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キタ〜〜〜〜
AreiRaise - 矜持 (MUSIC VIDEO)(+ 再生リスト) http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131226/plc13122610260010-n1.htm 安倍首相、きょう靖国参拝 政権1年、就任後初2013.12.26 10:26 [安倍首相]
安倍晋三首相は政権発足から1年となる26日午前、靖国神社に参拝する。首相による靖国参拝は平成18年8月の小泉純一郎首相以来、7年4カ月ぶり。首相は第1次政権時代に参拝しなかったことについて、かねて「痛恨の極み」と表明しており、再登板後は国際情勢などを慎重に見極めながら参拝のタイミングを探っていた。「英霊に尊崇の念を表するのは当たり前のことだ」と主張し続けた首相が、参拝に反発する内外の圧力をはねのけ、参拝を実行した意義は大きい。
「痛恨の極みとまで言った以上、その発言は重い。戦略的にも考えている」
首相は25日夜、周囲にこう語り、靖国参拝の可能性を示唆していた。10月半ばにも周囲に「年内に必ず参拝する」と漏らしていた。
首相は昨年12月、いったんは就任翌日の27日に靖国に「電撃参拝」することを計画したが、このときは周辺に慎重論が強く、見送った。就任直後でまだ中国、韓国など近隣国や同盟国の米国の反応や出方が見えにくかったこともある。
だが、その後も中韓は、首相が「対話のドアはいつでも開かれている」と呼び掛けているにもかかわらず、首脳会談に応じようとしていない。それどころか、韓国の朴槿恵大統領は世界各国で対日批判を繰り返し、中国は尖閣諸島(沖縄県石垣市)を含む東シナ海上空に一方的に防空識別圏を設定するなど、一切歩み寄りを見せない。
また、戦没者をどう慰霊・追悼するかはすぐれて内政問題であり、東アジア地域で波風が立つのを嫌う米国も表立った反対や批判はしにくい。米国とは安全保障面や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)など経済面での関係を強化しており、首相は反発は一定レベルで抑えられると判断したとみられる。 |
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外務省にも元韓国籍の方とかいるんですね〜〜。
国籍だけが問題じゃないけど
公務員には日本と日本人を愛する人になってほしいです。
2013年12月05日18:30
1:帰って来た仕事コナカッタ元声優φ ★:2013/12/04(水) 21:10:45.03 ID:??? 特定秘密保護法案 徹底批判(佐藤優×福島みずほ)その2 (前略) 佐藤 それから、外務公務員法にはかつて外国人条項があったんです。機関によっても違いますが、最後の頃は〈配偶者が外国人である場合、二年以内に日本国籍を取得できない配偶者、もしくは外国籍を放棄しない場合においては自動的に身分を失う〉という条項があった。今はその身分条項はなくなっているわけです。 福島 はい、そうですね。 佐藤 いまの日本の政治体制からすると、中国人や韓国人、ロシア人、イラン人などと結婚している外務省員は全員、特定秘密保護法案が定める適性評価に引っかかりますよね。適性評価では、評価対象者の家族及び同居人の氏名、生年月日、国籍を調べることになっていますから。しかも、配偶者には事実婚が含まれます。 外務省で秘密を扱っていない部局は、文化交流部とか外務報道官組織とか、そのぐらいのところですよ。どこの部局に行っても、必ず秘密が出てくる。アフリカでもテロの話が出てくる。そうすると外務省のなかにおいて、中国人や韓国人、ロシア人、イラン人などと結婚している人たちはもう将来の出世が閉ざされる。 福島 かつては、外国人の配偶者では大使になれないとなっていました。でも最近は、妻が外国人だっていう大使は増えていますよね。 佐藤 ええ。それに昔は配偶者の国には赴任させなかった。たとえばお連れ合いさんがドイツ人の場合はドイツには絶対に赴任させなかった。ある意味、そこが一番人脈もあるわけなのに、ものすごく硬直した戦前の体制みたいなものが残っていました。それがなくなったのはいいことだったと思うんですよ。 ところが今度の特定秘密保護法案で逆行する流れになる。事実上、外務省では外国人と結婚すると出世できないってことになります。 福島 大使ですら配偶者が外国人ではダメだとなっていたのをやめたのに、今回の特定秘密保護法案は多くの公務員の「配偶者や家族が外国人かどうか」を調べる。外国人ではダメだとはなっていないけれど、実際は、特定の国の人と結婚している人はバツですよ。 佐藤 私の知っている外務省の職員でも、日本国籍を取得した人がいます。もともと韓国籍だったとかね。親が在日韓国人、在日朝鮮人で日本国籍を取得した人は何人もいますよ。そういう人たちはどうなるのか。こういう人たちの力をきちんと活用しないのか。ようするに公務員というのは日本国民と日本国家に対して忠誠を誓っている人。そういう人が公務員として受け入れられるのに、特定秘密保護法案は、一種の人種条項みたいな使われ方になりますよね。 福島 はっきりとした人種条項ですね。 佐藤 ユダヤ人から公民権を奪ったナチスの「ニュルンベルグ法」(「帝国市民法」と「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」)の現代版じゃないかと思うんですよ。それなのに、この人種差別条項に対して議論が起きない。議論を徹底的に尽くすということすらしないで、勢いで通しちゃうのはよくない。これは権力の弱さですよ。こういうことは弱い権力がやることなんです。 全文は http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=3937 |

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インドが毎年原爆の日に黙祷してくれていたなんて
知らなかった〜〜。
知らなくちゃいけない事が沢山あるね。
インドのみなさん、ありがとう〜〜。
そして、素晴らしい天皇陛下を頂いている事に、ただただ、感謝です。
原爆犠牲者追悼に謝意 天皇陛下 インドで毎年実施
【ニューデリー=水谷孝司】
インドを公式訪問中の天皇、皇后両陛下を歓迎する晩さん会が二日夜(日本時間三日未明)、ニューデリーの大統領官邸で開かれた。天皇陛下はインド議会が毎年八月、日本の原爆犠牲者を追悼する黙とうなどをしていることに「国を代表し、とりわけ犠牲者の遺族の心を酌み、心から感謝の意を表します」とあいさつされた。 外務省によると、インド議会は一九八五年から毎年、広島、長崎の原爆の日のどちらかで、議長が審議冒頭に犠牲者を追悼する発言をし、続いて議員が起立して黙とうしているという。 また、陛下はあいさつで、六〇年の公式訪問で指導者らと接し、「独立の父」と呼ばれるマハトマ・ガンジーの「非暴力を旨とした思想の流れをくむ平和主義を理想とする国造りの志」に触れたことが、強く印象に残っているとも述べた。 晩さん会は日印両国で計九十人が出席。正統的なインド料理が振る舞われた。陛下のあいさつに先立ち、ムカジー大統領は「両陛下の来印は、印日関係にとって歴史的な出来事で、友情、結束、協力が今後さらに深化するでしょう」と歓迎のスピーチをした。 |
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日本と台湾の真実の物語。
中国とは打って変わりなぜ台湾はあんなに親日国なのか?
それには理由があった。【1945年日本国 敗戦‼︎】
全ての日本軍が武装解除した。その結果、満州からシベリアへ抑留されるた多くの日本人。過酷な労働を強いられる。
そんな中、武装解除に応じず、内蒙古から4万人の在留民間邦人、支那から35万人の軍人を救った男がい...た。
その裏には彼を 手助けした人物の存在がいた。
それから8年後、その男は釣竿を片手に釣りに行くと言って妻と子供を残したまま帰ってこなかった その男の名は? 【根本博中将】
小さな釣り舟で二週間命を掛けてたどり着いた先は 【台湾】
そして隣に座っていたのは 【蒋介石】 そう、日本人を救出する時、手助けしてくれたその人物こそ 蒋介石だった。
なぜ根本は命を掛け台湾へ渡ったのか?
【自由主義圏VS共産主義圏】 戦いが勃発していた。
蒋介石は毛沢東の猛攻を受け追い詰められていた。 【最終決戦】 【金門島 古寧頭戦役】 指揮を取ったのは 【根本博】 中華人民解放軍の猛攻にあうが一歩も引かない戦線そこにい立っていたのは 【戦神】いくさがみ【根本博】 【中華人民解放軍に勝利】
その後台湾、独立自主が確定 根本は戦神と呼ばれ台湾国民一千万人を救った。 2人を繋ぐふたつの花瓶 この花瓶はペアで一セット 三セット作られた。 一セットはエリザベス女王成婚祝いとして送り もう一セットは日本の天皇陛下へ 最後のセットは蒋介石 しかし、二つあるはずの花瓶がひとつしかない もう片方はなんと根本の元にあった。 【友情の証】
花瓶の絵柄をよく見るとひとりの男が片手に釣竿を持っている 【これは偶然なのか?】 4万人の民間人、35万人の軍人 命と恩の重さ 【以徳報怨】いとくほうえん 徳を以って怨みに報ゆ 例え恨みがあっても徳を以って報いなさい。徳に対してはやはり人は徳を以って報いる 根本が蒋介石に抱いていたのは 【恩義】 恩義に報いる為ならば命など取るに足らない。 そんな思いだったのか?
釣りに出掛けると言って出て行ったきり帰ってこない。 それでも家族は何の疑いもなく根本の帰りを待っていた。 【その年月、3年】 そんなある日、根本は釣竿を片手に何食わぬ顔して帰ってきた。 何事もなかったかの様に何時もの暮らしが始まった。 根本はどこで何をやっていたのか? 家族にとって、それはどうでもいい話だった。 家族にあったのはどこまでも夫への、父への信頼だった。 【家族の絆】 それだけで十分だった。 根本がどこで何をやっていたのか? それが明らかになったのは根本が亡くなったのちの事だった。
時を経て2011年 根本の手元にあった花瓶は 台湾へ返還された。 『日台間にこんな友情があったことを知ってほしい』 長女である宮田のりさんの言葉である。 私達はこの事実をいつまでも忘れてはならない。 |





