生はありえないこと−−かうしたことが誰の目にも明らかになつてきてゐる。世の中がやうやく安倍氏に追ひついたのである。
 今回の自民党総裁選のあひだ、党本部には大きな字で「日本を、取り戻す。」と記したポスターがかかげられてゐた。安倍陣営のポスターではない。党全体のポスターである。このポスターのもとでの選挙戦で、まさにこのことのために自らの生命をも危くした先駆者である安倍候補が当選したのは「不思議」どころか当然のことであらう。
 ただ、その当然のことがあの生ぐさい権力闘争の渦巻く永田町で起つたといふことは、やはり「小さな奇蹟」と言つてよいかも知れない。自民党も変つた。何かが確実に動き始めてゐるのだと思ふ。(はせがわ みちこ)
 
 
 
 
茨の道と知ってなお、その道を歩む安倍総裁を
今度こそ支えなければ・・・

【自民総裁選】
挫折経験を胸に、茨の道に切り込む新総裁

2012.9.27 00:57 (1/3ページ)安倍晋三
http://sankei.jp.msn.com/images/news/120927/stt12092701010007-n3.jpg
政治 自民党総裁選 新総裁に決まった安倍晋三 =26日午後、永田町の自民党本部(大里直也撮影)
 
 事実上、次の首相を選ぶとされた自民党総裁選を制した安倍晋三新総裁だが、前途は必ずしも平(へい)坦(たん)ではなく、むしろ遠く険しいいばらの道だ。首相在任時にやり残した「宿題」を片付けるためには、まずは政権を奪還しなければならない。高い理想と保守的理念に反発し、足を引っ張ろうとする勢力も待ち受ける。首相辞任後の5年間、「挫折を含めさまざまなことを学んできた」という安倍氏の真価が問われる。
 「政権奪還は決して私たちのためでも自民党のためでもない。まさに日本を取り戻す。日本人が日本に生まれたことを幸せと感じ、子供たちが誇りを持てる日本を作っていくためだ」
 安倍氏は新総裁就任のあいさつでこう強調した。総裁選への出馬で、「政権をほうり出したひ弱な政治家」などと多方面から誹(ひ)謗(ぼう)中傷の矢が飛んでくるのは分かっていた。それでも、国難を迎えた時代には自身が先頭に立つしかないと覚悟を決めたのだろう。
 
 憲法改正、集団的自衛権の行使容認、教員組合活動の適正化、公務員制度を含む行政改革、道州制を前提とした地方分権の推進…など、安倍氏が総裁選で掲げた目標や政策の多くは首相時代に着手したものの未完成となったテーマだ。
 
 また、根拠もなく慰安婦募集の強制性を認めた「河野談話」の見直しや靖国神社への参拝など、総裁選の論戦の中で明らかにした方針も注目を集めている。
 どれも日本が戦後の占領体制から決別し、独立国として生存していくための当たり前の施策だが、首相時代には反対勢力のすさまじい攻撃を浴びた。その急先鋒(せんぽう)の朝日新聞は、総裁選告示前の7日付の社説で、早くも安倍氏の歴史認識に関して「首相再登板をねらう政治家として、思慮にかける」「一国の政治指導者として不適格だ」などと牽(けん)制(せい)球を投げている
 安倍氏の在任中、メディアは「消えた年金問題」や「政治家の事務所費問題」について大々的に報じて責任を追及した。ところが、安倍氏が退陣すると、新たに同様の問題が発覚してもほとんど取り上げられなくなったは記憶に新しい。
 教育基本法改正、防衛庁の「省」昇格、国民投票法成立など、安倍氏がリーダーシップを発揮して成し遂げた歴史的成果は少なくない。だが、それを正当に評価する声は、反対勢力による批判の大合唱の前にかき消されていった。
 
「われわれは安倍さんを単騎駆けさせ、討ち死にさせてしまった」
 安倍氏が病を得て辞任した際、側近議員の一人はこんな反省の弁を述べた。霞が関の高官は「(当時)53歳の安倍さんは若さゆえに嫉妬の対象となり、支えるべき自民党側も『お手並み拝見』という態度だった」と語っていた。
 安倍氏は今後、過去の経験に学び脱皮した姿を見せる必要があるだろう。一方、党側は決選投票まで行って選んだ新総裁を、今度こそ「単騎駆け」させずにきちんと支えていくべきなのは言うまでもない。
 
うわ〜〜(。・ ω<)ゞ
こんなの中国に送ったら、
また丸め込まれてアホな事を言ってくるんじゃないかな〜〜
 
何で今もってこの人が政治家なのか。。。
カモ(じゃなくてハトか)がネギしょって行くのかな〜〜
 
それにしても中国はベストメンバーを選んだな〜〜。
あとは
河野談話の河野洋平と
尖閣棚上げ容認の田中角栄の娘、田中真紀子なんだから〜〜。
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【尖閣国有化】
中国 鳩山氏や真紀子氏ら招待 友好団体会長など15人

2012.9.24 22:39 鳩山由紀夫
 日中関係筋によると、在日中国大使館は24日、日中国交正常化40周年に合わせ、日中友好7団体の会長や鳩山由紀夫元首相、田中真紀子元外相ら約15人を中国に招待することを明らかにした。中国の要人が27日、北京で招待客と会談する意向という。
 中国側は23日、40周年を記念する今年のメーンイベントとして27日に計画されていた大規模な記念レセプションの中止を日本側に伝えたが、友好団体会長らとの小規模な会談だけは実施することにした。
 日中関係筋によると、中国大使館は24日、都内で招待客を招いた食事会を開催。「日中友好議員連盟」会長の高村正彦元外相や「日中友好協会」会長の加藤紘一自民党元幹事長らが出席。その場で中国側は7団体の会長のほかに、田中元外相ら「中国の友人」を招くと伝えたという。
 日本側と会談する中国要人が誰かは明らかにしていない。(共同)
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カモ〜〜じゃなくてハト〜〜
行ったらそのまま行きっぱなしで良いよ〜〜。
安倍さんの人どなりをよく表している本の紹介です。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

http://ec2.images-amazon.com/images/I/512Vuzpw8eL._SL500_AA300_.jpg
 
イメージを拡大
 
 

        帯の推薦文は三宅久之さん。

 「もっとも勇敢に官僚の壁と戦い、戦後の利権構造を打破しようとした安倍晋三が、なぜ一年で政権を投げ出さざるを得なかったか?安倍の再起を願う筆者の痛憤渾身のドキュメントである」。

 ぐいぐい引き込まれる内容で、遅読の私が数時間で一気に読み終えました。

 何しろ、序文からしてこうですから。 

「安倍の葬式はうちで出す」

 安倍内閣当時の、ある朝日新聞幹部の発言だ。
 勿論、表に出る発言ではない。

 〈中略〉この「大新聞」の安倍への憎悪は、本物だった。
 それを裏付ける例として、私は先頃引退した評論家の三宅久之から、次のような話を聞いたことがある。

   朝日新聞の論説主幹の若宮啓文(よしぶみ)と会った時にね、
   「朝日は安倍というといたずらに叩くけど、いいところはきちんと
   認めるような報道はできないものなのか?」と聞いたら、
   若宮は言下に「できません」と言うんですよ。
   で、「何故だ?」と聞いたら「社是だからです」と。
   安倍叩きはうちの社是だと言うんだからねえ。
   社是って言われちゃあ……。

(p.3-4)】


 安倍内閣の首相補佐官だった世耕弘成さんが、最近、大学生らとのタウンミーティングで、こう話していたことも紹介されています。

【「今でもよく思うんだよね。
 安倍内閣とは一体何だったのだろうって。
 あの叩かれ方は何だったのだろう。
 今の民主党政権へのマスコミのおざなりな批判を見ていると、本当に何だったのだろう、と」

(p.18)】


 安倍政権のあの叩かれ方は何だったのか?
 その疑問は、この本を読めば氷解します。

 「戦後レジーム」からの脱却を目指した第90代内閣総理大臣・安倍晋三。
 彼が主に取り組んだのは、公務員制度改革、教育改革、憲法改正への道筋づくりでした。
 
 が、それらは「戦後レジーム」を維持したい勢力……すなわち官僚、日教組、朝日新聞など反日メディアとの、「全面戦争」を意味していました。

 安倍さんにとっては、文字どおり命懸けの戦いだったのです。

 「戦後レジーム」勢力が、安倍政権にどのような卑劣な攻撃を仕掛けたか。
 安倍さんはどうしてそれに屈することになってしまったのか。

 安倍政権の戦いの軌跡がこの1冊にまとめられています。
 メディア論に関心がある方にもお勧めです。

 著者の小川榮太郎さんは文藝や音楽評論を専門としている人であり、政治の専門家ではありません。

 安倍さんとの面識を得たのもごく最近で、昨年(2011年)10月だそうです。

 小川さんは安倍さんと会った時の印象を、物静かな微笑、くつろいだ中にも、自ずから感じられる気品と威厳の高さが印象的で、さりげなく挟まれるユーモアが、その場を不思議な明るさで包み込んだと記しています。

 さらに、政治家に限らず、今の日本でこれほど精神的な気品を感じさせる人物に会うことは、まれであるとも述べています。

 小川さんが政治の素人であること、安倍さんに近すぎないこと、これらが逆に安倍晋三という一人の人間を、そして安倍政権とそれを取り巻いていた当時の様々な動きを、客観的に見ることができたのではないかという印象を、私は受けました。

 安倍さんは気品や空気や教養、それだけの人ではありません。
 金美齢さんのコメントがそれを証明しています。

金美齢
「安倍さんのね、人間性っていうものを私はとても、重く見てるのはね、あの人はね、絶対威張らない人なの。そしてね、絶対裏切らない人なの。そしてね、戦う勇気を持ってる人なの。
 日本がもう中国一辺倒でね、中国のね、やっぱり怒りを買うのが怖くて怖くて、あの小泉純一郎でさえよ、首相の時代にね、私がね、李登輝さんのビザを出すように直訴しようと思ったの。で、会いたいと言った時、(小泉さんは)NOって言ったんですよ。NOって言ったの。だから私に会う勇気がなかったの。つまり私は台湾出身で当時、総統府国際顧問だったしね、私に会うということは、中国を刺激するっていうことだったの。
 唯一安倍さんがね、総理になった時にね、総理官邸に、公邸にね、何人かの人を呼んだ時に、私も呼んだわけ。で、私を総理官邸に入れるってことはみんなやっぱりびびることだし、外務省は絶対に反対だし、周りも全部反対だけど、僕は気にしないとおっしゃった。
 だからね、ずーっと長年見ててね、もう一度総理大臣になってほしいっていうのは、安倍さん以外にありません」
 金さんが言った「戦う勇気を持っている人」というのは、小川さんもまさにこの本の中で述べています。

 むしろもっと激しい表現で、血みどろの戦いにいささかもひるまず、信じがたい突破力で猪突猛進した「戦うリーダー」であると。

 あの小泉純一郎元首相や橋下徹大阪市長ですら、小川さんから見れば、「自己の限界を超える強烈な戦いを挑んだ政治家ではない。血みどろになってでも成果を勝ち取ろうとした政治家ではない。彼らは政治家としてあまりにスマートだ」という評価です。
【2006年(平成18年)9月29日、国会で所信表明演説を行う安倍晋三首相】

 小川さんは、安倍首相の所信表明(第165回国会・平成18年9月29日)の「本当の歴史的意義」を解説しています。

 例えば、官邸機能の強化の表明については、「霞ヶ関全体との戦いが予想されるため、必要と知りながら、歴代首相中、挑戦した者は一人もいない」。

 また、教育再生については、「戦後教育の中で金科玉条とされてきた『個性』や『自由』ではなく、『志』を教育の目的として打ち出した。更に、教育基本法改正は、歴代首相が日教組やマスコミを恐れて半世紀以上も放置してきた大宿題である」。

 従来、歴代首相の所信表明は、各省庁から上がってきた政策課題を総花的に羅列することをベースに、原則一項目だけを、その内閣の目玉として首相自らのメッセージにしてきました。

 それを、自らの理念から押し広めて統一的・包括的な政権構想を語ったのは、実は安倍さんが初めてだったそうです。

 安倍さんは所信表明で自らの国家像をこう述べました。

 1つ目は、文化、伝統、自然、歴史を大切にする国であります。
 2つ目は、自由な社会を基本とし、規律を知る、凛とした国であります。
 3つ目は、未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国であります。
 4つ目は、世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国であります。


 実は、首相が所信表明で自らの国家像を明確に語ること自体、最大の「戦後レジームからの脱却」であったと、小川さんは言うのです。

 その理由は、こうです。

戦後の日本では、自国そのものがタブー視されてきた。

 『アメリカ』対『大日本帝国』の戦いだった大東亜戦争が、GHQによって、『軍部』対『軍部に騙されて戦争に駆りだされた国民』という構図にすりかえられ、各種の洗脳工作を仕掛けられて以来、戦後日本人の頭には、日本人にとって最大の敵は自国の政府だという面倒な図式が、強く刷り込まれ、今日に至っている。

 人権については無限に語られてきたが、国家について肯定的に論じるだけで、市民の敵、民主主義の敵、極右、軍国主義者だとレッテルを貼られる極端な風潮が、日本を支配し続けた。

 国家のリーダーである首相が国家像を語るという、当然のことさえ、ウルトラ右翼視される。
 そうした状況下、戦後歴代首相の誰一人として、所信表明で、国家像を提出した首相はいなかったのだ。

(p.47-48)】

 
 そんな安倍さんを、「戦後レジーム」勢力の代表格である朝日新聞が見逃すわけもなかったのです。
 朝日新聞の安倍政権に関する偏向報道は数え切れないほどありましたし、明らかなウソ報道もありました。
それらを小川さんは実例を挙げたり、あるいは数字で示しながら、検証しています。

 例えば、教育基本法改正について、各紙世論調査では総じて高い国民的支持を得ていました。
 焦点の一つとなった「愛国心規定」についてもそうで、朝日新聞の調査ですら「賛成」が56%を占めていたのです。

 にも関わらず、朝日新聞は我田引水の報道を続けました。
 教育基本法改正反対運動の記事は70件も掲載する一方で、賛成派の動きを伝えた記事はたったの3件でした。

 しかし、朝日や日教組の「努力」もむなしく、教育基本法改正法は成立します。
 ここで成果を上げられなかった反安倍勢力は、その後、政策を叩くのではなく、スキャンダル叩きに方向を転じることになりました。

 小さな不祥事を大事件のように拡散するメディア、キャリア官僚によるリーク、日教組を始めとする組織力を結集しての安倍潰しです。

 すさまじいバッシングに晒される中、それでも安倍さんは戦い続けました。

 その具体的な中身については、ぜひ本書をお買い求めの上、お読みになって下さい。

 当時は全く表に出てこなかったことも、関係者の証言などによって明らかにされています。

 一つだけ挙げると、実は安倍さんは、首相を辞任した2007年の靖国神社の秋の例大祭(10月)に首相として参拝することをすでに決めており、官邸は靖国神社側と首相参拝の手順に関して、折衝を重ねていたそうです(辞任は9月12日)。

 「あくまで結果論だが」と前置きしながら、靖国神社参拝を果たせなかったことは重大な過誤であったと、小川さんは指摘しています。

 首相として靖国神社参拝を果たせなかったことについては、ガッカリした保守派の方も多かったと思います。河野談話の見直しがされなかったこともそうですね。

 しかし、皆様ご存知のとおり、安倍さんはこのたびの自民党総裁選の公開討論会などを通じて、「首相在任中に参拝できなかったのは痛恨の極みだ」と靖国参拝に強い意向を示していますし、河野談話についても、アメリカで慰安婦の記念碑が建てられて、河野談話がその根拠とされていることを指摘し、新たな談話の必要性を強調しています。

 (ちなみに河野談話については、2007年に安倍内閣として「政府が発見した資料の中にはいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」とする答弁書を閣議決定していますが、意外と知られていないようです)
 巷では未だに安倍さんの健康不安説が取り沙汰されているようですが、安倍さんを襲った難病・潰瘍性大腸炎が、その後、画期的な新薬が日本で承認されたことによってめざましく改善されたことは、拙ブログの読者様であればご承知でしょう。

もし本当に安倍さんが再び日本のトップに立つ日が来たとして、私たちは「今までどおりの私たち」で良いのでしょうか?

 答えは「否」です。

 小川さんは最後の章で、こう述べています。
 私がこの本で最も心を震わせた箇所です。

【もし、安倍が、自分の語りかけた未完の物語を本当に語り直す決意をした時、もう一度、あの命懸けの激しい政治闘争の「濁流」に飛び込む覚悟を決めた時、心ある日本人の誰が傍観していられるだろう。

 各々、自分の何か大切なものを差し出しもせずに、安倍に向かって、あの激烈な戦いを再び戦えなどと注文することができようか。

〈中略〉次の安倍政権は、安倍の戦いではなく、心ある全日本人の戦いでなければならぬ。

 各々が、安倍の戦いの障害をそれぞれの立場で取り除き、前回、安倍とそのチームだけでは完遂できなかった「戦後レジームからの脱却」を実現せねばならぬ。
 
韓国を国際司法裁判所へ引きずり出す署名&「マッカーサー電文3カ国語訳版」の拡散にご協力ください。
署名は入力ミスや妨害工作その他で、無効票が出ることが想定されます。数字上、目標数を達成した場合も、引き続き署名をお願いします。


 
 

【外交ごっこのツケ 民主党政権の禍根】
(上)始まりは「トラスト・ミー」

2012.4.30 09:26 (3/3ページ)民主党
http://sankei.jp.msn.com/images/news/120430/plc12043009290001-n1.jpg
「プリーズ・トラスト・ミー(私を信頼してほしい)」−。鳩山首相(当時)がオバマ米大統領に語った=平成21年11月13日、首相官邸(酒巻俊介撮影)
 
通用しない経験則
 今年2月、日米両政府は在日米軍再編計画の見直し協議を行い、米軍普天間飛行場の移設問題と、在沖縄米海兵隊のグアム移転問題を切り離した。以降も、米軍再編をめぐる日米協議は各レベルで断続的に続いたが、住宅密集地に隣接する危険性から移設が急がれていたはずの「普天間」は、ほとんど議題に上らなくなった。
 そして野田佳彦首相の訪米を間近に控えた25日。在日米軍再編計画の見直し合意をめぐり、予定された共同文書発表が異例の2日先送りとなった。米議会が難色を示したのが理由だったが、「途中はもめても、まとまるときはまとまるのが日米同盟関係だ」(外務省幹部)という日本側の経験則は通用しなかった。
 「(米側の対応に)はらわたが煮えくりかえる…」
 ある政府高官は米側の対応にうめいた。だが、日本がかくも軽視されるに至ったのには理由はある。
 「日本では過去のことだと忘れられがちだが、米側は鳩山政権で日本が対テロ包囲網から外れ、インド洋での海上自衛隊による補給活動をやめたことにまだ怒っていた」
 
思いつきと責任放棄
 平成21年9月、民主党政権が誕生して初代首相に就いた鳩山氏は、日本の国際社会における生存基盤ともいえる日米同盟を確実に壊していった。
 普天間移設先について思いつきで「最低でも県外」と公約した鳩山氏はその自身の言葉に拘泥し、あてもないのに「(移設先の)腹案がある」と言い続けた。「プリーズ・トラスト・ミー(私を信頼してほしい)」と言い放ち、解決のめどがついていた普天間問題を「迷宮入り」させた。
 鳩山氏が提唱した「東アジア共同体」構想も米国の不信感を増幅させた。鳩山氏は当時の岡田克也外相とも外務省幹部とも構想の中身や目的について何も打ち合わせていなかった。当然、政権内での発言の食い違いも目立った。
 この他、鳩山氏が訴えた「対等な日米関係」や当時の小沢一郎幹事長が主張した「日米中正三角形論」、岡田氏による日米「核密約」の調査・公表へのこだわりも米側の同盟国・日本への疑念を募らせた。
 続く菅直人前首相も鳩山氏と同様、野党時代には在沖縄米海兵隊の海外移転を持論としていたほか、副総理・国家戦略担当相となった21年9月には喜納昌吉参院議員(当時)にこんな無責任な本音を述べている。
 「基地問題はもうどうにもならない。タッチしたくない。もう沖縄は独立したほうがいい」(喜納氏の著書『沖縄の自己決定権』)
 沖縄県民への同胞意識も持たず、沖縄の地政学上の重要性も認識していない。この程度の国家意識しかなく「外交に自信も関心もない」(外交筋)と見切られていた菅政権でも当然、日米関係は改善されない。
 鳩山氏は今月、核開発疑惑をめぐって政府が欧米諸国と協調して制裁圧力を強めていたイランに、野田首相の制止を振り切って強行訪問し、日米間に緊張を走らせた。
 「いったい、どういうつもりなのか!」
 外務省には米国務省から緊急の照会が入った。政務三役は 「鳩山氏なら『アホ』で済む」 とせせら笑ったが、元首相で党外交担当最高顧問という肩書は重い。鳩山氏はまんまと日本と欧米の足並みを乱すイランの宣伝工作に乗せられ、日本外交をおとしめた。
 それでも鳩山氏には自覚も反省も全くない。23日の自身のグループ会合で「自分としては正しいことをやっているという強い意志を持って行動しているので、メディアがどう書いても気にならない」と述べ、周囲を凍りつかせた。

まともな議論なし
 一方、野田首相についてワシントン・ポストは今月、「ここ数年で最も賢明なリーダー」と書いた。ただ、それは前任者2人のレベルがあまりに低すぎたからにすぎないだろう。
 もともと保守系から左派議員まで寄せ集めの民主党内では、党内が割れることを恐れてまともに外交が議論されてこなかった。政権交代前、民主党の「次の内閣」外相だった鉢呂吉雄前経済産業相をめぐっては、こんなエピソードがある。
 21年2月、東京で欧州各国に駐在する日本大使を集めた欧州大使会議が開かれた際、講師を依頼された鉢呂氏と外務省高官との間でこんなやりとりがあったという。
 鉢呂氏「会議では何を話せばいいのか」
 高官「例えば民主党の外交政策ではどうですか」
 鉢呂氏「そんなものは、ない!」
 鳩山氏は首相退任後の22年10月、政権交代の目的について「米国に依存しすぎたこの国を真の独立国にすることだ」と振り返ったが、実際は日本の国際的地位は下がるばかりだ。民主党外交のツケを今、国民が支払わされている。
 


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